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1-08


1-08



 戦闘技術情報室の副艦長室(室長室)への扉がすぅっと開く。

 入ったテリーは部屋を見回し、ぎょっとした。


 室長室のデスクのうえに、どうみてもただのパンにしか見えない物体が浮いていたのだ。

 「…(少佐はお留守でしたか)」

 また少佐の冗談だろうと諦め半分呆れ半分で軽く呟いたのだが、斜めにふわふわと浮いていたそのパンがくるっと横になり、丸く漫画のような目が開き短く切れ目が現れて喋り出したのには冗談を通り越して悪趣味だとすら思ったくらいだ。

  ( ゜-゜ )

 『少佐にご用事ですか、テリー』

 コッペパンに呼び捨てにされてしまった。が、是非もない、あきらめて相手をしようと思い、

 「ええ。少し。」

 『少佐はお昼前には戻られるそうです。お急ぎならお繋ぎしましょうか?』

 「いいえ、それには及びません。航路計画完了、とだけ。」

 『了解しました。』( ゜-゜ )b


 パンの端から線の手が出て先端にちいさな手袋が親指を立てていた。全くあの人は…。


   *  *  *



 「少佐っ!、一体どういうおつもりです!?」


 工業区にあるムツミネ宙域建設の事務棟から出て、脇の駐車場に停めてあった駐留軍の地上車へ乗り込むやいなや、ステラ中尉は運転席から、助手席に乗って個人端末で地上車のナビゲーションシステムに次の目的地を入力操作している、彼女の上司であるアルミナ少佐に詰め寄った。


 「え?!、何が!?」


 きょとんとした表情の少佐に、ステラは言葉を失って一瞬口をぱくぱくさせたが、すぐに復活して、

 「何がじゃないですよ!、海賊の拠点制圧を明日やる!?、

  一体どうするんですかあんな約束しちゃって!!、

  少佐は来てまだ1日なんですよ!?、艦長たちから疎まれてるんですよ!?

  昨日でお分かりですよね!?、人員とか編成とかどうするんですか!?、

  ああもうどうしたら!?」

 「と、とにかく落ち着いて?、ステラ中尉。」


 何やら不満が爆発状態なのか、やけに混乱して両手で顔を覆うステラに、少佐は両手を軽くあげてなだめるように振ってそう言った。

 リリィは後部座席でどうしていいやらわからない、とまどったような表情で前の座席の2人を見ていた。


 「だ、だいじょうぶだから、ね?、ね?、ちゃんと考えてるから。」


 困ったように少佐が言う。ステラは覆った両手のひらを外し、少佐を潤んだ目で見てついでに鼻声で、

 「だって少佐は何も教えてくれないし、いきなり拠点制圧って言い出すし、

  空間拠点だし、前のは(経験上)そんな簡単じゃなかったし、

  人だって死ぬし…、みんな死んじゃったし、タケも死んじゃったし、

  うぅぅああぁ;;」


 そう言って過去の何かを思い出してしまったのか涙をぽろぽろ流してまた両手で顔を覆ってしまった。少佐はそれに、

 「だいじょうぶだから、ちゃんと考えてるから、

  誰も死なないし、みんな安全よ、ね?、あたしを信じて?」


 ステラはすこしだけ両手を降ろして涙に溢れくしゃくしゃな顔をして少佐を見、やっぱり鼻声で、

 「ほんとうですか少佐ぁ…」

 「うん、信じて?、だいじょうぶだから、ホントに誰も死なないから。」

 「ホントにホントですかぁ…?」

 「うん、ホントだから、安心して落ち着いて?」

 「とりあえず信じますぅ;」

 「何か飲む?ちょっと休憩したほうがいい?」

 「だいじょうぶです…、お見苦しいところをお見せしました…。」

 「いいけど…、落ち着いたらでいいから車を出してちょうだい…。」

 「はい…。」


 後部座席のほうを見るとリリィが、普段からは想像もつかなかったステラの様子に、すっかりもらい泣きしてしまってメイド服のエプロンで顔を覆って「うぅぅ」と泣いていた。


 ――なんか、人選を間違えた気がしてきたわ…。

   この先、大丈夫かしら、ふたりとも。


 など思いながら助手席に凭れ、ヘッドレストに頭を預けて少佐はこの先の苦労に思いを馳せた。



   *  *  *



 しばらくたたずんだ地上車が次に向かったのは、商業区の外れにあるラップライフサプライ(株)の建物だった。

 建物の裏手にある駐車場に停め、車を降りたのは少佐だけで、降りようともしない2人に少佐が、

 「あら?、降りないの?」

 「ここでお待ちします。」

 「そう?、ここはラップライフの支社よ?」

 「はい」

 「新商品とか試飲サービスあるわよ?」

 「いえ、別に…」

 「そう?、ならいいけど…。15分ほどで戻るわ。」

 「いってらっしゃいませ」


 というやりとりをして、少佐は一人で駐車場の近くの出入り口から社屋に入って行った。

 中に入った少佐は、受付のようなところに居た女性に何やら話をし、近くの階段から勝手知ったるかのように移動した。

 少佐がドアをあけて入った部屋には、何人かの男女が席についていた。会議室だ。


 「お待ちしていました、アルミナ少佐。」

 「こんにちわ、ヤツハシさん。早速だけれども時間がしているの、

  こちらの都合で悪いのだけれど、本題から言わせてもらうわね。」

 「どうぞ」


 ラップライフサプライ株式会社のマーク(目のようにしたLLをぐるっと「S」を斜めにして下部で囲んだもの。頭はちいさくちょこんと。)がタペストリーになって掲げられた壁を背に、ヤツハシ・コウイチロウ社長が、まるでお誕生日席のような位置に座り、ずらっと役員らが座っている。

 細長く縁取りが黒いテーブルが長方形に配置されていて、少佐が入ったドアは、その下手である。少佐は話しながら、声の反響する無機質な部屋で、ヤツハシ社長と反対側の、長方形の短辺の中央に椅子を横によけて立った。


 「以前お話ししましたように、当コロニー艦内に用意された捕虜収容所、

  並びに空間基地、それぞれの食堂について、営業開始の目処が立ちました。」

 「「おお」」

 「つきましては御社で研修中だった人員や、実地研修されていた人員を、

  そちらの采配で配備していただけることと思います。」

 「ちょうどよい時期でした。ご連絡を受けたときにはそのタイミングの良さに

  舌を巻きましたよ。」

 「そうですか、偶然という名の神に感謝してくださいね」


 そう言って少佐は微笑んだ。


 「して、基地の数や規模はどのくらいでしょう?」

 「今朝こちらにお送りした資料でほぼ確定です。基地の数は5で、

  規模はカーディナル系外基地と同等か若干少ないという程度です。

  (ドリンクの)サーバーは思考結晶制御で各基地それぞれに5~8、

  といったところでしょう。」

 「流通の安全はどうでしょう?」


 と言われた少佐は、にやっと笑って、

  ――知ってるくせに…、言わせたいのかしら?


 「カーディナル星系にて御社が試験的に運用なさっている輸送艦と

  同等の艦を当艦に積載しております。

  先の資料に詳細を添付してありますのでご覧ください。

  その輸送艦を2隻、御社に貸与できます。

  費用・期間等は同資料を参照ください。

  運用のための人員はかねてより御社で育成すると聞いておりますが、

  間に合いそうでしょうか?」

 「問題ありません、シミュレーター等を手配して頂きましたので、

  明日からでも運用できると思います。」


 お互いに頷きあってから、


 「コウイチロウさん、そんなイジワルな言い方してるとお嫁さん

  来ないわよ?」

 「少佐がきてくれるとオヤジも喜ぶんですけどねー?」

 「趣味じゃないわ、あきらめて他を探しなさい。」

 「またフられちゃったかー」


 といって2人が笑い、それにつられたのか場の雰囲気も和み、列席していた人たちも笑顔をみせた。


 「で、どうなの?いけそう?」

 「資料にある程度の展開なら連れてきた人員でいけるね。

  でも次の展開もあるんだろう?」

 「ええ。少し先になるかもしれないけれども。あるわ。」

 「詳細をきいても?」

 「まだ秘密よ。軍事機密に抵触するから言えないの。ごめんね。」

 「ならしかたないね。どれぐらいの規模、市場かは話せません?」

 「んー……、やっぱりダメ。ノーコメントよ。」

 「そっかぁ、残念。」

 「いまの段階で多少損したって、あとで取り戻せるわよ、

  それぐらいの余裕はあるはずでしょ?、たっぷり出資してるんだから。」

 「それはもう。ははは、参ったなぁ。」

 「で、捕虜収容所のほうなんだけど」

 「うん?」

 「明日の昼からいけるかしら?」

 「んー、急だけどこの艦の中のことだから、だいじょうぶ。」

 「なら、それでよろしく。」

 「基地のほうは?」

 「明後日から改造開始よ、だから食堂自体は4日後から、でもね、」

 「うん?」

 「できれば明後日からの作業員さんたちの食事もなんとかして

  あげて欲しいかな?」

 「ああ、んじゃなんとかするよ。」

 「期待していいのね?」

 「もちろん」

 「じゃ、任せるわ。作業員さんたちの食事をそう何日も、

  輸送艦バラクーダでさせちゃったら、バラクーダの食堂が大変だものね。」

 「なるほど、そういう事情か。」

 「そう、だからできれば明後日から、って言ってるのよ。」

 「わかった、んじゃバラクーダへの補給もすればいいね。」

 「そういうこと。よろしくね。

  費用はとりあえずあたしに付けておいていいわ。」

 「え!?、いいのかい?」

 「正規の請求書に明細書をつけてくれれば、ね。」

 「えっ、きびしいなぁ」

 「当然でしょ、あ、月末決済で翌々月15日支払いだけど大丈夫よね?」

 「それぐらいは大丈夫ですよ、いくらなんでも、ははは」

 「きびしい、って言うからあぶないのかと思ったわ。」

 「だいじょうぶですよ、出資者にすごい人がついてますから。」

 「そう、ならだいじょうぶね。じゃ、とにかくよろしくね。」

 「はい、いつもありがとうございます。」

 「来月あたり、食料品買い付けの新規開拓が発生するかもしれない、

  ってことを言っておくわ。」

 「コロニー艦の備蓄が減ってるのかい?」

 「いいえ?、むしろ増えてるわ。ここだけの話、

  この艦って少なく見積もっても5万人以上住めるのよ?」

 「「ええっ」」 「そんなに…!?」

 「それでも余裕があるように設計してあるの。

  まだまだ使ってない土地区画が結構あるんだから。」

 「恐ろしいくらいだなぁ…」

 「内緒にしてね?、家族にもよ?」

 「はい…」

 「じゃ、また連絡するわ、重ねて委細よろしくね。」

 「わかりました、少佐どの。」

 「ふふっ」



   *  *  *



 ステラとリリィの待つ地上車に、器用にフタ付きのドリンクを3つもっていった少佐が、車中で「ちゅー」とサンプルの梅塩レモン味ドリンクを飲み、「いまいちね…」とかいいながら他の2人に確認し、「これはこれでアリかもしれません」とか、「おいしいです」とか言われて首をかしげたりということもあったが、何事もなく司令棟に戻ったのは、ちょうどお昼前だった。


 地上車を駐車場に停め、降りたところで少佐が「ん?」とポケットから個人端末をとりだし「ふふん」とにっこり笑っていた。


 「何かありました?」

 「午後から会議だってさ。テリーは上手くやったみたいね。」


 ステラはなるほど今朝のあれかと、納得したように、

 「私も参加したほうがいいのでしょうか?」

 「ん?、どっちでもいいわよ、あたしは出ないわけには

  いかないようだけれども。」

 「それはそうでしょう。じゃあ私もお供します。」

 「そう。リリィはどうするの?」

 「あたしは午後から射撃演習が…。」

 「そう、しっかりね。それと、総務にあなたの着替えが届いている

  はずだから、受けとって室長室と官舎に分けて置いておきなさい。

  演習もメイド服のままやるのよ?、いいわね?」

 「ええっ;、着替えちゃだめなんですかぁ?、教官に叱られますよぅ;」

 「あたしの命令で軍服に着替えられないんです、って言いなさい。

  なんなら一筆書いて送っておくけど?」

 「…教官すぐ怒鳴るんですよぅ、お願いできますかぁ?」

 「そう?、んじゃ総務に聞いて通達だすわ。」

 「少佐、あまり風紀を乱すのは…。」

 「じゃ、ステラ中尉もメイド服着る?」

 「なぜそうなるんですか!」

 「ひとりよりふたり、でしょ?、いっそもっと広めましょうか。

  戦技情報室の女性はメイド服にして、男性は執事服に…」

 「少佐っ!」

 「冗談よ。戦技情報室の連中はこっそりちゃっかりすっきりが

  モットーなの。目立っちゃだめなのよ。だから白衣や制服じゃなく、

  軍服か作業着なのよ。」

 「ならどうしてリリィ少尉にメイド服を着せるんですか!?」

 「わからないの?、リリィ少尉は補佐官なのよ?、

  戦技情報室に目を向けさせないように近くに目立つものを置くのは

  あたしや彼らの行動を補佐することになるのよ?」

 「…そんなお考えだったんですか……。」 「少佐ぁ…」


 呆れ半分感心半分といったステラ。

 尊敬のまなざしで少佐を見るリリィ。


 「深いお考えあってのことなんですね…!、

  あたし、メイド服でメイド頑張りますっ!」

 「そう。やる気が出たようで何よりだわ。さ、入るわよ。」


 駐車場から司令棟への途中で立ち話状態になっていた3人は、総務部の裏口から司令棟へと入っていった。



   *  *  *



 正午になる前に司令棟1階の一般食堂で昼食を摂ったアルミナ少佐一行は、食後の憩いもせずに、混雑してきて人の声などの騒音がうねる食堂をあとにし、戦技情報室へと向かった。

 室長席で、テリーが室長室(副艦長室)に来たと、留守番コッペパンから伝言メモ――もちろん紙ではなく室長制御台にだ――があり、飲み物を制御台に置いてテリーの席に近づく。

 「テリー、上手くやったようね、午後から会議だってさ、ありがとう。」

 「ありがとうございます、少佐。」

 「他に何か用だったの?」

 「ああ、コッペパンに聞いたんですが、明日は僕も参加らしいですね。」

 

 もちろん『コッペパンに聞いた』というのは午前中に少佐が作業して指示予定を変更したりしたデータを見たという意味で、直接コッペパンがテリーに話したわけではない。指示予定に割り込みや変更があった場合には、個人端末にその旨の伝達がなされるようになっている。

 テリーの作戦参加は、少佐がこの艦に着任する前から、星系の調査担当を割り当てたときに既に予定されていたが、日程が確定していなかったため、結果的には指示予定を変更してテリーの予定表に割り込むことになった次第だ。

 予め心構えがあるテリーには予想がついていたことであるし、この艦や作戦に使用される艦載機などの『戦闘力』を疑ってはいないだろう。

 それでもしかし、やはり拠点制圧作戦への実戦参加というのは、未経験であるし戦闘員でもなく研究職だったテリーには不安を感じるものなのは仕方のないことかもしれない。

 もちろん、シミュレーターの訓練メニューにはストーリーモード・セレクトモード両方に艦載機訓練として組み込まれているので、ここの要員たちは皆、実戦と変わらない訓練を終えている。


 「うん、不安?」

 「不安がないと言えばウソになりますね。」

 「そう。あたしが指揮官でも?」

 「そんな言い方は卑怯ですよ少佐。」

 と言って笑顔を交わす2人。そこへロックとガルさん、メイとキャシーがそれぞれ別方向からやってきて、キャシーとロックが、

 「何の話?」

 「明日の話かー?、いいなー俺もいきてー」

 「メイに変わってもらいたいです、少佐、だめですか?」

 「今回だけじゃないんだから。キャシーはネズミの飼育があるでしょ?

  今はそっちをちゃんとやって。ある程度流れれば手もあくでしょ。」

 「うー…」

 「うーとか言わない。」 「「ははは」」 「ふふっ」

 「だけどガルさんとメイ、少佐とテリーだろ?、

  俺ひとりでムツミネの輸送準備ってなー…」

 「ひとりじゃないでしょ、タリサたち5人と一緒なんだから6人でしょ。」

 「そうだけどよー、なー、ガルさん代わってくれよー」

 「だめよ、ロックだと無茶するじゃないの。」

 「ガルさんだって結構大胆に無茶するぜ?」

 「え?、そうなの?、ガルさん。」

 「え?、いや、僕は…。」

 「んー、なんか不安になってきちゃうじゃないの。メイ、頼むわよ?」

 「はい~」

 「だったら俺でもいいんじゃね?」

 「ううん、ダメよ。もう決めたんだから。ちゃんと従って。」

 「ちぇー、でもなー、マルハスさんちょっと苦手なんだよなー…」

 「だから割り当てたんじゃないの。口の悪いので丁度いいかなって。」

 「うわひっでぇ」 「「ははは」」 「あははは」 「ふふふ」

 「じゃ、そろそろ行ってくるわ。」

 「「はいっ」」



   *  *  *



 航路決定会議だ。

 場所は司令室の隣の作戦会議室。


 艦長であるヘンリート・ハインツ中佐を筆頭に、副艦長ソダース・クリストファー少佐、同じく副艦長兼戦闘技術情報室長アルミナ・アユ少佐、の3名が上座に着き、司令室から航法担当官から3名、参謀官から2名、副艦長補佐官のヴィクス・ステラ中尉も列席する、D8608型駆逐艦における軍部のトップを占める者たちの会議だ。


 堅苦しい雰囲気ではあるが、会議自体は最初から決まっているようなものを再確認する程度の、どちらかというと気楽なものだ。

 航路はこの艦の思考結晶が条件に従って提示したいくつかの候補に、それぞれの短所や長所を添えて出されたものの中から、航路担当官や参謀官たちが特に疑問を挟む余地なく選定するようにテリーが手を加えたものである。というよりも選定作業をしたのは自分たちであると、航路担当官と参謀官ら当人たちが思い込んでおり、それを艦長らに提出したのだから疑問など出ようはずもない。


 なので特に紛糾したり踊ったり議論したりするようなこともなく、航路が決定された。


 艦載輸送艦に調査や採掘、仮設営という名目の設備や機材、人員を積みこんで出すという話も、その決定された航路予定にはしっかり組み込まれていた。

 今回の10日間の移動がそもそも『調査目的』であるから当然とも言える。

 そして、頭に『戦闘技術』とついているが『情報室』であるので、副艦長兼室長であるアルミナ少佐が調査指揮担当となるのも、実に当然である。


 その内容が調査だけでなかったとしても、どうせ窓などの無い艦なのだ、思考結晶コッペパンがグルになって情報を制限しているのだから誰にもわかりようがない。

 第一辺境防衛基地の装備は全て旧式であるし、通信は亜空間を経由しない電波方式か光方式であるため、この艦への通信を行うにはそれ相応の時間もかかることになる。

 だいたいこの艦の場所すら、おそらくつかむことはできないだろう。



 そして本日16時に、この艦は第147辺境警備隊いちよんななの第一辺境防衛基地隣接宇宙港を離れ、通常航行でしばらく移動したのち、ショートワープでまず最初に予定されているポイントで星系内を調査し、その後、通常航行とショートワープを繰り返してNE314159アスパラギン星系内の幾つかのポイントを10日間かけてぐるっと周るように移動、そしてまた第一辺境防衛基地隣接宇宙港へと帰還する予定だ。


 帰還後のさらに3日後に、調査結果からその後の方針を決定するべく航路担当官や参謀官らがまず案を提示し、各自それを吟味した後、さらに翌日の午後に、今日と同様の会議を行う、のだそうだ。


 ――えらくのんびりした艦長ね。もとは戦闘装備のついた強襲偵察艦の

   艦長だったんだっけ…。偵察ってそんなにのんびりやっていいのかな。

   もしかして艦のサイズがどうとか、小回りが利かないからとか、

   そういう勘違いしてるのかもしれないわね。

   まあ、そのおかげでこっちも時間がつくれるわけなんだけれども。

   ふふふ。生憎とこっちはちんたらやる積もりなんてないのよ。

   相手の準備ができる前に、宙域のほうは全て片付けてやるわ。


 アルミナ少佐は、顔には出さずに物騒なことを考えているようだ。



   *  *  *



 会議はスマートに終わり、ヘンリート艦長とソダース副艦長は連れ立って一番先に退室したが、アルミナ副艦長は一番あとに退室するようだ。

 各自、下手の席の者から順次退室していくなか、入室時に入口脇のドリンクサーバーで作って席にもって入った、フタ付きの大きいカップを両手で持って、小動物のように「ちゅー」とストローで残りを飲んでいる。


 ステラ中尉は、アルミナ少佐が会議中ほんのり微笑で大人しく、返事を求められた時以外は、発言もせず無言で列席しているだけであったのをぼーっと見ながら、例の海賊拠点制圧のことなどいろいろ考え悩み、心ここにあらずといった状態だったので、少佐が座ったままだったのに気づかず、他の列席者たちの流れに逆らわずに退室した。


 作戦会議室を出たときに、ふと少佐が後ろにいないことに気づいて、中を覗いて呼ぶのも体裁が悪いと思い、会議室の扉の外で立ったまま待っていた。

 それほど待つことなく、少佐があけっぱなしの扉から姿を現した。


 「あら、待ってたのね。先に行っちゃったのかと思ったわ。」

 「少佐を置いて行ったりはしません。」

 「そう。これ…、ちょっと量つくりすぎたわ。まだ半分ぐらい残ってるし、

  あまり褒められたことじゃないけれど、このまま持っていくわ。」


 持った大きめのカップのドリンクに目をやり、そんなことを言う少佐に、少し呆れたような表情をして、ステラが何か言おうと口を開きかけたとき、艦長席のほうから声がした。


 「アルミナ少佐、こちらへ。」


 見るとヘンリート艦長が椅子ごとこちらのほうを見、脇にソダース副艦長が立っていた。呼ばれたアルミナ少佐がそれに歩み寄り、その2歩ほど後ろをステラ中尉は従った。


 「はい、何か?、ヘンリート艦長。」

 「会議中、ずいぶんと大人しかったが、調査のほうは任せて大丈夫なのか。」

 「はい。航路も予定も、余裕をもって計画されていましたので。

  調査のほうも問題ありません。」

 「ならいいが。ではよろしく頼む。」


 そう言ってヘンリート艦長は、軽く一瞬だが見下すような視線――艦長席の位置が高いのでそう見えただけかもしれないが――でアルミナ少佐を見て、艦長席を正面にもどした。

 隣に立っていたソダース副艦長の、艦長席ごしに見える疎ましいような表情と、聞こえるか聞こえないかの、鼻から息を「ふんっ」と吐いた音で、思い過ごしではないと思われたが。


 アルミナ少佐はそれらに気づいた素振りも見せず、至って普通に、2人に向かってかるくお辞儀をしてから、左手にみえる扉をくぐって戦闘技術情報室のほうへと向かった。



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20150211---- 一部の語尾を修正しました。

20150622---- ステラ中尉が会議室を出るときの表現を変更。

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