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 海賊ラゴニアのボス、ベンデルマン・ダンズンという男に今後の説明をした後、少佐は施設内を警備員1名とステラ中尉を連れてうろちょろ見て回っていたようだ。

 施設の体育館に残ったテリーたちは、ベンデルマンらに制圧した彼等の施設や基地で拾得した武器以外の物品を引き渡して、しばらくは、誘導されてきた他の海賊たちが順番に彼等の私物を受け取り、警備員から個人端末を受け取って登録処理を順次済ませてゆくのを見ていたが、海賊らも素直に従い、滞りなく処理できていることがわかったので、体育館から引き上げることにした。


 「少佐、こっちは上手くいってるようです。いまどちらです?」

 『えーっと、シミュレーションルーム?、え?、あ、訓練室なの?、らしいわ。』

 「そろそろ戻らないと食堂がしまっちゃいますよ?」

 『あ、そうね、まぁ間に合わないならこっちで食べてってもいいかなって』

 「海賊たちとですか?」

 『そうねー、じゃ、帰りましょうか』

 「はい、地上車のところへ行ってますね。」

 『はーい』


 そうして捕虜収容所から司令棟へ戻ったときには午後2時を過ぎるところだった。


 「ある程度は予想してたけど、案外素直な人達だったわね。」(少佐)

 「彼等は健全な海賊ですからねー」(テリ)

 「どちらかというとレジスタンスのような、民衆の側の組織ですし。」(ガル)

 「海賊に健全も不健全もないような気も…」(トム)

 「ま、なんにせよこちらの計画通りやってくれるみたいだから。」(少佐)

 「そうですね。」(テリ)

 「そういえば、あの人たちみんな髪ぼさぼさだったわね、流行なの?」(少佐)

 「それはたぶん、艦内に重力制御がない艦があるからでしょう。」(トム)

 「ヘルメットかぶりっぱなしとか、髪をガチガチに固めるっていう

  アレですか」(ガル)

 「髪がある程度あれば縛っておけるんでしょうけどね」(テリ)

 「ああ、それで男女問わず似たようなぼさぼさ頭だったのね」(少佐)

 「ぼさぼさだったのは入浴後だったからでは…?」(トム)

 「服渡して風呂いれて食事させてあげてね、って頼んだ気がするわ、

  そういえば。なるほどね。」(少佐)

 「今後は髪型も自由にできるでしょう、彼等も。」(ガル)

 「美容師さんや理容師さんって収容所にいたかしら?」(少佐)

 「さぁ…?、たぶんいなかったような…」(テリ)

 「手配するようにラップライフサプライ《LLS》に伝えますか?」(ガル)

 「言われてからでいいんじゃないですか?」(トム)

 「そうね、言ってきたらでいいわね。囚人じゃないんだからそのへん

  適当に好きにしてもらっていいわ。あ、みんな、部屋に戻ったら

  ちょっと確認の打ち合わせをするから。」(少佐)

 「「はい」」


 などと食べながら話していた。



   *  *  *



 ここで少し海賊ラゴニアという組織について補足しておく。

 

 近年、海賊スネアと企業らや軍――第147辺境警備隊いちよんななのこと。地元星系の人々は147軍、147辺境軍、または軍と呼ぶ――との癒着によって苦渋を飲んでいる民衆たちのために、有志たちが立ち上がって結成した組織。


 非合法であり、もちろんそんな組織に届け出なんて許可が下りるはずもないので仕方のないことだが、軍からすれば非合法で宙域をうろちょろする組織はみんな『宙域海賊指定』なのだ。不名誉だろうとなんだろうとそういうものなのだから仕方がない。


 そのラゴニアの活動内容はというと、

 地上にいるスネア勢力の横暴などから住人を保護したり、宙域を移動する民間船を守ったり、スネア勢力の動向を監視したりしている、ということらしく、民間船を襲ったりはしないが、適度にスネア勢力の邪魔をしたり、勝手に採掘や基地建設、それに打ち捨てられた過去の設備や艦艇を占有していたりする。

 (だいたいが辺境星系では黙認されるようなことだが。)


 適度に、というのは宙域ではスネア勢力には全く適わないほどの歴然とした戦力差があるからだ。スネア勢力が放置してくれている間はいいが、あまり邪魔をして怒らせると宙域のラゴニアたちなんて簡単に殲滅されてしまうらしい。


 なので宙域ラゴニアたちは、地上ラゴニアたちと比べて輪をかけて貧困で、細々と粗食に耐えつつ、地上に宙域スネア勢力の動向をいち早く通知したり、スネアの息の掛かっていない企業や民間人の宙域活動を手助けするという使命に身を削る、まさに勇気と決意の組織なのである。


 それに最近ではスネア勢力にじわじわと押されてしまっていて、もう攻撃力を持った艦艇を動かせるだけの燃料も資金も底をつきかけ、民間人や企業らも宙域活動をする余裕もなくなりつつあり、宙域スネアらの動向を監視するだけの、なんともお粗末な状態になっていた。


 聞けば聞くほど哀れになってくる。


 アルミナ少佐らの提案を素直に飲んだのには、それらの背景に、もちろん食事の威力もあるだろうが、スネア勢力のみならず敵性種《HS》にすら対抗できる『力』を持てるようになることと、最終的には自分たちで民衆をちゃんと守れるようになれること、という理由が大きいからだ。

 もちろん結構な金額の請求があとで来るが、非合法組織から生まれ変わり、大手を振って会社組織として堂々と生きてゆけるようになれるための援助が受けられるのだ、断るなどありえないだろう。


 今すこしだけの間は地上ラゴニア組織とは連絡がとれないだろうが、今のところ連絡がきていると(基地等に設置した監視装置から)報せてきてはいないので、様子をみてそのうち連絡をとらせるようにしてもいいと少佐らは考えている。



   *  *  *



 「さて、集まってもらったのは、メインディッシュのお話なのよ。」

 「敵性種《HS》ですね。」

 「そういうこと。」


 食堂から戻ってすぐ、部屋に残っていたキャシーとメイ他数名と、室長室のソファーで居眠りしていたリリィ少尉を含めた全員で、室長席前のスペースで打ち合わせが始まった。

 ゾウさんチームであるロック以下合計6名は、ここには居ない。ムツミネ宙域建設のとなりにある搬入出デッキで作業しているからだ。

 ゾウさんチームは艦長側へのタテマエもあって、あまり大っぴらというか豪快にというか大胆にコッペパンや艦載輸送艦の転送機能を使用しない方針、つまり旧来の搬入出作業を心掛けているため、時間がかかるのだ。だいたいそんな非常識な転送など、しょっちゅうやるものではない。伝家の宝刀は抜かないのがいいのだ。切り札はとっておくものだし、こっそりやるほうがいい。


 「んじゃ、メイ、説明おねがいね。」

 「はい少佐。では」


 返事したメイが立ち上がって室長席の制御台に歩み寄る。

 制御台の下から例のごとくコンソールが出て、メイがちょこちょこ操作し、室長席背面にアスパラギン星系の俯瞰図が表示され、当艦の予定航路などがタグ付きで表示された。

 そして、第六惑星パロランの衛星のいくつかにかなりの数のマーカーが、それとアステロイドベルト2のあたりにもまばらにマーカーが、さらに星系全体に近い表示範囲にぽつんと1つだけ、マーカーが表示された。


 「これは現在の様子です。オレンジのマーカーは当艦が

  アスパラギン星系に到着してから処理された敵性種《HS》の

  推定処理位置です。赤いのは海賊が処理したものです。

  第六惑星パロランの3・5・6・9番目の衛星表面には未処理の

  敵性種《HS》が多数存在します。」(メイ)

 「あー、よそから飛んできたものと、そのパロラン界隈の巣から

  きたものとを分けてちょうだい。」(少佐)

 「あ、はい、こうなります。」(メイ)


 メイがちょこちょこっと操作すると、外縁ちかくに1つだけあったオレンジ色のマーカーが暗くなった。その他のと海賊らの処理した赤いのはそのままだ。


 「ふぅん、んじゃあんまり飛んでこないのね。いいことだわ。」(少佐)

 「でも巣があるようですよ?」(キャ)

 「巣ならつぶせばいいもの、よそからのが多いほうが問題だわ。

  頻度が少ないなら後のひとたちも楽でしょ?」(少佐)

 「そうなんですか…」(キャ)

 「そういうものなんですよ。」(テリ)

 「よそから飛んできたものは、ほぼ卵のようなものですから、

  脅威度が低いんですよ」(ガル)

 「なるほど。」(キャ)

 「そのへんは中央宇宙軍カーディナルが敵性種《HS》のランクを定めているの。

  あとで見ておくといいわ。」(少佐)

 「はい。」(キャ)



   *  *  *



 ちなみに、敵性種《HS》のランクはその脅威度段階によって、以下のように定められている。

   脅威度段階ランク

     1:卵のようなもの。

     2:岩石や氷、金属などを憶えたもの。

     3:何か意味のある形を造り出せるもの。(武器や船など)

     4:巣を作って繁殖し始めたもの。

     5:ワープが可能なもの。


   表すときには「星系全体-単体」という言い方をする。

   星系内に巣がある場合には、前が必ず4となる。

   不明か存在しないなら0だ。

   集合体であれば核の数をつける。

   わからなければそのまま集合体という。

   4-4というのは無い。単体は1・2・3・5だからだ。

   なぜこういう言い方をするようになったかは不明だが、

   聞き取りやすいという程度の事だったのかもしれない。



 卵のような状態で飛来し、近くの物体にゆっくりと加速して近づいて付着、育つときその物体の構成を憶えるとしか思えない成長をする。人造物にくっついて育ったものは、徐々に浸食していき、その人造物の形や機能を本能的に模倣する。

 どういう理由か明らかではないが、人造物を好むことがわかっている。

 廃棄された動く見込みのない艦艇や装備などの部品なら、形だけしか真似てはいないが、可動状態であると、例えばエネルギーや燃料が残っている機関ならそれそのままを真似てしまう。そして仕組みを把握し、時間はかかるがエネルギーを作り出したりして動き出す。

 兵器なども同様に真似て作り出してしまう。ミサイルやレーザー砲、電磁投射砲などの旧型兵器を搭載した艦艇を過去に真似られ、それらを殲滅するまでに多大な損害をこうむった記録もある。

 そして巣によって情報共有をされてしまうと、無人の大艦隊を相手するようなことになり兼ねないのだ。


 艦艇などの複雑な人造物の場合は、浸食が始まってから動き出すようになるまでには相当の時間がかかり、さらに複製を作り出すにも時間はかかるが、巣で情報共有すると複数体でひとつのものを構成することもあって、加速度的にそれらの時間は短縮される。


 だが補給という概念は無く、破損したり燃料がなくなったりすると、修復するのにも、燃料を作るのにもかなりの時間がかかるようである。これも巣に戻れば加速する。


 人類にとって脅威なのは、憶えられてしまった武器などがこちらに向くこともあるが、巣で情報共有され、突然同じものが一気に作られるその数の暴力である。


 とにかく巣で共有されてしまうこと、新技術を真似られてしまうこと、それに数、この3点を恐れるのである。


 であればこそ、宇宙軍の使命は敵性種《HS》の排除であり、巣を発見したら殲滅以外の最終的な選択肢は無い。

 もちろん、寡兵で敵性種《HS》の巣に挑め、などと無茶は言わないし言われない。

 下手に捉えられて覚えられ、共有されれば脅威となるからだ。

 殲滅できるだけの戦力を準備し、捕まえられないようにしてきっちり殲滅する、理想を言えばそういうことになる。


 脅威度が5となり、ワープできるようになった敵性種《HS》が恐ろしいのは、想像に難くないであろうが、それは星系内での話である。星系外へのワープは、旧型艦艇だとかなりのエネルギーを消費することになるので、敵性種《HS》の真似た艦艇であれば現れたときにはもうほとんど余力がないからだ。ただの的である。

 だがもちろん、よその巣へ行き、情報共有されてしまうとその星系での脅威度は跳ね上がることになるので、早期発見、早期対処が望ましい、ということになる。


 近年になって改造または建造された艦艇は、当然ながらまだ覚えられたりしていないので――覚えられてしまったらとんでもないことである――そうならないようにちゃんと対処できるようになってから、こうしてD8608型駆逐艦だの戦艦ミズイリだの、輸送艦バラクーダなどが建造されたのだ。


 よそから飛来、つまりワープアウトしてくる段階での対処方法はいくつかあるが、卵かそうでないかは質量で分かる。(卵がなぜワープしてくるのかは全く分かっていない。今のところ、一度ワープしてきた卵が再度ワープしたという例は観測されていない。)


 卵の場合なら簡単に、ワープアウト直前に干渉して歪ませる事によって粉々にしてしまう方法を採っている。一番消費が少なく済むからだ。

 卵でなかった場合には、同様に粉にして生き残ったのをさらに破壊するという方法と、強く干渉することで出現位置を大きくずらし、恒星近辺に出現させたり、押し返す、という方法を採る。もちろんどちらも強引に介入しているので、凡そまともな形で出現することはほとんどない。


 大昔のワープ開発実験での失敗を、こんな風に人類を救うために(そのままではないが)応用して利用しているのだから、もし当時の科学者たちがこれを知ったら、喜んでくれるだろうか。



 と言ったようなことを踏まえて、アルミナ少佐らの打ち合わせの続きである。



   *  *  *



 「で、巣のほうだけど、どんな感じ?」(少佐)

 「段階としては4-3ですね。情報共有の途中なのか、移動できる状態に

  あまりなっていないようです。」(メイ)

 「廃棄艦でも覚えたんでしょうか。」(テリ)

 「とにかく移動できるようになって飛んでるのを海賊は対処してるのね。

  巣があるってことを連中は知ってるのかしら?」(少佐)

 「確認はしていませんが気づいていてもおかしくはないでしょう。」(テリ)

 「対処できるうちが華なのだけれど、それを気づかせてしまうようでは

  星系自体が危ういし、巣が増えても面倒だから、連中のスキを見て、

  さっさと処理しちゃいましょうか。」(少佐)

 「宇宙軍のプライド、ですか少佐。」(テリ)

 「そんなもの敵性種《HS》には何の意味もないわ。やれるからやる。

  それだけよ。そうでしょう?」(少佐)

 「そうですね。」(テリ)

 「じゃ、メイ、もう判明済みと思うけど、巣の位置と規模の詳細、

  それと海賊艦の動きに合わせた作戦立案、任せてもいいかしら?」(少佐)

 「はい、任せられましょう、ふふふ。」(メイ)

 「明日のお昼前に打ち合わせ、ぐらいでいいわ。よろしくね。」(少佐)

 「了解しました。」(メイ)

 「じゃ、解散。」(少佐)

 「「はい。」」


 会話には主任クラスしか参加していないが、ちゃんとその他の人たちも例の長椅子に座って話は聞いている。別段、少佐は禁止していないし、主任らも、他の人が会話に参加したりしても、おそらく咎めたりすることなく普通に会話が進むだろう。実際、少佐は何か言いたそうな人が居たらちゃんと目線で頷いたり手ぶりや言葉で発言を促す。

 そのあたりを少佐は少しさびしいなと感じているが…、かれらは研究室から離れて軍艦に乗り、戦闘技術情報室という名の場所で、情報員となってからまだ三ヶ月余りなのだ、宇宙軍少佐という肩書きに気後れしている、というわけではなさそうだが、そのうち慣れてくれたらいいな、と少佐は様子をみているようだった。


 実はステラも少佐の隣に座っていた。

 会話に参加しないのは敵性種《HS》のことをあまり詳しく知らないのと、キャシーが先に言ってしまったので発言する機会を逃したこと、それと、巣の殲滅方法が想像もつかなかったからだ。黙って聞いているしかなかったのだ。


 それと…、

 リリィであるが、室長室のソファーで居眠りしていた。


 遠距離射撃場のある射撃訓練場でメンテナンスという名目のテストを2時間弱にわたって、実弾をいろいろな条件下――風や霧、降雨や砂ぼこりなどの条件を作り出せる――でのテスターとしての役割を例によってメイド服にヘルメットで、きっちりやってから、戦技情報室に帰ってきて奥の設備でシャワーを浴び、一般食堂でしっかり食事を摂って室長室で読書を……していたとは言えない量だが、読んでいるうちにいつものように睡魔に完敗したのだった。


 少佐はそのあられもない、あれこれ開きっぱなしの乙女に非ざるひどい寝姿に笑っていたが、ステラはたたき起こして叱っていた。



   *  *  *



 一方、ゾウさんチーム。


 こちらは艦長側もよく御存じの艦載輸送艦で、商業区や住宅区のある地上層と同じ層にある、艦載機発着ロビーのあるアイトーカターミナルビルというビルの地下にある格納庫のうちの一つから、旧来の艦載機などと同様に、ハッチを開けて出入港ができる仕組みになっている。


 事前に少佐たちと打ち合わせた通り、ロックたちはこの艦載輸送艦に乗り、一旦艦外に出てから艦を回り込んで工業区の搬入出ハッチに接舷し、ムツミネ宙域建設の機材の積載作業をしていた。


 が、想定していたよりも作業が難航、時間がかかっている。

 理由はいくつかある。

 旧来の方法をタテマエ上取らざるを得ない現状では、転送で積載する、という非常識な方法とは異なり、トレーラーに積せた状態で誘導しつつ輸送艦内に積載していくことになり、その作業が、いまひとつ要領がよくなかったこと。

 輸送艦内のリフトで輸送艦内格納庫の別の層へと移動させるのに手間がかかり、順番待ちのようになって後ろがつかえてしまい、時間を浪費してしまったこと。

 作業上の原因としてはこの2つが挙げられる。


 スペースは充分にある。

 だから現段階で無造作に積載してしまっても、出すときには艦長たちからは直接見えない位置での作業なのだから、転送が使えるので順番などどうでもいい、リストにきちんと記載しておけば思考結晶たち(コッペパン・艦載輸送艦1号・輸送艦バラクーダ の3者)はちゃんとやってくれるのだ。


 だがこれを、ムツミネ宙域建設側に説明できない状況になってしまった。


 これが、今回の作業を大幅に遅らせる一番の原因であった。


 艦長側から積載作業の手伝いだと言って、40人ほどの兵士たちがやって来て、警備やら誘導やらの作業をかってでたためだ。

 少佐に連絡を、とロックは思ったが、ここで艦長たちの心象を悪くしてしまうのもマズいと判断して、表向きはありがたく、内心では余計なことしやがって、という体で手伝いを承諾したのだ。


 で、ムツミネ宙域建設側としては、作業の都合上、使う時、つまり出すときの順序というものがあるわけで、そこをちゃんとしないと二度手間になってしまう、と主張し、当初はとにかく積みこむから準備ができたものからでいいとして、早朝から並んでいたのを、いくつかを避けつつ積載する、などというパズルのようなことになってしまった。

 手伝いに来た艦長側の士官たちはそんな都合など知った事ではないので、ちょくちょくムツミネ宙域建設側の作業員と衝突し、そのたびにロックたちが仲裁し、走り回るハメになって、さらに時間を浪費したのだった。


 そういう事態になることを危惧したアルミナ少佐は、朝9時を少し過ぎた段階で、ムツミネ宙域建設のマルハス・テンマ代表へと連絡をし、事情を伝えたのだが、積載作業には既に入ってしまっていたこと、艦長側の兵士たちがもう到着してしまっていたことなどから、そのあたりは申し訳ないが、積載に1日かかってしまっても予定に余裕があること、次善策もちゃんと用意してあることを説明しておいた。

 ロックにも連絡し、その旨伝えておいたのだが、ロックたち6名にはかなり災難な1日となってしまった。


 マルハス・テンマ代表は、もちろんそんな事で怒るような人ではないが、

 「なんだ嬢ちゃんはこっち来ねぇのか?、んーそうだなぁ、

  嬢ちゃんとこもいろいろ事情があるんだろうからしょうがねぇよ、

  最初からつまづくたぁゲンが悪ぃが、取り戻せねぇわけじゃ

  ねぇし、今晩からしばらくはどうせ出先で寝泊まりするんだ、

  出港しちまったら楽しませてくれるんだろぅ?、がっははは」

 と、積載の遅れよりも、少佐が来ないことや出先の事を言っていた。


 そしてロックたちや現場作業員たちの苦労の甲斐あって、なんとか夕刻には出港できるようになったのだった。


 出港し、予定地の元海賊ラゴニア基地上空でステルス状態で待機している輸送艦バラクーダと合流。

 艦載輸送艦1号はロックら6名がのったままで、ムツミネ宙域建設のテンマを筆頭に作業員が、バラクーダに移乗した。


 輸送艦バラクーダ内には、ホテル・バラクーダがある。


 カーディナル星系惑星カーディナル――慣用的にこういう呼び方になっている。カーディナル星系の恒星はサザーンという――のリゾート地にあったホテル・バラクーダが倒産寸前になったので、少佐がまるごと引き取ったのだ。元のホテルは縮小して営業することになり現在改装中である。

 そして従業員たちを割り振ったうちの1つがこの、新生ホテル・バラクーダ輸送艦支店、なのである。

 輸送艦バラクーダに搭乗している彼らプロのホテルマンたちは、輸送される間の宿泊客を心からもてなすのだ。


「バラクーダへようこそ、マルハス・テンマ様。」


 まるで予約したホテルのような応対を、輸送艦バラクーダ内の宿泊施設入口で受ければ誰だって驚くだろう。

 各人が手荷物を誘導台車に載せてもらう時にも、きちんと名前で呼ばれ、「○○様」と言われるのだ。テンマら役付きの面々は多少は慣れもあるだろうが、あまりそういったことに慣れていない人たちは、少し緊張してしまったようだ。

 しかしそこはプロのホテルマンである。「今日は大変だったそうですね。」に始まり、それぞれの作業員らのことをある程度は知っていて、彼等の緊張をほぐす切っ掛けにと巧みに話しかけたりしていたようだった。

 テンマら作業員たちが驚きを隠せないまま、一流のおもてなしを受けることになるのが、彼らの今回の仕事でまず最初の、少佐の言った『わが軍最新鋭の輸送艦の威力』の始まりだった。



   *  *  *



 翌日の朝、朝食の席で、ロックたちを見つけるなりテンマが、

 「おい、ここは本当に輸送艦か?、すごいな最新鋭の輸送艦ってのぁ!」

 と言って豪快に笑い、ロックの背中をばしばしと叩き、ロックを朝から憂鬱にさせた。


 そして朝食後、早速ムツミネ宙域建設の調査・査定チームが、ロックらと共に艦載輸送艦に移乗、元海賊ラゴニアのマヨース基地に降り立ち、調査作業を開始した。

 それと並行して、建設機材を降ろしたり、バラクーダに積載されている部材で必要なものを降ろしたりするのだが、ここにはもう艦長側らの目が届かないので、堂々と転送機能をしっかりと使い、テンマらの目を丸くしたのだった。



 余談だが、輸送艦バラクーダに搭載されている思考結晶の固有名は、フィッシャーと言う。少佐がいたずら心で性格設定をしたため、少佐以外は、『フィッシャーさん』と呼ばないと返事してもらえない。ロックやカルドン艦長などが「めんどくさい設定しやがって」と、文句を言っているが、少佐は変更する気が無いようだ。


 ロックはまだいい。

 問題はカルドン艦長ら乗組員のほうで、もし『フィッシャーさん』につむじを曲げられたら――思考結晶のつむじがどこにあるかはおいといて――艦のほぼ全機能がマヒしてしまうのだ。もうそれは死活問題だと言える。


 つい先日、アルミナ少佐が旧式の連絡艇で輸送艦バラクーダから出立したあと、カルドン艦長にこんな場面があった。

 「フィッシャー、アルミナ少佐から指定された地点付近に他の艦影は?」

 「フィッシャー?、おい聞こえるか?」

 『聞いている。フィッシャーさん、といいなさい。』

 「ぐっ…思考結晶の分際で…俺は艦長だぞ!?」

 『私は当艦の全てを司る思考結晶様だ。』

 「っく…、フィッシャーさん、アルミナ少佐が指定された地点付近に

  他の艦影はないか?」

 『お願いします。』

 「なんだと?」

 『お願いします、といいなさい。』

 「っく…、このやろう…、お願いします」

 『よろしい。その地点には他の艦影は認められない。』

 「よし、では予定通りステルス状態のままその地点で待機。」

 「おいフィッシャー!」

 『フィッシャーさん、お願いします、と言いなさい。

  何度いえば理解するのです?』

 「っく~~…フィッシャーさん、お願いします」

 『了解した。』


 アルミナ少佐がいなくなったとたんに、手のひらを返したように偉そうに振る舞うようになってしまった思考結晶フィッシャーに、驚くやら腹が立つやら自分が情けないやらで、難儀なカルドン艦長だった。


 なんせこの輸送艦バラクーダにはカルドン・マイヨー艦長とデルマー・バンダグ副艦長のほかには軍人がいない。なので艦の航行、管制、周囲の警戒など艦の全てが何から何まで思考結晶フィッシャー頼りなのだ。

 もちろん緊急時にはカルドン艦長が操艦したり、デルマー副艦長がその他の操作をしたりといった、手動操縦ができるようにはなっているのだが、旧型の戦艦を何隻かまるごと積載できてしまうような、従来からしてみれば非常識ともいえるサイズの輸送艦など、おいそれと手動操縦できるはずもなく、それこそ後何人かで計器類やら補助をしてもらわなくては無茶もいいところなのだ。たった2人ではどうしようもない。

 思考結晶の補助があれば操艦もできるのだが、結局それではフィッシャーが協力してくれなくてはダメなのだから、つむじを曲げられてしまってはどうしようもなくなってしまう。


 そして今日もまたあきらめの入ったカルドン艦長が言う。


 「フィッシャーさん、お願いします。」


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201501301653 敵性種 ⇒ 敵性種《HS》 修正しました。

20150211---- 一部の語尾を修正しました。

20150622---- アルミナ少佐の指定のあった地点付近に

     → アルミナ少佐が指定された地点付近に

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