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 「中佐、また司令室から渡航申請の問い合わせです。」

 「だめよ、禁止禁止!」

 「直接言って欲しいって言ってますよ?」

 「そんなのいちいちこちらで相手するわけないじゃないの。何のための

  司令室なのよ。」

 「私じゃ聞いてくれないんですよ…、中佐…」


 そう困ったように言うメイこと戦闘技術情報室主任イワオル・メイ。

 ここの所よく鳴る、たまたま鳴っていた呼び出し音を受けただけなのだが、やはり司令室からだったようだ。一応、どこからなのかは表示されるが。


 「しょうがないわね…、あまり妙な前例作りたくないのだけれど…」


 とぶつぶつ言って室長席で通信を受けたのはアルミナ・アユ中佐だ。

 つい先日辞令が届き、少佐から中佐へと階級が上がったのだ。

 その時の話は置いておくとして、通信の話だ。


 「あーはいはい、代わったわよ。なぁに?」

 『民間船が他星系への移動を求めておりましてですね…』

 「民間船ったってスネア艦でしょ、だめよ。禁止って通達してあるでしょ?」

 『はい、そうなんですが…、そのぅ…』

 「何なの?他に用がないなら切るわよ。」

 『どうしてワープできないのかをしつこく尋ねられまして…』

 「それは原理的なこと?、それとも禁止の理由?」

 『とにかくなぜできないのか説明しろとの一点張りでして…』

 「軍事機密よ。そういいなさい。とにかく元スネア艦の星系外への渡航は禁止。

  あまり反抗すると収容所に放り込むわよ、って言いなさい。」

 『そんな…(無茶苦茶な…)』

 「何か言った?」

 『い、いいえ!』

 「他にないわね?」

 『あ、あのっ!、できれば中佐のほうからご説明して頂けると…』

 「あなた誰だっけ?」

 『は?、し、司令室通信担当、マイヨー・バーンズ中尉です!』

 「何のためにそこに居るの?」

 『は、はい!、外部からの通信を監視し、受けるためです!』

 「それが電話交換手でいいなら、中尉なんて階級は必要ないはずよね。」

 『!…、仰る通りです!』

 「じゃ、今後このような問い合わせをこちらに繋げたら…、わかるわよね?」

 『了解しました!、中佐!』


 通信を切ったアルミナ中佐は、「やっぱり司令室も訓練メニューつくるべきかしら?」などと呟いていたが、こちらの様子を窺っていたメイに気づくと、「もうこれでわずらわされなくて済むでしょ?」と言ってにっこり微笑んだのだった。



 実のところ、『元スネア艦の星系外への渡航禁止』を言い出したのはアルミナ中佐なのだ。

 それを副艦長権限で発令し、艦長ら主要士官らが謹慎中であったことと、艦長とは命令系統が異なることもあって、問い合わせがこちら、つまり戦闘技術情報室へと来るのはある意味では仕方のないことだと言える。

 しかしアルミナ中佐はこの件を司令室、つまり艦長側で担当するように手配した。

 謹慎の解けた艦長は、アルミナ中佐の正式な手続きによるこの処置には――中央からの通達が艦長にとって衝撃的だったこともあり――逆らえるはずもなく、艦長が諾々と従う以上その配下の者たちも従わざるを得なかった。


 そして宇宙軍所属の艦艇以外は、以下のようになっている。

   1)海賊スネアに登録されていた艦艇

     → 元スネア艦

   2)海賊スネア艦と契約した経歴のある艦艇

     → 元スネア関係艦艇

   3)海賊ラゴニアに登録されていた艦艇のうち宙域で運用していたもの

     → パラギニア宙域警備社の財産として査定後コッペパン艦の格納庫

   4)海賊ラゴニアに登録されていた艦艇のうち地上で管理されていたもの

     → パラギニア宙域警備社の財産として登録。未査定。

       すぐ動かせる状態ではないらしい。そのうち査定後回収予定。

   5)第147辺境警備隊いちよんななの地上軍が運用していた艦艇

     → 元スネア艦


 なぜ5がスネア艦扱いかというと、第147辺境警備隊いちよんななの艦艇はもともと3隻しかなく、地上基地にあるものは海賊スネアから借りている形だったからだ。

 地上軍の構成員は半数以上がスネアであるし、士官らの中にはまともな者もいるが、如何せん数には敵わないのだ。だいたいそれら艦艇を動かせる人材が第147辺境警備隊いちよんななに居ないのだから借りているも何もないものだ。


 つまり、このアスパラギン星系にある艦で、すぐに動かせる艦というのは、宇宙軍というかコッペパン艦で管理している艦か、元スネア艦しかないということになる。

 そして星系外への渡航禁止対象は元スネア艦であるので、結果的に言うと宇宙軍以外はみんな禁止ということになる。


 なぜアルミナ中佐がこんなことを言い出したのか、というのにはもちろん理由がある。

 謹慎の解けた直後のヘンリート艦長がこの件について説明を求めて、艦長室にアルミナ中佐――当時はまだ少佐――を呼び出した時の会話はこのようなものだった。


 「アルミナ副艦長、渡航禁止令を発令したそうだが…、

  担当をこちらに回す以上は、少し説明が欲しい。」

 「はい艦長。

  今のうちにアスパラギン(この)星系を出て行こうとするような者は、

  ここで悪事を働いていたという自覚のある者だからです。」

 「そのような者らを取り締まるのは宇宙軍の仕事ではないと思うが?」

 「いいえ、艦長。

  そのような連中を他所(の星系)に何もせず見逃してしまうと、

  後で『故意に見逃した』という事にされ兼ねません。

  それに出先で何か問題でも起こされると、多少なりともこちらの

  管理責任を疑われる可能性があります。」

 「ふむ、だが取り締まるにしても証拠を押さえてからではないかね?」

 「艦長。宇宙軍の仕事は、宙域の安全を守る事に尽きます。」

 「その通りだ。」

 「地上で悪事を働いているだけであれば宇宙軍の出番はありません。

  しかし、星系間で悪事を働く、つまり宙域に出てきて悪さをするか、

  宇宙軍への敵対行為をするのであれば、これは我々の担当となるでしょう。」

 「そういう事になるな。敵対行為があったのか?」

 「彼らが敵対行為をした直接の原因はこの際おいておきますが、

  スネア艦が宇宙軍艦艇に、つまり当艦にですが、砲撃をしたという事実が

  ある以上、当アスパラギン星系における『平定任務』が完了したとされる迄、

  元スネア所属艦艇の渡航は禁止すべきだと判断致しました。」

 「う…、そうか。了解した。」

 「ご理解頂けたようで何よりです。」

 「それでその方法だが、具体的にはどうすればいい?、

  艦艇を回すにも我ら司令室の人員を割くのは問題外だ、艦載機の操縦が

  できる人員も少ない。」

 「問題ありません。司令室は窓口となって頂くだけです。

  渡航制限自体は既に運用が開始されている3箇所の監視基地と、

  当艦の思考結晶が処理します。」

 「そんなことが可能なのか…?」

 「可能です。旧来のように武器を突き付けて脅すような事をしなくても、

  旧型艦であればワープやジャンプ航法を直接妨害し、不能にできます。

  もちろん効果範囲であればですが、現状ほぼ星系内であれば届きます。」

 「それについて司令室で操作することは?」

 「ありません。当艦も監視基地も既に設定済みです。」

 「すると本当に単なる窓口になるわけか…。」

 「手順は既にお送りした手順書に記載しておりますが、簡単に言いますと

  星系外へと出ようとした艦を妨害した場合、通知が入ります。

  その艦艇へ直接通信し、渡航禁止である旨を通達して頂きます。

  問題が無ければこれだけです。」

 「ふむ。こちらで制限の解除は可能か?」

 「いいえ、艦長や司令室を信用していないという意味ではありませんが、

  解除操作はできないようにしております。

  できるようにしたほうがよいでしょうか?」

 「む、いや、将来的にはそういったことが可能なほうがいいのかも知れないが、

  今は必要ないだろう。過ぎた力というものだ。」

 「なるほど。では業務開始はいつからに致しましょう?」

 「そうだな、手順書に従うだけということなら、1時間後からということで

  いいだろう。渡航制限自体はもう実行されているんだな?」

 「はい。既に。」

 「では今は誰が担当している?」

 「誰も担当しておりません。ただ妨害しているのみです。」

 「そうか、では急ぐとしよう。アルミナ副艦長、ご苦労だった。(敬礼)」

 「はっ。(敬礼)」


 そして戦闘技術情報室に戻ったアルミナ副艦長だった。

 

 中佐が理屈をこねくりまわしただけなのかもしれないが、これはとにかく軍事行動という名目で海賊組織を封じ込める手段としては昔からよくあることだ。

 彼女の言うように、昔は軍艦で包囲して文字通り武器を突き付けて脅してやっていたものだった。それが遠隔から簡単に――実際は恐ろしく高度な制御なのだが――できるようになっているだけなのだ。



 ついでに述べておくとこのような場合、星系に入ってくることは可能だ。だが入ると出してもらえなくなる。


 この星系やカーディナル星系の基地設備なら、乗員たちが乗艦の思考結晶をどれだけ欺いていても、密航者や密輸品を見つけ出せるだろう。

 妙な小細工をしていた場合には多少なりとも時間はかかるが、それでもごまかし切れるものではないし、小細工をしていることそのものが怪しんで下さいと言っているようなものである。


 しかしどれだけ優秀であっても、人が管理し運用するものである以上、抜け道や漏れがあってもおかしくはない。そして大抵、悪い事をしている者らがその抜け道や漏れを利用する。

 宙域を出て行くほうは護衛という名目で付いて行き、妙な動きをしたら攻撃するという旧来の方法で押さえられる。だが宙域に入ってくることを押さえることはできなかった。あらかじめ網を張っておいて、入ってきてから押さえるしかなかったのだ。


 そんなことに多くの人員や艦艇を割くのは無駄遣いもいいところなので、渡航禁止状態にした宙域はこのように、入っては来れるが出られないようにするのが通例になっている。



 地上とは異なり、宙域ではこういう場合には適用する『法』というものはない。

 星系政府が存在する場合には『法』があることもあるが、それが宇宙軍に対して適用されることはないし、宇宙軍には宇宙軍の『法』がある。

 極端な話、地上世界の犯罪者が宙域に出てきても、宇宙軍には別段、それを捕えなければいけないとか捕えて引き渡さなくてはいけない等という義務はない。

 地上国家や星系国家への協力という形で、そういった行動をすることもあるが、それだけだ。


 ではなぜ今回のような措置をとるのか、それは、一度でも敵対行為をした組織を締め付ける、もっと平たく言うと、海賊組織になめられないようにする、ということなのだ。

 こと敵性種《HS》に関しては、海賊だろうが犯罪者だろうが守るべき対象として扱う宇宙軍であるが、その敵性種《HS》にほいほいと情報を与えられでもすると実に厄介であるので、海賊連中に宙域で好き勝手やられては困るのだ。

 何かあったらその宙域の担当軍のせいになってしまうのだから。


 ――そういえば艦長はさっき、『将来的』って言ってたわね。

   やっぱり司令室向けのシミュレーター訓練メニュー、

   いろいろと用意しておいたほうが良さそうね…、ふふふ。


 などと少し考えた彼女が室長席で何やら作業しつつにやにやしていたが、いつものことなので誰も何も言わなかった。



   *  *  *



 輸送艦バラクーダがカーディナルから補充の医療スタッフたちを運んできた。彼らは収容所で治療されている元海賊スネアたちの面倒をみるのが主だ。アステロイドベルト1の海賊スネア基地にはまだ精神的・肉体的に治療が必要な人がいると言う報告もあって、コッペパン艦内アイトーカ市民病院のスタッフだけでは手が足りなかったのだ。


 そして順次それら患者たちを収容所の準備ができ次第送り込んでいた。

 その作業は艦載輸送艦と元スネア艦の開拓事業団で行うため、戦闘技術情報室のスタッフは交代で従事せねばならず、忙しく動き回っていたのだった。


 そんな折に外傷のある患者を診ていた医療チームから報告があった。

 詳しく話を聞くため、個人端末に通信をとってみた。


 「違法薬物が検出されたんですって?」

 『はい、間違いありません。ポーションです。』


 ポーションというのは通称名で、正しくは幾つか型式のある、違法医療用ナノマシン薬物のことだ。

 主に海賊組織の手によってこっそり売られているナノマシン導入薬で、もちろんどこの星系でも違法である。さらに類似品や粗悪品もある。ニセモノ注意である。微妙に色が違うらしい。

 違法薬物に類似品やニセモノがあるというのも困ったことであるが、とりあえず本物(笑)は、ボトルに入っており300mlほどもあり、飲むタイプで味がついている。

 ピンク(ベリー)・オレンジ・グレープ・グリーン(甘藍)の4種がある。

  ・ピ ン ク:一番安い。傷を直すらしい。

  ・オレンジ:ピンクの強化版。骨折も治るらしい。

  ・グレープ:とにかく元気がでるらしい。入手困難。

  ・グリーン:毒消しらしい。とにかく不味いらしい。もう一杯。

 そして、種類の違うものを複数一度に導入すると熱がでて寝込むハメになったり、場合によっては生死をさまようことになる。

 自己増殖したりするナノマシンではないので、導入後約30日で全て排泄される。

 傭兵などは無理をしてでも入手して戦闘前に服用したりするらしい。


 本来、正式に認可されているこの手のナノマシン医療薬は、個人の体質に合わせて調整・投薬されるものであり、その正規品はカートリッジに入っていて無針注射器で少量を導入するものなのだ。

 このような違法薬を服用して、もし合わなかったときには効果がないばかりか、場合によっては命にかかわるので禁止されている。



 余談ついでにナノマシンの話をしておこう。


 現在、医療関係で特別に使用が許可されているもの以外では、全てのナノマシンが違法である。なぜかというと、これもまた人類の汚点のひとつになっているからだ。


 記録によると、ある惑星の地域国家では食糧事情を改善しようとして家畜をというか家畜の食用部位を増殖しようとした。そして創り出されたそれは、当初は素晴らしいと絶賛された。その惑星上ではあちこちの地域国家で使われたのだ。

 ところがだ。その技術を模倣しようとしたのか、悪意のある者が何かをしでかしたのか、記録には残っていないため不明だが、どこかが狂ったか当初から狂っていたのだろう、その研究試験場とその周囲に拡散した恐怖のナノマシンが家畜と人類を汚染し狂わせてしまった。


 しかも増殖スピードが速く、感染力も凄まじかった。

 元のまともな思想で創り出されたものまでが影響されてしまっては、手の打ちようもなかった。あまりの拡散速度にろくに対処をする時間も無く、宙域に出ていた人々がその惑星との連絡が途絶したと、他星系に救難要請を出したがもう既に遅かった。


 調査にと地上に向かった人たちは誰も帰ってこなかった。連絡も途絶した。

 残ったのはどうしようもなくなってしまい、立ち入り禁止となった惑星と、最初に発表されたナノマシンの研究論文、それだけだ。



 他にもまだある。また別の星系の衛星上の研究基地でだったが、こちらは損傷した人体の一部を修復するナノマシンの研究をしていた。

 その研究発表は報道記事にも載ったと記録に残っている。


 逃げ帰った者らをそのまま隔離し話を聞いてみたが、研究施設内は閉鎖され、入ることも出ることもできなくなったようで、内部の様子は一切わからなかったという。

 中からは、外に居る者たちは施設を放棄して脱出しろと、警報にある規定の指令が下っただけだったようだ。


 一体何が起こったのかとその研究資金を出していた者たちが調査団を派遣、現地に赴いた。現場に残っていたのは自害した研究者と、供給を断たれて朽ちかけた実験動物や人型なだけに成り果てたナノマシン集合体の残骸だった。


 さらには人体改造や洗脳、無痛覚兵士に奴隷化など人道から逸脱した例もあった。


 とにかくナノマシンの研究による悲劇は枚挙に暇がないので、自己増殖させないこと、厳重な管理をし隔離可能な場所で研究すること、在野で勝手に研究を行わないこと、などの規定がある。



 アスパラギン星系はカーディナルの管理下にあり、ここでのナノマシン研究開発についての認可が下りたという記録はない。

 『ポーション』という通称名で流通しているのはこの星系だけの話ではない。違法薬物であるし使用方法もおかしい。取り締まり対象なのだ。

 それがこの星系で検出されたのなら、早急に手を打たねばならない。


 「忙しい所悪いのだけれど、収容所の人たちだけでも全員のデータを

  とる必要があるの。」

 『はい。承知しております。既に全員の血液検査と聞き取り調査を

  始めています。』

 「そう。助かるわ。調査結果は戦闘技術情報室宛てでお願い。」

 『了解しました。』


 さすがはカーディナルから派遣された医療スタッフである。通話に出たのは軍の医療スタッフなのでこういったことも重々承知していたのだろう。


 それにしても厄介なことだ。改めて渡航禁止を発令しておいてよかったと、アルミナ中佐は思った。

 この違法薬物、通称ポーションが他所の星系から入って来たものであればまだいい。もしこの星系内で製造しているとなればその施設を押さえなくてはならない。もちろん、破壊あるいは消滅することも考慮に入れてである。


 宙域であれば海賊ラゴニア基地のように外から簡単に処理できるのだが、地上ともなればそうも行かない。できなくはないがあまりやりたくはないのだ。転送するにも手間はかかる。何せ分厚い大気のある惑星重力の底にあるのだから。


 陸戦隊など組織する余裕も人員もないし、地上での大規模な制圧作戦など考えたくもない。

 だいたい地上スネアなど第三惑星ラスタラ上では数万人居るのだ、そんなものいちいちまともに相手にしてられないではないか。まさか片っ端から収容所になんてバカげている。

 それに、地上スネアだってラスタラ上では市民の生活に密着しているのだ。スネアの息の掛かっていない市民のほうが少ないぐらいだ。ラゴニアのように簡単に消滅させては地上の経済も基盤も何もかもが立ち行かなくなるだろう。


 ――できれば現地の人たちでなんとか回せるようにしないと…。


 そうなのだ。しかしそれには人材も用意しなくてはならないし、そんなに長いこと渡航禁止のままというのも体裁がよくない。もちろん人材のことまでは考えては居たが、まさか違法薬物が絡んでくるとは考えていなかったのだ。


 ――スネア派企業がそこまでの『悪』だとは考えが甘かったわね…。

   せいぜい経済を牛耳って甘い汁を吸っている程度だと思っていたのに…。


 アスパラギン星系はカーディナルの飛び地であり、通貨はカーディナルと同じはずなのだが、実際ラスタラの地上世界ではカーディナルとは貨幣価値が大幅に異なり、1el=100coチョ(¢の記号またはcoと表記される)というカーディナルには無い下位の固有通貨が流通している。(チョル、チョロ、とも言われる)


 おそらく、唯一他星系と貿易をしているネスパラダック社が、ラスタラ政府と結託して甘い汁を吸っている、という認識でだいたい合っているのではないかと中佐は考えている。

 太古の昔、1企業が地下採掘場をつくり多くの債務者を不法に囲い込み、そこで独自通貨を運用して過酷な労働を強いていたという記録がある。それと似たようなものなのかもしれない。


 ――なんにせよ一度降りてみないとわからないことも多いわね…。

   とりあえずは先に第四惑星リスーマのほうで準備しなくちゃかな。

   そういえばアルマローズ司令は地上に連絡をとっていないのかしら?


 宙域でできることを手配し、地上でなければできないことを整理して順番に解決していくしかないのだ。何事もそうだが、案外やっていけば簡単に終わるかもしれないなと、中佐はあまり深刻に考えないようにしたのだった。



   *  *  *



 そのアルマローズ司令だが、第147辺境警備隊いちよんななの第一辺境防衛基地では現在は元海賊ラゴニアの人員を含めた、基地設備の教導官や訓練員らと共に、新しくなった設備で一緒に訓練を受けて忙しくしていた。

 新設された監視基地ほどではないが、ここもある程度の防衛・監視能力をもつようにしたためだ。旧型のものより大幅に強力なそれらを運用するには、それ相応の訓練が必要になる。


 この基地には隣接した宇宙港があり、そのまんま基地隣接宇宙港と芸の無い呼ばれかたをしている。ここを管理運用しているのは民間委託された『アスパラギン星系基地隣接宇宙港管理会社』と何のひねりもないそのまんまの名前の会社だ。

 宇宙港の商店スペースは、いくつかの商店が並んでいたり空き店舗だったりする。土産物というよりはごく普通の日用雑貨や食料品などを扱う店舗のようだ。それはそうだろう、観光地というわけでもないこんな辺境星系で、しかも宙域には敵性種《HS》や海賊が居て、宇宙軍は少数で民間船を守れる戦力すらなかったのだ。基地や宇宙港で働く人たちと、たまにやってくる物資の輸送艦の人たちのためでしかない商店なのだから。


 つい先日、アステロイドベルト1の海賊スネアとコッペパン艦のいざこざによって触発されたのか、基地要員つまりアルマローズ司令の部下としてだが所属していた24名のうち半数以上が軍務を放棄して宇宙港の管制室を占拠し、それら民間会社の管制員たちを人質にし、海賊スネアに対しての宇宙港の解放と、迎えに来るであろうスネア艦での自分たちの安全な避難を要求するという騒ぎがあった。

 だがスネア艦は迎えに来ず、来たのはコッペパン艦から派遣された艦載機数機であり、一時は彼らが人質を殺害したり、暴れ出したりするのではないかと心配された。


 一体どう交渉したのか、コッペパン艦戦闘技術情報室所属のハガ・テルーマン(通称:テリー)は彼らをスネア艦――この基地を襲撃しようとしていた艦のうちの1隻。テリーの説得に応じて鉾をおさめて協力してくれた艦――に移乗させて解放し、宇宙港は無傷で特に被害もなく騒ぎは収まったのだった。


 アルマローズ司令は最初は、彼ら反乱兵を捕えて引き渡すようにとテリーに要求したようだったが、捕えたところで収容する場所の余裕など基地にはないし、どうせ戻る気などないのだからあっさりと除籍にしてしまったほうがいいと言われて渋々納得したようだった。

 余計な手間もかからず、責任を問われることなく穏便に済む。人数も反乱兵のほうが多いのだし、半数以上が抜けてしまっては基地機能も麻痺してしまうのだから実際問題として捕まえても仕方がない。


 それで急いで基地要員の補充をということになった次第で、ならばついでにと、用意してあった監視基地設備を設置するなどの工事をし、元海賊ラゴニアのパラギニア宙域警備社の人員を訓練するついでに教導官ら訓練員らがこちらにも分けて配置されたのだった。


 用意されていた監視基地設備というのは、もともとこの星系に5ヶ所の監視基地を造ろうとしていたので、その5ヶ所目をアステロイドベルト1の海賊スネア基地集合体の一角に予定していたのを、そちらは工事開始の目処がまだ立っていない状態であるから、それならさっさと設置して使えるようにしてしまえば訓練できる人数も増えるという理由もあって、こちらに設置することになったものだ。


 なのでシミュレーターは複数設置されて使える状態になっており、訓練はもう始まっているが、基地設備自体は調整中の箇所もいくつか残っている。

 それら内部設備に連動した外部機器、重力制御関連機器や長距離センサー類など、そういった本格稼働するためのものは設置工事中だったり調整中だったりする。

 だが元からある機器は新しく設置された思考結晶に接続されているので、旧来の基地機能は前より少ない人員で普通に稼働できる。とはいえ、もともと大したことをしていた基地ではないし、現状では3箇所の監視基地が稼働しているのだから、通信さえできるのであれば何ら問題ない。

 そもそも宇宙港にあるただの詰所のような扱いだったのだから。

 いや、地上基地と通信できる宇宙軍の詰所だったのだから。あまり変わらないか。


 騒ぎがおさまり、これらの方針が決まってすぐ、アルマローズ司令は第三と第四それぞれの惑星地上にある地上軍基地と連絡をとった。

 第四惑星リスーマ地上の基地とは連絡がとれ、宙域で騒ぎがあったが地上はそれに釣られることもなく日常的に変わらないとわかった。


 問題は第三惑星ラスタラ地上基地のほうで、再三連絡をとろうとしたがまるっきり返答がなかったそうだ。


 そこで、忘れられていたわけではないが、この第一辺境防衛基地から第三惑星ラスタラの衛星マヨースにある観測所に出向している5名がこの基地に帰還してくる。

 簡単に言うと観測所はもう不要であるがせっかくだからと無人監視装置を置いて引き上げてくるわけだ。

 そこで彼らが戻り次第、ラスタラ地上へ調査に向かわせようということらしい。人使いの荒い司令だが、降陸可能な彼らの使っていた小型艇を操縦できる者が現在の基地に居ないということなので仕方のないことなのだろう。


 この時点でアルマローズ司令が、アルミナ中佐(当時は少佐)にすぐ連絡をとり事情を説明していれば、調査に向かわずとも名簿から地上軍所属の兵士たちに個人端末で連絡がとれることがわかり、楽に早く状況がつかめたのだ。

 それを司令は『147の身内のこと』としてアルミナ少佐に伝えなかった。

 そのせいで調査に赴いた5名を含めて地上基地から追い出された数十名が、それぞれ地上で要らぬ苦労をすることになってしまったのだが、これはもう不幸としか言いようがないことだろう。

 宙域と地上とは基地の通信設備でないと連絡がとれなかったのが普通のことだったのだから。



   *  *  *



 輸送艦バラクーダに乗ってやってきたのは医療スタッフたちだけではない。

 後方支援局から海賊スネアの被害状況を調査するために送られてきた数十人の調査団も、ナツメグ税務会計事務所のカーディナル本社から送られてきた十数人の補充人員も、そしてどういうわけだかカーディナル士官学校を卒業した4人の士官候補生もだ。あとついでにアルミナ中佐らの正式昇格辞令も。


 「それでね、明日から士官候補生が研修に来るらしいのよ。」


 戦闘技術情報室の隣、室長室で補佐官であるヴィクス・メンレン・ステラ中尉とハマーノン・リリィ少尉の2人に、そう中佐が切り出した。


 「士官候補生ですか…」

 「でもここって士官らしいこと何も無いでしょ?、だから断ったんだけれど、

  艦長あっちが言うには、

   『当艦での研修期間の半分はそちらでやるべきだろう、

    せっかく艦長と同じ階級である中佐がもう一人居るのだから。

    軍本部に問い合わせたら、それで構わないとの返答だった。

    ゆえに4人の候補生を2人ずつに分け、期間の半分でそれぞれが

    担当して交代する、ということにした。よろしく頼む。』

  ってことらしいのよね。」


 「あっ!」

 「ん?」

 「あたし、士官候補生やってないですぅ!」

 「えっ?」

 「うん。リリィはそこんとこ手続きが面倒だったのですっ飛ばすことに

  しちゃったのよ。だから卒業していきなり少尉。」

 「そんなことできるんですか…?」

 「へー…」

 「その代わり、本部に居たころからだけど、今は駐留軍でいろいろと

  講義や訓練を受けてるでしょ?、

  やってることは士官候補生のようなものなのよ。」

 「そういう事だったんですね。」

 「そっかぁ…、あれ?ステラさんも一緒に受けてましたよね?、

  なんかいつの間にか一緒じゃなくなってますね。」

 「アルミナ中佐(当時少佐)が着任されるまでの三ヶ月間でいいという

  通達でしたので…。」

 「ステラ中尉が講義と訓練をしていたのは、中尉が士官学校出じゃないから、

  その補完のためよ。そういう規定があるの。」

 「はい、着任前に本部でそのように言われました。」

 「そうなんだ…」

 「それでもだいぶオマケしたみたいよ。ところでね、」

 「「はい」」

 「ステラ中尉にその2人の監督をしてもらおうと思ってるのだけど、

  任せていいわね?」

 「えっ、私に…ですか…、正直あまり自信がありませんが…」

 「地上軍でやってたのと変わらないはずよ。マニュアルもあるからやれる

  でしょ、個人端末に入れて今日中に目を通しておいてね。」

 「はい、そういう事でしたら。」

 「リリィは士官候補生の先輩という感じになるわ。」

 「はいっ」

 「悪い手本にならないようにしてね。」

 「はいっ」

 「あ、そうそう、シミュレーターに旧型の小型戦闘艇での偵察と、

  敵性種《HS》からの輸送艦の護衛、それと、別室のホロのほうに、

  地上戦、拠点防衛と、拠点制圧と、あとなんだっけ…?、まぁいいわ、

  追加しておいたから、その2人が来る前に2人ともやっておいてね。」

 「「はい」」

 「ステラ中尉はホロのほう、やりたくなければやらなくてもいいわ。

  どうする?、候補生の2人は訓練だからやるのだけれども。」

 「はい、内容を見ておくためにも1度ぐらいは…」

 「艦載機(シミュレーターでの訓練)のほうでもう充分わかってると

  思うけれど、ストーリーあるから分岐によってはキツイかもよ?」

 「ああ、仰りたいことはよくわかります。」

 「一応、訓練者の状態をモニターして停止するようになってるから、

  あまり酷いようなら相談してね、こじらせる前に。」

 「了解です。ありがとうございます。」

 「リリィはホロのほうに狙撃あるわよ。よかったわね。」

 「ほんとですかぁ!、がんばりますー!」


 駐留軍の射撃練習用のホロデッキではなく、戦闘技術情報室専用の訓練室の隣のホロデッキのことだ。リリィはこのことを分かっていなかったらしく、ステラ中尉に教えてもらっていた。



   *  *  *



 そして夕刻に、戦技情報室のホロルーム訓練メニューに『狙撃』が含まれるものの難易度が高すぎると、試してみたらしいロック・テリー・キャシーの3人がアルミナ中佐の座る室長席へと詰め寄ってきた。

 

 「そのうち慣れるんじゃないかな、って思ってるのだけれど…」(中佐)

 「いやーありゃムリだぜ、せめて気象条件なしじゃねーと…」(ロッ)

 「あまり簡単にしちゃっても訓練にならないかなって…」(中佐)

 「私もちょっとやってみたんですけど、最初からあれでは…」(テリ)

 「中佐もちょっとやってみてくださいよー、ストーリーモードー」(キャ)

 「ちゃんとテストのときにやってみたわよ、だから…」(中佐)

 「とにかくほらー」(キャ)

 「ちょっと、あーわかったってば」(中佐)


 ホロルームに引っ張って行かれ、しょうがないわねなどと言いつつ訓練メニューを選択、他の者らは隣の扉から訓練状況を多角的に映せるモニタルームに入った。


 「基本編の初級からでいいのよね?」(中佐)

 「はい、お願いします。」(テリ)

 「もう…、あたしがしたところで…、(ピ)」(中佐)


 そして狙撃者としての基本からレクチャーが始まり、中佐はそれをスキップして、ストーリーを進めて行った。

 モニタルームでは、「え?、当てなくてもいいの?」、「一緒に移動しなくてもいいのか…」、「味方を囮に…いいんですかあんなの…」、などとそれぞれが呟き、ストーリーモードなのでそのまま継続して次々進んで行く中佐に、皆とめる声を出すのも忘れて唖然として見ていた。


 始まってからそろそろ2時間という時になって、

 「次、中級になっちゃうからもういいわよね?」

 と少し肩で息をしながら中佐が言い、そこでモニタルームから、

 「あ、はい、お疲れ様でした。」

 とキャシーが返事をし、そのままぞろぞろ食堂へと向かったのだった。


 「ね?、あれぐらいでしょ?、難易度。」(中佐)

 「ええまぁ、はい、そうでした。」(テリ)

 「でもよぉ?、狙撃なのに当てなくてもいいってのは…」(ロッ)

 「ちゃんとその前のレクチャーを聞いてれば、当たる当たらないよりも、

  その後の行動のほうが大事だってわかるはずよ。初級はそのために、

  射撃自体の点数は低くしてあるのだし、射撃条件には現実味がある、

  そういう設定にしてあるのだから。」(中佐)

 「でもリリィ少尉は…」(キャ)

 「あのね、あの子普段はあんなだけれど、射撃の腕に関しては、

  カーディナル星系1位なのよ?、士官学校から言えば6年連続よ?、

  3年連続って言われてるのは一般部門、つまり無差別級よ?」(中佐)

 「「えぇぇ…」」 「すげぇ…」



 リリィの出たカーディナル第一士官学校は、中等部と高等部がある。

 中等部は付属中学のようなものだが一般の学校とは異なり、軍事演習や基礎訓練があるし、中等部を卒業するとある程度の階級資格待遇が得られるようになっている。

 士官としての指揮に関する学科や訓練は高等部からで、もちろん一般的な高等学校の学科もあるので本格的に勉強と訓練漬けの日々となる。


 ついでにアルミナ中佐もこのカーディナル第一士官学校を卒業しているが、カリキュラムが開発局や研究者向けの特殊なコースであり、数人しか入れず卒業できないようなものなのであまり知られていない。こちらは身体を使う訓練はほとんどなく、あってもホロで簡単に済ませるような座学の実践でしかない。


 リリィの3年連続星系1位は、高等部で一般部門(無差別級)での話。

 学生部門は中等部で3年連続1位だった。学生部門は中高が分かれていない。

 つまりリリィは中等部なのに高等部の士官学生を含めて、その他軍学校の出場者全てを押さえて1位の座を守り続け、まさに敵なしの状態だったのだ。

 そんな者を高等部でも学生部門に出場させるよりは、せっかく出場可能な高等部になったのだから一般部門に出場させるほうが学校としての宣伝にもなるという軍と学校の判断なのだ。

 高等部で学生部門に出場しなかったのはこれが理由である。



 「だからあの子に関しては別格。あたしはさっきのやつ何発か外したけれど、

  あの子ならきっちり当ててたでしょう。比べちゃダメよ。」(中佐)

 「…わかりました。」(テリ)

 「一応許可はしたけれど、あなたたちがやる必要はないのよ?、

  地上戦のストーリーって、分岐によってはかなりひどいものに

  なっちゃう場合もあるのだから。凹むわよ?」(中佐)

 「そうなんですか…?」(キャ)

 「艦載機でもそうだったでしょ?、帰ってくるまでが訓練って。」(中佐)

 「あー、いまやっべーの想像しちまった…」(ロッ)

 「言ってみて?」(中佐)

 「作戦失敗してもそこで終わらねぇんだろ?」(ロッ)

 「失敗の内容によるわね。行動不能になった場合、それまでの行動や

  成績によって、作戦自体もだいたい失敗するようになってるの。

  そして、もちろんその成績次第だけれど、所属チーム或いは部隊が

  どうなってしまうか、までを見せられて、どこがおかしかったかを

  きっちりアドバイスされるわ。」(中佐)

 「死んで終わりじゃねーのな。艦載機だと、死ぬってことは帰還も不能

  と見なして、そこで終わってアドバイスが表示されたっけ。」(ロッ)

 「艦載機にもチーム組んで任務をこなすのが拡張編からあったと思う。

  でも、そういう心に来るのはなかったよ?」(キャ)

 「宙域戦闘の、施設潜入とか施設防衛の白兵戦などにはあるんだけれど、

  そういうの、宙域ではもう必要ないから、入れてないのよ」(中佐)

 「もしかして、全部中佐が作られたんですか…?」(テリ)

 「そんなわけないでしょ、昔のシミュレーターからコンバートしたのよ。

  ちょっとくらいは構成をいじったり、調整したりはしたけれど。」(中佐)

 「それでかー、地上戦のはなんかお嬢らしくねーなって、あ、はい、

  中佐らしくないなと。」(ロッ)


 テーブルを挟んで向かいのロックには手が届かなかったので目線で注意する中佐。


 「地上戦に関しては、あたしだって経験があるわけじゃないのだから、

  多少内容が厳しかろうが、訓練要綱にあるものを外したりはしないわ。

  それにストーリーを変更するのもかなり手間がかかるし。」(中佐)

 「「なるほど…」」

 「とにかく、お手本も見せたわけだし、妥当なものだと納得してもらえた

  みたいね?」(中佐)

 「はい、お手数をお掛けしました。」(テリ)

 「…はい」(ロッ)

 「はい…」(キャ)

 「あ、キャシーは渡すものがあるから、あとで室長室についてきてね。」

 「はい」


 そうしてあとは軽く雑談などをしてから、食堂をあとにしたのだった。



   *  *  *



 キャシーを連れて室長室に入った中佐は部屋の隅に立ててあった、キャスター付きの大きな旅行ケースぐらいの、厳重に施錠できるごついケースをごろごろと押してきて室長デスクの脇で施錠を解き、「んしょっ」などと言いながら開いた。気密性があったような音がした。

 中には2つの合金製のケースが入っており、それを室長デスクの上に2つ並べてから、大きなケースを閉じ、着席してケースを開いてキャシーに見えるようにくるりと向けた。


 中身を見たキャシーはそれが何なのかわかったようだ。

 「中佐の新しい装備ですか?」

 「あたしのじゃないわよ、キャシー、あなたのよ。」


 キャシーは目を見開いて、

 「えっ!、でもこれって中佐にしか扱えないようなものじゃ…」

 「これで――と自分の腕のを示し――充分データも取れたし、使い方だって

  かなり調整したんだもの、大丈夫でしょ。」

 「あぅぁぅ…(中佐とおそろい…)」

 「ん?、一応キャシーに合わせてあるはずだけれども、とにかく装備

  してみてちょうだい。」

 「は、はい!」


 そう、これは中佐が装備している、両腕の端末を少し小型にした腕輪――というには少し太いがこれには表示部兼入出力部の四角い窓がついているので仕方がない――が2つと、同じペンダント、同じベルト、そして靴だった。

 袖をまくっていそいそと装着し、ペンダントを首からかけて服の内側にしまい、軍服のズボンのベルトを外して交換、さらに靴をぬいで履き替えたキャシー。


 それを見て中佐は、

 「靴もぴったりね。よかった。履き心地とかどう?、腕は違和感ない?」

 「はい、大丈夫です。うわー…」


 キャシーはすごく嬉しそうに、腕輪や靴をまるで子供のように動いて見ている。

 中佐はそれを微笑んでみていた。


 「これ着けると、なんか強くなったような気がしますね。」

 「分かってると思うけど、そういう勘違いしちゃダメ。絶対ダメよ。」

 「わかってますよー、そこらの子供じゃないんですからー。」


 そこらの高校生ぐらいの年齢の2人であるが。


 「そう。じゃ、情報連結しておきましょう。」


 といって室長室の隅の方へ行き壁の一部に左手を上げ、

 「コッペパン、情報連結。」

 『はい中佐。』


 壁の一部が四角く奥に凹んでスライドし、開いた奥から黒い物体がせり出て来た。


 「あ、そうだわ、キャシーの個人端末の中身、吸出して移さなくちゃね。」

 といってデスクの抽斗ひきだしから接続用ケーブルを取り出して、キャシーに渡し、黒い物体の下にある接続端子を確認してから、

 「まず端末のほうをメンテナンスモードにして」

 「あ、はいわかります。」

 「そう。んじゃここに、そう、あとはコッペパンがやってくれるわ。

  コッペパン、お願い。」

 『個人端末から情報を抽出します。…………完了しました。

  トライマー・キャサリン主任の個人端末をフロントエンドモードにしました。

  情報連結を開始してください。』

 「じゃ、両腕に装着した端末をこうして揃えて近づけるの。やってみて。」

 「はい。」

 『情報連結を開始します。』


 黙々と従って情報連結中のキャシー。その横から接続ケーブルを抜き、キャシーの個人端末からも抜いてキャシーの腰のホルダーに元通りおさめ、ケーブルを束ねてまた抽斗へと片づけながら、

 「この部屋と、各街区のメイン端末脇のブースで情報連結ができるわ。

  コッペパンに今のように左手を軽く上げて指示を出せば、あとは同じよ。」

 「はい。」

 「この艦以外でも同様。輸送艦バラクーダや戦艦ミズイリにもあるの。

  艦載機にはないけれど、カンイチくんにはあるわ。

  あ、あと監視基地にもあるわ。使うことないと思うけれども。」

 「はい。」

 『トライマー・キャサリン主任との情報連結を完了しました。』

 「ご苦労さま。」

 壁が静かに元に戻って行く。


 『以降、トライマー・キャサリン主任の指示を常時受け付けます。

  中佐に予め設定された呼び出し音「ピロレポンポピン♪」を

  主任専用呼び出し音として使用します。

  呼称は「主任」でよろしいですか?』

 「主任だとややこしいからキャシー主任で。」

 『了解しました、キャシー主任。』

 「ありがとう、コッペパン」

 『どういたしまして。』


 キャシーはすこし興奮気味なのか上気した表情で、中佐のほうへと歩いて近づいてきた。いつの間にか室長デスクの席に着いていたアルミナ中佐。


 「個人端末は前と同じように使えるわ。腕の端末それぞれも少しクセが

  あるけれど慣れれば個人端末以上に使えると思う。

  人前ではできるだけ個人端末で操作してね。」

 「はい、わかりました。」


 食堂などで腕の端末を直接操作していたこともあるのにそんなことを言う中佐。


 「言っておくけれど、それの機能は最終手段だと思っておいてね。

  他にできる事があるなら使わない事。あと、周囲に気を付ける事。

  あ、そうそう、テストは戦技情報室うちのホロルームでやってね。

  許可出しておくわ。大抵のことはあたしので試してから設定しておいたわ。

  大丈夫だと思うけれど、無茶な使い方しちゃダメよ?」


 人差し指を立てて念を押すような言い方をする中佐。

 喜んで緩み切った顔をしていたキャシーだが、少し引きつってから真面目な表情になり、

 「…これ、そんなに危険なんですか?」

 「一応、試作品これよりは出力を抑えてはあるわ。でも危険なことには

  変わりがないの。ホロルームならコッペパンとリンクしてテスト

  できるから、ある程度いろいろやってみて感覚をつかむまでは外で

  使わないほうがいいわね。」

 「はい、わかりました。」

 「端末として使う分には問題ないわ。さっきも言ったけれども、

  個人端末はフロントエンドだし。

  いい?、キャシー。あなたなら大丈夫って思って渡したのよ?」

 「は、はいっ!」


 中佐からそのように言われてはもう舞い上がるしかないキャシー。

 上気した顔に鼻息荒く、これ以上はもう抑えきれなくなりつつあった。そそくさと室長室から出る扉を間違えて戦技情報室側じゃないほうの廊下に出てしまい、そのまま開き直って仮眠室へと入り、薄暗い室内を誰もいないなと軽く見回してから、


 「きゃー!、中佐とおそろいよ!!、あははは!」


 と両の拳をにぎりしめてファイティングポーズに似たような恰好で、軽くぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現した。


 「!!??」


 実はこの仮眠室の隅で横になっていたワーカー・スミス(通称:スミス)がこの声にびっくりして飛び起きたのだった。

 彼に気づかずに部屋をでたキャシー。

 寝ぼけた頭で一体何事かと、部屋を出て行ったキャシーを見送っていたスミス。


 「…な、何ダッタんですカね…。」


 相変わらず彼のイントネーションはどこかおかしいのだった。



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20150211---- 一部の語尾を修正しました。

201502131400 強力→協力 修正しました。なんという見落としを…

・いくつか表現を変えました。

  (修正前)もちろん人材のことまでは考えては居たが、まさか違法薬物が絡んでくるとは考えていなかったのだ。

  (修正後)もちろん人材のことまでは考えて居た。しかしまさか違法薬物が絡んでくるとは全く予想外の事だったのだ。


・『穏便』に含める意味を補完して少しわかりやすくしました。

  (修正前)余計な手間もかからずに穏便に済む。

  (修正後)余計な手間もかからず、責任を問われることなく穏便に済む。

20150622---- 助詞ぬけ。

  (修正前)だが宙域入ってくることを

  (修正後)だが宙域に入ってくることを

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