提言
部室棟は、主に室内などで活動する部活が使っており、すぐ隣には体育館や格技場といったものがある。二階建てになっていて、一階は男子専用で、二階は女子専用と決められていた。
二人とも傘を持っていなかったため、制服が雨で湿っている。
夕子は灯夜についていくのに必死で、走った結果として肩で息をしていた。
そんな夕子を気遣うことなく、二階に進み、薄暗い道を各部室のプレートを見ながら歩いていく。二人の間に会話はない。
三つ目の部屋の前で止まると、プレートを見る。そこには「バスケットボール部」と書かれていた。
「本当に誰かいるのかな」
「開ければ分かる」
それだけ言うと、鍵が掛かっていないことを確認してノブを回した。
扉の先に見えたのは、頭を抱ええた少女が一人。部屋の真ん中に立ち、なにかを叫んでいる。
「やめてよ!こんなの違う!」
見えないなにかを見ているようだった。
夕子は、この尋常じゃない光景にすっかり怯えている。
「ねえ、僕の声が聞こえる!?」
大声を出してみると、こちらを向いて走りよってくる。
「あんたが、こんなの見せてるのか!一体何なんだ!」
怒鳴りつけると同時に右手を振り上げ、殴りかかってくる。それをなんなく受け止めると、離れないよう腕を掴んだ。
「ねえ、落ち着いてよ」
腕を振り払おうと懸命に暴れるが、効果はない。
「落ち着いてって」
掴んでいる手に力を込める。痛みに顔が歪んだ。それが、きっかけになったのか、相手の動きは徐々に静かになっていった。
床に座り込むと、今度は泣き出した。
灯夜は、これで今日、何度目かのため息をついた。とにかく、泣かれるのは面倒である。涙は苦手だった。どうしていいのか、分からなくなる。それに、泣き止むまで待たなければならないからだ。
夕子の時と同じように泣き止むまで待った。落ち着いたのを見計らって、水と食料を渡す。こちらも、夕子と同じく、いい食べっぷりだった。実際、夕子の時より多く食べていた。当然といえば当然である。彼女の方が先にここに来たのだから。
「一応聞くけど、名前は?」
「……不動円」
夕子は円に怯えているのか、離れたところに立っている。ちなみに灯夜は円と向かい合って、ベンチに腰掛けている。
「どうやってここに?」
「部活の後、忘れ物に気付いて、ロッカーの中戻って見てたら、急に鏡が光って吸い込まれた。それで、気が付いたらここにいたんだ」
涙に腫れた目は、その後の苦痛を物語っている。
「さっきは一体どうしたの?なんで、ここを出なかったの?」
あからさまに眉を曇らす。
「さっきのは、幻……というか過去を見せられてたんだ。しかも、何度も何度も同じ映像。目を瞑っても消えなかった。私もこんなとこ出れば、見なくて済むと思って、出ようとした。でも、ドアが開かなかったんだ」
「それに『力』も使えなかったって?」
言い当てられ、驚く円を尻目に続ける。
「石渡も『力』を使えなかったらしい」
夕子の方に視線を向ける。円も灯夜に倣う。
「まあ、そんなことは、どうでもいいんだ。不動は神凪のこと、なにか知ってる?」
やはり、円も神凪という言葉に反応した。円の表情はどんどん暗くなっていき、話を聞ける状況ではなくなった。
(不動もだめか)
情報が得られないとなると、次に行かなくてはならなかった。例え、全員助けたところで、情報が手に入るという可能性は低かった。しかし、ゼロではない。灯夜は約束のためなら、なんでもする少年だった。それが、彼にとっての信念だから。
すっと立ち上がると、その場を立ち去ろうとする。
「ちょっと、どこ行くの?」
「保健室に行く」
「どうして?」
「なにか分かるかもしれないから」
そこに夕子が割って入る。
「円も一緒に行こう。ここにいてもしょうがないよ。ね?円も一緒に連れて行っていいでしょ?」
灯夜はなにも答えない。
「さ、行こう」
円に手を伸ばす。その顔には恐怖の色が消えている。
「え?でも、いいの?月代はなにも言ってないけど……」
「大丈夫!きっとついてきてもいいって思ってるから」
「……そうだな。どっちにしろ、こんなところにいたくないし、私もついていく」
話し合いはが済んだのか、二人は灯夜の後をついてくる。
自分と行動を共にすることを拒絶するかと思ったが、そうでもなかった。ただ、一人が嫌なだけなのか、信頼してのことなのか、それは分からない。ただ、どちらでもいい話であった。
随分と待たせてしまってすいません!続きを書きました。どうぞ読んで下さいませ。