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静流は後悔していた。灯夜を殺そうとした自分が怖かった。あの時は異様に気分が開放的になっていた。普段ならしないこともしていた気がする。どうして、そうなったかは分からない。いや、分かりたくもなかった。一人、恐怖に駆られていると、雫がどこからともなく現れる。
「どうしたの?そんな顔して」
涼しい顔で、そんなことを言う。
「月代君がここに来たの。それで、話をしたわ」
「そう。どんな話をしたの」
「色々なことを話したわ。ここにいて欲しいとも言った」
どうして、灯夜にそんなことを思ったのかは、分からない。ただ、一緒にいて欲しかった。
雫は頷きながら、話を聞いている。その先を促しているようでもあった。
「でも、月代君は拒絶した。この世界にいてはだめだって。そう言われたら、急に頭に血が上って、かっとなって……私、月代君を殺そうとしたの」
静流の顔は青ざめている。肩も少し震えていた。
雫は震える静流を優しく抱きしめた。
「大丈夫。静流は悪くないわ。それは、しょうがないことだったのよ。それに、きっと彼―灯夜―も突然のことで、そう言っただけ。本当はあなたと一緒にいたいはずよ。だから、安心して」
そう言って微笑む雫は聖母のようだった。
静流の震えも徐々におさまっていく。
「そうだ。もう一度、灯夜をこちらに呼びましょう」
「でも、それは……。それにそんなことできるの?」
雫は思案した。同じ手が、通用するような相手ではない。なら、こちらから出向くのではなく、向こうから出向いてもらえばいい。一瞬で、策を練る。雫はいい手を思いついてしまった。
「できるわ。そのためには準備が必要ね」
「いったい、どんなこと?」
興味本位で訊いてしまった。静流は雫の前では、なんでも話してしまう傾向がある。
雫は静流の質問に、邪悪な笑みを浮かべる。
「私たちをいじめたあの人たちを、この世界に連れてくるの」
「え?でも、そんなことして、なんの意味があるの?月代君とは関係ないじゃない」
「いえ、きっと灯夜は来るわ」
雫には揺るぎない自信があった。
「それに、彼女たちを苦しめてあげないとね。静流をいじめた罰として」
「それはだめよ。流石にそこまでは……」
雫は微笑んで、首を振った。
「静流だって、嫌な思いをしたでしょ?本当は少しくらい仕返ししたい、そう思ってるはずよ。私には分かるわ」
「それは……そうだけど」
「なら、問題ないわ。大丈夫。あなたには、私がついてる。どんなことがあっても、あなただけは裏切らないわ」
その真摯な瞳に見つめられ、言い返すことができない。多少の恨みもあったせいでもある。静流も自分が、どんな目に遭っていたのかを教えたかった。静流は自らの意思で、雫の提案を受け入れた。これから先に待つ、苦悩を知らず。
その後の段取りは驚くほど早く進んだ。自分をいじめていた生徒を、罪が重い順に一人ずつ、鏡の世界に連れ込む。そして、静流が味わった苦痛を教えていく。というシンプルなものだった。
静流は少し懲らしめて、反省してくれれば、それで元の世界に返すつもりだった。必要以上に苦しめるつもりは毛頭ない。
手筈が整うと、あとは実行に移すだけである。目的の人物が一人になるのを待って、雫が鏡の世界に連れ込み、閉じ込める。やってみると本当に簡単にできた。その作業は全て雫がやった。静流には上手く『力』使うことが、できなかったからだ。その後のことも雫が、一人でやってくれた。静流は完全に見ているだけの傍観者になったのである。
今日、この世界に連れてきたのは、蒼崎ゆかり。自分を最もひどくいじめた相手だ。閉じ込められたゆかりの映像が、目の前に映し出される。ひどく怯えているようだ。
部屋の中は暗闇に包まれていて、ゆかりには、なにも見えないらしかった。静流はその映像を見て、戦慄した。ここまでの仕打ちをするつもりはなかったのである。
「これは、いくらなんでもやり過ぎよ。今すぐやめて」
「なにを言ってるの。これは静流もやられたことなのよ?」
静流は黙ってしまう。
「静流は優しいから、そう思ってしまうのね。あなたが心を痛めることはないわ。私に任せて。嫌なことは私が受け持ってあげるから」
静流は悩んだ。自分が望んだことで、また人を傷付けてしまった。もう、後戻りはできない。そんな恐怖に駆られる。
暗い顔をしていると、雫がまた微笑んでくれる。そして、目の前の映像を消してくれた。救われた気分になった。
今日一日だけ、そう決めて、ゆかりを閉じ込めておくことにした。目を瞑ると、ゆかりの顔が浮かぶ。胸が締め付けられた。静流は仕方ないと自分に言い聞かせた。
結局、静流はその日、眠ることができなかった。
遅くなってすいません!続きの静流の話です。