1-09
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「おかえりなさい、少佐」
「会議おつかれさまです。」
戦闘技術情報室へと戻った少佐に、近くにいて気づいた者がそう声をかけるのに頷いた少佐は、彼らに近づくと、テリーに、
「1時間後に打ち合わせするわよ。全員ね。
あ、1時間で戻ってこれるのかな?、みんな。」
「たぶん大丈夫かと…。」
「んー、じゃ、一時間半後にするわ。それならだいじょうぶよね?」
「それなら。」
「やっぱりこっちで召集かけたほうがいいかしら?」
「そうですね、お願いします。」
「うん。」
微笑んでそう返事をすると、少佐は作戦会議室からもったままのドリンクを手に、ドリンクサーバーのほうへ行き、その容器をセットしてボタンをくりくりっと操作し、クラッシュアイスがざららっと容器に投入されるのを覗きこんでから、容器をとりだして元通りフタをかぶせてストローを挿し、室長室(副艦長室)へと入っていった。
少佐はしばらくデスクのところでちゃかちゃかと作業し、ステラは放置されていたティーセットを洗って棚にしまったり、少佐から個人端末に送られてきた資料などに目を通したりしていた。
室長室にはそれらの音と、空調が微かに奏でる風の音が、明るすぎずやわらかい照明に溶け込んでいた。
* * *
そして午後3時。になるすこし前。
戦闘技術情報室の全員が室長席の前のスペースに着席して、各自それぞれが個人端末や大きめの端末を手に、黙って少佐が室長室から出てくるのを待っている。
こそこそと話す者もいるが、それぐらいは許容範囲だ。
彼らが座っているのは、室長席の前のスペースの床からせり上がってくる仕掛けになっている長椅子だ。前列と後列があり、左側、中央、右側、と、室長席に向かうように少し角度をつけている。長椅子と長椅子の間は人が通れる隙間がある。前列のほうが後列よりもの長椅子の長さが短い。そして後列のほうがすこし高いようになっていて、室長席の制御台が見やすいようになっている。
そして、室長室から少佐が出てきた。
「みんなもう知っていると思うのだけれど、
16時に当艦は第147辺境警備隊の第一辺境防衛基地隣接宇宙港を
出港して10日間ほど調査目的の旅に出ます。」
「「はい」」
「そしてここからが重要なのだけれど、
明日未明より当戦闘技術情報室はある作戦を開始します。
その作戦は、ウサギ狩りチーム2、ゾウさん輸送チーム1で行います。
各自、自分がどこで何をするか、事前によく理解しておくこと。」
「「はいっ」」
「キャシーは悪いけどお留守番よろしくね。ネズミたちの飼育もね。」
「はーい…」
「何か質問ある?」
挙手したのは2人。テリーとステラだ。
少佐はステラに手のひらを向け、テリーの発言を許可した。
「せっかくですので、もう少しご説明を頂けるといいかと。
何名か付いてこれていないひとも居るようですので。」
「そう?、じゃ、ステラ中尉は?」
「私もその…、同じです。」
「そう。じゃ、説明するわね。」
そう言うと制御台を操作し、背面の壁がモニタになった。
映し出されたのは第三惑星ラスタラの衛星マヨース周辺の概略図だった。
「テリー組が頑張ってくれたおかげで、このあたりの宙域は完璧になりました。
現在の当艦はここ、第一基地の宇宙港ね。
航行予定のコースはこれ。しばらくは通常航行よ。
明日未明にはこの宙点に居ることになります。
そして白ウサギチームにはあたし、ことアルミナ少佐が作戦指揮官として
テリーほか5名とともに新型の艦載機で出ます。
あ、ステラ中尉はどうするの?。特に命令とかじゃないけど。
あ、来るのよね?、うん、なら一緒に行きましょう。
白ウサギチームはこの、
(と、衛星マヨース上を拡大、基地施設らしき構造物の色を変更して)
海賊ラゴニア?、の拠点基地を制圧、確保します。
黒ウサギチームは、ガルさんとメイほか5名を加えて、
計7名でこちら、
(と、制御台上に星系図を出して第四惑星リスーマの衛星ベールを
網状のマーカーで囲んで表示し、壁のモニタにはその拡大図を
ウィンドウを重ねるようにして表示させた。)
第四惑星リスーマの衛星ベールにある、同じく海賊ラゴニア基地を
制圧、その後周囲から隠蔽処置をし、無人監視装置を置いて撤収します。
どちらの基地も、航路からは丁度影になって見えないから、安心ね。
ここまでで質問ある?、ないわね?
ん?、ステラ中尉どうしたの?、口が開けっ放しよ?」
何か言いたいけどどう言っていいのかわからず、口をあけたままで手は挙げようかどうしようかで、中途半端なことになっているステラを見て少佐がそう言った。
「い、いいえ、なんでもありません。お続けになってください。」
「そう?、んじゃ続けるわね。
ゾウさんチームはロックほか5名の計6名で、
司令棟地上層から地上車に乗り、堂々と艦載機発着場から艦載輸送艦で
一旦出たのち、艦を回り込んで工業区側の搬入出デッキに接舷、
ムツミネ宙域建設の人員と機器の積載を誘導、監督します。
朝9時には最初の機器がデッキに到着しているはずだから、
早めに接舷して積載作業ができるようにしてね。
積載が完了したら出港し、当艦の航路から衛星マヨースの影に入ったら
ステルス状態に変更、輸送艦バラクーダと合流して、
白ウサギチームが制圧確保した基地の調査を補助し、
そのまま基地の改造をお手伝いしてください。
さて、これで全部なのだけれど、何か質問あるかしら?」
少佐はにこにこしてそう言った。
* * *
一方、リリィ少尉は周囲の異様な視線に晒されながらも、射撃がメインの演習を、メイド服姿で行った。
但し、肘と膝にはパッド入りのサポーターを着け、靴は軍靴に履き替え、ヘルメットをかぶってである。そこはさすがに少佐の許可が下りた。
余談だが、メイド服のスカートを膨らませるためのペチコートという内側に穿くスカートはちゃんと装備していたリリィだが、その下は普通のパンツである。
アルミナ少佐はちゃんとペチコートだけでなく、ドロワーズと呼ばれるゆったりとした下着を用意しておいたのだが、今朝はそれほど余裕もなかったので、知らなかったこともあって普通の下着のままだったのである。
もしそのドロワーズなら、走ったり転んだりしてもし見えてしまったとしてもリリィなら恥ずかしくないだろうという、少佐の心遣いだったのだ。
しかしそれを装備していないということは、膝上で裾がペチコート――まとわりつくような薄手のものではなく、スカートにボリュームを持たせるほうの――で広がっているだけに、射撃がメインとはいえ、軍事演習訓練なのであるから、走ったり飛んだり這ったり、段差を駆け上がったり障害物を超えたりするわけであって、それはもう、スカートめくれ放題の、パンツ見せまくりの大サービス状態だった。
教官らには直前に、『副艦長命令でメイド服固定』と、やや堅苦しいほどの正式な書面で通知されていたので、演習開始の挨拶の際に
「上からの命令でこういうことになっているが気にせず訓練に励むように。」
と、注意をしたのみで、特にリリィに服装に関しての注意をしたりする事はしなかったのだが、視線がことのほか厳しく、いつもより何割か増しで訓練メニューを課せられたのでリリィはひぃひぃ言ってこなしていた。
演習に参加した他の兵士たちは、教官が最初に言っただけで何も言わないので不思議に思いつつも、だがリリィには直接言えず、その異様な姿で演習訓練をこなすシュールな光景に、教官らの目を盗んではひそひそ言い合っていたりした。大サービス状態であったので尚更だ。
後にちゃんとドロワーズを穿くようになり、メイド服での訓練参加初日の彼女は、この日参加した他の兵士たちにとっては伝説の1日となった。
軍の階級で言えばリリィは少尉であり、教官らの中にはリリィより階級が下の者もいるし、訓練に参加している兵士たちよりずっと上なのだが、射撃演習という名の訓練に参加している状態では上も下もない。もちろんリリィも不服など無く、教官には従うし、怒鳴られたり叩かれたりする。
(叩かれるのはそうそうあるものではないが。)
この日の射撃演習は2時間半。汗をかき泥まみれになるので着替えたりなどの時間もいれて3時間の枠となっている。
そして射撃演習が終了して汗を流し、来た時とデザインの同じ着替え用のメイド服姿になり、兵士移動用のバス何台かのうちの1台に、一人だけ新品なので何か良い香りを周囲に散らすメイド服に微妙に居心地のわるい身体を包んで、これまた微妙な雰囲気でちらちらとリリィに視線を泳がせる、訓練に参加した兵士たちと一緒に座って揺られて司令棟に戻ってきたときには午後4時を少し回っていた。
「ただいま戻りましたぁ…」
「ご苦労さん。」 「おかえり、リリィ少尉」
「なんか今日の(訓練)はいつもより疲れましたぁ…、
厳しかったですよぉ;」
「そう。よかったじゃないの、目をかけてもらえて。」
「目をつけられて、の間違いでは…?」
「そうですよ少佐ぁ、あたしの近くにずっと教官の誰かが居たんですよぉ?
今までそんなことなかったのにぃ…」
「いいじゃないの。よく訓練できて。そのうち落ち着くわよ。
周囲だって慣れてくれば見向きもしなくなるわ。そういうものよ。」
「そうですかぁ?」
「それに、お昼にも言ったけれども、目立つのがお仕事なのよ。
だから服装もだけれど、成績が悪かったらダメよ?、
だからよく訓練してもらえるならありがたいと思わなくちゃ。」
「なるほどぉ、じゃぁ教官がいつも見てくれて厳しく指導してもらえるのは、
すごくいいことなんですね!?」
「そういうこと。じゃ、あとは本でも見ながら飲み物でも飲んで、
そこのソファーでのんびり寛いでていいわよ。」
「ありがとうございます少佐ぁ!」
またすっかり言いくるめられているリリィに、ステラは呆れたような憐れんだような目で見ていたが、とにかく明日からのことが頭から離れないようで、不安げに個人端末で資料を何度も何度も読み返していた。
戦技情報室での打ち合わせ説明が終わったあと、少佐に拠点制圧のことについて尋ねてみたが、「渡した資料にあるわよ」とか、「明日になればわかるわ」とかで、あまりちゃんと説明してもらえなかった。
これには理由があり、その作戦上ではステラはオブザーバー扱いで、作戦に組み込まれてはいない。
「ついてきてもいいけれど、残っててもいいのよ」
という扱いには少々怒りを覚えたが、少佐ら戦闘技術情報室のやりかたがわからない、不慣れ、ということもあって強く言えない立場なのだった。
であるので、作戦の詳細など作戦開始前にはいくらオブザーバーであっても、作戦担当外なのだから漏らすわけにも行かないわけで、軍事行動の機密厳守、という壁の前には、ステラは補佐官と言えども無力なのであった。
とはいえ、実は少佐はステラを見捨てたりはしておらず、渡した資料はステラだけにと特別にまとめあげられたものである。もちろん秘密厳守と念をおして。
そこには直接的には記していないが、資料をちゃんと読めば拠点制圧作戦がどういった内容なのかがわかるようになって……いるはずなのだが、いかんせん少佐視点、キャシーやテリーら頭脳派視点であるのをうっかりしており、難解な数式や理論なども混在するすごく丁寧なつくりでまとめられているため余計に、ステラからしてみれば何がどうなのかさっぱりわからない、ということになってしまっていた。
* * *
いつの間にか少佐がいない!
と気づいたのは夕食の時間を超えて外――モニタに映していないので見えないが――が暗くなっている時間だった。
渡された資料を何度も読み、数式や理論などはわからないまでもなんとか理解しようと、眠気と戦いながら、明日からのことを思い悩みながら、うとうとしたりしていたらそんな時間になっていたらしい。
向かいのソファーでは、今日の射撃演習で疲れたのか、リリィが個人端末を持っていたであろう手の形をのこしたまま、ソファーに凭れきってアゴを上げ、くちも開けっぱなし、両手も左右に開きっぱなし、膝も開きっぱなし、という酷い有様で爆睡していた。
だらしないにも程がある!
たぶんメイドの本でも読んでいたのだろう。端末が手からこぼれてソファーにある。
内容が少しばかり気になるがそれどころではない。
急いでリリィを起こし、「少佐はどこ!?」、と揺らされてガクガク首を前後に揺らすリリィに詰め寄ったが、「んぁ?少佐ぁ?」と寝ぼけていて話にならない。
個人端末で連絡を!、と思ったが連絡先の交換をした憶えがない。
総務部で聞けば……いやだめだ、昨日迷子で今日また行方不明だなんて恥ずかしいどころではない。
戦技情報室の誰かに!、と思ったとき、何か聞いているかもしれないと足が動いた。
室長室から戦技情報室へと走り、たまたま一番近いところに居たロックに詰め寄ったステラ。
「少佐が居ないんです!、どちらへ行かれたかご存じありませんか!?」
「あぁ?、お嬢?、お嬢ならだいぶ前に出てったぜ?」
「どちらにです!?」
「さぁ?、コッペパンなら知ってるんじゃね?、聞いてみたら?」
聞くが早いか室長室へと戻るステラ。
室長室のデスクの上には、例のパンがふよふよと浮いていた。
「(留守番コッペパン、略して『留守パン』とか言ってましたね
そういえば…。)」
なんともバカらしいがやってみるしかないと思い、ステラはその浮かんでいるパンに話しかけることにした。
「あのー…、コッペパンさん?」
『はい、何か御用でしょうか?、ステラ中尉』 ( ゜-゜ )
くるっとそのパンが横になってマンガのような目が開き、短い線のような口が動いて話しだした。全く、ふざけないで欲しい。これからこの形のパンが食べられなくなったらどうしてくれるのか。などと思っている場合ではない。
「アルミナ少佐の行方を知りませんか?」
『お急ぎでしたらお繋ぎしますが?』 ( ゜o゜ )?
藁にもすがるとはよく言うが、パンにすがるとは思わなかった。
とにかく連絡がつくという。艦長派に内緒で。
ならば是非もパンもない。
「お願いします!」
ステラがそう言うと、コッペパンはぱちくり、とまばたきをして、
片側から、小さな手袋にアンティークなデザインの受話器を持った腕が
生えてきて、目の横に構えた。呼び出し音が聞こえる。
(-C ゜-゜ )
受話器は一体どこに当てて……いやもう何も言うまい。
何度か呼び出し音が鳴り、少佐が出たらしい。パンの口が動いている。
そしてパンが持っている手から受話器が消え、こちらに手のひらを向けた。
『ステラ中尉、どうぞ。少佐がお出になりました。』
どう話せばいいのか一瞬戸惑ったが、そのままパンに向かって話す。
「少佐ですか!?、今一体どちらに居られるんです!?」
『あれっ?、ちゃんと商業区で買い物してくる、って言ったじゃないの。
しっかり返事してたわよ?、「いってらっしゃい」、って。』
なんということだ、生返事していたらしい。
ステラは焦りつつも、
「今からお迎えに行きます!、商業区のどちらですか!?」
全く、護衛もなしにふらふら出歩かないで頂きたい !!
* * *
【商業区、アイトーカセンター街】
俺は、ネズ・ジーラスっていう、しがない探偵だ。
このコロニーには、マルキュロス星系の植民惑星から会社ごと移住をしてきた。
そしてこの商業区のアイトーカセンター街の裏通りに『ネズ探偵社』という店を構えてだいたい一ヶ月になる。
会社と言っちゃいるが従業員は自分を入れて4人の小さなもんだ。
浮気調査や探し物など、依頼者の相談にのり、調査したりして金銭を得る、そういう仕事をしている。
というのは表向きで、数年前から時々アルマローズ中佐というアスパラギン星系の第147辺境警備隊長から情報屋として雇われている。
今回もその依頼でこのコロニーの動向を調査し、報告するためのもんだ。
ま、それだけじゃないけどな。おっとぉ、そこはナイショだぜ。
とにかくある程度は探偵業のほうも真面目にやらないと怪しまれるからな。
というわけで最初のうちに広告をうっておいたんで、とりあえず食べて行けるだけの依頼もあり、ぼちぼちと調査依頼をこなしてるわけだ。
今日も依頼された調査のついでに、調査のほうは部下に任せて、商店街で情報をあつめたりしてるっちゅーわけだ。
このコロニーの住人たちは一体どういうわけだか、自分たちが戦闘艦に居るのだという自覚がない者ばかりで、駐留軍のことにはほとんど興味がないようだ。
駐留軍のほうは、一度潜入してみようかと思ったが、軍関係の敷地や設備はセキュリティがきっちりしていて、めちゃくちゃ苦労しても地上部分を窓から覗きこむ程度しかできなかった。
そのへん歩いてたり居酒屋で飲んでたりする兵士たちにも当たっちゃーみたんだが、階級が低いからなのか、あまり詳しいことは知らない様子で、これなら一般的なコロニーか地上世界と変わらない。
結局、この艦がいつまでアスパラギンの宇宙港に停泊しているのか、これからどこへ行くのか、どうするのか、などの情報はさっぱり入っちゃこねぇ。
かと思えば、一般的な中央ネットワークによる放送や、アイトーカ市ローカル放送、さらにゃぁなぜか第三・第四惑星のローカル放送はばっちり視れる。
たしか宇宙港の周囲以外は、宙域を海賊が支配しているはずなのに、通信販売で問題なくそれらの放送番組で売られている商品などが買えてしまった。
一体どうなっているのかさっぱりわからない。
第四惑星リスーマの地上世界の商品なんざ、第三惑星ラスタラに居てすら、いや、宇宙港ですら通信販売でなんて買えやしねぇはずなんだ。宇宙港の商店には並んでいるものもあるかもしれねぇが、他で買ったほうがマシなレベルの日用品なん……、いや、さっきも言いかけたが放送が見れるってこと自体がどうかしてるんじゃねーか?
宇宙港ですら地上世界のローカル番組なんて見れるもんじゃねぇ。
このへんのことをそこらの住人や兵士たちにそれとなく話題にしてみたんだが、皆、『何言ってんの?当たり前のことを』みたいに返してきやがったんだ。
確かに移民のときのパンフレットにゃ、そんなようなことが書かれてたがよぉ?
常識外れだっちゅーの。当たり前じゃねーんだってば。
というようなことを報告しようと、宇宙港に停泊してる今なら、と思い、コロニーの外に出ようとしたんだが、一般市民はもう出られませんときたもんだ。
こりゃあ急いで士官あたりとツナギつくらにゃならねぇなと、さりげなく周囲を窺いながら商業区をぶらぶらしてたら、メイド?を連れた士官と若い娘が歩いてたんで、軽く挨拶して名刺とビラを渡しておいた。
もちろん割引券もつけたぜ?
地道な努力と言って欲しいねぇ。
* * *
【同じく、商業区、アイトーカセンター街】
「商業区で買い物してくるね。」
と声を掛けたら「いってらっしゃい」とそっけない返事をされてしまった。
ついてくるなら運転してもらおう、って思っていたのに、アテが外れてしまった。肩すかしといったところか。
しょうがないので個人端末でバスの運行をチェックしたのだけれども、どうにも時間が合わなくて駐留軍の門の近くのバス停を通るバスがないようだ。
で、最悪徒歩だわ、と思いつつ、司令棟からでたら、今まさに駐車場からでてきた地上車がとおりかかろうとしていたので、急いで停車させて、行き先を尋ねたら丁度、警備本部へ行くというので、便乗させてもらった。ラッキーだったわ。
警備本部とセンター街は公園を挟んで反対側だから、公園のところで降ろしてもらえばいい。公園はちょっと広いけどそれぐらいの距離なら散歩がてら歩いてもいい。
そしてセンター街でお店をいろいろと見てまわりながら日用品雑貨や、缶詰やら、いい香りのする石鹸やらを買い、そういえば私服もってなかったなーって思って洋服店へ行こうと思ったところでコッペパンから緊急連絡が入った。
ちょいと脇道に入り、飲み屋さんらしい看板の影に隠れてこそこそと通信を受けると、ステラ中尉が何やら慌てているらしい、とコッペパンが言ってきた。
代わってもらうと、どこにいるんだとえらい勢いだ。ちゃんと行き先言ったのに。「いってらっしゃい」って返事されたのに。あんまりだ。
そして急いで迎えにくるらしい。なるほどそういえば夕食の時間をとっくに超えていた。ここは明るいから時間を忘れていたわ。
明日は早いし、そろそろご飯たべてお風呂入って眠らないとね。
洋服店で待ち合わせることにして、通話終了。
あれよね、個人端末の連絡先交換しておけばよかったわ。
ということで、洋服店で「こちらのお召し物はいかがですか?」などと言われつつ、幅の広いリボンのついたかわいらしい綿の帽子に、春物のようなうす桃色で、裾と袖口がふわっとしていて桜の花びらがデザインされていてレースがあしらわれたワンピースを試着、「お客さまとてもお似合いです♪」と言われてお世辞とわかってはいても少々いい気になっているところへ、ステラ中尉が駆け込んできた。
「少佐っ!、困ります勝手にうろちょろされては!」
「いってらっしゃい、って送り出してくれたじゃないの。」
「うっ…、それはそうなんですけど…、護衛ぐらいつけて頂かないと…」
「何よ、ここはそんなに危険な街じゃないわよ?」
「いちおう、護衛官としてですね…」
「ああはい、わかったわよ、気を付けるわ。」
「じゃ、帰りますよ少佐。」
「え、ちょっとまって、これ、ああ、お金払うから待ってってば」
「もう、食堂しまっちゃいますよ!?」
「えーと、今着てるのこれ全部買うわ、いくら?」
「あ、はいありがとうございます、こちらへ」
と、なりゆきを見ていた店員さんに、レジカウンターのところへ誘導され、値札やらなんやら(盗難防止用の小さな器具など)を外してもらいながら、
「現金になさいますか?、それともクレジットで?」
と、尋ねられたので、現金(紙幣)で支払った。
余談だが、個人端末でちょいちょいと支払う方法を『クレジット』と呼んでいる。支払方法に『クレジット』を選択した場合には、一括か分割かを尋ねられるという次第だ。さらに、現金は、各星系での通貨(紙幣や硬貨)や、カーディナルが発行している金貨・銀貨も使用できるようになっている。
アルミナ少佐のお財布には、カーディナルが発行している紙幣のほか、軍票がすこし入っていて、金貨と銀貨、は束状態で皮袋に入れてショルダーバッグに入れている。
なんでそんなものを持ち歩いているのかというと、たまたまである。たまたま。
決して持っていたことを忘れていて、預けに行っていないからではない。
ついでに貨幣についても述べておこう。
カーディナルの通貨単位は、エルと言う。略号は『e』に縦棒を入れた記号か、または『el』となっている。前者は数値の前に付け、後者は後ろに付く。古代英文字と似ているのはたまたまだ。たまたま。
紙幣は最高額が10000elで、以下5000、1000、500、がある。通常の硬貨が100、50、10、5、1 だ。だいたいの相場を列挙しておくと、
・カーディナルでの公共交通機関の利用が最低50elで、アイトーカ市では
一律50elとなっている。
・飲食店で何か食べると1人あたり300el程。飲み物が100~200で、
500el札1枚でだいたい足りる。
・軍の訓練ではない、一般娯楽用のホロルームの利用は1名あたり500el。
古代の映画館のようなものだ。
・ドリンクサーバーの利用はラップライフ印のものであればレギュラーサイズで
50el、ラージサイズのものは量が2.5倍で容器も大きく100elだ。
但しトッピングなどで多少値段が変化する。
・一般兵士の給与は1ヶ月手取り約12万elだ。いろいろ付加手当がつき、
控除があり、それでだいたいこれぐらいの額になる。もちろん積立金もある。
掛け捨てだが保険があるのは仕方のないところ。
少佐がなぜか持ったままの金貨は1枚10万el、銀貨は1枚1000elのもので、これはカーディナル政府が主に他星系国家とやり取りするために発行している貨幣なのだ。こんなもの常識的に言って個人で持ち歩くものではない。ましてやフィルムロールなどどうかしているとしか思えない。金貨1枚が15gx50枚750g、銀貨1枚が 7gx50枚350g。
ショルダーバッグが武器になりそうだ。
「んじゃ着替えるね」
と言って更衣室に行こうとする少佐の二の腕をぐいっと掴んで、ひきとめるステラ中尉。もう片方の手にはいつの間にか少佐が着ていた軍服類が畳んでまとめられていた。
今日買った品々の手提げ袋まで足元に置いてある。ホント、いつの間に?。
「もうそのままでいいですから!」
――着替えるくらいいいじゃないの…。
「何か仰いましたか!?(キッ)」
と怖い目で睨まれてしまったら仕方ない、店員さんが頭を下げるのに会釈しつつ、引っ張られて店を出ると、店の前にはメイドが居た。リリィ少尉だ。
で、店を出て階段を下りてセンター街のアーケード下に出て、公園側のアーチのほうへ歩いていく。
少し歩いたところで、何やら小汚い(ように見えるだけでよく見ると清潔にしている)男性がにこにこした笑みを貼りつかせてステラ中尉に挨拶し、名刺とビラを渡されていた。
男性と充分距離があいてから、少佐が、
「誰なの?さっきのウスラヒゲのひと。知り合い?」
「ネズ探偵社のひとだそうです。」
「ああ、あれがそうなのね。ふぅん…」
というやりとりがあった。
* * *
司令棟の食堂の時間がどうやらぎりぎりになりそうだったので、結局そのままセンター街にある飲食店で済ますことになった。
一応言っておくと、司令棟の一般食堂は、
朝食 06:00~07:30
昼食 11:00~14:30
夕食 17:00~20:30
夜食 00:00~01:30
となっている、朝食と夜食は1時間半、昼食と夕食は3時間半、食券の販売機が作動し、注文を受け付けてもらえる。
そしていでたちの奇妙な3人組が、官舎に帰宅したのは夜10時前だった。
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201501071340 余計な注釈を削除しました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。
20150622---- 基地の調査の補助をし → 基地の調査を補助し




