助け
周りを見てみるが、特に変化はない。願いが通じたのか、無事通れたらしい。保健室に来ると、無造作に扉を開いた。
中は荒らされ、そこら中に割れたガラスの破片や薬品の入ったビンが、散らばっている。そんな中、一人うずくまっている少女がいた。
灯夜は近づき声を掛ける。
もうすでに、こういった状況には慣れてしまっていた。というより、最初から何も感じなかったといった方が正しい。
「広瀬早苗だよね?」
ゆっくりと顔を上げる。苦悩に満ちた顔に以前の面影はない。随分と老け込んで見えた。
灯夜のことを見るなり、両手で顔を覆い隠し、またうずくまった。
「やめて!見ないでよ!こんな醜い顔!あっちにいって!」
そう言われて素直に従うほど、灯夜は優しくはない。
「話を聞きたいんだ。顔は見せなくてもいいから、答えて。どうしてこんなところに?」
相手からの返事はない。ただ、両手で顔を隠しているだけである。他の質問をしても、答えが返ってくる気配はない。それでも、静流のことだけは訊ねるつもりだった。
「じゃあ、神凪のことは、なにか知ってる?そんなことでもいいから、教えて欲しいんだ」
反応はするものの、返答はない。
そもそも顔を覆い隠している時点で、まともな会話ができるとも思えなかった。
「……ねえ、そろそろ顔を見せてよ。でなきゃ、ちゃんと話もできないよ」
そう言って、おもむろに手を伸ばし、顔から手を引き剥がした。
「なにすんのよ!離して!離せよ!」
首を振り、髪が踊っていた。
腕を離すと、顔を隠される前に両手で顔を挟み込み、正面を向かせる。射抜くような目で彼女を見ると、小さく悲鳴を上げた。強張っていた体からは、力が抜けてゆき、やがて大人しくなった。心なしか彼女は震えている。
挟んでいた両手を引っ込める。
「広瀬だよね?」
確認のために聞いておく。
怯えた目をしながら、頷いて答えた。
夕子と円に視線をやると、代わりに質問するよう言った。二人はすぐに応じてくれた。途中、灯夜が持ってきていた水と食べ物を渡して、食べさせる。そのお陰か、顔には生気が戻った。
早苗の話は夕子や円と同じで、鏡に引きずり込まれ、閉じ込められた、ということだった。二人と違っていたのは、閉じ込められた中で、自分の顔が醜くなる様を見ていた、ということだけだった。そして、醜くなっていく自分が、鏡や窓に映る姿を嫌い、割っていったのだそうだ。その結果、この部屋はひどく荒れた。
顔にコンプレックスを持つ早苗にとってこの仕打ちは、地獄だったに違いない。心が荒むのも無理はなかった。
その話を聞き終えた灯夜は、眉を顰めた。
「まずいな」
灯夜の呟きに夕子が反応する。
「なにがまずいの?」
「……少しづつだけど、事態が悪化していってる」
「どういうこと?」
「最初は閉じ込められるだけだったのに、不動の時はそれだけじゃなかった。辛い過去を見せられ続けた。そして、今度は弱み。つまり、その人にとって最も脆い部分を直接的に傷付けてる」
夕子は未だ話の意図を掴みかねている。
「もし、他にここに閉じ込められてる連中が、今よりひどい目に遭っているとしたら、精神が崩壊しているかもしれないってことだよ」
灯夜が助けに来なかったらと思うと、寒気がした。
この三人から静流の情報を得られないとなると、残りの二人に賭けるしかなかった。その気になれば口を割らせることなど造作もないが、あまり選びたくはない手段である。それに、なぜか五人を見つけ出せば、静流も見つかる、そんな気がしていた。