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皆と食事を済ませ、戦闘技術情報室に戻ったアルミナ少佐に、向かって右側の補佐官席に居たステラ中尉が声を掛けた。
「おかえりなさい、少佐」
「ただいま。」
「…? 何かあったのですか?」
「え?、別に何もなかったけど…?」
ステラが会ってから、ほぼいつもにこにこしていた少佐が真顔で戻ってきたので、気になって訊いてみたらしい。
「そうですか…」
「リリィは?」
「え?、はい、リリィなら早速シミュレーターのほうに…。」
「ふぅん、早速ね…ふふ」
「!?」
話しながら真顔でステラの後ろを通り過ぎるとき、それもステラの真後ろのタイミングで少佐が笑ったのでステラはびっくりしたようだ。
妙な表情をしたステラが少佐のすることを見ていると…、
「えーっと、おー、いたいた。音声も拾えるかなー?」
「少佐、それって…」
「そう、シミュレーターの内部の様子よ。おー、頑張ってるじゃないの。」
「…(あまりいい事じゃないと言いたいけれど、監督責任もあるでしょうし、
ちょっと私も興味ありますし…)」
「ん?、何か言った?、あ、墜落した。」
『ふぇぇ、また墜落ですよぅ;、これ難しすぎです…ぅぅ』
「おかしいわね、基本編ってそんなに難しいわけないのだけれど。」
「リリィは反射神経よかったはずなんですが…、私もちょっと不安に…」
「ちょっと調べてみるわね。」
そうして横にウィンドウを出して何やら調べる少佐。
「あれっ?、どうして手動操縦?、全部じゃないけどこれ最低限じゃないの。
おかしいわね…、ああっ、あの子ちゃんと説明聞いてなかったんじゃ…?」
「どういうことですか?、少佐」
「えーっと、確か…」
そう言っている間にも画面上のリリィはまた挑戦するようだ。
「テリー、ちょっと来てくれるー?」
「はい、ただいま。」
「艦載機トレーニングの基本編ってちゃんと思考結晶の補助動作を指示して、
確認してからスタートしろって教えてるわよね?」
「えーっと、はい、そのはずですが…」
「でもほら、これ。」
「リリィさんですか。えーっと、あ、確かにこれ補助最低ですね、
これじゃぁ技術編ですよ。」
「え?、基本編すっとばして技術編やってるの?あの子」
「いえ、そうではなくて難易度が、です。」
「ああ、そゆことね。うーん、まさか教わってすぐ確認せずに
始めちゃう子がいるとは想定してなかったわねー…」
「そうですね、あはは」
「ある意味、いいテスターだわ、リリィは。」
「はい。で、どうしましょう、修正しますよね、もちろん。」
「そりゃねー、こっちのミスみたいなものだし。それは任せていい?」
「ええ、明日にでもやっておきます。」
「じゃ、おねがいね。問題はこっちよね…」
そう言ってリリィが悪戦苦闘しているウィンドウを見るその場の3人。
「あ、また墜落したわ。」
「そりゃ無理でしょう、いきなりでは。」
「えーっと、こうだっけ。」
少佐はちょこっと操作すると、リリィに向けて言った。
「あー、リリィ?」
『あ、え?、少佐ぁ?』
「リトライではなくてね、最初から説明をもう一度しっかり聞くこと。
いい?、思考結晶の補助動作がONになっているかどうか、
ちゃんと確認しなさい?、そこの説明を忘れずに聞くのよ?」
『はーい、わかりましたー』
――ほんとに理解ったのかしら…?
こちら側の3人が半信半疑で見守る中、次はちゃんと確認をして、補助ONの状態で飛行移動ができた。
実はこれ、最初の段階なので、ただ地上を1分ほどまっすぐ飛ぶだけである。
一見退屈なのだが、その間に風がふいたり、ちゃんと景色が変わるので、表示されている数値の変化をきちんと把握し、チェックすると、ただまっすぐ飛ぶだけのことが、どれだけ思考結晶の補助、恩恵を受けているかがよくわかるように作られている。
なので、熟練者でも基本に立ち返るときに使えるトレーニングメニューなのだ。
それを、補助最低モードで初心者がやれば、それはもう持って30秒ぐらいだろう。リリィもそれぐらいで墜落していた。なかなかだと思うが、それはそれ、これはこれだ。
――もしかしたらこっちの才能あるのかもね…。
そうこっそり少佐が思っていたのは今の所ナイショだ。
* * *
リリィの「ひぇっ!」とか、「うひゃっ」、とか「クリアしましたよっ!少佐ぁ!」の声をバックに、適当に相槌を打ちつつ少佐は、ゾウさんチームことロックの報告を読んでいた。
「ふぅん、順調どころかテンマさんたち頑張りすぎじゃないの?」
「基地の改造ですか?」
「うん、前倒しどころじゃないペースらしいわ。」
「すごいですねー」
「やる気になってくれるのは正直ありがたいけど、まだこれって
最初の1つ目なのよね。え?、結局改造じゃなくて建て直しなの?、
ああ、そっか重力制御の影響かー、まぁちょっと予想はしていた
けれどもね、やっぱりだめかー」
「建て直しですか…、間に合うんでしょうか?」
「そのへんは余裕を持って計画立ててるんだけれど、交代制にしちゃった
らしいのよ、テンマさんが張りきっちゃって。」
「はぁ…」
「だからすごいペースなんだってさ。ロックも眠ってるときに相談が、
って叩き起こされて辟易してるって、報告にあるわ。」
「ロックさんたちも大変ですね…」
「宙域だもの、実際、時間なんてあって無いようなものだけれど…、
そもそもちゃんと1G環境だったり、(0.8や0.6などに調整はできる)
宙域作業なのに毎日お風呂に入ってベッドで眠れるのだから、
多少の不自由ぐらい我慢しろ…、って命令するのは簡単なのだけどねー、
あたしがそうできるようにしたってのもあるし、
そのあたしが言うのもねー…」
「前は不自由だったんですか?」
「ああ、そっか、ステラ中尉はずっと地上勤務だったのよね。」
「はい、宙域は今回が初めてで…不慣れで…すみません…」
「どうして謝るのよ。あたしの人選に不満なの?」
「い、いえ、決してそういう意味では…!」
「ま、とにかく前は不自由だったのよ、1G環境じゃないし、
重力のある区域と無い区域が混在していたし、そのせいで、
髪だって固めるか括るかまとめるかしていないとぶわ~って
広がっちゃって静電気やらで大変なことになるのよ?、
何か出撃させるたびに大量に空気(酸素)を消費したし…」
「…はぁ」
「お風呂だって毎日入れないし、消費エネルギーと相談だから、
下手をするとお風呂禁止とか、ベッドも無重力だとベルトで縛って
眠ったりするのよ?、この艦がいかに恵まれているかわかるでしょ?」
「でもこの艦ってコロニーですよね」
「あ、そっか、ステラ中尉は、旧式の艦載機や輸送艦などに乗ったことが
ないのだっけね。」
「あ、あの、この艦への配属のときは、旧型の輸送艦だったので、
カーディナルまで3ヶ月かかりました。」
「あれ?、バラクーダが迎えに行ったんじゃなかったっけ?」
「それはムルギラディル星系からでした。
そこまで3ヶ月かかったんです。そこからバラクーダに移乗して、
早かったです、ムルギラディルからカーディナルまで1日でした。」
「あー、それは大変だったわねー」
「しかもその1泊がもう、びっくりで、夢のようでした。」
「そんなに言うならまた乗せてあげるわ。」
「乗せてあげる、って輸送艦バラクーダにですか?」
「そうよ?、だってあれあたしの艦だもの。」
「ええっ?!」
「そんなにびっくりすることなの?」
「だ、だってあれ軍の輸送艦ですよ…?」
「軍に貸してるのよ、そういうタテマエにしないと軍の威厳がね。」
「そ、そんなことって…」
「何よ、あ、一応軍事機密だから他言無用ね。」
「…はい…(アルミナ少佐って一体)…」
知らなければよかったようなことを話の流れで知ってしまったステラは言葉にしづらい表情をしていた。が、それをよそに、
「あれ?、また墜落してるわね…」
『えへへ~、景色がきれいだったので見ていたら失敗しちゃいましたー』
――何をやってるのだか…。
* * *
翌日。
昨日行った敵性種《HS》の巣の殲滅作戦で記録されたデータの再検証が終了した。あとは現地を詳細にスキャンすることで、アスパラギン星系に存在した敵性種《HS》は殲滅完了、と言えるだろう。
ロックからの報告がまた来ていた。
第三惑星ラスタラの衛星マヨースにあった元ラゴニア基地の改装で、食堂と居住区とが完成したらしい。それで食堂人員を連れてきてもいいのではないかということだった。
ならば、と、ラップライフサプライ社のほうに連絡をした。午後からなら出れるようにできるらしい。
そこで、ガルさんらには、食堂の人たちを連れて行ってもらうように指示をだした。
午後になる前にラップライフサプライ社の寮へと迎えに行ってから、司令棟へ寄らずに隣の棟からこっそり降りて乗って行ってもらうことになっている。
予めマヨース基地の食堂で使う食材は何度かに分けて艦載輸送艦B1号に積みこんであるので、あとは人員と手荷物だけだ。艦載機A1号も連絡用にと積んである。
ガルさんら6名はそのままロックと共に、ムツミネ宙域建設の作業員のうちの一部の人員と、ロックが運んでいった建設機械の一部、それに輸送艦バラクーダに積載されている部材や資材とを積んで、次の建設現場へ向かってもらうのだ。
テリーら6名は艦載輸送艦B2号に艦載機A2・A3号を積んで輸送艦バラクーダの脇に停泊。艦載機A3号に乗り換えて第六惑星パロラン周囲の安全確認をしてきてもらうという計画を伝えた。
艦載機を1機多く積載したのは連絡用だ。
輸送艦バラクーダに積載されている部材や資材は、衛星マヨース新基地の居住区と食堂の稼働確認が済み次第、その基地周辺に全て降ろす。テリーの乗って行った艦載小型輸送艦にも、もちろん積み替えてだ。
ということなので、テリーら6名とガルさんら6名も出てしまう。
そうすると、海賊スネアのパトロール艦のほうに手を回せなくなる。
「んー、どうしようかなー…、メイ、ちょっといい?」
「はーい」
自席に居たメイを呼ぶ。
「ちょっと観測データを見ていたんだけれども、海賊さんたちって、
昨日の敵性種《HS》との戦闘で出た光をちゃんと見てたのかなー?」
「あれだけ近いんですし、大規模な基地なんですよね?、
アステロイドベルト1にあるのって。」
「うん、そのはずなんだけれど…、半日経過してるのに動きもないし、
通信記録だってそんなこと言ってないみたいだし…。」
「少佐、もしかしてパトロール艦の処理をせずに放置しようって
ちょっと考えてません?」
「ちょっとじゃなくて、放置しちゃっててもいいのかなーって。」
「そうですねー、何か動きがあるなら対処したほうがいいのかも、
っていう気持ちは分かります。ですが海賊スネアに動きがあってから
では後手に回ることになりません?」
「それは現状では、基地への対処を予定してないのだから、動きが
あるならどのみち後手になるわよ?」
「あ、そうですね、パトロール艦だけ対処してもしょうがないですね。」
「うん、だったら動きがあろうがなかろうが、パトロール艦は放置しても
いいんじゃないか、ってことにならないかしら?」
「なるほど、仰りたいことはそういうことだったんですね、
わかっちゃいました。ふふっ」
「わかってもらったところで、どうかな?」
「うーん、パトロール艦2艦が違う場所にいるので、
こちらも2手に分かれないとだめなんですよねー、
残ってるのって少佐とキャシーと私だけになっちゃいますし、
きびしいですよね。」
「そうなのよ。テリーたちは広範囲調査分析だから減らせないし、
ガルさんのほうは食堂の人たち連れていってもらわなくちゃ、
テンマさんたちが困るし、積み替えあるし、そのへんの指揮もあるし。」
「いっそのこと無人で艦載機とばしちゃうのはどうでしょう?」
「それはそれでパトロール艦の海賊さんたちの行動によっては、
対処できなくなりそうなのよねー…」
「あー、そうですね…」
「あのー、ちょっといいですか?」
そこへキャシーが室長席のところに来て声をかけた。
「どうしたの?」
「少佐が悩んでるのは、パトロール艦が基地建設の邪魔になるかも
知れないからですか?、それとも海賊らに連携されるとか、
他の理由とかですか?」
「大型艦って言っても旧型より古いものなんだから、ロックたちが
乗ってるの(艦載輸送艦)でも対処できるわ。
邪魔されたら無力化するぐらいはなんでもないでしょうね。」
「はい、あたしもそう思います。なので、お二人の話が聞こえてから
少し考えてみたんですよ。」
「ほう」
ちょいちょい、っと手元の下を指差すキャシーに、室長制御台のそちら側のコンソールを出してあげる。室長席から操作して出すようになっているからだ。
キャシーは制御台の上に当星系の俯瞰図を出し、海賊スネア基地やパトロール艦の位置を表示した。
「これがパトロール艦の現在位置ですよね、そしてこれまでの進路がこう、
予想航路がこう…」
「ふんふん」 「ふむふむ」
「この艦のタイプはジャンプは最大この距離だから、基地建設予定地、
ってデータありましたけどこの衛星とベルト2のこのアステロイド
で合ってますよね?」
「あ、うん、検討中だけど、そうよ」
「で、これら基地建設予定地に、どっちの艦もいきなりジャンプしてくる
ことはないんですよ。」
「なるほど。キャシー!、さすが天才児ね!」
「少佐がそれを言うの…、ふふふっ」
「あたし、褒められたの…?」
「もちろんよ!、大好きよキャシー♪」
「っ……?!」
室長席から立ち上がり、制御台に両手をついてキャシーのほうへ身を乗り出し、嬉しそうに笑顔で「大好きよ」なんて言ったものだから、言われたキャシーは絶句して目を見開き、次いで真っ赤になってしまった。
そこへシミュレーターの説明やら艦載機トレーニングメニューの説明やらを読みながら、こちらに聞き耳を……いや、しっかりこっちを向いて聞いていたステラが、
「あのー、少佐?、結局どういうことなんですか?、
さっぱりわからないんですけど…」
「ああ、キャシー、お願い。?、キャシー?」
「は、はい!、あの…えっと…」
「どうしたの?、とにかく落ち着いて?」
自分が原因だとは思っていないようで、キャシーが妙なことになっているのを不思議そうに見る少佐。メイは2人を見比べてどうしようかなという表情だったが、助けることにしたのか、
「少佐、私から説明しますね」
「うん?、じゃ、おねがい。」
「ステラ中尉、基地建設予定地には直接ジャンプできないなら、海賊の
パトロール艦はどうやってその地点に迫ってくると思います?」
「それは…、近くまでジャンプしてから通常航行か、通常航行で調整を
してからジャンプ…ですか?」
「そうですね、建設予定地は電波や光に関して隠蔽しているし、位置情報
が漏れでもしていなければ、彼等には正確な位置がわからないんです。」
「あ、そっか、普通に索敵行動しながらになるからジャンプしない…」
「はい、だからジャンプするか、するそぶりを見せてから対処すれば
いいということになります。それで、邪魔になるか、というと?」
「脅威にならないから放置していても大丈夫…、あ、でも敵の戦力を
削いでおくのは重要じゃないんですか?」
――敵、敵ね。出身を思えばわからなくもないのだけれど…。
「あー、ここのみんなはデータ見てて知ってるのが前提だったから、
言ってなかったのだけれども、ステラ中尉?」
「はい、少佐」
「アステロイドベルト1にある海賊スネアの本拠地には、単座機などの
小型機から大型艦まで含めておよそ1000隻、基地にいる人数は、
凡そ4万人ということが分かっているの。」
「ええっ!?そんなに居たんですか!」
「居たの。そこに1隻や2隻、パトロール艦の分が増えたところで
大した違いはないでしょ?、それにね?、
海賊は何万人居ようとあたしたちの敵じゃないのよ。」
「そうなんですか…?、4万人の武力を持った敵が、敵じゃない?」
「ん?、何か勘違いをしているようだけれど、あたしたちの敵は、
敵性種《HS》だけよ?」
「それはそうですけど、海賊だって…」
「相手は人間なのよ?、だったら敵じゃないわ。」
「確かに圧倒的な戦力を持っていますよね…この艦は……」
「うーん、分かってないわねー」
と、少佐とステラが話している間に、立ち直ったらしいキャシーやメイと微笑んで顔を見合わせる少佐を、不思議そうな表情をして見ているステラ。
キャシーが言いたそうにしているのを汲んだ少佐が、キャシーに頷いた。
「あのね、ステラさん。この艦は、人類を守るために作られたの。
それに乗ってやってきたあたしたちが、人間相手に『敵』だなんて
言ってはいけないの。」
「敵じゃない、ってそういう意味…」
「あたしたち、情報室のみんなは、少佐のそういう考え方に心から賛同
して、ついてきたの。こと宙域において、たとえ海賊だろうと、
人類は守るべき対象であって、敵じゃないのよ。」
「…!」
「そう。とかく軍人というのは、人間相手でもすぐ敵認定しちゃって、
守るために用意された力を、民衆に向けちゃうでしょ?
造った側としちゃ、そんなことされちゃたまらないのよ。」
「た…、(確かに少佐は海賊ラゴニアに一度も『敵』と仰らなかった…)」
ようやく伝わったのか、ステラはみるみる涙を浮かべ、席を立ち、少佐に歩み寄り、少佐の手をとった。
「た?、ちょっと、どうしたのよ…」
「少佐、アルミナ少佐…、あなたの下に来れて光栄です…、
(どこまでもついて行きます、いつでもお守りします…);」
「な、何よどうしたの…」
少佐の手を両手で握り、片膝をつき頭を下げ、その両手で包んだ少佐の手を額につけるようにして、まるで拝むように、祈りを捧げるように。
涙声でよく聞き取れないが何かを呟いている。
ステラの両手を伝い、少佐の足元の床に水滴がぽたり、ぽたりと落ちた。
笑顔で何度も頷いてそれを見守るキャシーとメイ。
室長席の周囲にはいつのまにか情報室のメンバーが集まり、それぞれ皆が、笑顔で見守っていた。
* * *
ヴィクス・メンレン・ステラ中尉。
彼女は、NS218896ムルギラディル星系のひとつ向こう(航路上で)の、NS291045バルティソーラ星系の惑星ミリクスで生まれ育った。
そこは中央に比べると、いわゆる途上惑星で、3つの大陸国家が存在し、位置的に真ん中の国家は、両側の国家の影響で政変が起きやすく、内乱が絶えないところだった。
彼女はそこに居たのだ。
内乱に巻き込まれ、生まれ育った村を焼かれ、土地を追われた。そんな自分たちのような人をこれ以上増やさないように、民衆を守りたい、そう思って軍に入った。
ところが実際入ってみると、内乱のたびに政府の命令で鎮圧に向かい、民衆に武力の矛先を向ける軍。
前回の内乱のときには政府側だった民衆に、今回は鎮圧をするために武力を行使する軍。
何度も鎮圧作戦や平和維持という名の制圧作戦に参加するにつれて、彼女は次第に軍というものに対して疑問を持つようになり、自分の理想との乖離が感じられるようになっていた。
何度も軍を抜けようと思った。
しかし元軍人は、その時には軍人じゃなかったとしても、過去に敵対して武力をふるった民衆のところでは受け入れてもらえない。気づいた時にはもう遅かった。生きてゆくために軍を抜けるわけには行かなくなってしまっていた。
そんな折に、それまでに無かった規模で内乱が起き、彼女の所属部隊も出動した。それがどこで狂ったのか他の部隊との連携のズレが生じてしまい、それによって大きな被害を受け、彼女を残して所属部隊は壊滅してしまった。
なんとか戦線を離脱し帰還したが、なぜか捕えられ、牢屋に放置された。
間もなく内乱は収拾したのか、牢屋から出され、地上軍宇宙港へ連行された。
親しい人たち、同僚たちを失い、意気消沈していた彼女はわけがわからない状態で、囚人扱いのまま輸送艦に乗せられて、カーディナルへ送られることになったのだった。
ムルギラディル星系まで三ヶ月も厄介な積み荷同然の、最低限の食事程度で運ばれた。
だがそこがムルギラディル星系とは分からないまま移乗させられた、迎えの輸送艦バラクーダでの宿泊は、それまでとは正反対の、まるで物語に出てくる王侯貴族かなにかのような――とステラには感じられた――扱いを受けたのだ。大浴場に案内され、着の身着のままだったあちこち解れ破れうす汚れた元の地上軍の軍服を脱がされ、広い浴場に呆然となり立ち尽くしていたら人が来て身体を洗われ髪を洗われ、カーディナル軍のだろう新しい軍服を着せられ、豪華な食事に広い部屋、広いベッド、着心地のいい寝間着。何から何までが、夢なら醒めないで欲しいと思えるようなものだった。
カーディナル宇宙軍本部で辞令を渡されたが、何が何やらわからなかった。
だが、あの忌まわしい惑星から離れられたのだからと、とにかく何とか自分の中での折り合いをつけた彼女は、同僚として配属された天真爛漫で軍人の自覚に欠けたリリィ少尉とともに、今までの自分の生活からは考えられないような贅沢な官舎、食事などの恵まれた生活に戸惑いながらも、アルミナ少佐が着任するまでの三ヶ月を、駐留軍の訓練や演習、リリィの世話、元研究者ばかりの戦技情報室のメンバーとの会話、などで暮らしていたのだった。
これらのことを、表面的にしかアルミナ少佐は知らなかったので、ステラ中尉の過去の傷に触れるようなことだろうとは知っていても、普段姿勢正しく軍人らしい彼女が急に泣きだしたりするのには、やはり戸惑うのだろう。
* * *
余談だが、ここでこれまでに登場した星系について少し説明をしておこう。
アスパラギン星系には植民惑星が2つするが、星系国家としては認められておらず、カーディナル星系に所属している。
カーディナル星系は、星系連合国家というものが存在した時代の中心星系であった。
現在は星系国家として独立した星系以外の全ての星系がカーディナル所属ということになっている。他にも過去に星系連合国家だった星系群や、1つの星系で独立していた国家もあるが、それらは全て同盟関係にあると言っていいだろう。
あらゆる宇宙軍は敵性種《HS》に関する限りにおいて、カーディナル中央宇宙軍の指揮下にある。対敵性種《HS》では条約・各星系法に従って、カーディナル中央宇宙軍の命令には従わなければならないとされている。
それ以外の面では、地上軍は当該星系政府・軍の管轄下にあり、カーディナル宇宙軍の指揮からは外れることになっている。
隣の星系に移動するだけで早くて一ヶ月、離れていると年単位の時間がかかっていたのでそういう措置が取られていた。数年前に新理論に基づく新ワープ機関が作られるようになったが、まだカーディナル所属の艦艇に搭載されているに過ぎない。
マルキュロス星系はまだ独立しておらず、カーディナルの属国扱いであるため、カーディナルの次にこの新ワープ機関の技術を伝えられているところだ。
ヨーギラン星系、ムルギラディル星系、パルメニオン星系は、それぞれ独立した星系国家として認められている。
このように、星系によって独立国家になったものや、認められていないままカーディナルの飛び地のようになっているところが幾つも存在する。
ステラ中尉の居たバルティソーラ星系は過去に独立をしたが、現在はムルギラディル星系の庇護下にある。これはバルティソーラ星系が中継点として他の3つの星系国家から同じような距離(当時では3か月という時間のかかる距離)にあったため、ムルギラディル以外の2国からの影響を強く受けてしまい、内乱が頻繁に起こるようになってしまったからである。
惑星ミリクス上の3つの地上国家のうち2つがそれぞれその2星系国家の影響を受けたのだ。
ムルギラディルは軍を持たず、カーディナルに依存しており、地上はあくまで警備隊としてであり、軍は宙域も地上もすべてカーディナル軍である。
そしてカーディナルに近いこともあり、バルティソーラ星系惑星ミリクス上の内乱についてカーディナルにお伺いを立てたが、敵性種《HS》相手ではないので手出し無用との返答をされたため、あくまで中立という立場であった。
しかし政情が不安定な間に宙域警戒が疎かになっていたため、敵性種《HS》が外縁惑星の衛星に巣をつくっていた。これを発見したことで、一気にカーディナル中央宇宙軍出撃の口実をとなり、そのどさくさでムルギラディルがバルティソーラに対して強い発言力を持つようになったため、他の2国を抑えてムルギラディルがバルティソーラの庇護国として公的に認められるようになった。
この為、バルティソーラ地上軍は上位であるカーディナル軍に行動や人事全てを報告する義務があり、ある程度の裁量は認められてはいたものの、カーディナルからの命令には逆らえなくなっていた。
建前上は庇護下、管理下にあっても、内乱の種が取り除かれたわけではない。それに対敵性種《HS》でなければ宇宙軍は他星系国家の地上には(敵対行為をしない限り)手出しをしない、という姿勢もあって、惑星ミリクス上では相変わらず内乱が起きる。
惑星上に建設されたムルギラディルの施設には、今のところ被害はないが、対敵性種《HS》として、たとえば異例ではあるが、ヴィクス・メンレン・ステラ中尉のように、必要な人材だと言って人事に介入したりすることができる。
アルミナ少佐がステラ中尉を引き抜いたのは、前戦で壊滅してしまった部隊の生き残り(の一人)であり、係累も居なかったというのもあるが、たいていこのような場合には責任を取らされたり身に覚えのない容疑を掛けられたりして査問にかけられるものだからだ。運が悪ければ拷問や洗脳などで都合よくトカゲの尻尾に仕立て上げられていたかも知れない。
ステラ中尉はタイミングが悪ければおそらくバルティソーラ地上軍の手で適当な冤罪を着せられて処断されていたであろう。
宇宙に進出して何十万年という人類だが、科学技術や生活レベルは進歩していても、こういったことは古代の人類となんら変わらない面もあるのだ。特にバルティソーラのように思想が直接対立してしまう場所においては。
* * *
ステラが落ち着くのを待って、立っていた少佐も席に座り、メイに目線で合図する。
「では当初の計画を破棄して海賊スネアのパトロール艦は放置観察、
ということでよろしいですね。」
「うん、そうしましょう。手も足りないし、無力化も面倒だし。
あ、でも無力化手順はせっかくだから、シミュレーションテストをして、
設定登録しておいてね。そうすれば手軽に使えるようになるでしょ?」
「そうですね、やっておきます。」
「海賊スネアが持ってる他のタイプもついでにね。」
「あ、了解です。」
「じゃ、おねがいね。」
メイは頷いて自席へ向かう。
それに合わせたように、テリーら6名を除いて自席へと戻る。
キャシーは自分のついでに少佐とステラの分もドリンクを作るようだ。
残ったテリーが言う、
「少佐、そろそろ行ってきます。」
「あ、そうね。みんな、おねがいね。」
「「はいっ!」」
「あ、お弁当とか持ってったほうがいいんじゃない?」
「少佐…、気合いを入れて返事をした直後に気の抜けるような事を
言わないで下さいよ…」
「あら…、でも必要なことでしょ?、許可するわよ?」
「それは正直ありがたいのですが、なんというか…そのー…」
「しまりがない?」
「ええ。まぁ…」
苦笑いしつつ言いにくそうに言うテリー。
それに対して少佐は、すこしむくれたように、
「多少でもリラックスして楽しんできてくれればいいな、っていう
気遣いなのに…」
「…(むくれる少佐…萌え…)」
「お、お気遣い感謝しますっ」
「ま、お弁当は好きにして。食堂…は無理か、4棟の購買で何か
買ってっていいわよ、ここ(戦技情報室)につけておくわ。
あとで精算して。」
「え?、ですが昼食ですよ?」
「だって作戦行動でしょ?、こないだのおにぎりみたいなものよ」
「なるほど、ではありがたく。それではっ!」
途中、何かデンが不穏な独りごとを言ったような気がしたが、テリーがすかさず重ねて流したようだ。
キャシーは飲み物を両手に抱えてこちらに来る途中で待っていたのでもろに聞こえたらしい。
ヘンな顔をして引きつったように固まっていた。
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201501171833 スネアをステラと書き間違えていたのを修正。orz
20150211---- 一部の語尾を修正しました。




