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【副艦長室(戦闘技術情報室長室)】
「えー、こちらD8608型駆逐艦 戦闘技術情報室長のアルミナ少佐ですが、
そちらのハタレル・ステイン少佐は居られますか?」
亜空間超高速通信とはいえ、ほんのすこしラグがある。
こんなバカみたいにコストのかかる通信設備は普通の常識では宇宙軍本部や、星系本部か重要拠点の大規模基地にしかなかったのだが、新型ワープ機関や重力波動機関の改良の副次的効果でコストも旧来のものよりは安くなり、映像も送れる帯域がとれたので、ついでだからとカーディナル星系第二系外基地を改装した際に設置したのだ。なのでそれ以降に改装や設置、建設された基地や艦には設置または搭載される予定だ。
もちろんこの艦にも、第二系外基地のテストに使用した戦艦ミズイリにも搭載されている。
安くなったとはいえバカみたいにコストが掛かるのはかわらない。
「(ステラさん、少佐はいったいどちらに連絡を…?)」
「(しーっ、邪魔しちゃダメですよ)」
とか室長室に所在なく立っているヴィクス・メンレン・ステラ中尉と、メイド服の襟に少尉の襟章をつけているハマーノン・リリィ少尉。
『こちらカーディナル第二系外基地です。お久しぶりですアルミナ少佐。
小官は通信担当のメディアス・バンナン中尉です。
ハタレル少佐は現在お休み中のようですが…、
あ、来られるようです。』
――基地の思考結晶がハタレル少佐の部屋に連絡したのね。
来るまでちょっと間があるし、世間話でも相手してもらいましょうか。
第二系外基地の思考結晶《中枢》だからニッキーとは安易だが、だいたい彼女の命名なんていつもこんなものだ。
「メディアスさんって、ああ、『幻の第二制御室』がどうのって
騒いでいた人ね。どう?、幻じゃなくなったでしょ?」
『いやぁ、お恥ずかしい。あれはもう忘れてくださいよ少佐。』
「で、その後どう?」
『メシは美味いし人員も増えたし設備も豪華だし、あれから夢のような
毎日ですよー、いや本当にありがとうございます。
あ、代わります。』
後ろでハタレル少佐らしき声が、「コストが」とか「世間話を」とか、「早く代われ」とか言っていたのが聞こえた。
交代して席に着いたハタレル少佐は、なんとランニングシャツにズボン、軍服の上着を羽織っただけの恰好で髪は手で整えようとして諦めたようなぼさぼさ頭だった。
『こんな恰好で失礼する。アルミナ少佐、ひさしぶり。』
「お休みのところ恐縮だわハタレル少佐。二人しか見てないけど、
随分血色がよくなったわね。いいことだわ。ふふふ」
『おかげさまで。大恩人のアルミナ少佐の連絡とあっては眠っていても
飛び起きて駆けつけるさ。で、どうした?』
「そちらと同様の基地をいくつか作ろうと思うの。
それでそちらで研修を終えたか、この三ヶ月で慣れた人を教導官として
借りたいのよ。」
『ほう、期間と人数は?』
「10日後から30日間。人数は任せるけれど予定している基地の数は5よ。」
『そりゃまた急な話だな、理由を聞いても?』
「5日後からそちらの戦艦ミズイリが、視察やお披露目の名目で、
マルキュロス星系の基地に行くことは知ってるわよね?」
『ああ、あっちで戦闘艦つくるのに参考にするとかなんとか』
「それに基地建設関係者みんなまとめて便乗させてもらおうと思うのよ。」
『そっちの手配は?』
「これから。そこでもう一つ頼みがあるの。」
『ふむ?、今こっちに届いているデータと関係あるんだな?』
「そういうこと。それらを、宛先になってるところに送って欲しいのよ。」
『了解した。それはいいが、こちらの人員は具体的にはどうすればいい?』
「そうね、欲を言えばハタレル少佐が困るぐらいの人員を手配して
くれればいいわ。」
『おいおい…』
「冗談よ。そちらは希望者多数なのでしょ?、
その人たちにも募ってみて、今回送れる人員なら含めても構わないわ。
こっちでも訓練できるようにするし。
2度に分けてもいいけれど、それだと経路の手配が大変でしょ?」
『そうだなぁ…、2度ってのは無しだな。1度でやっちまうか。』
「マルキュロス星系にはこちらから輸送艦バラクーダを迎えに出すわ。
ちゃんとラップライフも入ってるイイ艦よ?、
ミズイリの到着に合わせて接舷するように調整しておくね。」
『わかった。そいつはいい情報だな。
ミズイリにはこちらから連絡しておこうか?』
「ふふふ、気が利くじゃないの。助かるわ。」
『気軽にこんなバカ高い通信をほいほいとそっちからやられちゃ
たまらんからな。』
「そういう事にしておくわ。じゃ、よろしくね。」
『待った、最大どれぐらいの人数までイケる?』
「そうね、教導官たち次第ってところだけれど、200名ぐらいが限度かしら」
『なるほど、なら100が限度だろう、それぐらいでいいか?』
「充分よ、感謝するわ。」
『礼には早いさ。それに返しきれない恩もあるからな。』
「ふふふ、じゃ、よろしくね。」(敬礼)
『(敬礼)』
通信を切り、デスクの操作をちゃかちゃかと何やらやっていた少佐を、2人の補佐官はどう声をかけていいかわからず、やっぱり所在なさげに見ていた。
気づいた少佐が、
「あら?、そっちに座って待っててね。もうちょっとかかるから。」
「「はい」」
と、気を遣わせてしまったなと思ったのか、今度は素直に従い、副艦長室に備えられている応接セットのソファーに腰かける。
「ステラさん、やっぱり何か飲みません?、
少佐に飲み物をお持ちしたいですし。」
「そうですね、でも一度お尋ねしてからのほうがよくない?」
「はい」
そしてリリィが少佐のデスクに近づいて、
「少佐ぁ、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」
「ん?、そうね、ああ、そうだわ。」
と、少佐はとことこと、部屋の隅に置いてあった旅行ケースの所に行き、ガチャっと開いて中から細長い缶をひとつ取り出した。
「どうせならこういうのもたまにはいいでしょ。」
そう言ってもうひとつ四角い箱を出してから、またガチャっと閉じて旅行ケースを端へと押しやり、「んーと」とか言いながら棚のひとつの前で扉を開いて、リリィのほうに振り向き、微笑んでこう言った。
「リリィ少尉?、紅茶は淹れられる?」
「え、ええっ?、あんまり自信ありませんけど…。」
「じゃ、コッペパンに聞いて。メイドなんだから覚えなさい。」
「は、はいぃ」
「コッペパン?、聞こえてる?」
『はい少佐。』
「リリィ少尉の個人端末に、美味しい紅茶の淹れ方マニュアルを転送、
ついでにメイドの心得って本のデータでも転送なさい。」
『マニュアルを転送しました。
しかしメイドの心得というデータはありません。』
「何かメイドの心構えでも載ってるような本、ないの?」
『メイドに関連する書籍のうち、幾つかを抜粋して転送します。』
「ということなので、本はヒマなときにでも読んでおいてね。
今は紅茶を淹れて。ポットと食器類はここにあるのを使って。
お水はそこから汲んでね」
「はいぃ…」
いそいそと準備を始めるリリィ。デスクに戻って続きを始める少佐。
呆然と成り行きを見ているステラ。
しばらくして、危なげな手つきでリリィが淹れた紅茶を、3人が飲んだ。
紅茶の香りがほんのりたゆたう副艦長室。
空調の風に少しだけ揺れる、部屋の隅に置かれている観葉植物。
デスクの上に浮かぶ20cmぐらいのパン。
「パン!?、少佐、あれは一体…?」
ステラが驚いて目をぱちくりしながら問いかけた。
「パンに見えない?、コッペパンよ。」
「それはそうですけど…、浮いてますよ?」
「留守番してもらうのよ、さ、飲んだら今度こそ出かけるわよ。」
というとすたすたと歩いて、さきほど旅行ケースから取り出した箱をあけ、変わった装飾のついたオシャレ雨靴に見えなくもないようなショートブーツを取り出して履き替え、
「よし」
と言ってニコっと微笑んだ。
* * *
「ステラ中尉、運転できるわね?」
といって総務から借りたキーカードをステラに渡し、助手席に乗り込んだ少佐をみて、しかたなく運転席に乗ったステラは、後部座席に乗り込んだメイド服姿のリリィをちらっと見て、「どちらへ?」と少佐を見た。
「ちょっとまってね」
そう言って少佐は個人端末を取り出してちゃかちゃか操作し、地上車に搭載されているナビゲーションシステムに目的地を入力しながら、
「工業区にあるムツミネ宙域建設っていう会社まで行くの。
さ、ナビに入れたからそれに従って走らせてね。
軍のリフトじゃなく、一般用を使うから、門を出ていいわよ。」
「はい」
「ムツミネってあのムツミネですかぁ?」
「ほかにどのムツミネがあるのよ?」
「だってムツミネってたくさんありますよー?」
動き出した地上車で、後部座席のリリィが身を乗り出して少佐に話しかける。
少佐はごきげんなのかにこにこしてリリィの相手をするようだ。
「たくさんあるけどムツミネグループっていうひとまとまりなのよ。」
「へー」
「今回行くのはムツミネ宙域建設って言って、拠点基地や防御要塞、
コロニーなどを造ったりそれらを作るための建設機械をつくる会社よ。」
「さっきハタレル少佐と話してたことですかー」
「そうよ、あ、そうだわ今から行くって連絡しなくちゃ」
そう言うと個人端末をちゃかちゃか操作する少佐。
呼び出し音が鳴り、相手が通話に出た。
『おお、アルミナの嬢ちゃん、元気かーははは』
「こんにちわテンマさん、今どちら?、時間はあるかしら?」
『あー、工場のほうだな、午前中なら時間取れるぞ?』
「相変わらず現場が好きね。義手のほうも調子いいみたいね。」
『がっはは、現場で生きるのがワシだからな。義手はおかげさんで
調子いいぞー?、あの連中、甲斐甲斐しく世話してくれるしな。
いい所を紹介してくれて助かっとるわい。』
「そう。じゃ、今から行くわ、15分あれば着くわ。門のほうよろしくね。」
『あいよーぅ』(プチ)
「現場のかたですか…」
「代表よ。」
「え?、今のかたがですか?」
「現場カントクみたいなひとでしたよぉ?」
「間違っちゃいないけど、代表よ。代表取締役社長。」
「ひゃぁ~」
「カーディナルに居るはずだったんだけど、いろいろ注文だしたから
移民と一緒に来ちゃってたみたいなのよ。
あっち(カーディナル)のほうだって軍から結構仕事あるはずなのに、
いいのかしらね、ふふっ」
「ムツミネの社長……、なんかすごい人と会うんですねー」
「こっちがお客さんなんだから、堂々としてればいいのよ、
ビジネスよ、ビジネス。」
「そういうものですか…」
などと話してる間に、一般用リフトに到着した。それほど待たずに彼女らの乗った地上車は工業区へと出た。
工業区は初めてだという2人。少し趣きの異なる景色を見ながら、ナビに従って地上車を走らせるステラ。そのうち広い門が見えてきた。
門で個人端末のチェックを受け、教えられた道の通りに移動して駐車場へ。車から降り、何台かの車が停まっていた駐車場から歩いて行く途中で、さきほど少佐と通話していたテンマという男性ほか数人の男女が工廠の脇の扉から出てきた。
「あらためてこんにちわ、テンマさん。」
「おぉ、こんにちわ、アルミナの嬢ちゃん。で、どうするね、
あっちの会議室行くかい?」
「そうね、人数的に。」
「じゃ、降りたとこ悪いけどついてきてくんな。」
「はい。」
ふたたび乗車し、テンマらの乗った車についていくとさきほど通り過ぎた門に近い事務所棟へと到着した。玄関わきの駐車場の空いているところに地上車を停め、降りて歩く。
テンマらに混じり、ぞろぞろと建物の玄関口から入り、会議室に行く。
その途中で、テンマはこちらを見て面白そうに、
「しかしメイドさん連れてくるたぁ、嬢ちゃんやることが面白いな、
がっははは。」
「ああ、リリィ少尉は補佐官よ。」
すると少しがっかりしたのか、
「なに?!、士官か!、じゃぁメイドじゃねぇのか…。」
「メイドになりたての見習いってとこね。でも星系1位の握力よ。」
「そいつぁーすげぇな、握手ぁやめとくか。」
「握力じゃないですよぉ、遠距離射撃ですってば少佐ぁ…」
急いで訂正するリリィ。テンマは感心したように、
「星系1位たぁ恐れ入るな。そういえば嬢ちゃん少佐なのか、
かわいらしい少佐ができちまったもんだな、それだと最年少とかだろう?」
「かもしれないわね。軍の階級なんてやることやってればあとから付いて
くるわ、なんだっていいのよ、飾りみたいなもんなのだから。」
「嬢ちゃんからすりゃぁそんなもんか、がっははは。」
そう言ってバシバシと少佐の肩を叩くテンマ。
「痛い痛い!、そっち義手のほうでしょう!、もうちょっと加減してよね!」
「おおそうだった、でもほとんど元の左手とかわらんぞ?、
力加減も思うがまま、生身の右手のほうが不自由に思えるぐらいだ。
つけっぱなしで風呂にも入れるし、現場でも普通に作業できる。
嬢ちゃんには感謝してもしきれねぇ、いいもん作ったなぁ嬢ちゃん。」
「つくったのはセイントの人でしょ!、あたしじゃないわよ。」
(※ セイントアキュラステクトロニクス社)
「そうなのか?、あいつら言うとったぞ?、
嬢ちゃん居らんかったら会社ぁ潰れてた、
技術提供ぉなかったら造れんかった、
あちこち紹介してくれんかったら喜んでもらえるもんができなかった、
足向けて眠れんっちゅーてよ?」
「言いすぎよ、元々の技術力と熱意の結晶でしょそんなの。
あ、テンマさんとこも出資するんだって?」
「んあ?、耳が早ぇな、出資っつーんじゃなくてな、あれだ、
うち(ムツミネ宙域建設)はこんな商売だからよ、事故ってのぁ
つきもんなんだ。なくならねぇようにみんな頑張っちゃぁいるんだが
どうしてもな…。
死んじまっちゃぁどうしようもねぇが(もちろん充分な補償がある)
怪我したやつらにも何かできねぇか、ってな、
そんでこんなイイもんができるんなら、ってよ、うちのグループ全体で
こういう方面の協力や補償制度できませんか、やりませんか、って
御大のほうに提案を申し出てるってトコなんだ。」
「ふぅん、なるほどね。」
「そうだ嬢ちゃんのほうからも何か言ってやっちゃくれねぇかな?、
嬢ちゃんがひとこと言ってくれりゃぁすぐ御大も動くだろうしな。」
「あの油断ならない爺さまが?、あたしがひとこと言ったぐらいじゃあ
そう簡単に動きゃしないわよ、そんなだったら苦労しないわ。」
「がっははは、嬢ちゃんでも簡単にゃいかねぇか。」
「んー、計画書、あるんでしょ?、しょうがないから見てあげるわ。
トーシォさんに言うのはそれ次第ね。」
「おお!、やっぱ話がわかるな嬢ちゃん!、おい。」
(※ 御大=タカハラ・ジョーンズ・トーシォ。
ムツミネホールディングスの代表。バリバリ現役。)
いつのまにか会議室に着いていて、周囲はこの会話の成り行きを立ったまま見守っていた。「おい」と声をかけられた男性が手にしていた端末を操作し、少佐に見せる。
「こちらです」
「ふぅん、んー…、へー…、ん?、なんだ、まだ全然じゃないの。
こんなのトーシォさんとこもってっても怒鳴られるか無視されるかの
どっちかじゃないの?」
「うーん、具体的には?」
「あちこち話は通してるみたいで、数字は正確なのかもしれないけれども、
生産体制や供給力、それに在庫はどういう形にするのよ?
まさか現場の人たちの手足のデータ取っておくなんてしないでしょう?
ケガするのが前提みたいで現場のひとたち逃げるわよ?」
「そりゃそうだなぁ、んじゃダメかなぁ…」
がっかりするテンマに引き摺られるように他の人も表情を曇らせた。
話しながらも、支える男性の端末をちゃっちゃと指で操作し、空中に展開した幾つもの資料に視線を走らせ、
「ダメじゃないわよ。いいセンいってるわこの計画書。
要するに何かあったときに提供できる体制を、ってところから
離れればいいのよ。」
「「えっ?!」」
「まず現状でグループ内で必要としている人に、ってところはこのままでいいと
思うわ。問題はその前後なのよ。」
「ふむふむ?」
「グループじゃなくても生産供給すればいいの。一応医療関係のことも
書かれてるけれども。グループ内外も巻き込んで。
どうせこの計画書でも声かけてグループの一部を巻き込むことに
なってるのだから、そのまま巻き込むところを増やして生産供給
してれば発展もするしコストも下がるわ。
なんならセイントをグループ内会社にしてしまえば人材交流や育成に、
場所や機材や資金の融通もやりやすくなるでしょう?」
「なるほど、そうだなぁ」 「はい!」
「どうせ健康診断やるんだからそのついでに手足のデータとっちゃって、
それが全員で、当たり前のことになってしまえば現場の人たちだって、
ケガ前提だなんて思わないでしょ?」
「確かに…」
「そこまで計画書に盛り込んで、関係各所に打診してから持って行けば
トーシォさんだって否とは言わないわよ。」
「最初は損したっていいんでしょ?、なら保険関係が通るまでは赤字でも
いいじゃないの?、3年から5年ぐらいかけて軌道にのる形でも充分
じゃないかしら?。10年かけてもいいくらいよ?」
「おお、その方向でやってみるか、おい、今のわかったな?!」
「「はい!」」
「じゃ、とにかく座りましょ?、ノドが乾いてきたわ。」
雰囲気が明るくなったところでそれぞれ着席し、そこへ丁度開けっ放しだった会議室の扉からお盆をにのせたお茶をもって3人ほどが入室し、大雑把なデザインの湯飲みがそれぞれに行き届いたところで、テンマが発言した。
「妙ななりゆきになっちまったが、とりあえず紹介しておくと、」
と言って着席した他の4人を紹介しはじめた。取締役に部長にと、めまいがしそうな肩書が聞こえ、名を言われた人はそれぞれ立ち上がって少佐にお辞儀をし、少佐は微笑と会釈でそれに応えた。
4人の紹介がおわると、少佐がステラとリリィを紹介し、「補佐官で護衛よ、ひとりはメイド。」と言ったので場がヘンな雰囲気になってしまったが、2人がお辞儀して着席すると、待っていたかのようにテンマが、
「で、アルミナ少佐、今日はどのようなご用向きです?」
と、さきほどまでとは違い、丁寧な言葉遣いで話したので場の雰囲気がいきなり緊張した。
「御社に発注している宙域建設作業用機械の追加発注と、
納期の前倒しをお願いしに参りました。」
さらに場の雰囲気が緊張度を増した。厳しい視線が少佐に注がれる。
「ほう?」、とテンマ氏。少佐は微笑をしながらショルダーバッグを開け、個人端末と、書類を一束とりだし、書類をリリィ少尉に手渡してテンマ氏へ回すように身振りで指示してから、
「当アスパラギン星系において、宙域あるいは天体上に5箇所の基地拠点を
築いて頂きたいのです。
それらの規模は現状未定ではありますが、カーディナル星系第二系外基地と
同等か少し小さいものが目標です。」
「ほうほぅ?」
「現状と想定を入れた資料がそちらに。
後ろには輸送艦バラクーダに積載されている資材・部材のリストです。
同じものをそちらに転送しますがよろしいですか?」
「どうぞ。」
と、テンマ氏以外の4人が端末を構える。
(構えなくてもいいのだが、気分の問題だろう。)
転送が終わると端末をとなりのステラ中尉に手渡して、自分は脇に置いてある茶卓に乗った大雑把なデザインの湯飲みを手にし、「あちち」とか呟いてお茶を少し啜り、やっぱり「あちち」とか言って湯呑みを茶卓に戻してから、手を会議机の上に軽く置いてテンマ氏たち5人を見回すと、
「その資料とほぼ同じ内容のものが、御社のカーディナル本社取締役会宛て、
ムツミネホールディングス代表宛て、ラップライフサプライ社長宛て、
あとは軍関係者・開発局宛てに本日届きます。」
「ふむふむ。」
「さらに戦艦ミズイリのマルキュロス星系への出港が5日後に決まっており、
それに合わせて今回の基地建設関係者ならびに資材・部材を少し、
便乗輸送する予定で手配中です。」
「少し、急ですね。できなくはありませんが。」
そう言うテンマ氏に少佐は軽く頷き、
「マルキュロス星系へは積載物を降ろした輸送艦バラクーダを
迎えにやります。
つまり積載物を降ろすのは6日後までに完了しなくてはなりません。」
「すると、それまではこっちの人員で作業するわけですね?」
「そうなります。
まずは割り出されている海賊の拠点2か所を制圧し、片方を今ある資材で
基地化します。制圧の詳細は言えませんが、明日にでも制圧完了し、
夜には調査可能状態になるでしょう。」
そんな無茶苦茶な!と、両隣のステラ中尉とリリィ少尉は思っただろう。
実際思ったに違いない、息を飲む音がしたからだ。
それまでの流れは、確かに急かもしれないがなんとなくわかるだろう。今朝のハタレル少佐との会話を横で見ていたのだから。
詳しくはわからないがステラやリリィでもなんとなく流れはわかる。
だが拠点制圧の話は別だ。
リリィはどうかわからないが、経験のあるステラにとっては、海賊の拠点がいくら判明しているからといって、明日、しかも半日で制圧するなんて、さらに2箇所同時だなんて、無茶苦茶もいいところだ。
艦長側をどうやって説得するというのだ。
駐留軍所属の兵士たちの編成に装備など何も手配していないし、今からじゃ間に合いそうにない。海賊拠点の規模や人数などはまだ知らされていないが、少なくとも2・3チームずつの2個小隊、合計20人前後は必要だ。
さらにいうとステラの知っている限りでは、この艦には武装がない。防御力はあるそうだがこの三ヶ月間で戦闘しているという話は聞いたことがない。
(※ 今朝、戦技情報室でテリーが言っていた、『敵性種《HS》への対処』というのはステラにとってはどういうことなのか分からなかったのだ。)
艦載機は旧式のがいくつかあるようだが、そんなもの数機程度で拠点制圧に臨むなんて無謀すぎる。ましてや他の艦載機には武器がないのだ。
ステラは少佐の発言に呆れるを通り越して青くなりつつも、今ここで少佐を問い質したい気持ちを抑え、少佐を見つめていた。
それに対してテンマ氏のほうは、少佐の発言をこれっぽっちも疑う様子さえ見せずに、
「すると明日の夜には調査しながら作業と搬出ができるということですね。」
「はい、その通りです。」
言い切った少佐に、頷くテンマ氏。
そこにテンマ氏の隣に座っている白髪交じりの短髪の男性が軽く手をあげ、
「発言の許可を頂きたい。」
と言い、テンマ氏と少佐は軽く頷いて、「どうぞ」と言って促した。
「…搬出には1日かかるとありますが、状況によって遅延するという
可能性はありますか?」
「ありません、むしろその試算はかなり余裕をもっています。
改造対象の拠点はスキャニングによって素材、強度その他が判明していますが、
こればかりは実際に現地で確認しなければならないこともあるかと思います。
それを加味して余裕をもって作業して頂けるように考えております。
さらに、作業される方々は、現地でもって、
わが軍最新鋭の輸送艦の威力をご覧になれるでしょう。」
「「ほう…」」
「私もよろしいですか?」 「どうぞ」
「海賊の拠点、ということですが制圧後はどの程度安全でしょうか?」
「カーディナル星系においての系外基地改造作業以上の安全を保証します。
もちろん空間内の作業となりますので、作業上の危険については、
御社の安全管理上のこととなりますが、その点はご承知おき下さい。」
「ありがとうございます。」
「人員と機器の輸送は?」
と、テンマ氏。
「そちらの資料にも記載いたしましたが、
ご存じのようにこの工業区には搬入出用デッキが設けられております。
そちらまではこちらからですとすぐお隣ですね。
そこに輸送用の小型(といえど結構大きい)の艦載機を接舷致します。」
「了解した。いやぁ、前から作業員たっぷり連れてこい、って言われてたが、
こういうことだったんだな、つい先日この艦内部の作業が段落してよ?、
これからそいつら遊ばせちゃもったいねぇなーなんて思ってたんだが、
嬢ちゃん、前々から計画してたんなら言っといてくれたっていいじゃないか。」
「海賊次第、ってところもあったんだもの。流動的なのは仕方がないわ。
今回そういう点があるからこんなに急になったんだもの。
ある程度手を回したとはいえ、戦艦ミズイリの予定まではあまり
動かせなかったし。でもなんとか予想の範囲で収まってくれたのよ。」
「ちなみに聞いておくが、こっちやミズイリの予定がズレてたらどうしてた?」
「そのときはこの艦の空いてる場所にでも全部放り込んだわ。
結構あちこち余裕があるのよ?、知ってると思うけれども。」
「がっははは、やっぱ面白ぇなぁ、嬢ちゃんは。
よし、んじゃ一丁気張るかね、あとはこいつと金の話でもしてくれや。」
すっかり元の口調に戻ったテンマは、そう言うと白髪交じりの短髪の男性を残し、他の3人を連れて会議室を出ていった。
少佐は湯呑を手にとって、残っていたすこし冷めたお茶をくいっと飲み干すと、
「さて、見積書はいつもらえるかしら?」
そう言って、にっこりとその男性に微笑んだ。
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201501301650 敵性種 ⇒ 敵性種《HS》 修正しました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。
20150622---- 迎えに寄越すわ → 迎えに出すわ




