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39歳バツイチ子持ちだが、まわりの女に煽られる。  作者: 崎ちよ
第3章  お父さん、活躍す
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第12話「長崎ユキと指導官」

「副長、言いたくはないんですが我慢の限界です、失礼だと思いますが言ってもいいですか?」

 頭山は世間一般、子供から大人まで、まして大先輩に対してはありえない、そんな生意気を全部詰め込んだ態度で私に問いかけてきた。

 問いかけるというより、問いただすと言ったほうが正確なのだろう。

「……今日はなんなんだ?」

 面倒臭そうに私は答える。

 彼の我慢の限界はいつものことだ。

 週イチでそれが訪れるのも日常。

 まったく、堪忍袋がどんだけ小さいんだ、こいつは。

 だから、若いくせにおでこが広めなんだよ。

 そんな気持ちは一切こめることなく私は彼を見上げた。

 ばれてしまうと反撃が怖い。

「これは軍人としてではなく、人としての意見です」

 彼は人の目をしっかり見て話す。

 めんどくさい人間の類である。

 私はバツが悪くなったので、視線を斜め下方向へずらす。

「お願いですから、手紙を見てニヤニヤするのはやめてください」

 ……頭山よ、お前もか。

 なぜ、家庭で娘に言われたことを、こんなところで……職場でも言われなくちゃいけないんだ。

 ……まったく。

 ここは副長として、陸軍士官学校(リクシ)の大先輩として、この若いぺーぺー少尉にガツンといってやろう。

 そんなくだらんことで、いちいち文句は言われたくない。

 威厳だ、威厳。

 先輩パワーだ。

「な、なんのことかなあ?」

 私はけっきょく視線を合わせることもできず、なんとか話をはぐらかそうとした。

 だって、決意を込めて頭山の顔を見たら怖かったんだもん。

 十中八九逃げるに如かず。

 いや、だって、頭山がすごくイライラした顔をしているもんだから。

 こういうときは、ヒステリックなんだ、こいつ。

 ああ、メンドクサイ。

 そう、私は逃げてない。

 余計なトラブルを避けるのが大人の務め。

 うん。

「机の中の便箋です」

 ビシッと私の机の棚を指さす頭山。

 いや、さすがキレがいい。

 陸士(リクシ)では儀丈隊クラブだったっけ、こいつ。

「び、便箋ってなんだろう」

「午前中に一回、お昼休みに一回、午後に一回、毎日見ているやつです」

 ……う……なんでそんなことを。

 バレない様にうまくやっているのに……。

 ちくせう、さてはこいつ、俺のストーカーか?

 私は両腕を米国人のように大げさに開いて首を傾ける。

 そうやってとぼけてみた。

「お前な、仕事の書類、メモ書き、普通に見てるだけだって」

 あ、めっちゃイラッてしてる。

 すぐ顔にでるのが減点……まだまだ大人になれない頭山くんめ。

「ふーん」

 まったく信用していないと言わんばかりのふーん。そう言いながら、彼は私を見下ろす。

 蔑んでいるよこいつ。

「机の引き出しを少しだけ開けて、そこにあるのをじっと見てはニヤニヤして、それでキョロキョロした後にそれを閉じて、肘をついて窓の外を見てはニヤニヤして、また、数秒間机を開いてニヤニヤする」

 おいおい、そんなことしていない。

 そりゃ、手紙が来た日は、ばれないように机の引き出しの中に広げて、仕事の合間に読んでいたが、そんな言うほどそわそわニヤニヤはしていない。

 もう三十九歳のおっさんなんだ。

 どっしりやっている。

 若いのとは年輪が違うのだ。

 私は悠々と構え、この若造の色眼鏡をどうやって矯正してやろうか考える。

「ラブレター、そんなにうれしいものなんですか?」

 ため息をつきながら言ってくる。

 くっそ、先手うつなよ。

 ……いや、そんなんで動揺はしない、私は大人である。

「ラ、ラブレター? 違う、断じて違う」

 はあ。

 彼はぼそっと、何でこんな人に俺たちは……と呟いた。

「将校室の掃除をしているときに、机の下に落ちている手紙を見たんです、伊原が」

 もったいぶって倒置法。

 伊原という名前が出て、私は血の気が引いた。

 ……なんか、嫌な予感しかしない。

「ちょ、ちょっと待て、そんな手紙が下に落ちていたなんて、ちゃんと机の中にあったぞ……いや、わかった、そうやってカマかけてきたな」

 いかん、自分でも何をいっているかわからなくなってきた。

 もうすでに、やっちゃったような……事実を認めたような気がする。

 いやまて……そんな、まさか。

「引き出しの中、しっかり片付けた方がいいですよ……たぶん、閉めるときに、その机の裏から押し出されて落ちたんでしょう」

「で、でも手紙が落ちているところを見ていない」

「だから、伊原が見て、ちゃんとその机の引き出しに戻してあげたんですよ」

 ……掃除機をかける伊原が私の机の下にハラリと落ちている手紙を拾って訝しげな、たぶん少し軽蔑した眼差しで中身を確認して、それから机にしまってくれた風景が思い浮かぶ。

 なんだか変な汗が出てきた。

 七月の暑さだけではない。

 副中隊長である私が、女性からもらった手紙をこそこそ読んでいることを……部下の、小隊長二人は知っている。

 わかった、ここまではわかった。

 そうなるとだな、私がニヤニヤしているというのは置いといて……コソコソ手紙を読んでいるということがばれているということだ。

 つまり、あれだな。

 きっと、こいつら私を軽蔑している。

「ちょっと待て、わかった……これはラブレターだ、私に想いがある女性からの手紙だ……丁重に読まないといけない、ここまでは認める……いいか、ただ、私が知りたいのことがある、なんで伊原が拾ったのに、頭山が知っているんだ?」

「だ、か、ら」

 そんなに言葉に怒りを入れて言わなくてもいいだろう。

「伊原と俺は同期で親友です」

 そんなことはわかっている。

 きっと私は腑に落ちない顔をしているんだろう、彼はあきれた顔で言ってきた。

「彼女からは相談を受けました」

「ラブレター?」

「そう、ラブレター」

「ニヤニヤしている原因見つけた、こんな上司気持ち悪い、クビにしてくれ、いや転属か……転属願いか? そういうこと?」

 どうせ、そんなことだろう。

 若い奴らは私の加齢臭を消すのに、芳香剤なんか置いたらどうだとかも相談しているのを知っている。

 どうせ、お前らもあと十年たてばなあ……伊原は……ないけど。

 もう少しさ、もう少し上司を(いた)わってくれないものか。

「そのラブレターの相手とは付き合っているんですか?」

 少し怒ったように頭山は聞いてきた。

「付き合うはずがない、相手がだれだかもわからないのに」

 彼は深く肺の中のものを全部吐き出すようにため息をついて、オデコの生え際を掻いた。

 私はその仕草と態度を不思議そうに見つめた。

 さっきから、なぜそんなことを聞くのかがさっぱりわからないのだ。

「なんで聞いたのか? という感じですね」

 今度は小さくため息をつく。

 あのね、上司かつ大先輩に対してそういう態度をとるもんじゃないよ……だいたいため息をつくたびに幸せも逃げていっているよ。

 親不孝だよ。

 もう……と、言おうとしたが頭山が言葉を続けたため、私は口を開けなかった。

「伊原がこの部屋を出て行ってから、話しをはじめたんです」

 ……。

「まさか」

「そのまさかです」

 ……。

 私は一息おく。

 そうか。

 ああ、すまない。

 私は異性専門なのだ。

「気持ちはうれしいが」

 こういうときなんと言えばいいのか。

「私は、どうしても同性を好」

「違っ! 馬鹿!」

 あまりに大きな声だった。

 私は情けないがビクッとしてその迫力でのけぞった。

「馬鹿だ、あんたは馬鹿だ、絶対馬鹿」

 絶対馬鹿って……おい。

 先輩にそんな口を聞くとは……どうであれ、ここは毅然とした態度で臨まないといけないだろう。

 好意に対して、しっかりと受け止め、断るのが大人の務め。

 いいんだ、それぐらいの器はある。

「ま、まて……勇気をもって愛の告白をしたことに応えられないことは申し訳なく思うが、大先輩で上司であり、かつ君たちが尊敬しても尊敬し尽くせない私に、馬鹿はないだろう、しかも二回」

 二回を強調するために人差し指と中指を立てる。

 なんで怒られながら私はピースしているんだろう。

 だんだん泣きたくなってきた。

「いいですか! 野中大尉のような人はまったく眼中にありません! 俺は同年代が好きです、おっさんは趣味ではありません、臭いのはだめです、特に加齢臭とか無理です」

 いくら私が同性愛者ではなくとも、部下に趣味じゃないと力強く否定されるのは寂しい。

 なんか傷ついた。そしてごめん。

 冷房効いていても定期的に部屋をちゃんと換気するね。

 ……ちょっと加齢臭に気をつけよう。

 耳の裏はしっかり洗おう。

 うん。

 それにしてもなんだか、よくわからない。

 なあ、なんで怒ってるんだ、何が言いたいんだ、頭山よ。

 怒る彼と、考えても考えても何を言いたいのかさっぱりわからん私が沈黙していると、コンコンと将校室の扉がノックされた。

 扉の向こうから「入ります」と落ち着いた感じの女子の声がした。

 私はとっさに身構える。

 苦手なのだ。

 この女子学生は。

「入れ」

 頭山が入室を許可するため、扉越しに聞こえる様、するどい声で答えた。

 さっきまでの怒気が少し残ってしまっているのは、まあ若いからしょうがない。

 そうしているうちに将校室のボロい扉が開いて、女子学生がひとり入室してきた。

「失礼します、第一中隊二年の長崎は第二中隊副中隊長に学生会副会長として指導受けに来ました」

 一応軍隊らしく、おじぎの敬礼をして私の机の前に来る。

 面倒な仕事。

 それがこれ、学生会の指導官というお仕事。

 自主自律を掲げるこの学校で、行事を仕切ったり、服務規則なんかを徹底したりする組織……外の学校でいう生徒会とまあ同じものと言っていいだろう。

 生徒会との大きな違いは会長や副会長は成績順や人物評価で指導部が一方的に任命するということ。

 世間一般様の学校はほとんど選挙だと思う。

 いわゆる封権的な組織。

 あくまで、学校職員の手の届かない仕事を学生会に押し付ける……そう言ってもいい。

 つまり、面倒くさいが私自身何かをやっているわけではない。

 押し付けるという簡単なお仕事。

 でも実際、頻繁に学生を相手にしなくてはならないので……まあ面倒くさい。

 私にしてみればどうでもいいことが多い。

 例えば先日あった学校祭をこうやりたいとか……あと規則の変更とまではいかないが、細かい躾事項の修正を要望してきたり、それをいちいち指導しなければならない。

 ――そんなことはだめだ。

 と言ってしまえば簡単だが、なんせ昨今の若者は口が達者で丸め込まれることが多い。

 ……まあ、大きく影響なければだいたい「わかった」で済ましているが。

 ま、そう考えれば面倒なことはないんだが……。

 問題はこの子。

 この目の前に現れた副会長がアレなんだ。

 この学校の全てを決めるのは指揮官で学校長たる大隊長だ。

 軍隊というのは、権限のある人間までしっかり指導を受けてから動かないと、まあいろいろと問題になる。

 だから、私が躾事項の変更に対して「いいよ」と言っても、それで決まりではない。

 私なんかは学校長にたどり着くまでの、通過点にすぎない。

 つまり、私にとっても学生にとっても幸せになる行動はひとつ。

 通過点は通過点らしく、如何に邪魔することなく印鑑を押すことである。

 だから、去年までは学生会のメンバーが書類をもってくればさらさらっと見て、ポチッと印鑑を押していた。

 しかし、この副学生長の長崎ユキは違う。

 成績優秀、一年の下半期には学生会に入っているような筋金入りの学生。

 ついでに真面目で困った性格。

 ……煩わしい子なのだ。

「ちゃんと見て、しっかり指導をしてください」

 と、よく苦情を言う。

 私はさっきまでワーワー言っていた原因である手紙を机の中にしまうタイミングを逸してしまったので、近くにある適当な書類をかぶせて隠した。

 学生に見られたら、いろいろと面倒だ。

 長崎はチラッと私の手元を見たが、まったく気にするような様子もなく話を始めた。

「先日の学生祭のご指導ありがとうございました」

「特に何もしていないが」

「お陰様を持ちまして、ほとんどの学生は楽しく祭を過ごせました」

「何か、問題は?」

 私の言葉に反応することなく。

「指導官に話すような内容ではありませんが暴漢対策が必要だと思います」

「暴漢?」

 きっと攘夷派とかぬかす、対外同盟破棄派の暴漢達がうちの留学生に手を出そうとしたことがあったので言っているのだろう。

 あれは、第一中隊長と民間人教師の小山先生が対応したから大事にはならなかったようだが。

「たぶん、指導官がやる気を出して、学生の面倒を見ていたとしても、何も状況は変わらないと思いますので、これは中隊長に話をしています」

 相変わらず、ずけずけと言う。

「他には?」

「学生の清掃当番のローテーションの変更案です」

 私はチラッと書類を見て、ぽちっと印鑑を押す。

「ちゃんと読んでください」

 冷たい声の長崎。

 クイッと黒縁眼鏡を人差し指で上げると、座っている私の目線の高さになる胸が揺れた。

 学生のくせに揺れるほど胸がある。

「学生間の不公平とか小さいことはよーわからんから、まかせたよ」

「……」

 書類を受け取り、彼女は不満そうな顔をしている。

「あー、そうそう、今月一年生の遠泳あるだろ、毎年やっている激励……それさ、今年からは学生会主体でやってもらおうと思っているんだが、どう?」

「どうって」

「悪い、もう時間がないのもわかっている……職員でやってたんだけど、なかなかいいのが浮かばなくて、ぎりぎりだけど君たちにふっちゃおうかなって」

「あの、ひとつ……いいですか」

 彼女は少し怒りを含んだ瞳で私を見下ろす。

 さっき頭山にされたが、どうしてうちの若い者は私にそんな視線ばかり……。

「それ、無茶振りって言いませんか?」

「ああそうだ」

「……」

「まあ悪い、なんかごめん、これ私の仕事なんだけど、なんか面白いことも浮かばなくて……ほら、どうせやるなら、君たち優秀な学生会がやったほうが面白いと思わないか?」

「もう少し早くふっていただかないと」

 あ、断られるかな、と私は思う。

 ピクピクと口の端が痙攣するぐらいイラついているのがわかった。

「ごめん、頼む」

 私は両手を合わせて拝んだ。

 神様仏様副学生長様である。

「……わかりました」

「え、いいの? お……あ、ありがとう」

 私は調子に乗って立ち上がると、椅子の後ろに棚から書類をゴソゴソと探し出した。

 ついで、ついで。

「あ、と、これとこれも、集めておいてくれ」

 A4の封筒に入った分厚い書類を二部渡す。

 学生に対するなんとかアンケートというやつ。

 彼女は案の定、封筒の外にある提出期限日を見て訝しげな視線を向けてくる。

 痛い。

 めっちゃ刺さってる。

「……期限、今週中って」

「ごめん、忘れていた」

「……」

 書類を持つ手が震えている。

「あの、もう一ついいですか」

「うん」

「私が今日来なければどうしていたんですか?」

「ここに通りかかった学生に、渡しといてってお願いするかな」

「……」

 彼女は口がわなわな動いている。

 ……あ、今日はここまでかな。

 この子は本当に短気。

 とりあえず、その限界点まで仕事を持って帰らせるようにしている。

 もう少し気が長ければ、ここまで気も使わないんだけど。

「このっ! ダメ指導官っ!」

 それは重々重々、合点承知の助である。

「おうよ」

「ダメ人間!」

 怒鳴る長崎は黒ぶち眼鏡をクイッと持ち上げる。

 真面目な顔してまあ怒ると怖い。

 そしてクルリと回ると、制服の上からもしっかりわかるくらいの大きい胸が揺れた。

 さすがに、そこを見ると犯罪――気持ち的に――になるので、目を逸らす。

「副学生長長崎ユキは、学生会指導官に要件終わり、帰りますっ!」

 ちゃんと決められた退席の要領をこなし、彼女はズカズカと音を立てて出て行った。

 やれやれ、真面目な学生を相手するのは面倒くさい。

 もう少し気楽にやればいいのに。

 ふと私は頭山を見る。

 ……うわ、こわっ。

「本当にダメな人ですね、副長」

 蔑みを通り越して呆れた眼差しを私に向ける彼。

 だから、先輩にそういう顔向けたらだめだって。

 ……そう思ったが私は言葉にはださない。

 言えば言うだけ反撃されるのは目に見えていた。 

 まあ、彼も学生の前で言わないだけ、色々と遠慮してくれていると思う。

 一応そういう気遣いができる男なのだ、頭山は。


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