表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/57

空―から―

 もくもくと上がる黒煙を見て、犬神は満足そうに笑った。

 「……はは、ははは!勝った!消し飛んだ!やっぱり僕の方が優れているんだ。あんな落ちこぼれに、僕が負ける訳がないんだ」

 犬神の笑い声は、やけに遠くに聞こえていた。

 あんなものをまともに食らえば、どうなるか位灯夜にも分かっていた。それでも黒夜には届いていない。そんな気がしていた。

 灯夜は間違っていなかった。

 黒煙は徐々に晴れていく。そこで二人は同じものを見た。黒夜が悠然と立っている。体の前に黒夜を守るように、五茫星で描かれた陣が展開させたまま。

 「……なぜ、生きている。直撃したはずだ。それに、結界だと。どうして、『魔力』だけでなく、『霊力』まで使えるんだ。そんなこと有り得ないぞ!」

 今の犬神は質問ばかりで、うんざりしていた。

 「お前には関係ない、そう言ったはずだ。それにしても、それが全力か?期待はずれだな。少しも楽しめなかった。……もういい。終わらせてやる」

 犬神を見た。その瞳は冷め切っている。その瞳に見られただけで、犬神は凍りついていたようだ。

 黒夜を守っていた結界が消えると、手のひらを犬神に向け、若干腕を左右に広げた。そして、やや前傾姿勢をとる。

 その構えには見覚えがあった。

 「その構えは……。やめろ!」

 灯夜の静止の声は、黒夜には届かない。

 「犬神、早く逃げろ!でなきゃ、殺される!」

 聞こえないことは分かっていても、言わずにはいられなかった。

 犬神は一向に動こうとしない。否、動けないのだ。恐怖という名の鎖に縛られ、身動きがとれないでいた。

 黒夜は右足を少しばかり後ろに引き、地面を蹴った。

 一蹴りで爆発的な速度を生み出し、一気に犬神との距離を無にする。すれ違いざまに、腹部に掌呈を五発繰り出す。どれも触れるだけのもので、威力があるとは思えない。

 黒夜は犬神の横をすり抜け、少し離れた場所で背を向けて止まった。

 犬神はしばしの間、立ち尽くしていた。体には痛みはない。動き出し、各所を触れてみるが異常はなかった。

 「……はは、なんともないじゃないか。なにが終わらせるだ。少しも終わっていないじゃないか」

 犬神の言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。

 黒夜はゆっくりと振り返ると、伸ばした腕を目線の高さまで上げる。

 「……いや、お前はもう終わってる」

 中途半端に開かれた手の中には、犬神がいる。

 「弾けろ」

 手中にいる犬神を握り潰すよう、きつく手を握り締めた。

 刹那。

 何かが、弾ける音がする。

 その音と同時に犬神の目、鼻、口、といった様々なところから、勢いよく血が吹き出す。噴水のように出る血液は、どんなものよりも紅く、人を魅了する。

 「これが俺からのせめてものはなむけだ。その真紅の華で最後を飾れ」

 吹き出す血はとまることない。その様は赤い赤い華が咲き誇って見えた。一瞬、ほんの一瞬しか生きられない華。人間と同じ。彼は最後に美しい華を咲かせ、散って逝った。

 少しして、犬神は前のめりに倒れこみ、動かなくなった。

 床は雨が降った後の水溜りが出来ている。そう、血の海が。そして、部屋には甘美な死の香りが広がった。

 黒夜が出した技は“月砑天明流げつがてんめいりゅう”の奥義が一つ『赤華鳴動しゃっかめいどう』。

 物質の外部にある抵抗を全て無視し、外部傷付けることなく、内部だけを直接破壊するという恐ろしい技である。

 見て分かるよう、この技を受けた相手の血の吹き出す様が、赤い華のように見えることから、この名が付いた。

 この技を使えるのは灯夜の知る限り、自分と親族。そして、この技を教えてくれた師だけだった。ただ、親族や師が使う『赤華鳴動』は不完全なもので、この技を使いこなせるのは灯夜だけだった。

 黒夜の使う『赤華鳴動』は完璧だ。灯夜と同じく、完全に使いこなしている。

 灯夜と黒夜たちとの間にあった見えない壁は消えていた。だが、灯夜は一歩も動かず、そこに立っているだけだった。

 色々と訊かなければならないことがあったが、今ではそんな気も失せている。

 「……少しは目が覚めたみたいだな。マシな顔つきになった」

 話しかけられているが、耳を通り抜けるだけである。少しでも気を抜けば、昔のように心の中が空になりそうだった。ただ、そうはなりたくなかった。なぜかは、分からなかったが、必死に耐えた。

 「今はここまで。お別れだ……と、言いたいところだが、どうやらそうもいかないらしいな。新しい客人が来たようだ」

 チラリと後ろを見る。そこにある空間に綻びが生じているのだった。


サブタイトルは、そらではなく、からと読んで下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ