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告白

 雫は黒夜の作り出した空間から脱出すると、すぐに回復を始めた。この世界に居る限り、雫の願いは叶うのだ。

 目を閉じて念じれば、たちまち傷は治り、服も新品同様になった。

 (……灯夜、大丈夫かしら)

 後ろを振り返り、いない人物の心配をする。

 (きっと大丈夫。黒夜が灯夜を殺すはずがないもの。それよりも、今は早く静流のところに戻らないと)

 心中で呟き、静流の待つ部屋へと足を進めたのだった。



 勢いよく飛び出してきた灯夜に、全員の視線が集まる。そして、その視線はゆかりに移っていった。

 「月代君、大丈夫だった?」

 夕子が最初に声を掛けてくる。

 「扉は突然閉まるし、結構、長い間出てこなかったから心配したぞ。でもま、無事でなによりだ」

 灯夜は返事の変わりに、円にゆかりを預けた。

 そして、なにも言わずに歩き出す。ここにいたくなかった。困惑していた残りの全員も、灯夜の只ならぬ雰囲気を感じ取り、とりあえず、それに倣った。

 一つ下の階に着くと、適当なところで止まり、壁によりかかる。なにかしら言われていたが、正直、今は誰とも話す気になれなかった。

 早苗と犬神はゆかりの傍にいた。その光景に思わず、はっとする。目の前で殺されたはずの犬神が事もなげに、そこにいたからだ。

 少し考えると、すぐに答えが出た。

 おそらく、黒夜と対峙していた犬神は、黒夜が作り出した幻影のようなものだろう。あの底知れぬ『力』の持ち主なら、それすら可能な気がした。そう考えると、ここにいる犬神が、作り物である可能性は否定できないが、そこまで考えるとキリがなかった。

 思案することをやめ、頭の中を空にする。そうでもしないと、深みにはまりそうだった。

 そうして休んでいると、横から邪魔が入る。いつもの相手だった。自分を明らかに敵視している。

 「月代、お前ゆかりに、なにかしたんじゃないだろうな」

 あの時、聞いた声と全く同じ声だった。

 「……」

 「なんとか言ったらどうだ。それとも、言えないことでもしたのか」

 犬神は挑発したつもりだった。

 だが、灯夜は口を閉じ、目すら合わそうとしない。

 次第に犬神の機嫌は悪くなり、声に怒気が入り混じる。

 「さっきから、黙ったままで、いい加減にしろ!何様のつもりだ!」

 声を聞けば、聞くほど、戦いのことを思い出す。吐き気がした。心の中にあの蒼い火が見えた。その火は徐々に大きくなり、激しさを増していく。大きな炎となった火は、生き物に見えなくはない。

 「まだしゃべらないつもりか!この落ち―」

 「黙れ」

 その先は言わせなかった。睨み付けた目は、黒夜と同じ冷たい目をしていた。

 その一言で、犬神は喉を絞め付けられるような圧迫感に襲われ、言葉が続かない。

 この世界に来る前と比べると、今の灯夜はまるで別人だった。その姿は黒夜にそっくりである。ただ、違うことは、黒夜のように殺気立っていないことだった。代わりに灯夜には、静かく重い威圧感がある。

 誰も口に出すことはないが、このあまりの変化に犬神だけでなく、他の三人も驚いていた。

 灯夜は犬神から視線を外すし、また前を向き、目を閉じた。

 犬神は、これ以上の追求は不可能と判断すると、震える足無理やり動かし、ゆかりの傍に座り込んだ。

 それから少しして、ゆかりが目を開けた。

 最初のうちはひどく怯えて、誰とも話をしなかった。しかし、夕子たちの懸命な努力のお陰で、話せるまでになった。驚きの回復力である。

 空腹を訴えるゆかりに、最後の水と食べ物を与えると、黙々と食べた。その様子を見ていた灯夜は、不意にゆかりを助けたのは、黒夜だと思った。あの時、黒夜が助けなければ、ゆかりは一生自我を取り戻すことは、なかったと言える。

 そんな黒夜の名が、この場で出てこないのは、なぜか悲しかった。いや、本当は分かってる。あれほどのことをした相手であっても、黒夜はもう一人の自分。だから、ここに名が出てこないのことが悲しのだ。

 不思議な気分に浸っている時間は、そう長く続かない。

 「月代君。蒼崎さん、大分落ち着いたよ。これから、どうするの?」

 夕子の後ろを見ると、ゆかりは元気そうにしていた。

 横を抜け、ゆかりの前にしゃがみ込む。

 「誰ですか?この方は」

 クラスメートの顔すら覚えていないのか、そんなことを口にする。

 ゆかりに早苗が答える。

 「月代だよ。うちのクラスの」

 考える仕草を見せてから、納得したように頷く。

 「ああ、あの月代さんね。確か『力』が使えない方で、社さんと一緒にいる人ですよね?」

 「そう。その月代だよ」

 二人はどこか意地の悪い顔をしている。二人ともほんの少し前まで、死にそうになっていたとは思えなかった。人間、ここまで立ち直りが早いと、驚きを通り越して呆れる。

 「その月代さんが、私になんの用ですか?私は一刻も早く、こんな訳の分からないところ出たいんです。用件なら手短にお願いしますね」

 口の減らないとはこのことだろう。

 「……どうやってここに来たの?」

 「さあ、分かりません」

 答える気はないらしい。

 「……じゃあ、どうしてあんなところにいたの?」

 「それも分かりません。知っていたとしても、どうして、あなたに教えなければならないんですか?」

 上からものを言っているようだ。

 ゆかりが、こんな態度をとるのは、灯夜には『力』がなく、家柄も成績も良い方ではないからだ。

 それが分かっていたとしても、引き下がる訳にはいかない。どうしても訊いておくことがあった。今までも全員に訊いてきたことだ。

 「さっきまでのことは忘れて。ただ、これだけは教えて欲しい。神凪のことで、なにか知ってることあるでしょ?それを話して欲しい」

 ゆかりだけでなく、他の全員も凍りついたように固まった。息苦しいほどの緊張感が辺りに漂う。誰一人として口を開こうとしない。

 灯夜も今度ばかりは、黙っているという訳にはいかなかった。

 「なにか知ってるんでしょ?それなら、言って欲しい。言うべき義務がある。僕はそう思うんだ。話してくれなきゃ、僕たち、ここから一歩も先に進めないよ」

 それでも沈黙は続いた。一体、どれだけの時間が過ぎたのか、円がぽつりと言った。

 「……分かった。話すよ。私たちのしてきたこと、全部」

 「うん、そうだね。私も話す。それが私たちにできる、せめてもの罪滅ぼしだと思うから」

 夕子も言った。二人の目には決意が感じられる。

 「ちょっと、なにを言ってるんですか!ばかな真似はやめなさい!」

 「ゆかりの言う通りだ。こんな奴に話してなんになる!」

 ゆかりと犬神は、秘密にしていたことがばれたら、灯夜に揺すられるかもしれないと焦っていた。そんな二人を見て、早苗はオロオロするだけである。

 「だめだ。今、言っておかないと、この先きっと言えなくなる。そうしたら、またこんな世界に来ることになるかもしれないんだぞ」

 円の言葉は絶大だった。誰もこんな世界にもう一度、訪れたいとは思っていないからだ。

 それに、と夕子が付け加える。

 「一人が無理でも、みんながいるなら言えるよ。私も何度も言おうとしたけど、だめだった。でも、今なら言える。だからみんなも、ね?」

 灯夜は黒夜が、言っていたことを思い出した。

 「そいつがいないと、色々、不都合だろうからな」そう黒夜は言っていた。

 おそらく、ここにいるメンバーのうち、一人でも欠けていれば、言い出すことはなかったに違いない。そう考えると、黒夜はこうなることが分かっていた、ということになる。本当に底が知れない人物だと再認識させられたのだった。


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