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『少佐、どうやらきれいに殲滅したようです。建設開始可能です。
予定地は決まりました?』
ちょっぴり意地悪さの混じった表情と言い方なのは、おそらくテリーらも予想していて、こっそり賭けでもしているのだろう。少佐が賭け事を好まないということを知っているようで、少佐の前では絶対にしないが、見ていない所でこそこそやっているのは少佐も知っている。
少佐からすれば、自分はしないと決めているだけなので、持ちかけられるのでなければいい。他人同士でやる分には好きにすればいいので、別にこそこそしなくてもいいのにと思うのだが、気を遣っているのだろうと気には留めないようにしている。
「いろいろ条件を考慮して、5番目の衛星ヘパルの、
巣があった平野部にしたわ。予想してたんでしょ?」
『ははは、そうですね、妥当な所でしょうね。』
――不敵な笑みだわ。賭けに勝ったようね。カモにされたのは誰かしら。
「ではその地点にマーカーでも置いて、マヨースのほうを
手伝ってきて。指示書にも書いたけれど、ヘパルはガルさんに。
テリーはベルト2の、ってその顔は言わなくてもいいって顔ね?」
『はは、予定通りですから。』
「ベルト2の予定地はちゃんと決めて報せるから。」
『了解です。』
――テリーたちの晩ごはんはバラクーダかな、マヨース基地かな…。
それはいいとして…。
星系を敵性種《HS》から守る、監視基地。
これは住民の居る惑星の近くに1つあれば、だいたい事足りるほどの監視範囲と防御能力をもつ。D8608型駆逐艦の影響範囲も相当なものだが、監視基地はそれに特化しているようなものであるので、とくに監視範囲は相当広くなっている。
ではなぜ複数建設するのかというと、相互に補うためと、何かあってもカバーできるようにするためである。
まず、第三惑星ラスタラの衛星マヨースに現在建設中の監視基地であれば、ラスタラ周辺を重点警戒宙域とし、ラスタラの公転軌道より恒星アスパラギン側の宙域を警戒宙域、外側を注意宙域とするような運用方針となる。
第六惑星パロランの5番目の衛星ヘパルに監視基地を置くのは、パロランの衛星のうち4つに巣ができていたということから、今後もパロラン周辺を警戒しようという理由がある。
ヘパルなのは大気のない衛星で、巣が一番大きくなっていた衛星だからだ。一番大きな巣のあった6番目の衛星ヘムルは、将来的には居住可能に改造される可能性があるので避けたのだ。もちろん、大気をもち質量もラスタラや第四惑星リスーマとそう変わらないので建設作業に手間がかかるという理由もある。
なのでこの2番目の監視基地は、パロラン周辺を広範囲に重点警戒宙域とし、パロランの公転軌道を警戒宙域、外側を注意宙域にするような運用方針となる。
アステロイドベルト2に置くのはこの軌道宙域の監視と、他の基地の補佐である。
今後も2箇所の監視基地を建設する予定にしており、2つあるリスーマの衛星のどちらかの地表と、アステロイドベルト1に、というのが候補地となっている。それらも重点警戒宙域、警戒宙域、注意宙域という方針を持って、それぞれの監視基地を相互に補い合うというものだ。
このことからも分かるように、監視基地は相当に広範囲に影響を及ぼせるほど目も広く手も届く。この星系が発展すればもっと将来には、カーディナル星系のように系外基地を幾つか置くことになるかもしれない。より綿密に、より安全に。そういうものなのだ。
――次の基地候補地はアステロイドベルト2で、ある程度は候補を
絞っては見たのだけれど…、あそこって氷ばかりなのよねー…
などと思いつつ室長席制御台をちゃかちゃか操作する少佐。ときおり「んー?」だの「おー?」だの言いながらやっている。
――あるじゃないの岩石。手頃な大きさのが。位置もベルトの縁でいい感じね。
内部…が氷かー、うーん、ちょっとテンマさんとこに相談かなー?
上手くやれば基地の燃料とか水とか、あと将来の拡張とか格納庫とかに。
「何かいいもの見つけたんですか?、少佐」
にまにまと笑顔でウィンドウを見ている少佐に、キャシーもにこにこして声をかけた。
「うん、ベルト2にいい基地候補地が見つかってねー」
「へー?、どんなのです…?、ふむー?、おー、駅近・商店近し
陽当たり良好、って感じですねー、これ。」
――どこの不動産屋さんよ。
「ヘンな例えだけど言いたいことはわかるわ。」
「えへへ、でしょう?」
と、可愛く笑うキャシー。
最近、といっても少佐が着任してからの数日だが、キャシーは以前の研究所に居た頃のように見られたツンツンしたところが取れて、少佐にも普通に接するようになってきたので、少佐も気楽になって喜ばしいと思っている。
もちろんこれは少佐からの印象であって、少佐の居ないところでは少佐に頼られた――命令されたり用事をいいつかったりした――他のメンバーにやきもちをやいたり、憚ることなく少佐を褒めたりする。皆もそういうものだとわかっていて見守っているのだろう。
この戦闘技術情報室では、一番若いのが少佐でその1つ上がキャシー・リリィの2人、ここまでが10代で、その次は皆、少佐からは10歳近く年上だったりそれ以上だったりするのだから。
キャシーは42局に入った頃は、既にアルミナ博士としての名前を知っており、年齢も近いその存在にかなりのライバル心を持っていたが、すぐに研究所で彼女のことをさらに知ってからはライバル心の反動か、尊敬し慕うようになっていた。
それからは少佐の大ファンのようなものになっていて、少佐の前ではなぜかそれを隠してツンツンしていたのだった。
――最近キャシーがごきげんねー、何かいいことあったのかしら。
なんにせよ前みたいにツンツンしなくなったのはいいことね。
あくまで自分に原因の一端があるとは露ほども思っていない少佐だった。
「どういう風にしてこんなのができたのかは分からないけれども、
やりようによっては水や燃料などに内部の氷を使えるのがいいわね。」
「そうですね、じゃあこの分厚い部分に基地をつくって、こっちの、
このへんに地下資源採掘プラントを、って感じでしょうか?」
「そのへんは専門家がテンマさんのところにいるから、
あたしたちで決めないでそっちに任せたほうがいいと思うのよ。」
「なるほど、そうですよね…。あ、なんならあたしがテンマさんに
送るデータ、まとめましょうか?」
「ん?、いいけどそっちはいいの?」
「だってここまで少佐が分析してくれたなら、そんなに時間も
かからないですよー?。少佐は権利関係の書類をこれからつくるん
ですよね?、手助けになればいいなって…。」
「権利関係ったってテンプレートはあるのだから、ちょっと面倒な
だけで、大した作業じゃないのよ?。」
「そうですか…」
何かしょげたように言うキャシー。
首から下げている愛用のサブモニタのゴーグルが、軍服の胸ポケットにあるフラップの縫い目にひっかかって小さな音を立てた。
「でもそう言ってくれるのを無下にするのも何だから、それじゃ、
おねがいするわ。よろしくね。」
「はいっ!」
ぱぁっと明るく返事をするキャシー。気のせいかゴーグルまでキラリと光を反射した。
――こんなデータ作成なんて大して面白いものじゃないと思うけれども、
そんなにやりたかったのかしら…?
不思議に思いつつも、キャシーが楽しく作業してくれるなら、とピントのズレた考えで作業を頼んだ少佐。
相変わらずそういう方面には鈍いのだった。
* * *
ガルさんから報告が来たようだ。
基地の完成を楽しみにしている元海賊ラゴニアたちの声(映像)を届けておいたのが効果抜群だったのか、現地作業員らの士気はこれ以上ないほど高いようだ。
午後から積み替え作業をしていた、第六惑星パロランの5番目の衛星ヘパルに建設する基地のための機材や資材を、艦載輸送艦B1号に積み替え終わり、夕食をマヨース基地の食堂で済ませてから、お弁当を作ってもらい、それを持ってすぐにヘパルへ向かったようだ。
第三惑星の衛星上から第六惑星の衛星までという距離を、行って作業して輸送艦内で宙域食ではない普通の食事をし、またある程度の時間を作業して戻ってきて第三惑星ラスタラの衛星マヨースに建設された基地の居住区で入浴を済ませて休む。
こんな、以前の宙域建設の常識からは考えられないようなことで、作業員たちは――依頼書にはちゃんと少佐が記載していたにもかかわらず――その目で見、実際に経験するまでは信じられないようだった。
そこに完成後にその基地に住む利用者たちからの、気持ちのこもった、こもりすぎかもしれないがそんな映像が届き、それを見た作業員たちの士気の高揚たるや、前代未聞だったそうだ。
こんなに快適なら、そんなに期待されているなら、と予定にはなかった3交代制に加え、輸送艦バラクーダや艦載輸送艦の機能の活用に慣れた事によりまるで突貫工事のような予定で、全てを前倒しにしてしまおうと、テンマ代表らが張りきってしまったのだ。
ついでに、その作業員たちの「応援してくれてありがとう。いい基地を造る。」と、要約すればそれだけなのだが、多くの者の声(映像)を返信したものだから、収容所の元海賊ラゴニアらも、ただでさえ士気が上がりっぱなしだったのに、凄いことになってしまったと、警備主任からの報告書にあった。
* * *
ロックからも経過報告が来ていた。
衛星マヨースの監視基地は最初に手掛けるものであるので、他よりも少し大きめの幾つかの倉庫と、軽く整地されたこれも広めの離発着場がつくようになっており、現在どちらも輸送艦バラクーダから降ろした資材や部材が置かれている。
ほとんど組み立てるだけ、とは言ってもマヨース基地は解体に土台工事があるし、居住区だって大きい。そう考えた上で日程を組んだのだ。
それが、予定では建設開始から2日目が終わる今日であればまだ食堂や居住区は完成しておらず、明日の予定だったが、作業員たちの頑張りすぎで予定が早まり、1日分早く食堂と居住区が完成してしまった。
マヨース基地なら、建設開始から食堂と居住区が使えるようになるまでで3日、
基地機能が稼働可能になるまでの工期は7日という予定で、後半の4日は他の建設現場用にここで部材を組み立てて輸送に備えるという作業も含まれていた。
なので他の2箇所の基地は建設開始から5日と少し、と予定していたのだ。
それがマヨース基地では食堂と居住区が使用可能になるのに既に1日ほど短縮されていて、基地機能のほうはあと2日でできる、つまり全体で2日も短縮するという、もともと余裕をもって組んだとは言え、脅威の速度だった。
そして平行して部材を組んで、艦載輸送艦に転送して現地に設置するのも前倒しになっており、3箇所の基地がそろって基地機能の稼働が可能、という前代未聞のバーゲンセールのような事になっているようだ。
早く完成すればそれだけ星系が安全になる、もちろんその通りだ。基地要員らも早く入れれば早く慣れる、カーディナルからやってくる教導員たちを待たせずに済む、元ラゴニアら訓練生たちも早く実地訓練に入れる、いいことずくめだ。
それだけ輸送艦バラクーダや艦載輸送艦、もちろんコッペパン艦もだが、転送機能を使って積んだり降ろしたりする、というのがいかに型破りかというのも、工期の短縮になっているのだろう。
というようなことがムツミネ側の意見などとともに、ロックからの報告には記されていた。
彼も3交代制に振り回されているようで、『睡眠時間が細切れになって困る』とか、『従来のと違うが本当にいいのか等といちいち確認される』とか、『掃討作戦行きたかった』とかいろいろ愚痴が報告書に漏れていた。
――ふふっ、でも早く出た分、早く戻れるのだからいいじゃないの。
掃討作戦のほうは、あのデータをちょっと加工して、訓練メニューに
こっそり反映してあるし、ステージも3つほど増やしたのよね。
ストーリーパートの追加が面倒だったけれども、ふふふ、
誰が最初に見つけるかしら…、なかなかの難易度の仕上がりに
なってるから、みんなちゃんと(ストーリーモードでの)フラグ、
回収できるかなー?
人の悪い笑みを浮かべほくそ笑む少佐。
そうなのだ、全く余談になるが、シミュレーターの訓練メニューは、こうして少佐がときどきこっそりと変更していたりする。もちろん最新のデータを反映することが目的で、それを訓練に活かせるようにというのがお題目なのだが、訓練する者らを熱中させる、お遊び要素というかいわゆるゲーム的な要素にも力が入っている。
少佐はそのあたりの自覚が少し薄いので、ロックやキャシーは言うに及ばず、普段おとなしいメンバーまでが『燃える』というようなシロモノになってしまった。
それはともかくとして、監視基地のほうの話だ。
今回建設される基地は、試験的な意味で、新素材を使った部材・資材が多くなっており、カーディナルの基地に使われたものよりも強度もあり、それぞれの部位に対しての適性を追及した現在における最新のものだ。
なので安全マージンを大きくとっていて、デザインの面では洗練から程遠いのだが、ここでの運用実績が認められれば各星系でも採用されるようになるだろう、という先駆的なものなのである。
ロックら主任連中もその重要性を熟知しており、だから愚痴――ロックとキャシーぐらいだが――こそ出ても、きっちり担当された仕事をこなす。
何も基地だけではない。他に任されたことはたいていかなり重要なことだということは、アルミナ少佐が少尉だった頃から知っている者は尚の事、過去の例からよく知っており、任されるということがどういう事か、ちゃんと理解っているのである。
余程重要な、重大な何かが起こりでもしない限り、それぞれで処理してしまうので、こうして事後報告の形になる。
(だから毎日ではないが朝の打ち合わせのときに『順調です』の一言で済む)
* * *
キャシーに作成してもらった資料と合わせて依頼書の追補書類をテンマさんのところに、権利関係の書類はカーディナルの宇宙軍本部にと、他にもいくつかの書類をそれぞれ送信し終えた少佐は、「遅くなっちゃったわね」と言いながら食堂へ行こうと周りを見回した。
「あれ?、ステラ中尉とリリィ少尉はどうしたのかな…」
「その2人なら、ほら」
と、メイが指さしたところには、作業台にうかぶウィンドウに映っているステラ・リリィ・キャシーの3人がいた。
「呆れたわね、キャシーまで…」
「いろいろ指導しているようですよ?」
そう言ってメイがちょっと操作すると音声が聞こえてきた。
『もう少し早めに操作しないとー、そこが遅れるとその後どんどん
遅れてしまって取り戻せなくなっちゃうんですよ。』
『ふむふむ…』 『なるほどぉ…』
『お二人ともスジはいいんですよ、ちゃんと計器の表示を見て、
予測しながら操作するんです。』
『地上車と同じような感じですか…』 『難しいですぅ』
確かに指導しているようだ。自分も忘れていて遅くなったが、夕食のことも忘れて艦載機訓練メニューに熱中してしまって大丈夫なのだろうか、と少佐は不安に思って見ていると、
「少佐?、遅くなりましたけどこちらも段落したので、食事に
行きませんか?」
「あ、そうね、あたしもそう思ってたのよ。」
そして音声が届くように操作をし、
「あー、そっちの3人?、食堂いくわよ?」
『はーい、こちらも行きまーす!』
『あ、少佐だ』
――あ、少佐だ、じゃないわよ全く。あの子、駐留軍の訓練以外ずっと
あそこに居るじゃないの。よく持つわね…。
戦技情報室には誰も居なくなるが、もう夜だし構わないだろう。
そうして食堂へ行き、遅めの夕食をとった。
「食事をしていて思ったんですけど…」(ステ)
「ん?」(少佐)
「作業員の方たちの食事ってどうしてるんですか?」(ステ)
「あー」(少佐)
「そりゃちゃんと食堂で食べてますよ、ステラさん。」(キャ)
「あ、いえ、そういうことではなくて、100名以上の食材は、
どうしてるのかな、と…」(ステ)
「最初の何回か分は持って行ったけど、あとは輸送会社が届けるの。
だから心配しなくてもあたしたちみたいにちゃんとした食事を
していると思いますよ。」(キャ)
「そうなんですか…、いったいどこから運んでるんです?」(ステ)
「そりゃあもちろん、この艦からですよ。」(キャ)
「この艦の生産区の搬入出口から直接輸送するんですよ」(メイ)
「この艦の出入り口って、ターミナルビルの艦載機発着場だけじゃ
なかったんですね…。」(ステ)
「工業区にもあったでしょ?、打ち合わせに居たじゃない。」(少佐)
「そういえば…、いくつもあるんですね…」(ステ)
「ここはひとつの街なので、それの出入り口が1つしかなかったら
混雑しちゃうでしょ、だからじゃないですか?」(キャ)
「なるほど…、確かに。」(ステ)
「何も別に不思議に思うようなことじゃないわよ、商店街だって、
お客さんが出入りする表と、商品を搬入したりする裏口が
あるのだし、従業員出入り口だってあったりするでしょ?」(少佐)
「そうですね、そう考えれば当たり前の事でした。」(ステ)
「使う人、利用する人に不便の無いように、そういう人たちが
知っていればいい、そんなものじゃないかしら。」(少佐)
「あ、だからパンフレットには書かれてなかったんですか。」(ステ)
「あれは表向きでほんの一部だから…」(メイ)
「あたしたちはちゃんと知ってなきゃいけないんだけど。」(キャ)
「覚えることがいっぱいです…」(ステ)
「ゆっくりやればいいわよ、焦らなくていいのよ。」(少佐)
「はい…」(ステ)
話しについてゆけなかったのか、きょとんとした表情で話し手に視線を移動させ、でもしっかり口はもぐもぐ動いていたリリィが、少佐にはなんとなく面白かった。
* * *
翌日、ムツミネ宙域建設のほうから返答が回ってきた。
アステロイドベルト2の基地建設候補地は、こちらの提案した場所で概ね問題はないということだ。アステロイド内部の氷(水とメタン)を採取して利用することについても問題ない、むしろ積極的に活用したい、との返答だった。
ただそのためには現在の資材や部材には無い、採掘プラントの資材を用意することになるので、その手配の相談をしたい、ということだ。通話でやってしまってもいいが、それはそれで通話記録に残るのもなんとなく今は避けたいところなので、直接行って話すことにした。
――ステラさんに運転してもらって…と。
リリィは今日は…、まぁいいか。
昨晩ちゃんと言い聞かせておいたので、シミュレーターに篭りっぱなしということはさすがにないだろうと思う。熱中しすぎては困るが、基本的にはあれは訓練なのだ。やらせておいても構わない。遊びのような感覚でやっているが真面目なものなのだ…。の、はずだ。
キャシーとメイにそこは任せることにして、ステラ中尉の運転で工業区のムツミネ宙域建設の事務所へ向かうことにした。
そこでプラント部材と資材の輸送をどうするか、いつにするか、などを打ち合わせした。もともとそういう類のものをこのアスパラギン星系で建設する予定にしていたので、在庫に用意はあるようだ。
それなら選別してデータに記しておいてくれれば、こちらで積んで持って行きますよ、というとかなり驚かれたが、衛星マヨースでの作業などの報告が回っていたようで、さもありなんと納得してもらえた。
選別リストは15時ごろということなので、それでおねがいすることにして戦技情報室へと戻ったのだった。
* * *
「というわけで、もいっこ艦載輸送艦でプラント用のを持って行く
ことになったわ。あたし一人で行ってもいいけれど、どうする?」(少佐)
「想像もつきませんが、おひとりでできるんですか…」(ステ)
「コッペパンやB3くんの補助があるからできるのよ。
キャシーとメイには今日はここに居てもらったほうがいいし、
ステラ中尉とリリィ少尉はついてきてもする事がないと思うから、
ここで訓練してたほうがいいでしょ?」(少佐)
「あの訓練をしていたら私でもそういう風になれるんでしょうか…?
覚えることが多くて…、(リリィにも勝てないし…)」(ステ)
「もちろんなれますよ、ステラ中尉。ここの皆、今のステラさんの
ように訓練して、動かせるようになってるんですから。」(メイ)
「私、訓練がんばってみます…」(ステ)
そう言ったステラにメイも少佐もキャシーも頷き、
「少佐、ここは私がいればなんとかなりますので、
せめてキャシーを連れていって下さい。」(メイ)
ちらっとキャシーを見ると期待しているような目だった。
「そう?、メイがそう言うなら、いいわ。
じゃ、キャシー、一緒に行きましょうか。」(少佐)
「はいっ!」(キャ)
というやり取りがあり、結局少佐とキャシーとで運ぶことになったのだった。
とはいえ、やることは簡単だ。
・まず艦載輸送艦B3号に艦載機A4号を載せ、乗って艦外へ出る。
・ムツミネ宙域建設から受け取った部材・資材のリストにある、保管されている倉庫と場所から、コッペパンに任せて、それら無人の倉庫から艦載輸送艦へひょいっと転送してもらう。
・艦からある程度距離をとって、アステロイドベルト2の基地建設予定地近くへジャンプする。
・現地にもう居るであろう、テリーらにB3号を任せ、A4号に乗って帰ってくる。
これだけだ。
また別の艦載機を使うとカンイチくんがうるさいだろうが、カンイチくんはプロトタイプなので、普通の艦載機より大きい。プラントの部材などのサイズからして、積載容量にはたっぷり余裕があるのだが、気分的に小さい方にしたかったのだ。
それに…。
――だって人数少ないとあいつ調子に乗るのよね…。
そうなのだ。
手動に切り替えて操作するのには少佐とキャシーの2人だけでは厳しいものがある。できなくはないが、大変なのだ。面倒なのだ。それでカンイチくんの補助をアテにすることになるので、俄然調子に乗るのだ。困ったヤツなのだ。
前回、敵性種《HS》の巣を掃除したときに、調子にのった言い回しをしたり、モニターをピンクにしたりと、好き放題だったのは乗員が3人だったからだ。これが2人になったら一体何を言われ何をされるやらと思うと、選択する気になれないのは仕方がないというものだろう。
カンイチくんの日頃の行いが悪いのだから。
だが普通の艦載機よりカンイチくんのほうが、かなり余裕を持って作られたプロトタイプであるだけに思考結晶のサイズも大きく、補助結晶までついていて、艦載機自体も普通のよりも機能が多かったりする、実はなかなかあなどれない艦載機だったりする。
量産型である普通の艦載機は、カンイチくんをベースに作られており、不要というわけではないが無くてもいい機能を減らし、思考結晶自体ももちろん余裕はあるが、これぐらいあればいい、という程度に抑えてある。
量産型のほうが改良され優れているという部分もあるが、概ね、ただデカいだけのヤツじゃないのがカンイチくんなのだ。
* * *
「少佐~、ネズミに動きがありましたー」
そろそろ空いてる頃だから、お昼でも…、なんて思って席を立ち歩きはじめると、キャシーがそう言った。返事をしながらキャシーの席へと近づく。
「ほ?、どっちに向かって?」
「第一辺境防衛基地に向けてかと。」
「ふぅん、海賊のほうへは?」
「送って無いようですよ?」
「ふーん…、電波?」
「はい。一応、偽装地点から電波で防衛基地に通信してますが…」
「うん、それでいいのよ、そのために置いてきたんだから。」
このコロニー艦の進路はもう既に、宇宙港を出てしばらくの間の通常航行をしてから、ショートジャンプで全く別の地点に居り、ジャンプ直前の地点には、簡易隠蔽機能付きの無人の監視装置がぽつんと置かれている。
その監視装置はコッペパンからの亜空間通信を受けて、光または電波の送受信が可能なのである。これと同じ装置が植民惑星それぞれの衛星軌道にいくつもこっそり設置されているからこそ、コロニーの住人が第三・第四惑星のローカル放送を視聴できる理由だったりする。
「で、内容の解析は?、あ、まって、これほら、防衛基地からマヨース
(第三惑星の衛星)のスネア基地にも送ってるわね。
こっちも解析してみて。」
「はい、あ、パターン同じですよ、これ。ならこうして…と、
もうちょっとで…、あ、出ました。」
少佐らがネズミと呼んでいる、アイトーカ市商業区にあるネズ探偵社の、ネズ・ジーラスという男から、第147辺境警備隊隊長の第一辺境防衛基地司令、アルマローズ・マデッタ中佐への電文はこういうものだった。
・いまこの艦がどこにいるのか全く内側からは掴めなかった。
・市民らは、この艦が戦闘艦だということを知らない。
・兵士らも、宇宙港を離れた艦がどういう航路を採るのか知らされていない。
・何か分かり次第連絡する。
そして、アルマローズ司令から海賊への通信はこうだった。
・コロニー艦を見失った。そちらで何かわからないか?
・こちらでも見失った。パトロール艦からでは遠すぎて分からない。
・宇宙軍の動向はこちらとしても気になるので捜索隊を向かわせる。
・何かわかったら連絡が欲しい。
これらの解析結果を見て、
「ふぅん?、まぁだいたい予想通りねー」
「そうですねー」
「このネズミ、本当に真面目に調べてるのかしら…?」
「少佐、それはかわいそうですよー、あはは」
「だって艦長派ならどういう航路でどう行くか知ってるんだし、
とっかかりだってパッと思いつくだけで幾つかあるぐらいなのだから、
真面目に調べればわかりそうなものよ?」
「それは少佐だからですよー、実際コッペパンが見張ってるんだから、
そうそう簡単には行きませんよー」
「そっか、それは手ごわいわね、なるほど。」
「あはは、それで、どうしましょう?」
「どうもこうも、ちゃんとネズミ飼育してるんでしょ?」
「はい、だんだん依頼も増えてるようですよ?」
「んじゃこれ、忙しい合間を縫って、アルマローズさんに報告してるのね。」
「そういうことですねー」
「もっと繁盛させてあげて。余計なこと考えないくらいに。」
「はーい、了解です、あ、サクラ使ってもいいですか?」
「サクラ?、ダメよ、それがバレたらこっちの仕業ってわかっちゃうもの。」
「なるほど、工夫します。」
「うん、そうして。相談には乗るから。」
「うふふ、これくらいは何とかできなくちゃ。」
「そう?、んじゃ期待してるわ。」
「ありがとうございます少佐。」
というようなことを戦技情報室でやっていた頃。
第一辺境防衛基地司令の執務室では…。
「全く、どうなってるの?!」
アルマローズ中佐はいらいらしたように、コロニー艦に忍ばせたネズという男からの報告電文を見てそう言った。
こちらから、宇宙港を出てしばらくは追えたが、途中から見失ってしまった。
ネズから電波通信で連絡があった以上、この星系に存在しているのは確かなはず。その遅延時間からだいたいの距離がでるはずである。それが見失った地点だった。
ショートワープなどのジャンプをしたとしか思えないのだが、基地の計器にはそのような痕跡は発見できなかった。
敵性種《HS》の件でお世話になっている、海賊スネアのパトロール艦にも探索への協力をしてもらうよう依頼したが、それらは敵性種《HS》対策用であり、見失った地点から距離もありすぎるので、観測にも時間がかかるためあまり期待はできないらしい。
海賊スネアはこの件には協力的で、宇宙軍のバカでかい艦の動向には彼等も気にしているようだった。アステロイドベルト1にある本拠地から小型艦を出動させて、見失った地点から捜索を開始する、と約束してくれた。
「何か事を起こすなら報せて欲しいと言ったのに…くっ…」
まさかあんなデカブツを見失うとは思っても見なかった。
博士という肩書をアテにして頭を下げて頼んだというのに、バカみたいではないか。あの艦の艦長につなぎを取ってそちらに頼めばよかった。やはり研究者風情では軍人の相手にはならないようだ。
「所詮は小娘か…」
アルマローズ司令は、これから何が起こるのか、この星系にくれぐれも余計な事をしてひっかきまわしてくれるなよと不安でいっぱいなのだった。
* * *
海賊スネアのアステロイドベルト1にある宙域本拠地では、第三惑星ラスタラの衛星マヨース基地からの連絡を受け、不穏な雰囲気に包まれていた。
「第147辺境警備隊か、辺境警備隊なんて名乗ってるが、
コロニー艦を見失うたぁ相変わらず役に立たねぇ軍だな、ははっ」
「そう言ってやるなよ、奴らだって宇宙港の警備、頑張ってんじゃねーか」
「それによぉ、俺達だって見失っちまったんだぜ、あのデカブツを」
「違ぇねぇや、はっはは、俺達にできねぇもんがあいつらにできる訳ゃねぇか」
「でもよ、あんなにでっけぇもん、痕跡も残さずにワープしたってのか?」
「だよなぁ、一体どうなってやがんだ…」
不安を紛らわそうと軽口をたたいてはみたものの、やはり不安はぬぐえない。
第147辺境警備隊に居る同胞やマヨース基地からの偵察艇から送られた資料を見ても、つるんとしたカプセル状の外形の、不気味な黒光りする巨大な物体でしかないのだ。コロニーを装った戦闘艦だという話だが、一体どこが砲塔でどこに艦橋があるのやら、どっちが前なのか後ろなのか上下すらもわからない。
宇宙港から出たときにも、何かを噴射した様子もなかったそうだ。
停泊中には住人らしき連中が宇宙港で買い物をしていたようだが、接触した店員などの話を聞いても普通の市民だという。
手がかりがないから不気味であり、不気味だから不安なのだ。
その不安を誘うデカブツを見失ったのだから余計に不安も増える。
海賊スネア、ラゴニアともに、宇宙軍がコロニー艦をもってきた、ということは知っていた。ラゴニアについては宙域に居たものはもうコッペパン艦内の収容施設で訓練中なのだが、ラゴニアを監視していないスネアは知らずにいたし、まさか基地を建設しているなどとは思ってもいなかった。
それで第一辺境防衛基地近くにいたコロニー艦に対して、有事に備えて防衛・威嚇するためにマヨース基地に本拠地から艦艇を回そうと、出撃しようとしていたところに、マヨース基地から、コロニー艦が動き出したが見失ったという報告がきて、そんなばかなととりあえず待機し、偵察用の小型艦艇をだすことになった。
「もしかして奇襲してきたりするんじゃねーだろうな…」
「奇襲ってったってあんなバカみたいにでっかい艦1つでか?」
「この本拠地にはあちこち千隻ほどあるんだぜ?、のこのこやってきたら
囲んじまえばいい」
「けどよぉ、見えねぇ敵だぜ?」
「ばーか、近くに来りゃ見えるだろ、あんなでっけぇんだしよ」
「とにかくいつでもすぐに出られるようにしとかなくちゃな、
上からもそろそろそういう指示くっだろ」
「だな、ほれ、お前も不安垂れ流してねぇで、動け動け」
「お、おぅ」
この宙域本拠地は、いくつもの基地やドックがあとからあとから拡張に増設にと追加され、少し離れたところにも同様に建設された、集合体のようなものだ。
軍とは違い、ここで生活している者らはそれぞれが搭乗員であり整備員である。中には艦載機のパイロットであったりする者もいる。
例によって人の集まるところには商店ができたりして街の様相を呈するものだが、それら一見非戦闘員だと思われるような者ですら、何らかの艦艇でやってきた搭乗員だ。
物資は第三惑星ラスタラからの定期便があり、人員の行き来もある。ここには4万人ほど居るが、生活基盤などではなくあくまで基地拠点である。
軌道エレベーターのない第三第四惑星では、地上からの物資の打ち上げには、旧式ではあるが重力制御機関を使用したコンテナ輸送方式と、揚陸輸送艦との2つの方法が採られている。もちろん大気圏降下が可能な艦艇が勝手に輸送することもある。
前者は宇宙港までを往復しそこで別の艦艇に積み替えて輸送をする。後者は直接拠点まで輸送する。言うまでもないが後者は宇宙軍に見せたくないものを輸送している。
旧式とはいえ艦内環境を保ったりシールドとして力場を支えたりできるものなのだ、大気圏降下時には艦内重力が切れるが、ゆっくり上り下りするぐらいはできる。もちろんエネルギーは消費するので金はかかるが、艦が万全なら気軽な旅だ。
「ふん、宇宙軍がナンボのもんじゃい!」
「おー、いいね、その意気だ!、わっはは」
「俺達がこの星系を守ってきたんだ!」
「「そうだそうだ!」」 「「おー!」」
「うちの息子がよぉ、『お父ちゃんたちはアスパラマンだ!』って言うんだぜ?」
「なんだそりゃ」
「アスパラマン?、わっははは」
「知らねーのかよ、ラスタラの子供番組にあんだよ!」
「へー?」 「あははは」
「何でも宇宙からやってくる怪獣をアスパラマンたちがやっつけるんだと」
「まるで俺達じゃねーか、わははは」
「だな、ははは」 「違ぇねえ、がははは」
酒盛りをしながらこういう盛り上がりが散見されるのも、この宙域拠点というものである。
この会話にでてきた『アスパラマン』というのはスネアの息の掛かった企業の提供で製作されている番組だったりする。どこの星系、どこの地上世界でも似たようなものだ。
アスパラマンウォッチ、アスパラマンブレスレット、アスパラマンソード等の玩具の売れ行きも上々だそうである。
この番組、コッペパン艦内で普通に見ることができる。
もちろんグッズも通販で入手ができる。
但し、取り寄せるわけにはいかないのでレプリカだが。
本来、平定されている星系内であればちゃんと取り寄せるか、複製許可をとりつけてきちんと金銭などの対価を支払うが、平定されていない星系のこういった事は、あいまいに処理されていたりする。これもそのうちのひとつの例と言えるだろう。
そしてこのアスパラマンウォッチだが、少佐が着任する前に、デン(ホンマ・ヤーデンス)がそのレプリカを購入して腕に着けていたのをロックが見つけ、「お!、アスパラマンウォッチ!」と言って2人で変身ポーズをしたりと盛り上がっていたらしい。
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201502101650 語尾をいくつか修正しました。




