法則―疑惑―決意
執筆が遅れてすいません!所用で遅れていました!続きですが、どうぞごゆっくり楽しんで下さい。
進む、というよりは、さまようという方が正しかった。先頭にいる灯夜もどこに向かえばいいのか分からず、ひたすらに足を動かしているだ。そんなことをしても道が切り開ける訳もなく、疲労し、休憩をとった時のことだった。
犬神が口を開いた。
「なあ、僕たちはどこに向かってるんだ?」
答えは返ってこない。それはここにいる全員が知りたいことだった。
「おい、月代。お前が知ってるんじゃないのか?」
「……分からない」
「分からないって、どういうことだよ。お前が目的地を決めてるんじゃなかったのか?僕たちをこんなに連れまわしといて!」
立ち上がり、苛立った声で言った。
「……」
「本当に分からないのか?使えない奴だな」
それだけ吐き捨てて座り込んだ。
灯夜はこの世界のことを考えていた。世界が存在するということは、必ずなにかしらの法則、もしくは規則があるはず。それを見つけ出すことができれば、この状況を打開することができる。そうするためには、法則か規則を見つけ出さなければならなかった。
ここに来てからのことを思い出す。今までの出来事の中に規則や法則が存在しているのは、ほぼ間違いないことだ。様々な疑問はあるが、灯夜が一番気になっていることは、人数が増える度、目的地への到着が困難になっていくことだった。
一人の時はすんなり着くことができたのに対し、二人、三人と増えていくうちに、障害が増えていった。例外として、灯夜、夕子、円の三人でいた時に、家庭科室に行けたことが挙げられる。あの時はなんの障害もなく簡単に着いた上、タオルや制服まであった。少し都合が良過ぎた。はっきり怪しいと言えるのは、そこしかなかった。
灯夜はその時のことを詳細に思い出そうとする。
確か、校舎に辿り着いたまではよかったが、全員ずぶ濡れになっていた。濡れた体を拭こうとタオルを欲していた。灯夜も言葉には出さなかったものの、体に纏わりつく湿気が不快でタオル、それに着替えが欲しかった。あの場にいた三人はそう思っていたに違いない。
円がそれを実行に移し、家庭科室を目指すことになる。あっさり家庭科室に辿り着くと、そこで、タオルや制服まで見付けることができた。
そこまで考えて、あることを思いつく。
(まさか、そんなはずはない。……でも、もし、そうなら全ての辻褄が合う。試してみる価値はありそうだ)
灯夜は立ち上がり、すぐそばにある教室に入った。
ロッカーの前に立つと、目を閉じ、あるものを強く思い浮かべる。それが終わるとロッカーを開けた。
(やっぱり)
ロッカーの中にあったのは木製の置時計だった。この時計は灯夜の家の居間に置かれているもので、学園にはあるはずのないものである。
あの時、あの場にタオルや制服があったのは偶然でもなんでもない。自分たちがそう望んだから、そうなったのである。つまり、この鏡の世界では、自らの『力』を使うことはできないが、その代わりとして、自らの望みや想いが『力』となる。そして、その『力』は強く、一つでなくてはならない。そうでなければ、この鏡の世界では、自分の思う通りに行動できないのである。人数が増える度、見当違いの場所に着いていたのも、これに当てはめれば納得がいく。
灯夜が一人の時は、自分が決めた場所と人物を思い浮かべて進んでいたから、迷うことなく辿り着くことができた。
しかし、人数が増えると様々な思考―想い―が交わり、一つにならなかったことで、行き先が定まらなかった。その結果として、迷うことになった。ただ、人数が増えたとしても、そこにいる人間が同じ想いを持てば、迷うことなく、正しい道を進むことが可能になる。そのことは過去の出来事から分かったことだ。
行き先を教えていなかったり、他のことに気を取られている時は、上手く進むことができなかった。だが、目的地に行くことに集中し、想いを同じにした後はすぐに進むことができた。この出来事こそ、この灯夜の考えが正しいことを証明している。
灯夜は自分の考えが間違っていないことを確信し、廊下に出た。
突然灯夜が立ち上がった。視線が集まるが気にした風もなく、歩き出す。
「ちょっと、月代君!どこ行くの!」
「おい、月代。どうしたんだ。待てって!」
夕子と円の制止の声も聞かず、灯夜はどこかの教室に消えていった。
後を追うものはいない。また閉じ込められるのではないか、そんな不安が彼女たちを動けなくしていた。
「どうしたんだろ。月代君」
「さあね。でも、少しすれば戻ってくるって」
心配そうに教室を見ている夕子に円は言った。
「それもそうだね」
立ち上げかけた体を戻し、座る。
「本当にそうかな」
犬神がぽつりとそんなことを言った。
「だって、あいつ最初からここにいたんだろ?怪しいよ。僕は信用できないな」
「……確かにそうですね。神凪さんを探しているようですし、もしかしたら、神凪さんと繋がっているのかもしれません」
「そうね。あいつ、私たちみたいに閉じ込められてなかったみたいだし……」
三人の言うことはいちいち最もだった。その可能性がないと、言い切ることができない。
それは分かっていても、夕子は反論せずにはいられなかった。
「そんなことないよ。だって、月代君は私たちを助けてくれたじゃない」
「確かにそれはそうだけど、もし、それが演技だったら?」
犬神の目は真剣そのものだった。
彼らが疑り深いのは、元からという訳ではない。家の環境が、彼らをこれほどまでに疑り深い人物にしてしまったのである。親の命により、早くから大人の世界を見てきたことが原因となっていた。
「それはないと思う。私と夕子は本当に助けられてるから。あんたたち、三人に会う前に一度ね。あの時、月代がいなかったら、私たちはガスで爆発して、死んでたかもしれないだ。それに、早苗だって水飲もうとした時、止められてたじゃないか。あれも月代が助けてくれたんだしさ」
円の言葉に黙り込む。
「とにかく、私は月代を信じる」
「うん。私も信じるよ」
円と夕子はすっかり灯夜の味方になっていた。
そうこうしている間に、灯夜が教室から出てきた。
静流は肩を揺すられ、浅い眠りから目を覚ました。相変わらず、頭が重かった。視界がぼやける。
「起こしてごめんなさい。でも、見て欲しかったの」
そう言って、再び映像が映される。灯夜を除いた五人の生徒が、集まっているのが見える。おそらく、夕子たちだろうと思った。
はっきりと、何をしているのかは分からなかったが、話をしていることは分かった。
何やら、もめているようだ。灯夜を信じるとか信じないとか。そんな話が聞こえてくる。そして、それに合わせるように雫が言ってきた。
雫はある決心をしていたのである。それを実行に移そうとしていた。
「静流。あの人たちは、まだあんなことを言っているわ。灯夜があれだけ助けてくれたにも関わらずね。そんな彼らを信用できる?……いえ、信用できないわ。静流が元の世界に帰ったら、またいじめられるかもしれない。それは嫌でしょ?」
回らない頭で考え、頷いた。
「なら、私と一緒にここにいましょ。もうじき灯夜も来るわ」
「……それはだめ。私、ここで月代君やみんなを見て思ったの。ここにいちゃいけないって。それに、月代君は、本気で私のことを連れて帰ろうとしてくれてる。その想いに答えられないのは辛いわ」
「何を言ってるの。そんなことだめよ」
「ごめんね。雫。でも、私の気持ちは変わらないわ。……この世界もいいかもしれない。それでもやっぱり、私は向こうの住人なの。そう思うと、あっちの世界も悪くない。そう思えるのよ」
静流の意思は強かった。変わりそうもない。
その願い、叶えてあげなければならない。分かっていても、それができなかった。消えたくなかった。
「……そんなの許せない。私だけ消えるなんて。もっと、静流と灯夜とみんなと話したい。それができないなんて嫌……」
溢れ出した感情は止めることができなかった。
「大丈夫。私たちなら、上手くやっていける。余計なものは、私が取り除いてあげるから。だから、ここに残って」
雫の瞳から怪しげな光が放たれる。
また、頭がぼやけてきた。考えが上手くまとまらない。
「……静流。あなたは私とここにいたい。邪魔なものは一緒に取り除いていく。そうよね?」
「……」
静流の意識は暗い海の底に沈んでいく。その中で、雫は自分にとっての影―抑えられた感情―だと理解した。
瞳に映る光は徐々に輝きを失っていった。
後悔するにも全てが遅すぎた。後は終極に向けて、ひたすら進むしかない。
雫は満足そうに笑っている。ただ、手は小刻みに震え、頬には一滴の涙がつたっていた。