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炎と氷

随分更新が遅れてしまってすいません!風邪でダウンしていました。今年の風邪は性質が悪いと毎年言いますが、今年は本当だったようです。皆様もお気をつけ下さい。

 辺りの空気が張り詰める。犬神と向き合っていた時とはまるで違う。手で喉を締め付けられる苦しさがあった。もう何年も味わっていない雰囲気だ。

 二人共お互いにまだ距離があり、睨め合っている。一体どのくらいの時間が過ぎたのだろう。遅すぎる時間に痺れを切らしたのは、意外にも雫の方だった。

 (こんな事もあろうかと、霊符を持ってきておいて良かったわ)

 制服のブレザーの中から霊符を取り出し、黒夜に向かって撒いた。雫の『霊力』を籠められた符は刃となり、黒夜に飛んでいく。

 黒夜は一直線に飛行してくる符を打ち落とすことはせず、全てをかわしつつ懐に飛び込んだ。攻撃の雨を掻い潜った黒夜は、雫の顔面に回し蹴りを放った。

 ガギィン。

 「霊符による防御か。よく受けられたな」

 黒夜の回し蹴りを華奢な腕で雫は受け止めていた。その手には霊符が握られている。そして、手と足の間には防御結界が展開されていた。

 黒夜はバックステップで距離をとり、再び構える。雫も同じ様に構えを取った。

 今度は黒夜から仕掛ける。右足で地面を蹴り、距離を詰めた。雫が応戦しようと身構えたところで横っ飛び。一瞬で雫の死角に入ると、そこから無詠唱魔法を放った。光の矢が雫を襲う。

 黒夜はそれを目くらましとして上に飛び背後に回った。『力』によって強化されている体ならこの位は朝飯前だった。そして、がら空きの背中に一撃を加える。……はずだった。黒夜の拳が当たる寸前、雫は振り返りそれを避けながら、逆に隙の出来た黒夜に霊符を撒く。

 「破っ」

 雫の掛け声と共に霊符が爆発した。雫は黒煙が立ち込めるのを見ても構えを解かなかった。

 突如として黒煙の中から風が生じ、煙を薙ぎ払った。その中心には無傷の黒夜が立っている。

 「……なかなかやるな。やはり犬神とは格が違う、ということか」

 「あなたの方もね。あの一瞬で結界を展開するなんて、並みの人間なら到底出来ないことよ」

 「それはどうも。それより、そろそろ探り合いは止めにしないか。時間の無駄だ」

 「……いいわ。本当はやりたくはなかったけど、仕方ないのね」

 二人は教室の中央で向かい合った。教室は驚くほど静まり返っている。聞こえるのは、自分の心音と呼吸、そして僅かな大気のざわめきだけだった。これが嵐の前の静けさというのだろう。その言葉に相応しい状況だ。

 二人の精神統一により錬られた『力』は、鋭さを増していく。それが限界に近づくと、静かに詠唱を始めた。

 「空を割り、地を焦がす天翔の化身、その身を以って、眼前に立ち塞がりし愚かなる者を地獄の業火で闇に誘え……」

 雫の声は淀みない。詠唱の言葉自体は獰猛だが、その声はあまりに美しく、そう思うことさえも許されない。詩を詠っているかに思えた。

 詩は霊符に命を与える。その様はさながら神が生命を創造しているかのようだ。彼女が“神託の巫女”と呼ばれる由縁がどことなく分かった気がした。

 「地中に眠りし氷の女神、その吐息は時すら止める……気高き女神の腕に抱かれ、永久トワに眠れ」

 こちらは感情の起伏が全くない。無感情のまま詠唱している。黒夜は『霊力』と相反する『魔力』を行使していた。『力』にも属性というものが存在し、同属のもの同士では決定打を与えることは容易ではない。そこで攻撃には敢えて『魔力』を選択している。

 詠唱により十分な『力』を練り終えると、最後の詠唱に入った。

 「天舞・双頭炎朱エンブ・ソウトウエンシュ!」

 雫が霊符を投げると、炎が生まれる。そして、その真っ赤な炎は瞬く間に大きくなり、その姿を双頭の巨大な鳥に変えた。朱雀に頭が二つ付いたような姿だった。室内の気温はグングン上昇し、傍にいるだけで焦げそうなほどになる。しかし、放った当の本人である雫は汗一つ流していない。恐らく、術者が完全に制御しているためだろう。

 双頭の鳥は目の前の敵、つまり黒夜に咆哮するなり襲い掛かった。

 「ダイアモンドダスト」

 一方の黒夜は片膝と右手を地面についた。地面から無数の氷柱が出現し、前進する。氷柱の先はやすりで削られたように尖っていて、どんな物でも貫きそうだ。黒夜の周りだけ一気に気温が下がる。こちらも完璧に制御しているのだろう。寒さを感じている様子はない。絶対零度を纏った黒夜は雫と相対していた。

 火の鳥と氷柱がぶつかり合った。辺りはもはや暑いのか、寒いのか分からない。ただ、二つの膨大なエネルギーが生み出す、余波は肌に感じることが出来る。

 対峙する二人は集中し、見詰め合っているだけだ。どれ程の気力を使っているのかも見当が付かない。手の先で争う二つの『力』は拮抗していたかに見えた。だが、よく見ると氷柱が解け始めているのが分かる。若干だが、雫の方が優勢のようだ。

 その手ごたえを感じていたのか、一気に押し切ろうと雫は集中した。じりじりと火の鳥は前に進み、氷を溶かしていく。そして、脆くなった頃を見計らって最後の一押しをした。

 ピシッ。

 そんな音がしたかと思うと、氷柱は無残にも根元を残し砕けた。火の鳥の勢いは止まらない。次々に障害となる氷を破壊していく。黒夜に慌てた様子はない。むしろ、誘い込んでいるかのようだった。

 火の鳥はもうすでに半分以上を破壊し、体全体が氷の大地を覆い隠すまでになった。黒夜まであと少しだ。

 不意に黒夜は口の端を歪める。

 両手を地面に衝けた。その瞬間、根元で折れていたはずの氷柱が一瞬にして元の鋭い氷柱に戻る。復元された鋭利な刃物の先にあるのは、そう火の鳥だった。

 「ピギャァァァァァァァ」

 おかしな奇声を上げ、暴れ回る。

 その抵抗も虚しく、空気でも切り裂くように体をいくつもの氷柱が通り抜けた。串刺しになった火の鳥は、すぐに大人しくなった。燃え盛っていた炎を、冷え切った氷が包んでいく。その姿を変えることなく、氷付けにされていった。その光景は美しく、あまりに脆い。

 よもやこんな結果になるまいと確信していた雫は絶句した。

 「この術はかなり強力だが、詠唱が長い上、範囲も小さい。今出したのが限界の範囲だ」

 顎を動かし、範囲の限界ラインを教える。丁度、最初に術がぶつかり合った辺りだった。

 「だから、わざと氷を破壊させ、範囲内に誘い込んだんだよ」

 ツカツカと前に歩き、氷付けになった火の鳥の前で止まる。

 「こいつは女神の腕に抱かれちまったみたいだな」

 人差し指でくちばしに触れた。亀裂が生じると、塵のごとく粉々に砕け散る。氷片が漂った。その幻想的さは、まさにダイアモンドダスト。こんなところでは滅多に見れない光景だった。

 「さあ、ぼんやりしてる時間はないぜ?」

 黒夜は雫にそう言ったのだった。


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