決着
灯夜の考えは決まっていた。自分がとるべき行動は捨て身。
雫のように詠唱する隙を与えずに戦うという手もあるが、時間がかかりすぎる。時間がかかれば、かかる程、こちらが不利になるのは明白だった。ここは、相手の虚をつき、短期決戦でいくしかない。
距離をとった。二人はそれぞれの次の行動に出る。
黒夜は早口に詠唱すると、攻撃魔法を放った。
その術に臆することなく、灯夜は前に進む。避けることは考えない。腕を顔の前でクロスさせ突進する。いくつもの攻撃が身を削っていくが、構わず進んだ。攻撃の雨を潜り抜け、飛翔する。
何を思ったか、灯夜は大きく腕を振りかぶった。余りにも隙がある。
(灯夜、勝負を焦ったか)
空中での方向転換は、不可能だと判断した黒夜は攻撃のタイミングを図り、拳を突き出した。
(もらった!)
黒夜は心の中で叫んだ。
灯夜は黒夜の拳が届く前に、首に腕を巻きつける程の勢いで、振りかぶった腕を繰り出した。
黒夜には意図が理解できなかった。それに拳はもう止まらない。これで決まった。と、思った瞬間。
灯夜が腕を巻きつけた反動で、体が捻られ、腰が回っている。その腰につられるように出てきたのは足だった。
(!!)
黒夜が気付いた時には遅かった。
右回し蹴り。
だが、灯夜は直撃を狙っていなかった。狙いは黒夜が突き出した腕。その腕を蹴りで払う。
黒夜は体勢を崩した。
灯夜の攻撃はまだ終わっていない。右足で回し蹴りをしたことにより、灯夜は回転する。背中を見せたかと思うと、左後ろ回し蹴りが飛んできた。遠心力も加わった神速の蹴りは見事に黒夜の頬を捕らえた。
体勢を崩された黒夜はガードすることすら出来ぬまま、その一撃を食らった。
ドォン!!
吹っ飛んだ黒夜は机や椅子にぶつかり、その瓦礫の山に埋もれた。
「終わったの?」
「……いや、まだだ」
「どうして。完全に決まってたはずなのに」
「完全じゃないよ。蹴りが当たる瞬間、横に飛んで威力を軽減したからね。……そうだろ、黒夜」
そう灯夜が言うと、瓦礫の山が崩れ始める。そして、中から黒様が姿を現した。
「見抜かれてるとはな。流石は俺自身でもあるってところか」
黒夜の服は埃で汚れている。口からは一筋の血が流れていた。灯夜の攻撃のダメージだろう。
黒夜は埃を払った。
「全くやりずらいよ。灯夜が相手だとな。さっきのは本当に危なかった。ガードする暇がなかったくらいだからな」
灯夜は黒夜を睨んだまま動かない。
「そう睨むなよ。俺には、もうお前とやり合う気はないんだから」
「……どういうことだ」
「後ろ。見てみろよ」
黒夜の様子を伺いつつ、ゆっくりと振り返った。そこには灯夜が雫に渡したブレザーだけが残っている。先程までいたはずの雫が消えているのだ。
「全く抜け目のない女だよ。俺と灯夜が戦ってる最中、ずっと脱出する手はずを整えてたんだからな。俺は灯夜と戦ってるから手出しは出来ないし、空間を開くには好都合だったって訳だ」
「……」
「それに、あいつにとっては俺が勝っても、灯夜が勝っても、どっちでも良かったんだろうな。俺が勝てば、広げた空間から逃げ出せばいい。灯夜が勝ったなら、その空間で灯夜を連れて行けばいい。どちらにしても、雫にとって損はない。計算高い奴だ」
そう言って黒夜は肩を竦めた。
そして、真剣な顔つきで灯夜に問うた。
「……灯夜、お前本当にあんな奴を助けるのか?」
その目は真っ直ぐで揺ぎ無い。
「ああ、助ける。そう約束したから。それに……」
「それに、なんだ?」
「僕自身が助けたい。神凪を」
黒夜は少し驚いてから笑った。
「はは、『僕自身が助けたい』か。やっぱり変わったな、お前」
「そうかな。あまり分からないけど」
「いや、変わったさ。まあ、いいだろ。灯夜が望むなら、俺は従うだけだ」
「ごめん」
「謝ることはないだろ?従うって言っても、それも俺が決めたことだ。別に嫌々従ってるわけじゃない」
戦闘が終わったためか、二人で話しているせいか、黒夜の態度は柔らかかった。だが、最後までそうではなかった。
悲しそうに、
「……ただ、俺たちが歩んでる道が、どんなものかだけは忘れるな。普通の人間とは違う、修羅の道にいるんだって事だけはな」
黒夜はそう言った。
「……うん、分かってる」
言葉の意味を吟味してから答えた。
「ならいい。じゃあ、さっさと行って助けて来い」
黒夜はぱちんと指を鳴らした。
すると、さっきまで焦点の合っていなかったゆかりの瞳に生気が戻る。
灯夜はその事に気付き、駆け寄った。
「そいつがいないと、色々不都合だろうからな」
黒夜が後ずさると、暗闇が広がった。
「灯夜。お前がこの世界から出ることになれば、俺は消える。だが、俺とお前は二人で一つだ。その事を覚えておけ」
そう言って暗闇と同化していった。
灯夜は返事をすることもせず、眠ったままのゆかりを抱きかかえ、広がっていく暗闇の侵食から逃れた。そして、廊下に飛び出した灯夜は、素早く扉を閉ざしたのだった。