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気がかり

 午前の授業が終わり、昼休みになる。クラスメートたちは、朝と同様グループに分かれ、昼食をとっていた。

 灯夜も昼食をとるため席を立った。

 一階にある学食に向かおうと、教室を出ようとする。そこに社がやってきた。

 「学食だろ?俺も行くぜ」

 いつものことなので返事はせず、頷くだけにした。

 社は普段、母に作ってもらった弁当を持ってきているのだが、持っていないところを見ると今日は弁当がないらしい。

 学食は早くて、安くて、旨いという最強の三拍子が揃っている。そのため、昼時は常に込み合い、戦場と化す。

 席を確保するため二人は教室を出ると小走りで学食に向かった。しかし、現実はそう甘くないものである。二人が学食に着く頃にはすでに生徒によって席が埋められていた。商品が残っているかすら怪しいものである。

 「やっぱり出遅れてたか」

 「ま、しょーがねぇな。中庭で食おうぜ。俺が買ってくるから、場所とっといてくれ」

 社は無駄に明るく言った。

 灯夜は言われた通り、中庭に向かい、適当な場所を見つけると芝生の上に座った。周りにも何人かの生徒がいたが、どれも灯夜からは離れて座っている。

 しばらくすると社が両手にトレーを持ち、やって来た。

 「おまたせ」

 そう言ってトレーを渡して座る。

 「いただきます」

 社は目の前のきつねうどんを拝むようにして、手のひらを胸の前で合わせている。

 灯夜はそれを一瞥してから、自分の分であるカレーを食べ始めた。

 二人ともかなりの空腹だったので、会話もすることなく、黙々と食べていた。あっという間に食べ終えた社は、満腹間を味わった後、口を開いた。

 「今日は晴れてて、気持ちいいな〜。特にあのクラスから出た後だとさ」

 「確かに。ここは平和で空気もおいしいな」

 それを聞いた社は、吹き出して笑った。

 それからしばらくは、社が話をして灯夜が適当な返事をする、といういつものやり取りをしていた。

 予鈴が鳴ると二人とも会話を終え、食器を片付け、教室に向かう。

 午後からの授業は実技の授業で、教室に着くなり移動することとなった。

 この実技の授業は『力』をコントロールするとともに、その威力を高めていくためのもので、その内容は実に様々だった。

 例えば、精度を上げるため、座禅を組み精神力を鍛えたり、グループを組み実際に生徒同士で戦い、戦闘での知識やチームワークを高めたりしている。もちろん、この授業を受けられるのは『力』の保有者のみである。『力』がない灯夜には一番苦痛な授業であった。

 灯夜はこの授業を受けられないだけなら、特に苦痛を感じることはない。灯夜はクラスを分けることが苦痛だった。

 この学園にはごく少数だが、『力』を使えない者がいる。それらの生徒は、この実技の時間、一階にある特別教室で、『力』を目覚めさせるきっかけを探すことだけに時間を費やす。

 この隔離された特別クラスのことを『力』が無いということから、学園ではこう呼ばれている。“無力クラス”と。まさに言葉通りである。

 灯夜は人一倍『力』を欲していた。そのこともあり、この余りにもストレートな呼び方に差別を感じると同時に脱力感に囚われていた。そんな灯夜のことを知っているのか、社はいつもあっちは暇だから、という理由で授業をサボって、彼の元にやってくる。

 「よう」

 今日も変わらず、社はやって来た。

 このクラスには、授業が始まる時と終わる時以外、教師は現れないため、堂々とサボることが出来るのだ。

 灯夜は授業をサボって、来てくれる社には少なからず感謝していた。ただ、そのことを口に出したことも、顔に出したこともない。

 窓の外を見ると、生徒たちが射的場で的に向かって『力』を放出していた。どうやら今日は、精度を上げるための授業らしい。

 灯夜がそんな様子を見ていると、社がおもむろに窓を開け放った。

 何をするのか分からなかったが、しばらく黙って見ていることにする。社はこちらに向かって意味ありげな笑みを浮かべ、射的場を指差した。

 「今から、おもしろいもん見せてやるよ」

 と、言いつつ右腕をぴんと伸ばし、射的の的に向かって銃のように構えた。

 社が精神を集中させると、右手の人差指が輝き始めた。

 「ばーん!」

 少しふざけながら言うと、指先にあった光は、真っ直ぐ飛んで行き、的のど真ん中を射抜いた。

 すると、射的場から小さく歓声が上がり、その場にいた生徒が教師に褒められている。しかし、褒められた本人は、なにがなんだか分からないといったような表情を浮かべ、慌てているようだった。

 そんな様子を見て、社は満足げに笑った。

 「な?おもしろかったろ?」

 やや胸を張りながら言う。

 「まあ、暇潰しくらいにはなったね」

 「なんだよ。少しくらい褒めろよ。社君おもしろ〜い!くらい言ってくれよな」

 こんなことは言っているが、声に不満の色はない。

 社は的を射抜くということをいとも簡単にやって見せたが、実際は簡単なものではない。

 社が使ったのは、無詠唱魔法というもので、威力こそ低いものの、詠唱なしで使えるという利点がある。そのこともあり頻繁に使われるものであった。

 また、ここから三百メートルほど離れた的を正確に射抜く、などという芸当を出来る人間はこの学園でもほとんどいない。

 灯夜はこれほどの『力』を持っていながら、使わないのはもったいないと心の中で思っていた。

 その後の授業時間を二人は、いつもと同じように話しながら、残りの時間を過ごした。

 社は授業終了の五分前には教室を出て、射的場へと何食わぬ顔で向かっていった。

 授業の終わりを告げるチャイムとともに特別教室を出ると、灯夜は一人廊下を歩き教室に戻る。

 教室に戻ると担任の史子は教壇に立っており、生徒が集まり次第ホームルームを始めるようだった。しばらくして、席が埋まると朝と同様出席をとり、連絡事項を告げるとホームルームは終了した。

 灯夜は部活や生徒会といったものに属しておらず、放課後、学園に残ることは少ない。

 下駄箱で靴を履き替えると、ゆっくりした足取りで帰路についた。空はすでに茜色に染まっている。

 一人で帰るというのは、別段珍しいものではない。むしろ、それが普通といえる。灯夜は社とは話をするものの、他の生徒とはほとんど口を利かない。元々、無口な性格をしているせいでもあるが、極力人との関わりを持たないようにしている部分が、大きかった。そんな性格が災いし、友達らしい友達はいない。

 校門をくぐり、銀杏並木を歩く。途中にある公園を横切り、商店街に向かった。

 商店街は夕方ということもあり、大いに賑わっている。商店街の喧騒を気にすることなく、夕飯である弁当と明日の朝食にするおにぎりを購入した。料理ができない、という訳ではないが、面倒なので専ら店に頼っている。

 買い物が終わると商店街を抜け、家に向かう。

 学園から自宅まで、二十分ほど歩いたところに灯夜の家はあった。やや遠いように感じるが、家の周りは静かで落ち着いており、住みやすい環境にある。

 帰り道の途中にある大きな屋敷の門の前で、ふと今朝の出来事を思い出し、足を止めた。

 目の前にある古びた木造の門は大きく、見る者に威圧感さえ感じさせる。その門に視界を遮られ、中を覗くことは出来ない。

 表札には「神凪」と書かれている。

 この屋敷は、同じクラスの静流の家である。

 (いつ見ても大きいな)

 などと呟きつつ、数歩後ろに下がり、屋敷の裏側にある小山を見上げた。小山の頂上には神社が建てられている。

 この神社も神凪家のもので、代々神主を勤めている。静流も神凪家の一員として幼い頃から、仕事を手伝っていた。ただ、十歳の誕生日を迎えてからは手伝いだけでなく、巫女としての仕事もするようになった。

 静流は歴代の巫女の中でも『力』が強く、“神託の巫女”とまで呼ばれている。もっとも、本人から聞いたわけではないので、本当かどうかは定かではない。

 (家の様子はいつもと同じか)

 灯夜は、今朝の静流の態度がなぜか気になって、少しの間、その場で立ち止まっていた。

 灯夜が他人のことを考えるのは、非常に珍しいことである。いつもなら気にも留めず、すぐに忘れてしまうのが常なのだ。

 (今日、感じた違和感は気のせいだろう)

 そう自分に言い聞かせ、その場を後にした。そこからの家路への足取りは、心なしか重く感じられた。

 自宅の前までくると、ポケットに入れておいた鍵を使い、家の中に入る。靴を脱ぎ、そのまま台所に向かった。冷蔵庫から麦茶を出すと居間に向かい、鞄を放り投げて座る。帰りに買ってきた弁当の蓋を開け、テレビも付けず、食事の時を過ごした。今日は弁当を食べ終わったら、すぐに風呂に入りさっさと寝るつもりだった。

 灯夜はこの後、思い通りなんの問題もなく眠りに就くことができたのだった。


かなりのペースでやってます。きついですね〜。(笑)でも、読んでくれる人のためにも頑張ります!

続きが早く読みたい人や感想がある人は、遠慮なく言ってくださいね。

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