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笑顔の無茶振りから10年が経った。
お父さん頑張ったよ!
子供は放っといても育つとはよく言ったもので、めったに家に帰らず研究室にこもりっきりの私の苦悩もなんのその、勝手に飛び級したり士官学校に入り直したりして、現在は中尉待遇で私の元いた研究室に居る。
しょっちゅう夜食用のお弁当という名の重箱を、「お父様に差し入れですー」と、いつの間にか顔パス状態で入り込んでは持ってきて、「みなさんでどうぞー」とか言っていた。全く、兵器開発局のセキュリティはどうなってるんだ。
「よくできたお子さんで羨ましいですよ、ははは」
「いやー、お恥ずかしい」
こちらとしてはもっと普通の娘であって欲しかった。
考えてみてほしい。
だいたい学校や学年などというものは、年齢から推測されて雑談などのネタにされるようなものなのだ。
* * *
ある時など、
「そういえばお子さん、おいくつになられたんです?」
「今年で12歳ですね」
「なら中学に入られたところですか。官舎区画からだと通学は不便じゃ
ないんですか?」
「え?、あ、そういえばそうですね、いやーうっかりしていましたよ、ははは」
――中学が官舎区画から遠いだなんて、知らなかったよ…。
後日、差し入れに来た娘に尋ねてみる。
「アユ、中学って遠いんだろう?通学とか大丈夫なのか?」
「はい?中学?、もう卒業しましたよ?」
「ええっ!?」
「いやお前その……それ……制服は……」
「ああこれですか。これは私服です。中学の制服に似ているのは、
きっと気のせいです。えへへ」
「いつもいつも、そんな笑顔でごまかされないぞ?、んで卒業したってことは
今は高校か。」
「いいえ?」
「まさかそれも……?」
「はい、卒業証書を受け取りましたし。」
「んじゃ今は何なんだ……」
「今は、…あ、こんばんわみなさん」
食事はたいてい食堂でするのだが、こうした夜食などは各自適当に、
応接や打ち合わせに使うブースや小会議室を利用している。
娘が差し入れに来たときは、皆、手を休め、こうして小会議室で食べるのが慣例となっている。
振り向くと、開けっ放しの入口からちょうど皆がぞろぞろとお茶などを手に、小会議室に入ってくるところだった。
「どこに行ってるのか、じゃなく何なんだと尋ねるところが主任の心中を
表していますね、ふふっ」
「君なぁ…」
「はい、どうぞ主任」
「ああ、ありがとう」
と、お茶のカップを置いてくれたのは私の補佐をしてくれているネクピア・ティシア研究員だ。
すると他の研究員たちも口々に、
「廊下まで丸聞こえでしたよ主任」
「主任の放任主義も、ここに極まれりですなー、やぁこんばんわアユちゃん、
あれ?まだ広げてないの?」
「あ、どうぞー、はい」
「いつもありがとうねー、あ、あとやっとくから。なんか続きあるみたいだし。」
「お願いします」
「放任主義って君らなぁ…」
「だってアユちゃんすぐそこの中央カーディナル大学生ですよ?」
「ええっ!」
「しかも何やかんやあれこれ免除されてる超エリート。」
「それほどでも……」
「謙遜謙遜、私達から見てもそうなんだから。」
「知らないのは主任だけですよ」
「……うーむ」
「おおっ、いい匂い」
「わぉ、これは美味しそうだわ」
「今日はお野菜を中心に炒め煮にしてみました。そちらのをふりかけて
食べてくださいね」
「おおー、これベーコン?」
「はい、カリカリに炒めて砕いてスパイスと混ぜてます」
「こっちは?」
「そっちはバジルとパセリのオリーブオイルソースです、お好みで」
「ねね、アユちゃん今度作り方教えてー」
「はいー、あ、おにぎりはプレーンです。梅が欲しいひとはこちらに。」
――ちゃっかり胃袋をつかまれているなぁ、ここの連中。
* * *
それが知らぬ間に、――本当に知らなかったのだ。まさか私のサインやハンコを使って書類を提出しているなんて――飛び級などという事になっていたり、ちゃっかりと大学に籍を置いたまま士官学校に、それも特別待遇で入って軍籍を得ていたりするなんて、思わないじゃないか。
普通に、娘の学校の授業参観や行事などに参加したかった。
そういえば学校の面談などに呼ばれたことがないような……?
考えてみりゃおかしいのだ。
飛び級やらなんやらで編入しているのだから保護者として同行するものだろう。
いや、そういった事が全くなかったのはそもそもどうなんだ?
と思って問い詰めてみると、
「お父様のご都合がつかないので、代理のかたに頼んだんです。」
「ご都合、って私はきかれた覚えがないぞ?」
「お父様の優秀な補佐官のかたにお尋ねしまして。」
「……あいつめ…。まさか『代理のかた』というのは…?」
「はい、ティシアさんです。」
「………」
ただでさえ少ない、親としての愉しみを奪うとは、なんてヤツだ。
* * *
私は現在は新ワープ機関の開発運用功績が認められ、宇宙軍本部技術開発統括部長という肩書とともに、後方支援局に籍を置いている。なんと『待遇』も取れて軍服を着用し、勲章やらなんやらの飾りがつき、中将という位を頂いてしまった。
例の、笑顔の無茶振りの内容は、残念ながら全てを実現とまでは至らなかったが、
◎ワープ機関の改良
◎高速演算装置の組み換え配置
△改良されたワープ機関で実現可能な新シールド
◎改良されたワープ機関による遠隔制御ワープ
×重力波制御による時空震の軽減
×ワープアウト直前の物体の座標特定
と、こんな風な結果となっている。
ここまでで充分な戦果を上げられたため、運用・生産・配備を統括する後方支援局に栄転することになり、あくまで肩書には『技術開発』がついてはいるが、現場で指揮することはもはや適わないポストに就けられてしまったからである。決して言い訳ではない。
あとは娘が引き継いでやってくれると思う。
もともと娘の考えたものだったし。
* * *
「閣下、娘さんからです。」
「まわしてくれ。」
「どうぞ。」
―― また何か頼みごとか……?
すまし顔で敬礼をしている娘がモニタに映る。こちらも返礼する。
「どうした?」
「はい。重力波制御の件でワープテストを大規模に行いたいので、
第二系外観測基地を1週間借り切りたいのです。」
「またそんな無茶を……」
「第二基地は装備が古くて精度がいまいちだというもっぱらの悪評でしたので、
ついでに新しくもなりますよ?」(にこにこ)
「とは言ってもだな、お前の――んっんんっ――中尉の所はただでさえ予算を
無理言って通しているようなものだとだな、ついこないだもテーム(第二衛星)
のところの工廠を半壊させたばかりじゃないか……」
「あれは良い失敗でした、おかげでいいデータがとれたんですよー、
それを思えば工廠なんてまた作ればいいし、事前対策が良かったのでケガした
人も擦り傷程度でしたし、半壊で済んだのですから儲けものですよー」
「あのなぁ……、そもそも私はあちこちから不満が出ないように取りまとめる
ためにここに居るのであってだな、特定の部署に肩入れしたり、無理な予算を
通すためにここに居るのではないんだが……」
「うー…」
「んん?」
「失礼しました、もっともなご意見でありますっ」 (敬礼)
「わかってくれたかね?」
「では閣下、こうしましょう。第二系外基地の能力不足によって
予想される将来的なリスクをまとめてありますので、それをティシア大尉から
お受け取り下さい。その上で、新設備の導入と旧設備の刷新ならびに環境改善
と人員配備をご検討下さい。」
「お、おう。」
「あ、そうそう、第二系外基地のハタレル少佐はこの案に大賛成で快くサイン
してくださいました。提出済みの書類にてご確認下さい。」
「え?、そ、そうか。」
「では2日後の軍本部幕僚会議の結果を楽しみにしています。」(敬礼)(プチ)
―― 言うこと言ったら切っちまうとは……。
「はい中将閣下、こちらが中尉が言っていた書類です。」
「何か外堀が埋まってるような気がするんだが。」
「気のせいですわ、閣下。こちらと…こちら、あとこちら、にサインを。」
「い、いやちょっとまず目を通させてくれよ。」
「はい」
―― ふむ…、なるほど、でも今から2日後の会議にかけるのか…? 気が重いな。
とりあえずお茶でも、
「はい閣下、どうぞ。」
「お、おう。ありがとう」
―― いつもながらタイミングいいなあ。
「そういえば閣下。」
「ん」
「何やら第二系外観測基地には、幽霊が出るとのウワサが」
「え?、この宇宙時代に?」
―― 思わず突っ込んでしまったじゃないか。
「はい、他には、『開かずの扉がある』、『開かずの扉の向こうは真空』、
『幻の第二制御室』、『死刑台の13階段がある』、『恐怖の味噌汁』、
『惡の十字架』、それと、『11人いる!』、というのですが。」
「なんだそりゃ……」
―― どれも系外基地なんだから当たり前じゃないか。後半のはともかく。
ん?死刑台ってのは何だ?、まぁいいかどうせろくなもんじゃない。
11人ってのはよくわからんが、あそこは3交代30名なんだから1チーム
あたり10人だ、そこに基地の管理官であるハタレル少佐を入れれば
11人になる。
「そして『メシはまずいし景色は飽きる』、『どこの捕虜収容所もここから
比べたら天国』、『軋む椅子とテーブルの上で優しさを持ち寄って食べる
夜食は物悲しい』らしいですよ。」
「うーむ。」
「そちらの、添付資料2に集計されております。」
―― あ、ホントだ。
「まぁ、食事改善ぐらいはしてやってもいいな。」
「あと、『60度の角度で端から6cmの所を叩くと直る観測モニタ』というのも。」
「それは重大じゃないか。」
「何度も申請を出したそうですが、なぜか途中で『動くならいいじゃないか』と
棄却されているようですね。」
「うーむ…。」
「なんにせよ、転属が決まった兵士がこの世の終わりのように思うような
観測基地はまずいと思われますね。」
「そうだなぁ……。」
「ところで、この、」
「ん?」
「2日後の会議のレジュメはご覧になりました?」
「ん?ああ、毎度時間のムダになりそうな議題が並んでるやつか。」
「それの、ここ。」
「うぉ。なんだこれ、『第二系外基地機能刷新並びに基地機能強化案件』!?、
いつの間に!」
「ですので、諦めて中尉のしたいようにさせるのが得策かと。」(にっこり)
―― 外堀どころか天守閣まで、というか俺の味方はどこにいるんだろう…?
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20150211---- 一部の語尾を修正しました。