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「ねー、とーさま?、あれどうして当たらないの?」
私が兵器資料の実戦映像を見ていると、いつの間にか近くにちょこんと座って見ていた娘が言った。
―― そりゃぁ敵も避けるしシールドはあるもんなぁ……。
どう返事したものか少し思案していると、さらに、
「よける前に当たるのをうてばいいのにね?」
そんな無茶苦茶なと苦笑しつつ、面白いから少し相手しようと思い、どういうことなのか訊いてみる。
「んとねー、んーとー」
と言いながらきょろきょろ見回し、テーブルの上にあったペンと書類を持ち、
「これ(ペン)がね、こうなの! こうなの!」
といって書類の束の隙間にペンを突き刺す娘。
―― 正直、さっぱりわからん。
呆気にとられて見ている私に、伝わっていないことが分かったのか、ペンをテーブルにポンと置くと、とててて、と書棚に飾ってある古い艦船の小さな模型をもってきて、
「ぎゅーん、こうなの!」
―― そうか、以前見たワープ開発資料の失敗映像の事を言ってるのかな?
こくこく。
―― すると、特攻しろというのか!?
首をふるふると振り、
「これ(模型)がね、ぶきなの。 んでね、ぎゅーんってとぶの。
んでここに出るの!、どかーん!」
満面の笑みでそう言ったのである。
* * *
昔のワープ機関の開発ドキュメンタリーを見ていたときにも、この娘はやっぱりいつの間にやら横にちょこんと座って見ていたのだった。 何が面白いのかわからないが時々けたけたと笑っていた。アニメやドラマだと大抵、途中で船をこいでいるんだが、わからないものだ。
おそらく『ぎゅーん』というのはそのワープのことなのだろうと気づいたのは、何度言っても伝わらない私になんとか伝えようとする、健気な娘の目がすこしうるうるとしてきた頃だった。
つまりこの娘は、短距離ワープで物体を目標の位置に割りこませるという、ワープ機関開発時の事故を武器に転用しようと言うのだ。
『ワープ機雷』。なんという怖ろしい、いや、素晴らしい発想だろうか。
ワープ機関はミサイルや光学兵器に比べると高価だが、もし、娘の言うようにどかーんと必中し、おそらく撃破してしまえるのであれば比較にならないほど安いものだと言える。
* * *
『いたちごっこ』 という言葉がある。
強力な兵器が開発される。
それに対抗できうる防御力を備えた艦が開発され、さらに強力に、と、互いに大きく巨大に発達していった。
それに伴い、センサー技術も同様に、妨害手段と精細さとが競うように発達した。
今回もし、この『ワープ機雷』が配備されると、そのうち敵も同様の兵器を開発――厳密にいうと直面している敵の場合は開発というのとは異なるが――してくることだろう。であれば、これに対抗・防御できなければえらいことだ。
必中かつ防御不能な兵器を撃ち合う戦争なんて考えただけで背筋が凍る。艦だってワープ機関だって制御装置だって、もちろん乗り込む兵士だって、無尽蔵に湧いてくるものではないのだから。
これはなんとしても防御面のことを考えておかなくては……。
しかしどうしたものだろうか。
* * *
古代、人類の始祖と呼ばれる、最初に惑星外へ進出した人類たちが居た。
幾つもの植民基地をつくり、幾つもの恒星系にある生命居住可能領域に存在する惑星を居住化し、人類の版図を広げていった。
そしてその間、互いに争うことで幾つかの衰退と発展とを繰り返した。
さらに、人類の版図は簡単には行き来できないような範囲にまで広がり、世代を重ねたが、やはりあちこちで発展と衰退を繰り返した。
これは近代に至るまでの、今では混沌期や黎明期と言われる何十万年かの過去の時代の話だ。
そして近代になり、転機が訪れた。敵性種との遭遇である。
植民基地・惑星内外を問わず、人類同士で争う愚かさにいまだ人類は気づくことはなかったが、意志疎通が不可能で対話を全く受け付けない異種生命体――誰が言い出したのか現在では敵性種(HS:The Hostile Species)と呼ばれている――との接触によって、人類は表面的には団結せざるを得なかった。
記録によると当初それらは原始的に、ただ襲ってくるのみであったのが、そのうち銃のような射出兵器を使うようになり、ミサイルを撃ち始め、光学兵器までをも使うようになった。
人々は焦り出し、それまでももちろんそれらの研究は行っていたが、より一層励むようになった。
敵性種《HS》はどこからやって来たのか、それは現在も謎であるが、湧いて出て来たのではなく、他星系からワープしてくるのだとわかった。そして巣をつくり、繁殖するのだ。
敵性種《HS》に対処するため、それまで人類同士で争うためのものであった宇宙艦を敵性種《HS》対策に流用し、宇宙軍として編成した頃には人類の版図が3割ほど削られてしまっていた。
襲われた領域はろくに抵抗すらできずに明け渡すしかなかった。そこに居た人々は退去したか殲滅されたかのいずれかだった。
分かっていることは、そこにはもう人類は存在しない、ということぐらいである。
もちろん当時の人々は、なんとかして意思疎通が図れないかと試行を繰り返した。
人類の英知を結集した専門家集団が編成され、捕獲した個体や死体らしき物体を、あちこちに作られた研究機関で情報を共有し研究が続けられたが、結果はあまり良いものではなかった。
わかったことと言えば、これが中枢のようだ、神経に相当するもののようだ、などのような基本的なことばかりで、言語や個体同士の意思疎通手段や、目や耳や口、何を食べるのかすら全くわからなかった。個体によってはその組成すらバラバラであったのだから。
その後研究が少しだけ進んだが、現在わかっていることと言えば、
・ナノマシンのような集合体であること、
・核のような働きをする部分が存在すること、
・核の部分はある程度の損傷は回復するが一定以上は回復せず死滅すること、
・核以外の部分は多少の時間はかかるが回復増殖補填すること、
・主に無機物をゆっくりと浸食し掌握すること、
・掌握した物体・機械・機構を複製するようになること、
などが分かっている。
そしてあたかもそれが本能であるかのように人類を攻撃・殲滅しようとするので、こちらも自衛のためにも対抗せざるを得ない、という結果となっている。
つまり、新兵器が敵の手に渡ると、複製されてそれがこちらに向けられる、ということなのだ。
* * *
宇宙軍所属の兵器開発工廠のあるここ、NS358587 通称『カーディナル』星系第三惑星の、これも通称『キャピタル』区には宇宙軍の本部が存在する。
人類の版図における中心地、と言ってもいいだろう。
私、こと第43兵器開発局長補ハヤト・アルミナ中佐待遇研究官は、この惑星上で43番目に新設された実験棟にある研究室の自席で、いつものように端末のモニタの前で書きかけの書類を見ながら頭を悩ませていた。
―― 『ワープ機雷』、か……。
「なんですか?それ」
と言いつつトレイに乗せた紅茶らしき液体が入った分厚い陶器製のカップをこちらに差し出すのは、前部署から私と一緒に転属してきたネクピア・ティシア研究員だ。
「ああ、新兵器の概念図なんだけどね、」
「えっ、すごいじゃないですか、ちょっと見せてくださいよっ」
と言いながら返事も待たずに覗き込む彼女。
「うぉぉぃ、カップが…」
「あ、すみません」
―― あぶなかった……。
「へー、ふーん……」
「まだ問題点だらけでね。」
「理論的には実現可能なんですよねー?」
「そうなんだけどね。」
「コストですか? でもこれ全体的に見ればコストダウンになりません?」
「私もそれは思ったんだけどね、長期的に見るとね……。」
「結局、従来の兵器を工夫して運用するしかないんでしょうかねー?」
「そうならないようにしたいんだけどね。」
「つまんないですよねー」
―― つまんないで済ますなよ。
「で、これって誰のアイディアなんですか?」
「ん?、ちょっとね。」
「まさか主任ですか!?」
「まさか、って何だよ。それと、もう主任じゃないんだが……。」
「わたしにとって主任は主任ですよー、やだなーもう」(ぺちぺち)
―― そういうことをするから変なウワサが立つんだが。
とは言え、いい気分転換にもなるし、お茶を淹れてくれるタイミングが不思議といいのでいろいろと助かっては居る。
もちろん、仕事もちゃんとデキる子なのだ。いちおう。
* * *
それから何日か後、なんとなくだが、ふと娘と湯船に浸かってるときに訊いてみた。
「んーとねー、出てくるときにこうなるのー」
と、黄色いヒヨコのオモチャを沈めて横に動かし、ゆっくりと水面に近づける。
―― ああ、ワープアウト時の時空波と重力波のことかな。
「んでねー、」
と、片手で手桶をもち、ヒヨコを水面近くで沈めたまま、
「こうするとねー、ちゃんと出てこれないの」
手桶の底を水面で押したり引いたりした。
―― ワープアウトを検知したら妨害波を起こせと? 一体どれだけの出力が必要なのか……。
「んでねー、これをぎゅーんってよそに出すの」
にこにこである。
―― また『ぎゅーん』か…。
「んであっちにどかーんなの」
―― なんですと!?
驚いていると娘は湯船からよいしょっと言いながら出て、風呂場の戸を開けタオルを巻くと、とてててと去っていった。
私の表情はきっとぽかーんとしたままだったと思う。
風呂場の戸が開けっ放しだったし、そろそろ上がるかと思ったら娘が戻ってきた。
記録スティックを持って。
「はいこれ」
「あ、まって、リビングで待ってて。」「はーい」
「ほらちゃんと髪を乾かしなさい、」 「はーい」
風呂場にそんなもの持ってこられてもね。端末はあるがスロットがないんだよね。
リビングに行くと、娘は何やら大画面でゲームのようなものをしていたが、私に気づくと惜し気もなくゲーム画面を閉じ、テーブルの上の記録スティックを私に手渡した。
そうだったな、娘の権限は部屋にしかないんだったな。
端末にスティックを挿し、中身を見る。『わーぷこうげき』なんだこりゃ。
開くと……。
正直驚いた。天才かもしれんとは思っていたが天才だと思った。親バカではなく。
まとめられた幾つもの書類には、漢字が少なめでちょっと読みづらいが、
・ワープ機関の改良理論
・その改良されたワープ機関を制御できうるスペックを出すための、現在の高速演算装置の組み換え配置理論
・改良されたワープ機関で実現可能と思われる新シールド装置
・改良されたワープ機関による遠隔制御ワープ理論
・重力波制御による時空震の軽減理論
・ワープアウト直前の物体の座標特定理論
それらの概論が書かれていた。
「さっきのねー、お風呂の話ねー、これとこれとこれー」
―― おお、確かにこれらが実現できるなら可能だね。
「とーさまがんばって♪」
笑顔の無茶振りである。
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201412301927 退去するか→退去したか
殲滅→対抗
86行目の修正を行いました。
20150211---- 一部の語尾を修正しました。