理由
円と夕子は頷き合うと、話し始めた。
そこで、灯夜の意識も二人に向けられる。
「あのね、月代君。私たち隠してたけど、神凪さんのこといじめてたの」
苦々しげに言った。
灯夜は別段、驚きもしなかった。有り得ない話でもなかったからだ。円や夕子は別として、ここにいる全員、排他的な人間だからだ。
「それともう一つ。黙ってたけど、神凪さんが、私をここに連れてきたの。きっと、みんなもそうだと思う」
一度、全員の顔を見回してから続ける。
「私は何度も神凪さんのことを無視して、一度だけトイレに閉じ込めたことがあるの。嫌だって思った。けど、やらなきゃ、今度は私がいじめられるかもしれない、そう思ったら、自然と体が動いた。そうは言っても、やったのは私。悪いのは私だって分かってた。でも、神凪さんに謝るどころか、そのまま無視し続けちゃったの」
目には涙を浮かべている。それでも、やめようとしない。
「月代君には言ってなかったけど、私、こっちに引き込まれた後にも神凪さんに会ってるの」
思わず問い質したくなるのを抑え、話の続きを待った。
「こっちに来てからすぐに、神凪さんは私の前に現れた。神凪さんは、私のしたことを怒ってた。辛かったって。だから、あなたにも同じ思いをさせてあげる、そう言って私の前から消えた。それから、私はあそこから出れずに泣いてたの」
最後のほうは、切れ切れになりながらも話していた。耐え切れなかったのか、涙も流している。
円はそっと背中を撫でていた。
大丈夫、と言うと、円は撫でるのをやめ、こちらを向いた。
「次は私だね。私も同じで、無視はしてた。普段なら助けに行ってるところも、神凪は助けなかった。それどころか、あいつに怒鳴り散らしたこともある。あいつってさ、なにやっても怒らないんだ。なに言われても、平然として、やられるがまま、って感じなのかな。そこが凄くむかついて、色々言ったり、突き飛ばしたりした。今思うと、本当に情けないけどね」
無理に笑って見せようとするが、上手くいかなかった。
「……その報いなんだろうね。こんなところに連れ込まれて、あんなもの見せられたのはさ。私も夕子と同じで、神凪には、すぐ会ったんだ。動揺してて、なんなんだ、ここは、って怒鳴ったりしてた。そしたら、神凪の奴が私を睨んで、こう言ったんだ。あなたのしてきたことが、どんなことか教えてあげる、ってね。元々、いじめとか好きじゃない私にとって、自分が神凪にしてきたことを見せられるのは苦痛だった。それが何度もだと、特にね」
円は少しの間俯いていたが、やがて顔を上げて言った。
「今度会った時は、ちゃんと謝るよ。もう、しないってね」
円の表情は明るかった。
こういうところが、英子を始めとし、周りの人間から慕われる要因なのだろう。
夕子に続き、円も言うべきことを言ったが、他の三人はまだ戸惑っていた。灯夜はなにも言わない。このことに関しては、黙っているつもりだった。
痺れを切らした円が、話すよう促した。
「今更隠したって、しょうがないだろ。私たち全員に罪があるんだ」
円の言葉に渋々といった風に早苗が口を開く。
「……私はあいつに怪我させようとしたわ。どうしても許せなかった。あの顔。私の好きな人が、あいつのこと褒めて、なんだか盗られそうな気がした。そしたら、あいつが憎くなって、何度も嫌がらせをしたわ。……でも、それも効果がないから、今度は怪我をさせようと思ったの。それも顔に。何度もやったけど、結界に守られたり、かわされたりで、失敗に終わった。悔しくて、今度こそは、って思ったわ。だから、私は化学室にあった薬品を使った。神凪の死角だったからかは分からないけど、その時は、かわしきれなかったの。制服や腕なんかに浴びてたけど、顔には当たらなかった。その上、火傷した腕にもあとは残らなかった」
いつの間にか、全員が真剣に早苗の話を聞いていた。
「少し経ってから、神凪が学園を休み始めて、ほっとした。でも、そんな日は、長く続かなかった。保険室にいたら、いきなり鏡の中に引きずり込まれて、気がついたら、閉じ込められてた。そしたら、次は神凪が現れて、あなたの自慢の顔をもっと綺麗にしてあげる、そう言って、笑いながら消えていったわ。……その後、目の前に自分の顔が写し出されて、それがどんどん醜くなっていったの。火傷もあった。顔にコンプレックスがある私にとっては地獄だったわ」
膝を抱き、体を震わせていた。微かにおえつが漏れている。夕子がすぐに駆け寄って、その身を抱きしめていた。
灯夜は隣に座っている犬神を、蔑むような目で見ていた。
居心地が悪いのか、目を合わせようとしない。しかし、注がれる視線に負けたらしく、犬神も話し出した。
「……僕は神凪さんに付き合いを申し込んだだけで、なにも悪くない。それ以上はなにもないぞ!」
「それは分かった。でも、判断するのは私たちじゃない。神凪だ。だから、詳しく話してみなよ」
円からの突っ込みが入る。
迷うそぶりを見せたが、やがて話し始めた。
「彼女のことは、入学してすぐに知った。凄い美人がいる、そう聞いたんだ。一年の頃は、なかなか会う機会がなかったけど、二年になってから、クラスが一緒になって、話す機会ができた。噂通りの美人だったよ。僕は彼女を何度もデートに誘ったけど、いつも断られた。正直、僕のプライドは傷付いたよ。この僕がこんなに頼んでるのに、断るなんてね。でも、その時の僕は、僕と一緒にいることに照れて、素直になれないんじゃないかと思ったんだ」
話している犬神は、自分がナルシストということに気付く様子もなかった。
「だから、彼女が恥ずかしがらないように放課後の図書室に呼び出したんだ。あそこの奥の部屋は、人がほとんどいないからね。そこなら、僕と二人きりでも人目がないし、素直になってくれると思った。だから、もう一度、デートに誘ったんだ。今度は上手くいくと思ったけど、上手くいかなかった。僕は怒って、問い質した。そしたら、僕には興味がないから、なんて言い出したんだ。かっとなって、腕を掴んで無理やりキスをしようとした。そうすれば、嫌でも僕のことを気にするようになると思ったから」
灯夜はいつの間にか、奥歯を噛み締めていた。
「それでも、拒否された。結局、逃げられて、悔しくなった僕は彼女を落としいれようとしたんだ。でも、彼女はすぐに学園を休み始めて、大したことはできなかった。まあ、正直に言うと、休んでくれたことは嬉しかったよ。気にするものがなくなったから、次の相手も探せるしね。けど、次の相手を見つけた時には、この世界に閉じ込められてた。彼女が目の前に現れた時は驚いたよ。僕には、あなたの価値を教えてあげる、そう言っていた。彼女が消えると、音楽室の中に急に人が、現れ始めたんだ。その後のことは……分かるだろ?」
犬神はその後のことを思い出したくないらしく、それきり黙り込んだ。誰も追及はしない。
犬神の話が終わると、自然と最後に残っているゆかりに視線が集まる。
「な、なんですか。私はやましいことなんてしてません!話すことなんてありません」
狼狽しているゆかりを見ることは、滅多にないことだった。
誰もなにも言わず、待っている。どれくらい経ったであろうか、ゆかりも観念したようで、ぽつぽつと話し出した。
「……私は神凪さんの存在を疎ましく思っていました」
と、ゆかりは言った。
「神凪さんの存在は、私の立場を危うくさせるものでした。家柄も良く、才色兼備。その上、『力』にまで恵まれている。全てにおいて、私を上回るものを持っていました」
自分の世界に入っているのか、先ほどまでの態度は消えている。
「最初は私たちのグループに入れて、私の引立て役にするつもりでした。でも、彼女は私の誘いを断った。それは、私の地位を危うくさせるものであり、私を侮辱するものでもありました」
ゆかりは静流に対して、嫉妬の念を抱いていたのだ。そして、その嫉妬の怒りは全て静流に向けられた。
「私は自分の地位のため、神凪さんを潰すことにしました。まずは、彼女の評判を下げるため、噂を流したりしました。それでも、彼女の評判は変わらなかった。その頃から、私を見る目が変わった気がします。あの見下すような目。あの目は本当に許せなかった。私は二度と私をそんな目で見れないよう、男たちを使って、神凪さんを襲わせたんです。そうすれば、私に逆らうことはなくなるから」
灯夜の手は握り締められていた。初めて、この相手に対して怒りを覚える。その様子に気付いた円が灯夜の肩に手を置く。怒りを吐き出すように、一つ息を漏らし、灯夜は握り締めた手から力を抜いた。
ゆかりはそのことに微塵も気付かない。
「でも、それも失敗だった。逆に男たちは返り討ちに遭いました。全く、情けない限りです。だから、私が直々に手を下すしかありませんでした。彼女を体育館倉庫に呼び出して、私に従わないなら、ここに閉じ込める。だから、私に従うようにいったんです。神凪さんは私に従わなかった。私は倉庫に鍵をして、封印の魔法をかけ、その場を後にした。一日経てば、考えも変わると思いまして」
その時の悔しさが甦ったのか、爪を噛んでいた。
「次の日、倉庫に言ってみると、神凪さんはいませんでした。教室に行ってみると、何事もなかったように平然として席に座っていました。驚きました。なぜ、抜け出せたのかと。これから、どうしようかと思案していると、突然、神凪さんは学園を休み始めました。やっと、邪魔者がいなくなって、自分の思い通りになると思ったら、いきなりこんな世界に連れ込まれ、閉じ込められました。私の前にも神凪さんが現れ、暗闇の恐ろしさを教えてあげる、とだけ言って消えていきましたわ。その後は暗闇の中、自分がいるのかすら分からず、一人怯えていました」
ゆかりの顔は青白く、泣き出しそうだった。
全員が話し終えると、再び沈黙が支配する世界となった。見渡してみるが、それぞれの顔には後悔や恐怖、反省といった色が覗いていた。どうやら、全く気にしていなかった、という訳ではないらしい。
灯夜が行こう、とだけ小さく言うと、その言葉に従った。
耳に届くのは外の雨音だけだった。