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どうやらいろいろと上手く運んでいるようだ。
少佐は室長席でにこにこしているし、ステラとリリィも熱心にシミュレーター訓練をし、リリィは駐留軍の訓練にもときどき行っている。
ネズミはキャシーの打った手によって、アイトーカ市のネット掲示板から口コミのように、探偵業と町のよろず相談所として利用客が増えていき、ネズらも表向きの稼業にケチがついてはマズいと考えているようで、真面目に親身になってそれらの客の相手をするものだから、増々評判もよく、利用客からのさらなる口コミによって繁盛していってるようだった。
街の住人の悩みが減り、彼らも儲かる。実によいことだ。
キャシーは少佐と一緒にうきうき気分の地上車ドライブに行くがごとく、追加の部材・資材を持ってアステロイドベルト2の基地建設地へ行き、テリーらに預けてあっさり帰還した。
戦艦ミズイリにはハタレル少佐に頼んでおいた監視基地運営の教導員と基地職員らも乗ったらしい。電文で連絡が届いていた。特に問題もなくカーディナルを出たようだ。
第六惑星パロランの5番目の衛星ヘパルの基地建設地も、問題もなく建設作業をしているようだ。
輸送艦バラクーダは建設中のマヨース監視基地に作られた幾つもの倉庫と平地に残りの積み荷をすっかり降ろし終え、夜にマルキュロス星系へと飛び立った。
あとはそれぞれの監視基地が完成し、バラクーダで迎えに行った人員と元海賊ラゴニアたちを配備すれば、宙域に居る海賊スネアをどうにかしてもよくなる。
今もこのコッペパン艦が居るし、それぞれの建設中の基地のところに艦載輸送艦や艦載機が居るので、敵性種《HS》がよそから飛んできても対処できるのだが、あくまで監視基地で対処できるようになるまでの暫定的なものなので、もしコッペパンが何かの都合で監視の手を緩めたときに海賊がいないとあまりよろしくない。
敵性種《HS》の卵がよそから飛んできてどこかに付着してから育つのには時間がかかるし、巣になるまでは何年かを必要とするので、星系内にあった巣を全て殲滅した今はもう喫緊の脅威は去ったと言えるだろう。
ただしその、どこに付着して育つか、によっては将来的に脅威となり得るので、そうなる前に対処しやすい卵の状態で処理してしまうほうがいい。
そういう意味で、もちろん他の理由もあるが、3箇所の監視基地が稼働状態に入れるようになるまではと、海賊スネアへの対処を後回しにしているのだ。
海賊スネアはアステロイドベルト1に大規模な、といっても民間軍事基地としてはであるが本拠地をもっており、そこには非戦闘員――地上やコロニーで言う非戦闘員とは厳密には異なるだろう。スネアの生活基盤はあくまで地上であるし、ここに居るのは何らかの艦艇でやって来た『乗組員』ばかりなのだから。――も合わせておよそ4万人ほどが住んでいるということがコッペパンの遠距離探知とあちこちにばらまいたコッペパンの『眼』となる無人監視装置や無人探査装置により判明している。
艦艇は旧型のさらに1世代以上前の大型艦が132隻、中型と小型艦が187隻、1~15名乗りの艦載機や戦闘艦は積載されていないものが600機ほど、積載されている単座の艦載機は1800機、のようだ。
大したものだが、遠距離探知ではこれら全てが完全稼働可能状態であるかどうかまではわからない。だが仮に7割が稼働するとしたとしても、第一辺境防衛基地や地上にとっては相当な脅威だろう、何の抵抗もできずにあっさり壊滅してしまうと思われる。
防衛基地のアルマローズ司令としては、敵対できるはずもなく、協力姿勢を取らざるを得ない、というのも仕方のないことだろう。
コッペパン艦のこの星系の調査が終わる頃には建設中の監視基地も稼働可能になる。
艦長派がどういった考えで作戦を立案するかは、調査結果報告会議の3日後にわかるが、敵性種《HS》の脅威が排除された状態なのだから、星系を平定するという大前提でここに来ている以上、海賊スネアに対して何らかの行動を起こそうというような作戦案になるのだろう。
コッペパン艦や監視基地にとっては海賊スネアの持つ戦力は、実は何の脅威でもない。急ぐことなどなくのんびりやってもいいぐらいなのだ。
もちろん1箇所の監視基地へその戦力が集中すれば脅威だが、監視基地は3か所あり、それぞれをカバーできるほどの威力を持つ。コッペパン艦だってこの星系にいるからには当然、せっかく作った監視基地を見殺しにはしない。攻撃しようと集結したらすっとんで行って守るだけだ。
それほどの差があるのだから。
* * *
「あ、少佐がまたオカリナ吹いてます。」
「邪魔しちゃダメよ?リリィ」
官舎への帰宅途中に、少佐がどこかで聞いたような曲を「ふんふふーん」と口ずさんでいたのは知っている、これはおそらくその曲だろうとステラは思った。少佐はときどきこうして庭のベンチに座ってオカリナを練習している。他には司令棟の屋上や中庭でも。
「何の曲かわからないけど、なんかほんわかしますねー」
「私はまだ小さかった頃を思い出します。やわらかい音色。」
「ステラさんの故郷ってどこなんですかぁ?」
「内乱ばかりのつまらない所だったわ。リリィは?」
「あたしは少佐と同じでカーディナルですけどー、
実は少佐とは違ってすっ…ごく田舎で、えへへ、山と湖と森とヤギしか
なかったです。」
「カーディナルって全部都会だと思ってたけど、そういう所もあるのねー、
あ、そういえば少佐が『リリィは野山を走り回って育った』
って言ってたけど、そうなの?」
「はい、毎日裸足で草の斜面を転げまわってたって両親やジジババが
あたしの子供の頃のこと言ってました。」
「覚えてないぐらいの頃のことじゃなくて…」
「裸足じゃなくなったぐらいですよ、あ、学校は行きました、
ヤギの世話して、学校行って、みんなと走り回って、日が暮れて、
ヤギの世話して、晩御飯たべて寝る、みたいな生活してました。」
「平和なのね、カーディナルって…」
「そうですよー?、大昔は内乱のあった地域もあった、って習いました
けど、敵性種《HS》をやっつけるほうが先だーって。」
「それで軍に入ったの?」
「ううん?、うちって貧乏なんです。」
「え?」
おそらくステラとリリィの『貧乏』という感覚は大きく異なるだろう。内乱で孤児が増え治安もよくない所での貧乏と、田舎とは言え最低限生きてゆく程度の保障制度があるカーディナルとでは、それは違って当然なのだ。
貧乏だから軍に入る、という言葉ひとつとっても、ステラとリリィでは根本的に意味が異なる。
ステラの場合であれば、――彼女は人民を守るため決意して入ったが――生きるため食べるために軍に入るのは動機として一般的だった。財産もお金も服もない、もう盗みか何かくらいしかできない状態であっても、軍なら拾ってもらえる。もちろん軍人になってからしっかり給料から差っ引かれるが、それでもある程度の教育が受けられ衣食住が保障されるのだから、軍人になる選択をするのに『貧乏だから』というのはむしろありがちとさえ言えた。
ところがリリィの場合は事情がかなり異なる。
別に軍人にならなくとも生きて行けるのだから。ステラが疑問に思ったのはそういう所なのだ。しかもリリィは士官学校なのだ。ステラのように一般の訓練学校を出て一兵卒からのたたき上げではないのだ。
「お父さんが若いころ、学校で射撃を教えていたんですぅ、それで
小さいころから教わってて、でも射撃の大会(競技)に出られるような
学校って近くになくってですね、授業料も高くて、でも軍の学校なら
お金なくても推薦文書いてもらえば入れますし、射撃の大会にも
でられるんですよー、それで軍人になって、給料もらって、
実家にお金も送れていいことずくめでしょ?」
「な、なるほど…」
あまりの境遇の違いにステラが絶句していると、庭から少佐が庭のほうを見ながらリビングに戻ってきた。前にアイトーカセンター街で買ってきたあのワンピース姿だ。リビングでの2人の様子を見て少佐が言った。
「?、どうしたの?ヘンな顔して。」
「いえ、別に。少佐はどうなさったんです?、庭になにかありました?」
「隣の庭で男の子がじーっと立ってこっち見てたのよ。」
「はぁ、艦長の息子さんですね。」
「ふぅん、それで『こんばんわ』って言ったのに慌てて逃げてっちゃった
のよ、ヘンな子ね、って思って。」
「きっとびっくりしたんでしょう。」
「こっちのほうが驚いたわよ、ぼーっとこっちみて突っ立ってるのよ?、
幽霊か何かだと思うじゃないの。悲鳴上げるわけにはいかないし、
ご近所さんならとりあえず愛想笑いであいさつかな、って思って言ったのに
逃げることないじゃない?」
「それはそうですけど…」
「少佐、きょうの曲は何ですかぁ?、なんかどっかで聞いたような感じ
だったんですけどー。」
「あー、今日食堂で鳴ってたでしょ、覚えてたんで吹いてみたのよ。」
「ご存じの曲だったんですか?」
「ううん?、初めて聞いた曲よ、だから題名とか聞かれてもわからないわ。」
「そんなすぐ吹けるものなんでしょうか…」
「んー、ほら、コマーシャルソングとかみんなすぐ覚えて鼻歌で
うたったり口ずさんだりするでしょ?、そういうもんじゃないの?」
「はぁ…そういうものですか…。」
「あたし、少佐のオカリナ好きですよぉ?」
「ふふっ、ありがとう。これ、ガルさんが作ったのよ。」
「「えっ」、そのオカリナを、ですか?」
「そう。だから欲しかったらガルさんに言えばいいわ。」
たぶんリリィの言う「オカリナ好きですよ」は、オカリナ自体の話じゃないと思うのだが。
* * *
『こんばんわ』
『!!』
――ああ…しまった。何も逃げることはないだろう。大失態だ。
我ながら情けない…。今まで学校でもクールに振る舞っていた
自分とはまるで別人のようだ。どうしたらいいんだ…。
逃げるように、いや、実際逃げてきたヘンリート・アレックスは自室に戻って少し落ち着いてくると、ぼーっと見ていたときに声を掛けられて驚き、ついその場を離れてしまったことに、さざ波のような罪悪感が湧いてくるのを感じていた。
――そうだ、もう一度戻って謝ろう。
そう思って自室の窓から隣の家の庭を見たが、彼女はもう居なかった。
――おそかった…、父さんに相談…できるわけない。
いや、でも前に見たときは軍服っぽかったし、でもあんな学生
みたいなスカートにソックス、ずんぐりした可愛いショートブーツ、
どこのメーカーなのかな…。
あばたもエクボとは表現がよくないが、まさにそんな状態とはこの事だろう。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の真逆とも言える。さっきまで焦っていて考えがズレてしまっているが、そんなものなのかもしれない。
――今日のワンピース、すごくよく似合ってて、ステキだった…。
オカリナを吹いている姿が特に可愛らしいんだよなー、
両手を口元にこう…、いや、そうじゃなくて!
学校にはあんな子いないし、隣も官舎のはずだし、前から居た
他の2人……片方は今はメイドみたいだけど、軍人で合ってる
はずだよね、やっぱり父さんに頼ったほうがいいよね、
父さん艦長だし、ここで一番偉いんだよね…?、そうしよう!
軍服を着ていたのを見た、隣は官舎のはず、とそれだけで藁をも縋るような気持ちで、父親ヘンリート・ハインツに頼ろうと言う。
彼の迸り始めた、心の奥底から湧いて出てくるようなパワーは、3ヶ月前までなら考えられなかったことだが、仕事であまり家に居なかったせいでほとんど会わず会話も少なかった父親との壁や何やかんやを軽く乗り越えてしまうのだった。
――でも何て言って切り出せばいいのかな…。
* * *
「父さんおはよう」
「ああ、おはようアル」
語尾がアルなのは別に訛っているわけではない。息子アレックスの愛称だ。
私はD8608型駆逐艦の艦長をしている、ヘンリート・ハインツ中佐だ。
前は強襲偵察艦という、乗員15名ほどの小さな艦の艦長をしていたが、死亡率が他よりもかなり高かった強襲偵察艦という艦種は、希望者も少なく辞令が下ると死刑宣告のようなものだと忌み嫌われ――私のようにこうして生きている者もいるというのにだ!――、酒保で強襲偵察艦の乗員だと知られれば酒を奢られ、いやこれはいい事なのかもしれないが、憐れんでというのは頂けなかった。すまん話がそれた。とにかくそういった事情を斟酌したのか、噂の新型艦というものが強襲偵察艦を必要としなくなったのか、私には分からないが、とにかく廃されるということになり、一時待機を命ぜられたのだ。
そして辞令が下り、私は前歴を加味したらしい功績を認められ中佐となり、コロニー艦の艦長に命ぜられた。軍本部的には駆逐艦だという。部下を一人推挙してよいということだったので、元の艦の乗員だったソダース・クリストファー少佐(当時大尉)を推薦しておいた。
駆逐艦なら栄転だがコロニーなら左遷だな、などと思いつつも着任前にはほとんど知らされなかった当艦のいくつかの装備や諸元を知って驚いた。
まずはその大きさだった。駆逐艦なら常識的に100m前後だろう、戦艦ですら200m前後なのだ。ところがこのD8608型というのは全長15kmを超える。なるほど小型コロニーと言えよう。こんなデカい艦を駆逐艦という艦種にするとは軍本部は一体どうなったのか。常識外れにも程がある。
さらには、なんと武装がないのだ。レーザーにブラスターなどはもちろん、投射兵器すらない。艦載機にも装備されていない。武装のある旧型艦載機もいくらか積載されているようだが、このサイズの艦艇にその程度の武装では話にならないだろう。
だが、軍部が言うには、防御力は抜群、だという。旧型の戦艦が何隻集まろうと傷ひとつつかないのだそうだ。それが本当なら恐ろしいことだ、中佐に昇格させてから任されるのもわかる。コロニー内の駐留軍も250名ほどいるそうだ。確かにコロニーなら内部の治安維持に最低でもそれぐらいの人員は必要だろう。
それがあくまで駆逐艦という事なら中佐が艦長だというのも頷けるというものだ。
と、納得して着任したものの、過去になかった戦闘技術情報室という、命令系統の異なる部署が存在した。さらに、この艦の思考結晶への命令権はその部署よりも低かったのだ。艦長を差し置いて一体どういうことなのか理解できなかった。今も釈然としていない。
軍本部に問い合わせると、あくまで試験運用だからそういう事になっているとの事だった。ならば仕方ないと思っていたのだが…。
副艦長が2人、しかも片方はその戦闘技術情報室の室長だという。こちら側にはほとんど情報が流れてこないので軍本部の命令、艦の運用計画に従い、アスパラギン星系までいくつかの星系を経由してやってきたが、着任してきたのは17歳の少佐だった。
息子アレックスと同じ年のその小娘が副艦長で、艦長より艦の思考結晶への高い権限をもつというのか…!、と内心憤りはしたが、研究所上がりで軍本部での鼻つまみものらしい。左遷されてきたようだ。
それなら泳がせておいていいように利用してやろうと思っているところだ。
おっと、息子との朝食だったな、続けよう。
私は軍服の上に装着していた花柄のエプロン――息子が10歳の頃、家庭科の授業とやらで作ったものだ、これまで使う機会がなかったがこの艦に赴任してから使い始めたのだ。――を外し、椅子にかけ、席に着く。
「アル、今朝もちゃんと起きてきたな、最近ちゃんと起きれるようになった
ようで、私もうれしいよ。」
「はい、父さん。」
「ところでここの所毎朝、窓の外を気にしているようだが、一体どうしたん
だい?」
「あ、いえ、別に何も…」
息子は頬を少し赤らめ、そう返事をした。
こういうときは何か隠しているものだ。私がそうだったのだ、そうに違いない。
前は年に1度か2度しか帰宅できず、母(アレックスの祖母)やハウスキーパーに任せてしまっていたので、こういう風に会話することはほとんどできなかった。
だからこういう場合にも触れずにいたのだが、今はちゃんと広い官舎に一緒に住み、毎日顔を見られるのだ、せっかくだからちゃんと話をしておきたい。
そう思って少し問うてみた。
「私にも覚えのあることだが、誰か気になる女の子でもいるんだね?」
「父さん…、分かるんですか?」
何かのきっかけをつかんだような反応に、内心「ビンゴ!」と思ったが息子もそういう年頃なのだ、これはいい父子の会話のきっかけだろう、神が与えたもうたチャンスだ。このチャンスを逃してはならない。
――そうか好きな子ができたか…。毎朝この家の前を通るのか…?、
うん、私にも覚えがあるな…。タイミングを合わせて一緒に…、
は無理でも近くを歩いて登校しようとしたものだった。懐かしい。
それで時々急いで家を飛び出すように出て行くんだな。
息子アレックスは歪な家庭環境にありながら、よくこんなに素直で真面目な子に育ったものだと誇りに思っている。いつ死ぬかわからない軍人の父親、おそらく子供心に不安を抱えていたことだろう。学校の友達たちにも恵まれたのかも知れないが、ひねず曲がらず歪まず育ってくれて感謝している。私の自慢の息子だ。
「ああ、私がそうだったからな、好きな子ができるというのは、
毎日が充実し、世界が変わって見えるようになるものなんだ。
ちょうど今のアルのようにな。そうなんだろう?」
笑顔でそう言うと息子も破顔し、少し戸惑ったようなしぐさをしたが、すぐに大きく頷いた。
「はい!、彼女を見ていると、こう、心の底から気力が湧いて
くるんです!、父さんもそうだったんですね!」
目を輝かせて食卓に歩み寄る息子に、今までにはなかった共感めいた感情と、少々大げさだがこれが通じ合う父子なんだと感動すら覚えながらも話を続ける。
「それで、どうなんだ?、話はしてみたのか?、うちにはいつ連れて
来れるんだ?」
「それがその…、まだ話したことないんだ…。」
しょげる息子、ここは先達として、いや父親としてもひとつ元気づけなくてはならない。
「大丈夫だアル。お前は、親の欲目を差し引いても見た目はいいし、
女の子ウケだっていいだろう?、成績もいいし運動だって得意な方だと
学校のほうから報告を受けている。話しかけるぐらいで嫌われたりは
しないだろう?」
「う、うん…だといいんだけど…」
「なんだ自信がないのか?、お前今までモテてきたんだろう?、女の子から
言い寄られたことだってあったらしいじゃないか。どうしたんだ?」
「…前とは違うんだ…」
「ん?」
「こんな気持ち、初めてなんだ…!、すごくかわいい子で、僕、
あの子の事が好きになったみたいなんだ!
父さん!、あの子を紹介して下さい!」
――なんだと?!、紹介?!、一体何のことだ…?!
「お、おいアル、ちょっと落ち着け。紹介とはどういう事だ?」
「だってあの子軍服を着るんだよ…、父さんここで一番偉いんでしょ?
軍関係者だったら紹介できるよね?!」
――軍関係者だって?!、アルの年で釣り合うような年の子というと、
士官学校を出てすぐであるとか、いや、それだと年上になるが、
事務系の軍属とか、そういう…?、
「あ、ああそうだな、軍関係者なら紹介できんこともない…」
「本当?!、やった!父さんありがとう!!」
――まずい…つい勢いに負けて言ってしまった…。
輝かんばかりの笑顔だ。なんだかいやな予感がしてきたが、紹介してもらえると思いこんでしまった息子のためにも、どんな子なのかちゃんと訊いておかなくてはならない…!
「あ、いや、待て、お前の好きな子というのは学校の子じゃないのか?」
「一週間くらい前から隣に住んでるんだ、ちょっとくすんだ金髪で、
軍服が可愛くてさ、ときどき夜に庭でオカリナを吹いたりしてるのを
みていて、気づいたら好きになってたんだ。
父さん!、紹介してくれるよね!、お願い!!」
予感的中だった。
なんと息子の意中のひとというのは、あのアルミナ少佐だ。
期待に膨らむ目で私を見、朝食の席に着く息子。まずい。非常にまずい。まさか命令系統が異なるから連れて来れない、だとか、私が好ましく思っていないからダメだとはもう言えまい。何より、言ってしまった以上、こんなに輝いている息子の期待を裏切ることなんてできるわけがない。
人違い…という可能性も考えてはみたが、ハマーノン少尉なら今はメイド服だ、それならメイド服の話がでてくるはずだ。ヴィクス中尉は確か10ほど年上だ、いくらなんでも息子がそれに気づかないはずはないだろう。いや、ありえないことではないが…、私の息子なのだ、蓋然性は低い。
それにその2人ならオカリナは吹かない。オカリナを吹く人物なら私もときどき目にしていたのだから間違いない。
そもそも一週間くらい前というともう彼女しかないだろう…。
なんという事だ、あの戦闘技術情報室長、2人目の副艦長のアルミナ少佐だと…?、確かに息子とは同じ年だ、受験を控えた息子に、神の悪戯だとしてもこれはひどい。今の息子に精神的な傷でも与えてしまっては将来に関わる。
よりにもよって、あれだとは…、あいつは既に大学どころか大学院で博士と認められ軍の研究室で実績をあげ功績をいくつも上げたようなおそろしい娘だぞ?。
中央の厄介払いだとか聞いたが父親は中央の後方支援局の管理官だぞ?!、幕僚本部の重鎮だぞ?!、そんな上のほうの大将閣下なんぞ会った事もなければ話したこともない…。いやどっちにせよ直属でもなければ命令系統も異なる。たまたま同じ艦に配属されたが…、しょ、紹介…だと…?
あの忌々しい小娘は、私のたったひとりの息子にまでその毒牙にかけようというのか…!
* * *
「は?、バーベキューパーティー、ですか…?」
「そうだ、バーベキューパーティーだ。是非ソダース少佐にも
来てもらいたい。だめかね?」
「いえ、喜んで参加いたします!」
「そうか、で、ソダース君は料理はできるかね?」
正直、気は進まない。いや、ヘンリート艦長とアレックス君だけなら是非もない、誘われなくてもはせ参じたろう。彼が10歳ぐらいの頃から知っているが、利発で素直ないい子だ。艦長の官舎へ早朝、時々地上車を回したときにも見たが、艦長自慢の息子というだけはある。礼儀正しくしっかりしていた。
艦長が言うには、ご町内の親睦のため、艦長宅の庭でバーベキューパーティを開催しようというのだった。ご町内といってもあの界隈は官舎しかないし、ある程度の階級の者しかいない。
従って、ほぼいつも顔を合わせている司令室のこちら側(艦長席に近いほう)か、総務部長クラスか駐留軍指揮官や教官らぐらいしかいないのだが、駐留軍関係者は軍の寮に住んでいるので艦長宅の近所には居ないのだ。
すると、わざわざ親睦をというからには、艦長宅の隣、すなわちもう一人の副艦長、アルミナ少佐の官舎にいる、アルミナ少佐・ヴィクス中尉・ハマーノン少尉、の3人ということになる。
誘って参加してくれるだろうかという懸念もあるが、艦長自身あまりよくは思っていないはずの、あの3人と親睦を深めたいというのは一体どういう心変わりなのか、さっぱり見当がつかない。
渡された招待状の束を見ながら、案内状を書いてこれと地図を同封して送って欲しいという事だった。案内状などどう書けばいいのか…?
もちろん料理などただ焼くくらいしかできないので、料理ができる者を当たって連れて来いということなのだろうが、どうしたものだろう…。
* * *
「少佐、郵便受けにお手紙がきてましたよ?」
「お手紙?、ダイレクトメールによくある、『親展』じゃなくて?」
「はい、ほら、これ」
郵便受けなどというものが官舎についていたことに少々驚きつつも、アルミナ少佐はステラ中尉からそのお手紙とやらを受け取り、封を切った。
「なんだか分厚いわね。ヘンなもの入ってないでしょうね?」
「それはバトラー、じゃなくてセバスチャンがちゃんとチェック
するでしょう。」
「それもそうね、うわ、何これ…えーっと?」
「こちらは招待状のカードのようですよ?」
「んー、『貴下増々御清勝の事と御喜び申し上げ奉り候。此度バーベキュー
パーティーなる催事開かれん也とて貴殿らの御参加を切に願わんとし
下記日時に御集い召さるべし候…』……何これ無茶苦茶じゃないの。」
「はぁ、なんだかよくわかりませんね…」
「あちこち使い方がおかしいの。謙譲や命令やらもういろいろが
ごっちゃになってるのよ。一体誰がこんなの書いたのかしら。」
「はぁ…そうなんですか?」
「要約するとバーベキューするから参加しろ、ってことね。はぁ。」
「こちらのカードはまともですよ?」
「どれどれ?、ふぅん、そうね、普通ね。」
「バーベキューって何ですか?少佐」
「リリィ、バーベキュー知らないの?」
「?」
きょとんとしたリリィに説明をした。それならよくやっていたらしい。
「食べたいですバーベキュー!」
「ああはいはい、まぁ、悪いことじゃないでしょうし、リリィもこう
言ってるから、参加してもいいんじゃない?」
「でもこれ、ヘンリート艦長の家ですよね?」
「お隣でしょ。すぐじゃない。どうせ不参加でも匂いぐらい来るでしょうし、
リリィがそれで触発されたりするかもしれないから、だったらもう
参加しちゃえばいいでしょ?」
「それもそうですね。」
「わーい、バーベキューバーベキュー♪」
「あなたさっき食べたことあるって言ってたじゃないの。」
「だって石の周りにたき火して、石の上でお肉やいたりするのって、
士官学校に入る前に食べたっきりだったんだもん」
「何か違うような気がするけれども、まぁ似たようなものだし、
ちょっとぐらい違ってても文句言わないなら連れてってあげるわ。」
「はいぃ、お肉食べます」
「野菜も食べないとダメよ?」
「野菜も食べますよー?」
――だんだんこの子の精神年齢が下がってる気がするんだけれど、
大丈夫なのかな…なんか心配になってきたわ…。
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201501241210 蓋然性が低い ⇒ おそらく確率としてはかなり低いだろう。
表現の言い替えを行いました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。




