1-13
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話はアルミナ少佐らのほうに戻る。
当アスパラギン星系における敵性種《HS》の現状確認が終わった少佐らは、各自の作業を進めていた。
少佐はいつものごとくちゃかちゃかと室長席で作業をしてから、室長室へ行きデスクのところで連絡をとったり、ここでもちゃかちゃかと作業したりしていた。
そこへピロレポンピポンと音がして、コッペパンからお報せが入る。
『少佐、収容した海賊ラゴニアたちの所有していた端末の処理が
終わりました。』
「ありがとう。何か問題箇所あった?」
『端末大小150のうち3つに外部へ情報を流す仕掛けがありましたが、
動作していませんでした。』
「動作した形跡と、通知先は?」
『形跡はありませんでした。通知先は同衛星マヨース上の海賊スネア
基地のようでした。』
「そう。ということは逆もあり得るわね。」
『元ラゴニア基地への送信は今の所ありませんが、基地側には同様の
レセプターが存在しました。』
「どっちもどっち、ってことね…、他には?」
『問題ありません。』
「じゃ、話もあるし、持ってってあげましょうかね、コッペパン、
ご苦労さま。」
『ありがとうございます、少佐』
そうして少佐は、やりかけの作業を片付けると海賊たちのいる収容所の警備室に連絡をとった。警備主任が出たようだ。
「ごくろうさま、それで、どう?、海賊さんたちの様子は。」
『素直に従ってくれています。収容所の外が(層は異なるが商業区などのこと)
気になるようですが、ここの食堂や自室の設備などにかなり満足
しているようですし、訓練設備が気に入ったようで列になって
並んでやっていますよ。』
「そう。いい傾向ね。服装や髪などについては?」
『と、言いますと?』
「収容隔離されているとはいえ、囚人じゃないのよ。もちろん調べて
行けば罪状はあるでしょうけど、それは戦技情報部の仕事じゃ
ないもの。協力的になってくれているのだからある程度の自由は
認めてあげないと不和の原因になり兼ねないでしょ?」
『はぁ、そうですね。』
「だから服装は収容所なんだから我慢してもらうとしても、
髪くらいなら、ってね。こちらから提案することはないけれども、
美容師さんたちを手配することは吝かではないのよ。」
『なるほど、理解しました。』
「なので、先方に打診はしてあるので、もしそういう希望者がいたら、
連絡してきてちょうだい。」
『了解です。』
「それと、海賊さんたちの使っていた端末を返却しに行くわ。」
『今からですか?』
「そう。だからまた体育館のほう、お願いね。」
『わかりました、準備しておきます。』
「じゃ、収容所管理者としては拍子抜けかもしれないけれど、
引き続きよろしくね。」
『ははは、最初は少ない人数で大丈夫かと懸念していたんですが、
仰る通り拍子抜けでした。はい、では!』
――だいたいこちらで掴んでることと同じみたいね。問題なさそう。
んじゃ、ステラとリリィだけでいいかな。
警備員さんも居るし。
「コッペパン?、収容所のベンデルマンさんに連絡したいの。
音声のみでいいので繋いでちょうだい。」
『はい少佐。ですが少佐の個人端末から直接通話が可能です。』
――ああ、そういうことね。
室長室からではなく、個人端末から繋げられるようにしてあるので、そちらを使う方が後々の事を推測すると良いということだ。
もちろん室長デスクから少佐が操作すれば通話連絡できるのだが、現在海賊たちに配った個人端末は収容所設備を経由するようになっており、どちらもコッペパンの下位であるが、通信網を司る思考結晶とは別系統なので、直接コッペパンに頼んだほうが楽なのだ。それでお伺いを立てたというわけだ。
そして少佐の個人端末は、他のものと違い、彼女の腕に装着されている端末を経由して、つまりコッペパンに繋がってから降りてくる仕組みになっている。
ベンデルマンの個人端末のアドレスは追加してあるから、通常の通信網の履歴に残らないその方法を取ったほうがいい、というコッペパンからの提案なのである。
補足すると、少佐の個人端末は皆と同じように使用するなら、軍事機密どころじゃない情報の塊になってしまう。なので見かけは一般的な個人端末だが、これはただのフロントエンドに過ぎず、腕に装着されているほうに情報が詰まっている。
「えーっと、ベンデルマン・ダンズン、これね。
海賊ラゴニア首領?、コッペパンの冗談かしら。(ピ)」
『…』
一瞬コッペパンが何か言いかけたような気がするが、通話が始まろうとしているので何も言わなかったようだ。
すこし呼び出し音が鳴り、ベンデルマンが出た。
『アルミナ少佐?、この個人端末は外部と通話できたのか!?』
「こんにちわベンデルマンさん。あたしだけには通話できるように
なっているのよ。不自由かもしれないけれど。わかってね。」
『そうか、いや、不満を言っているんじゃない。驚いただけだ。』
「そう。試したかもしれないけれど、所内ならお互いに通話が可能なのよ。
それと、制限はあるけれどネットも見れるわ。
通信販売は部屋のモニタでなら利用可能よ。便利に使ってね。」
『ああ、便利すぎて皆戸惑っているさ、ありがとう。それで、用件は?』
「いま、いいのかしら?、周囲に聞こえないような場所がいいと思うけれど。」
『問題ない。自室に戻ったところだ。他に誰も居ない。』
「そう。あなたたちの使っていた基地設備以外の端末の検査が終わったわ。
機能制限をつけさせてもらったけど、返却しても構わないと思って連絡したの。」
『そうか、それは助かる。』
「もう実感したかもしれないけれど、お渡しした個人端末は最新型なの。
その収容所を出るとき手続きすれば普通に使えるようになるわ。
古い端末からのデータ移行は訓練設備でできるはずよ。」
『おお、そうなのか。すごいな。』
「訓練室のマニュアルにあるはずよ、なければ警備員さんにきいて。」
『わかった。ところで会社設立の件だが、あれから皆とも話した。
進めて欲しい。いや是非お願いしたい。』
「そう。それは何より。じゃ、端末持っていくわ。体育館で待っててね。」
ちょうど館内放送で呼び出されているようだ。通話越しに聞こえている。
『ん、なるほど、この件なのだな。了解した。』
通話を終了した少佐は、そのまま別のところへ連絡した。
『はい、ナツメグ税務会計事務所、アイトーカ支店です。』
「えーと、昨日お送りした資料の件ですが、準備はよろしいですか?」
『あ、は、はい代わりますのでお待ちを!、支店長!、支店長!』
やや硬かった通話口の声が焦っていた。受話器を持ったまま叫ばないで欲しいものだ。
などと思っているとすぐ支店長に代わった。
『お世話になっておりますアルミナ少佐。いつでもお伺いできます。』
「そう、じゃ、位置情報を送るからそちらまで向かってもらえるかしら。」
『わかりました。すぐ伺います。』
「じゃ、よろしくね。」
通話を切り、個人端末をちゃっちゃと操作してから立ち上がり、すたすたと室長室の扉を出る少佐。
もちろんその後ろの室長デスクにはコッペパン(留守パン)が浮いている。
戦技情報室の自席で資料を読んでいたステラと眠そうなリリィに声をかけ、奥の扉から出て、廊下に出て幾つか並んでいる扉のうち幅の広い扉を開けた。
部屋の中には検査処理済みの海賊たちの端末が梱包されていた。
誘導台車に積み――積んだのはステラとリリィだ――部屋をでて廊下を戻らずに進んで通路の扉を2つくぐる。
司令棟から司令室へと繋がるのと同じ、水色の扉のエレベーターがそこにあるのだ。
このエレベーターは前後に扉のあるもので、こちらは司令棟から乗る側とは逆になっている。
これにのって司令棟地上部へと出て、総務部で地上車のカードキーを借りていつものように総務部カウンター沿いに裏口から出れば駐車場だ。
と、ややこしいかもしれないが、位置的には戦技情報室は地下司令室の下に位置している。戦技情報室はセキュリティを高く設定してあるので、人の出入りの多い司令棟地上部から直接通じていない。水色の扉のエレベーターから扉を2つ挟んで回り込む形になっているのはそのためだ。
直通エレベーター(群青色の扉)は司令室の艦長室側のさらに奥であり、このエレベーターは司令棟地上部の隣にある棟に出る。
戦闘技術情報部の、その直通エレベーターから室長席を挟んで逆側にある扉は、廊下に繋がっており、室長室(アルミナ少佐の副艦長室)の廊下側の扉やその他の部屋に繋がる扉が並んでいる奥にも、群青色のエレベーターと同じ地上棟へとつながるエレベーターがある。
妙な造りになっているが、設計時に詰め込んだためにそうなってしまった、としか今は言えないのだ。慣れるしかない。
* * *
収容所の駐車場に到着したら、既にナツメグの人たちが地上車を降りて待っていた。5人もいる。
――そんなに必要なのかしら?
乗ってきた箱型の地上車を降りると、こちらを向いて整列して一斉にお辞儀をした。ちょっと怖い。やめて欲しい。
ステラとリリィに積み荷を降ろすように言って近寄ると、「お手伝いします!」と言ってその5名のうち2人が走って行った。目線でステラに合図しておいてから残った3名に一応挨拶をする。
「コルマクラ支店長、お久しぶりね。お待たせしたかしら?」
「いいえ、こちらも今しがた到着したところです。」
「4人も連れてきちゃったのね。」
「今回の案件はいい経験になりますので。」
「そう。じゃ、少しお待たせするかもしれないけれど、付いてきてね。」
「はい。」
誘導台車と共に後ろに来たステラとリリィ、それとナツメグの2名をちらっと見て歩き出す少佐。ぞろぞろと付いて行く計7名。
警備員詰所を経由して収容所内部へと入り、体育館へ。
体育館には前と同じく長机などが用意されており、ベンデルマンらも前と同じように待っていた。
「さっき連絡したように、端末をもってきたわ。個人用と、ノートタイプ。」
「感謝する。」
「先にあなたたちのを受け取って確認してみて?」
ステラたちが誘導台車から長机の上に箱を置いてフタを開ける。
ベンデルマンら数名が近寄って中身を順番に見ていく。
しばらくして自分たちの使用していたものが見つかったようだ。
「確かに、俺たちの使っていたものだ。制限をかけたというのは?」
「通信制限よ。だからデータの移行は訓練室で行って。」
「そうか、なるほど。」
「中のデータは検査しただけよ。見ようと思えばいつでも見れるけれど、
あまりやりたくないの。だから尋ねるけれど、そろそろ地上側への
連絡を取りたいんじゃない?」
「そうだな、その通りだ。だがこれでは連絡できないんだろう?」
「今はまだそうね。でもあなたたちの現状とこれからのためにも、
連絡取ってもらった方がいいのだし、差支えなければ連絡先を
教えてもらえれば繋がるようにできるわ。」
「そ、そうか、それは助かる。」
「全員が連絡可能にはまだできないけれど、今までだって地上とは
基地からしか通信できなかったんでしょ?」
「その通りだ、端末同士は基地内部だけだったな。そういえばそうだ。
今と同じだな。はっはっは。」
そう言ってベンデルマンらは破顔した。そしてふと気づいたように、
「まて、地上の連中の通信設備は基地のとしか通信できない
設備なんだぞ?、どうやって個人端末から通信するんだ?」
「その人たちだって個人端末ぐらい持ってるでしょ?、
まさか持っていないなんてことは…?」
「いや、全員じゃないが持っている。」
「じゃ、そこに繋がるようにするわ。アドレスを教えてもらえばね。」
「そんなことが…」
「できなきゃ言わないわ。」
「わ、わかった…。アドレスを教えよう。」
ベンデルマンは驚いたようにそう言うと、返却されたほうの端末を操作し、少佐に見せた。少佐は手動でそのアドレスを彼女の個人端末で入力していた。
「じゃ、他の人たちの端末はあとで順番に返してあげてね。
今は先にこちらの用事。」
と言うと後ろに並んでいたナツメグ税務会計事務所のコルマクラ支店長に合図した。
「会社設立の件で、この人たちに来てもらったの。
こういうことのエキスパートよ。きっちりやってもらってね、
顧問契約することになるからこれから長い付き合いになるかもね。
ああ、ナツメグ税務会計事務所のアイトーカ支店、だったわね。」
「支店長をしております、コルマクラ・ヨウと申します。」
「ラゴニアという海賊、いや元海賊だな、のまとめ役をやっている、
ベンデルマン・ダンズンという。よろしく頼む。」
お互いに挨拶をしたところで、少佐は「進めてて、ちょっと席を外すわ。」と言い置いてステラとリリィを連れて体育館の外に出ていった。
長机を挟んで向かい合って座ったベンデルマンらとコルマクラ支店長らはそれに返事をして早速と会社設立の話を始めたようだった。
* * *
「ねぇ少佐?、海賊の会社つくるんですかぁ?」
コッペパンと連絡をして接続処理を頼もうと、体育館の外にでた少佐に、リリィ少尉がそんなことを尋ねた。
「元海賊さんたちの会社だけれど、会社の仕事が海賊なわけじゃないわよ?」
「えぇ?…んじゃ何するんですかぁ?」
「星系の人たちを守る、重要なお仕事をしてもらうのよ。」
「へー、なんかカッコイイですねっ!」
「そうよー?、海賊でいるよりもあの人たちにはいいことなのよ。」
「あれっ?、あたしたち宇宙軍もそうなんですよね?」
「そうだけど、この星系にずっといるわけじゃないでしょ?」
「ん~…?、辺境警備隊のひとは…?」
「あの人たちは今は忙しそうだもの。」
「そっかぁ、そうですよね!、やっぱり少佐ってすごいな~、
いろいろみんなのために考えて、すごいですっ!」
「だからリリィも居眠りばかりしてないで、頑張って勉強してね、
訓練もだけれど、覚えることたくさんあるわよ。」
「はいっ!頑張りますっ!」
思わず頭をなでそうになるような笑顔でそう言うリリィ。
苦笑いするステラ。
この2人がどこまで今回のことを理解しているかはおいておくとして、第147辺境警備隊にどこまで海賊スネアが浸食しているか、対処するとしてどれぐらいの手間になるかという状況なのだ。
そこに手を入れるとなると、少なくとも宙域に居る海賊スネア全部をなんとかしなくてはならない。やるなら迅速に、確実にだ。
そうすると戦闘技術情報室のメンバーだけでは、やれなくはないが、海賊ラゴニアのときとは規模がかなり違うし、第一辺境防衛基地のアルマローズ司令とも連動して動かなくてはならなくなる。
そうすると下手をすれば海賊スネア側に作戦が筒抜けになり兼ねないので、タイミングや計画も慎重にならざるを得ない。
他の部隊が関わる以上、そんなものを戦闘技術情報室だけの肩に乗せるのはいくらなんでも面倒くさい。艦長派からしても頭越しで面白くないという事になるし、せっかく艦長なのだから責任の所在をそちらにしておいた方が、お互いにいいのだ。
であるので現時点でそこに手を入れるのは、時間がかかる。
なので今のうちに敵性種《HS》の心配を無くし、宙域の海賊スネアが無くなっても問題のないようにしておけばいい。
ちょうどお誂え向きに、『苦しむ人員のために立ち上がった正義の非合法組織』という謳い文句の海賊ラゴニアが居たので、先に基地を建設してそこに元ラゴニアの人員を配置し、敵性種《HS》から植民惑星を安全にしておいてから、スネアのほうに艦長派らをうまく誘導して事にあたろう、というのが少佐ら戦闘技術情報室の計画だ。
もちろん元ラゴニアの人員だってそんなすぐには最新式の基地設備が扱えるわけではないので、即戦力の人員をカーディナルから連れてくるわけだ。
これもちょうどいいタイミングで、戦艦ミズイリがマルキュロス星系への親征する話があったので若干日程を調整して、その人員を便乗させるように手配したのだ。
最新式である輸送艦バラクーダであれば、マルキュロス星系ならここから片道は1日ちょいであるので、当初からだいたいの計画だったがうまく収まるように物事が進んでいるようで、少佐がにこにことごきげんなのだ。
さらに補足すると、第三惑星ラスタラの衛星マヨースにある海賊ラゴニアの基地、いやもう基地跡というべきだろう、そこを改装または建て直しする予定の新基地は、居住区と食堂がまず造られる計画になっている。
そうしないと、輸送艦バラクーダ内のホテル・バラクーダで寝泊まりしおいしい食事に入浴と至れり尽くせりな作業員たちが、戦艦ミズイリでマルキュロス星系にやってくる人員を迎えに、輸送艦バラクーダが出てしまっては困るからだ。
もちろんそのあたりの計画は、ムツミネ宙域建設側も承知していることなのだが。
リリィは訓練のスケジュールが結構あって、そこで同僚 (?)たちにアルミナ少佐たちのことを何やら根ほり葉ほりきかれたりするようなのだ。
もちろん技術的なことや少佐らがときどき部屋に居なかったりして何をしているのか、なんてことは分からないし、知らないし、知らせていないのだが、全く何も知らせないのは却ってよくない。
なので、海賊たちの一部を捕まえて収容所に入れた、ということをリリィに教えたのだ。もちろん口外無用と念を押して。
おそらくリリィの性格からすると、隠し事は下手だろう、ちょっとぐらい漏れても許容範囲だ。そして当人は、秘密を持ったというその事だけで単純に喜んでいる。おそらく訓練へ行って誰かからそのへんの探りを入れられたりすることだろう、隠し事が下手だからすぐに何かを隠しているとバレるだろう。だがそれでいいのだ。情報部が隠し事をしないほうがどうかしているのである。
そうやって目立つようにリリィにメイド服を着せている――面白いからという理由もあるかもしれないが――ので、せいぜいリリィの下手な隠し事を探ろうと、さらに注目していればいい、ということなのだ。
ベンデルマンから教えてもらった地上ラゴニア関係者と思われる連絡先に繋げられるようにと、コッペパンに指示した少佐は、警備員詰所で少し話をした後、また体育館へと戻った。
「ベンデルマンさん、もう繋がるはずよ。」
「そうか、何度も言うが感謝する。しかし凄まじいな、
今までの常識がぶっとんでしまう…。」
「あえて盗聴などはしないけれど、言わなくても分かるわよね?」
「ああ、もちろん反抗などしない、考えたくもない。」
「そっちじゃないわ。そんなムダな心配はしないわよ。
連絡して報告するような事は隠さず言ってって事よ。」
「ああ、わかっている、もちろん全部伝えるさ。」
「プライベートの事まで報告しなくてもいいわよ。組織的なことよ。」
「ああ、わかった。なるほど、そうだな。ところで、」
「なぁに?」
「今この人らと詰めている会社設立だが…」
「ん?」
「本当にこんな…、あぁ、いや、正直戸惑ってるんだ。」
「何よ、条件に不満でもあるの?」
「い、いやそうじゃないんだ、そうじゃない。良すぎるんだ、なぁ?おぃ」
「ああ」 「うん」 「信じていいのかどうか」
「どういう意味なの?」
「俺たちに条件が良すぎるんだよ、このまま騙されて何か悪いことに
なっちまうんじゃねぇかってさ、夢じゃねぇのかってな。」
「なるほど、不安なのね。」
「そ、そういう事になるかな、うん、不安なんだ。俺も、こいつらも。」
「ふぅん、ちょっと待ってて。」
そう言うと後ろのステラに、何やらひそひそと話をする少佐。
ステラはひとつ頷くと、リリィを連れて体育館から出ていった。
2人が出て行くのを見届けてから、少佐は個人端末を取り出し、
後ろを向いて少しベンデルマンらから距離をとり、
「コッペパン?、聞こえる?」
『はい少佐。』
「そろそろゾウさんチームが出発したと思うけれど、状況は?」
『ロックたちは合流できたようです。
今日は作業せず宿泊する予定のようです。』
「じゃ、こっちで勝手にしたほうがよさそうね、
ロックの乗って行った艦載輸送艦の艦外映像と、艦内倉庫の
映像の制御をこっちに回せる?」
『はい少佐。』
「じゃ、あっちに内緒で繋いでちょうだい」
『了解しました。……繋がりました。』
「ありがとう。」
そうしてベンデルマンらのほうに戻ってくる少佐、個人端末の上にウィンドウが投影されており、「これをこうして…」などと言っている。
すると体育館檀上の壁(大型のモニタスクリーンになる)に映像が映し出された。
ベンデルマンらが拉致される直前に居た、基地の真上からの映像だ。
「これがあなたたちの基地よね。」
「そのようだな。」
「いまこの映像は、真上にいる輸送艦からの映像なの。」
「真上だって!?、いや確かに映像はそうだが…」
「そして輸送艦に積んでいるのはこんなのよ。」
映像が切り替わった。建設用機械が並んでいる。カメラは切り替わったりくるーっと回ったりして、倉庫らしき広い室内を見回すように動く。
よくわかっていないような表情でみるベンデルマンらを見て、
「これであなたたちの基地を改造するのよ。」
「なんだって…?」
「快適に、そして敵性種《HS》を退治できるような、
そんな基地になるの。もちろん食堂はここと同じレベルよ。
他にも設備が整えられるわ。完成予想図はこんな感じよ。」
そう言って少佐が操作をすると映像が変化し、先程の真上からの基地の映像と完成後の基地の画像が画面右端の上下に、残りには完成後の基地の部屋割り図がまるで不動産屋にある図のようなものが大きく映った。
「どう?、ステキでしょ?」
「そうだな…、そうだが、どうしてここまでしてくれるんだ?」
「ちゃんと説明したじゃないの。」
「説明は受けたし承諾もした、だが…」
「何よ、ヒーローになりたくないの?、
星系の安全を守りたかったんでしょ?、人々を助けるんでしょ?」
「確かにそうだ、そのために俺たちは立ち上がったんだ。」
「なら何なの?」
「こんな大がかりなことをして俺たちに目的と力を与えてくれる、
それは正直嬉しい、感謝もしよう、でもあんた、いや、
少佐どのに何の得があるんだ?」
「あたしだって慈善事業でこんな大がかりなことやってるんじゃないのよ。
だから会社組織にして、ちゃんと儲けを出すことを考えてるでしょ?、
ほら、いまやってるじゃないの。」
「だがこれは俺たちの会社だろう?、少佐どのの会社じゃないだろう?」
「そうよ?、だからかかった費用はきっちり請求するって言ってる
じゃないの。分割払いだけれども。」
「ああ、そうだな…」
「そしてあなたたちの資産、艦艇や基地のことだけれども、
きちんと査定して下取りするのだから、その分だってあるのよ。」
「ああ」
「そのためにこんな――と手で檀上の画面を示し――立派な基地を造って
貰ってるのよ?、それにナツメグ事務所の人に来てもらって、
会社設立と、その後の運営の面倒を見てもらうんじゃないの。」
「話がうますぎてよ…、動きが早すぎてよ…」
「これでも遅いぐらいなのよ?、もう一つのほうがややこしいから
こんなじれったいことになってるのよ。」
「す、すまん…」
「あなたたちのせいじゃないわ。だからやる気だして、ちゃんと訓練して、
みんなをしっかり守れるようになって貰わないと困るのよ。わかった?」
「ああ、期待に沿えるよう、頑張るさ。」
「予定では今日から1週間で最初の基地ができるわ。
もちろん教導官たちが最初は基地の操作をするの。
でもね、その教導官たちは30日しかこの星系にはいないの。
だからあなたたちは本気で基地や艦艇の操作を覚えて貰わなくちゃ
あたしも困るし、関わった人たちも困るし、
何よりも、守られるこの星系の人たちが困るのよ。」
「そうか…。皆にもしっかり言っておく。」
「だから今のうちにしっかりと、訓練室を使って、
寝る間を惜しむくらい覚えてくれないとダメなのよ。」
「わかった。覚悟を決める。」
「粗食に耐え、貧困に耐えられるあなたたちならやれるわ。
そう信じたからこそ、強引ではあったけれども、
あなたたちをここに連れてきて、そしてこの星系を託すのだもの。」
「「おぉぉ…」」
何か琴線に触れたようで、ベンデルマンと彼の腹心たちは涙を浮かべて、いや、流してる者や涙を拭いている者もいた。
「この図面、収容所のサーバに上げて置くわ。
なんなら作業状況まで見られるようにしてもいいけれど、どうする?」
「ああ、この図面だけで充分だ、気遣ってくれてありがとう…」
「そう。じゃ、あたしは帰るけど、あとよろしくね。」
そう言って少佐はにこっと笑うとすたすたと、体育館を出て行った。
立ち上がってお辞儀をするナツメグ税務会計事務所の面々に釣られたのか、ベンデルマンらも立ち上がり、同様にお辞儀をしていた。
* * *
少佐が体育館を出ると、「少佐、少佐、梅レモン塩ドリンクありましたぁ!」って少佐の分までもってきて差し出すリリィと苦笑するステラがいた。
――何なのこの犬っコロは…。
尻尾がついていたらきっと「ほめてほめて!」とばかりにちぎれるほど振っているのだろう。仕方ないので顔にださないように微笑んで相手をする。
「あら、早いのね、先行販売かしら。」
「美味しかったのでまた飲みたかったんですよ~♪」
「それは良かったわね。じゃ、帰るわよ。」
「少佐、あちらを」
ステラが少佐の後ろを見てそう言うので見ると、警備員が空の誘導台車を3つ、体育館から出してくるところだった。
「ああ、忘れてたわね。ありがとう」
そう言ってステラと一緒に警備員から誘導台車を受け取り、帰路に着いた。
地上車の中で、「ちゅー」とドリンクを飲んだ少佐。
――やっぱりいまいちよねー、これ…。
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20150211---- 一部の語尾を修正しました。




