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占い師

 灯夜は結局、一睡も出来ずに朝を迎えた。

 寝不足時に起こる独特の頭痛とだるさを覚えながら、ほぼ無意識に近い状態で、荷支度を整え学園に向かう。この時ばかりは、日頃の習慣に感謝した。

 今日も社とは会うことなく、教室にたどり着いた。正直なところ、今は誰とも話をしたくなかっただけに、有難かった。

 席に着くと隣に目をやる。昨日と同じように空席である。なんとなく、今日も来ない気がしていた。案の定、静流が教室に姿を現すことはなかった。

 そして、今日はもう一人欠席したものがいた。名前は蒼崎ゆかり。数少ないエリートグループの一人である。

 二人の欠席の理由は風邪、ということになっているが、灯夜はすぐにこれが嘘だと悟った。昨日は、理由が分からなかったのに、今朝になって、それが、分かるのを不自然に感じたからである。嘘だと分かったからといって、特に何が変わるわけでもない。所詮は他人事。時が経てば、どうにかなると思っていた。この時までは。

 その日は本当に何の変化もなく過ぎていった。

 だが、その翌日から少しずつ変化が表れ始める。その日に一人、次の日にまた一人と欠席者が増えていった。そんなどこかの怪談話のように一人ずつ、学園に来なくなり、五日が経った。

 静流を含めると六人の生徒が、立て続けに教室からいなくなった。連続でこれほどの生徒が、休んだことは今だかつてない。しかも、欠席しているのは、エリートグループ全員と静流。そして、欠席の理由が全員揃って風邪。インフルエンザが、流行っているわけでもないのに、こんな事態になるなど有り得ないことだ。明らかに、何か意図的なものがある。他のクラスでは、何かの事件だと騒ぎ立てる者もいた。だが、灯夜のクラスでは誰一人、そんなことは気にも留めない。他人の心配をするような人間は、いないためである。

 心配をするどころか、邪魔者がいなくなったのをいいことに、今まで抑えられていた者たちが、好き勝手やり始めた。あくまで表立ったことはぜず、裏でこの世界の支配者だと言わんばかりに、振舞っている。どこかが、無理やり歪められているようだった。

 灯夜は、そんな連中のことは気にしなかった。自分には、関係のないことだから。ただ、この不可解な出来事が、なぜか気になって頭から離れてくれない。

 その日の帰り、考え事をしていたせいか、気が付くと見知らぬ道を歩いていた。引き返そうかとも考えたが、どう来たかも覚えていない。結局、灯夜は進むことにした。

 人気のない道は、両側に住宅が軒を連ね、いくつかのわき道は暗く、裏道のようだった。どこにでもありそうな、その道は歩いていて退屈なものだ。

 しばらくの間、歩いていたが一向に大通りに出ない。他に道はないかと、辺りを見回してみると、わき道に人影を見つけた。灯夜はその人影に向かって歩き始める。道を尋ねるつもりだった。歩いていくと、すぐに距離は縮まり、その人物の前に立った。

その人物は、傘もささず、テーブルの前に座っている。テーブルには、赤いテーブルクロスがひいていて、その中心には、ハンドボールほどの丸い水晶が置かれていた。服装は黒い魔術師の着るようなコートを羽織り、フードで顔が隠されている。外見からは、男女の区別がつかな かった。見た限りでは、占い師かなにからしい。

 あからさまに怪しかったが、灯夜は気にせず、話しかける。

 「あの……」

 「占ってほしいのかい?」

 老人特有のしゃがれ声だ。声から察するに、老婆のようだった。

 「いえ、占って欲しい訳じゃありません」

 「遠慮しなさんな。占ってあげるよ。もちろんお代はいらない」

 「結構です」

 灯夜は先ほどより、強く否定した。

 だが、そんな言葉は老婆には通用しなかった。

 「久しぶりの客なんでね。付き合っておくれよ」

 いかにも嬉しそうに話してくるが、言葉には一切感情が込められていない。まるで演技でもしているかのようだった。

 灯夜は、これ以上は無駄だと判断し、来た道を戻ろうとした。しかし、老婆に腕を掴まれ、歩みを止められる。老婆を睨みつける。その顔は、未だフードに隠され見えない。睨めば、意思が伝わるかとも思ったが、それも叶わなかった。首を一度振ると、腕に力を入れ、手を振りほどく。あっさり、掴んでいた手が離れると、灯夜は再び歩き始める。

 そんな灯夜に老婆は、不意に笑い始めた。くっくと喉を鳴らしたような笑い声は、ひどく不気味なものだった。

 「あんたのことを、教えてやろうと思ったのにねぇ。残念だよ」

 その言葉に灯夜は、不覚にも歩みを止めてしまった。

 それを見た老婆は、嬉しそうに笑う。

 「気になるんなら、聞いていけばいい。無駄には、ならないはずさ」

 確かにその通りだった。自分にとって無駄になることはない。多少、乗せられているような気もしたが、灯夜は話を聞くことにした。

 老婆の前に立つと、無言で待つ。

 「そうそう、それでいいのさ。あんたは、ここで占ってもらう運命なんだからね。運命を変えることなど、出来ないのだからね」

 説教のような前置きが終わると、灯夜を足のつま先から、頭のてっぺんまで舐めるように見始めた。値踏みをされているようで、不快だ。そうして、一通り見ると、今度は胸の辺りを注視してくる。自分を見透かされている感覚に陥るが、耐える。

 しばらくすると、老婆は視線をテーブルの上に戻した。どうやら、占いは終わったらしい。

 「あんたのことは、よくわかったよ」

 「じゃあ、早く教えて下さい」

 「せっかちだねぇ。若いからかい?」

 老婆の言葉を無視し、フードで顔は見えないが、催促の視線を送る。雰囲気で感じ取ったのか、老婆は話し始めた

 「あんたの魂は思った通り、実にすばらしい。こんなものは見たことがない」

 「魂?」

 「魂は『力』の根源のことさ。魂には様々な形、大きさ、色などがある。誰一人、同じ形や色などを持つことがない。同一の魂なんて、ありはしないからねぇ。そして、その魂の大きさや色などによって、使える『力』も変わってくるのさ」

 老婆は灯夜が黙っているのを確認すると、その先を話しだした。

 「あんたの魂は深遠で真っ白。何色にでも染まる。そして、限りなく真円だね。無限に広がる宇宙を連想させるよ。間違いなく、あんたは強大な『力』を持ってる。凄まじいほどの『力』をねぇ」

 話している老婆の口元は笑みに歪んでいる。実に愉快そうだった。

 灯夜は老婆の言葉に喜びを覚えるよりも、かつての呼び名を思い出し、吐き気がした。

そんな灯夜に追い討ちをかけるかの如く、言い放つ。

 「あまりに強い『力』は、周りに様々な影響を及ぼす。例えば、大切な人を殺してしまったりねぇ。俗に言う、呪いみたいなものさ。無意識のうちに不幸を呼び寄せたりもする。まあ、あんたには関係のない話か。くっく」

 灯夜は一瞬目の前が真っ暗になった。忘れようとしていたことが、一気に蘇る。それと同時に激しい怒りを覚えた。ギリ、と奥歯を噛み締めて、破壊衝動を抑える。ぎりぎりのところで、なんとか踏み止まることができた。これ以上、話を聞くことは不可能だった。灯夜は誰にも会わないよう来た道とは、逆にわき道の奥へと歩き始めた。

 老婆は、引き止めることはなかった。

 代わりに、

 「あんたはもう一人の自分と会う。自分の影との対面さ。そして、試練はもう始まってる。せいぜい生き残っておくれ」

 一呼吸置いて、

 「待ちわびた時が来た。そう、始まりの時がねぇ」

老婆は狂ったように笑っていた。だが、その笑った顔は見えない。最後までこの老婆の顔は見ることができなかった。

 灯夜には、老婆の声が届いていない。一人、闇の中に消えていく。その後姿は、普段の灯夜からは想像できないものだった。


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