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神凪

 静流は一人教室に立ち尽くしていた。周りには人の気配はおろか、生命の息吹すら感じられない。まるで、世界にたった一人取り残された気分だった。

 こんなことになったのは、一時間ほど前まで遡る。

 静流の気持ちは沈んでいた。今、自分がいる世界に嫌気がさしている。そんなこともあり、今朝は灯夜に対して、少し冷たい態度をとってしまった。

 今は疎遠になってしまっているが、昔はよく遊んだものだ。できれば、また昔のような関係になりたい、と心のどこかで願っている自分がいる。だが、今の静流にはそんなことを気付く余裕はない。

 放課後を迎えても一人になりたいと、用もないのに学園に残り、当てもなく歩いていた。静流が、こんな気持ちになるのも仕方のないことだった。この学園は、静流がいるには少し穢れ過ぎていたのだ。

 巫女の血を強く引き継いだ静流にとって、穢れは人より良く見えてしまう。それは苦痛以外の何ものでもなかった。ただ、耐えられない、というほどではない。できれば取り除きたいが、できなければ、それで構わなかった。

 静流が沈んでいる理由は他にもある。それは、人間関係である。これは静流を大きく苦しめた。

 友を作ることに抵抗はなく、むしろ欲しいと思うくらいだった。ただ、世の中には、いい友ばかりがいるわけではない。静流は、たまたまいい友に巡り合うことができなかったのである。

 一年の終わり頃、『力』を持ったエリートとされる集団から声がかかった。最初のうちは行動を共にしていたものの、すぐに離れた。やはり彼らも穢れていたからだ。

 その後も関係は続いたが、上辺だけのもので、友というにはほど遠く、クラスメート、もしくは知り合いといった程度のものだった。

 そんな静流の態度を良く思わない人間もいるらしく、色々と嫌がらせを受けていた。人という生き物は、自分とは違うものをひどく嫌う。その結果がこれだった。抵抗はしてみたものの、かえって逆効果だった。それからは、抵抗することすら億劫になり始めた。

 そうなってからは、堕ちていくのは簡単だった。なにもかもが嫌になりつつある。そんな憂鬱な日々を今でも送っている。

 気晴らしにと、今日は、放課後の校舎を一人歩いていた。特になにかを見るわけではなく、ただ歩いているだけである。歩いているといつの間にか教室に戻っていた。

 外を眺めると空は雲に覆われ、今にも泣き出しそうである。窓に映った自分を見てため息をもらした。

 (随分な顔ね)

 急に掛けられた声に驚き、周囲を見渡す。だが、誰かいる様子はない。

 (ふふ、かわいいのね)

 再び声がした。声が頭の中に直接響いてくる。そのことに気付き、また驚く。

 (どういうこと。どうして、頭の中に直接声が聞こえるの)

 口に出したつもりはないが、相手は返事を返してくる。

 (簡単なこと。私はあなた。そう、目の前にいるあなたが私よ)

 混乱している頭を冷まし、窓を見る。そこには、無邪気な笑みを浮かべた自分がいた。

 声が出なかった。そんな静流の様子を見た彼女は、ゆっくり、優しい声で言う。

 (怖がらなくても大丈夫。私が、あなたを傷付けることはないわ。ただ、あなたの望みを叶えてあげる)

 (……望み?どういうこと)

 望みという甘い言葉になぜか心が揺れる。

 (望みは望みよ。私はあなたの望みを叶えるために会いに来た。もちろん、ただでね。なにかを奪ったりすることは、決してないわ)

 (……望みなんて無いわ)

 嘘をついた。望みを言うのが怖かったのかもしれない。

 (嘘ね。私には分かるもの。こんな辛い思いを終わらせるためにも、望みを言って)

 その言葉には不思議な力がこもっている。言ってはいけないと分かっていても、止めることはできなかった。

 (……私は誰もいない世界で暮らしたい。今みたいな生活にはもうたくさん。お願い!私の願いを叶えて)

 (分かったわ。叶えてあげましょう。その願い。それともう一つの願いもね)

 (えっ)

 窓の中から手が伸びてきて、腕を掴まれる。もう一つの願いは、何か聞く前に静流は窓の中に飲み込まれていった。

 突然のことに驚き、閉じていた目を開けると、変わらぬ風景がそこに広がっていた。

 (さっきの夢だったのね)

 「いえ、夢じゃないわ」

 振り向くと自分が立っていた。

 「初めまして……になるのかな。願いは叶えたわ。それと、さっき言った通り、私はあなた。簡単にいうとあなたが表なら、私は裏。そんなところね」

 いたずらっ子のような表情を見せた。

 彼女の言っていることは、普段なら信じられないことであったが、今は信じられる。上手く表現できないが、彼女とは魂が繋がっている、そんな風に感じることができた。

 静流は彼女の言葉に頷く。

 「分かったわ。あなたの言葉を信じる」

 「ありがと」

 「それよりここは学園なの?」

 「ええ、そうよ。ただ、向こうの世界と違って、私たち二人の他はだれもいないけどね」

 言われて確かにそうだと思った。

 「でも、安心して。食料とかには困らないわ。目を瞑って、なにか食べ物を思い浮かべて」

 言われた通りにする。試しに、今日の昼に食べたパンを思い浮かべてみる。

 目を開けてみると、目の前にイメージしたパンが出現していた。

 「どうしてこんなことが?」

 「この世界では想う『力』しか使うことができないの。それに反することができるのは、彼くらいなものね」

 「彼って?」

 「あなたも良く知ってる人よ」

 彼が、誰かは分からなかったが、いずれ分かる気がした。

 「それより、あなたに名前はないの?」

 「私の名前は神凪静流よ」

 「それは分かってる。名前が同じだと、呼びづらいわね。……雫っていうのはどう?私の名前を決めるのに、最後まで残った候補の名前よ」

 「いいわ。気に入った。今から私は神凪雫。改めてよろしくね」

 静流は雫に対して、好感を持った。自分にはないものを感じたからだ。

 「……静流。少しここで待っててくれるかしら」

 「別にいいけど、どうしたの?」

 「静流のもう一つの望み叶えてあげるわ」

 突然の言葉に疑問を覚えたが、それも一瞬のこと。雫の目を見ていると、頭がぼんやりとしてくる。

 「それじゃ、私は行くわ。大丈夫。その頭のもやが取れれば、凄くすっきりして開放的になるから」

 それだけ言い残すと微笑し、消えていった。

 雫は彼をこの世界に引きずり込むつもりだった。そこで、今の静流と鉢合わせるつもりでいた。今の静流は、感情の制御ができないようにしてある。二人の出会いがどんなものになるか、見ものだ。

 静流は一人教室に立ち尽くす。彼と出会うため、そこで待つしかなかった。

 そして、現在に至る。


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