迎合
円は灯夜になにか言われる前に、ドアに手をかけ開いた。目の前の机の上には、タオルが三つ、重ねて置いてある。
灯夜は怪訝な顔をした。
二人はなんの疑問も持たず、タオルを手に取り、髪を拭いている。
壁に寄り掛かり、ポケットに手を突っ込む。すっかり、雨を吸った制服は不快だった。もう一度、思考を巡らせようとすると、正面に手が伸びてくる。手にはタオルがあり、無言で何度も突き出された。意図の分かった灯夜はタオルを受け取ることにした。
「あんたも風邪ひくと悪いから」
円は顔を背け、恥ずかしそうにしている。
受け取ったタオルでガシガシと髪を拭く。円はその場を動かず、突っ立っている。なにか言いたげであるが、なにも言わなかった。
いい加減、痺れを切らした円は顔を赤くしながら言った。
「あの、なんていうか、さっきはありがと」
不器用に笑ってみせる。
「あんたたちが来なかったら、あそこで死んでた」
「……別に。用があったから行っただけだよ」
「はは、素直じゃないね。礼ぐらい受け取ってくれてもいいだろ?」
横を向いて返事をしなかった。
それがおかしかったのか、円は笑った。今度は本当の笑顔だ。
ひとしきり笑うと、急に真面目な顔付きになる。
「それと、ごめん。今まで、月代には色々嫌な思いさせて。もう、昔みたいな態度とったりしないからさ」
頭を下げて謝られた。
「別に気にしてないから、いいよ」
今の灯夜にとって精一杯の言葉だった。だが、円はそれに満足したようである。
「ありがと。それじゃ、私たちなんか着る物あるか、探してみるから。月代のもあったら、持ってくる」
片手を上げ、服を探しに行った。
一通り体を拭き終わると、二人は灯夜のところに戻ってきた。手にワイシャツが握られている。
「これ、奥の部屋にあったんだ」
「私たちはもう着替えたから、これは月代君の分。でも、ごめんね。ワイシャツしかなかったんだ。スカートはあったのに、ズボンはなかったの」
また妙な違和感を抱いた。
「向こうの世界に家庭科室にこんなものあった?」
「どうだろ。分からない」
「ま、あったんだから、今はそれでいいじゃん。風邪ひかなくて済むんだし」
ついでに、と付け足して。
「下着があれば、最高だったんだけど」
「ちょっと、またそんなこと言って。恥ずかしいよ」
夕子はほんのりと頬を赤くしている。
灯夜には、二人のやり取りが聞こえていない。今は自分の持った違和感の正体を確かめていた。
偶然タオルが置いてあった、というよりは、最初から用意されていたようだった。そこが灯夜の引っかかっている部分だ。それに、制服のことも気になる。
「どうした。月代。怖い顔して」
円の声に我に返った。
(今は考えてもしょうがない)
「なんでもないよ。先に進もう」
濡れたワイシャツを脱ぎ捨て、新しいものを着ると、家庭科室を後にし、その足で保健室を目指した。