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恥じらい

 灯夜は、社が行った方向とは逆にある階段に向かって歩き出した。

 階段を上がり四階に出た。ここは三年生のフロアになっている。放課後ということもあり、生徒の数はまばらだった。

 適当に廊下をぶらついていると、少し先に三人の女生徒が、話をしているのを見つけた。あの三人組の一年生を思い出し、軽い既視感に襲われながら近寄る。この一度で情報が手に入ることを願いつつ、話しかけた。

 「すみません。少しいいですか?」

 後輩らしい態度をとる。

 「え、私たち?いいよ。なに?」

 一番背の高い先輩が振り向いて言った。つられて他の二人も灯夜を見る。灯夜の存在に気付いたせいか、どこか落ち着かない様子だった。

 「聞きたいことがあるんですけど、先輩たちは神凪静流、犬神修司のことを知っていますか?」

 すでに情報を得ている他の四人のことは聞かない。

 「神凪さんなら知ってるよ。それに、君のこともね」

 なんだか意味深なことを言う。

 「僕のことはいいんです。犬神は知ってますか?」

 「犬神って誰だっけ?」

 「あの子じゃないの。ほら、ちょっと前に景子と一緒にいた子」

 「ああ、あの子ね!思い出した。そーいえば、景子。あの子とはどうなったの?」

 興味津々といった風である。

 景子と呼ばれた少女は黙り、下を向いていた。

 「いいじゃん!教えてよ〜。月代君も知りたがってるしさ」

 「なにもないよ。なにも」

 恥ずかしげに答えていた。

 「嘘ね。そんなはずないわ」

 なにを根拠にしているのか、そんなことを言う。確かに景子の様子を見れば、なにかあってもおかしくはなかった。そのことに気付きながらも、灯夜はあえて立ち去ることにした。聞き出そうにも、他の二人が邪魔で聞き出せそうもなかったからだ。

 「すみませんが、さっきの話のことは忘れて下さい。他を当たりますから」

 相手は話を聞いていないのか返事がなかったが、構わず歩き出した。廊下の角を曲がると、ふいに肩を掴まれる。

 「待って」

 振り返ってみると、質問攻めにあっていたはずの景子の姿がそこにあった。

 「なんですか」

 「さっきの話のことなんだけど……」

 景子はそれきり黙る。

 灯夜がじっと待っていると、次第に話し始めた。

 「私、犬神君のこと知ってる」

 「知ってるって、どういうことですか」

 「前に少し話したことがあるの」

 「いつですか?出来れば、正確な日にちを教えて下さい」

 「確か、先週の火曜日だったと思う」

 先週の火曜といえば、犬神がいなくなる前日のことだ。

 「その時のこと教えて下さい」

 「その日の昼休みに彼に会ったの。たまたま本を返しに図書室に行ったら、本の置き場所が変わってて困ってた。そしたら、犬神君が手を貸してくれて、本が返せたの。そこから少し話をして、放課後も話しませんか、って誘われた。断れなくて、放課後も会うことになっちゃって……」

 犬神のやりそうなことだ。

 犬神はルックスも良く、頭も良いためモテた。その上、口も上手く、押しが強い。そんなことから数多くの女性を落としていた。簡単にいうと、プレイボーイというやつだ。

 そんな相手にこの人の良さそうな彼女が、断れなかったのも無理はないと思った。

 「それで放課後、音楽室に行くことになって、そこで犬神君のピアノの演奏を聞かせてもらった。凄く上手くて、来てよかったかなって思った。演奏が終わった後も色々話をしてて、結構遅くなっちゃって、帰ろうとしたら……」

 徐々に声が小さくなっていき、最後には聞き取れないまでになった。

 再び、灯夜は待つことになる。二分ほど経ったであろうか、景子は意を決したように口を開いた。

 「黙ってごめんなさい。ちゃんと話すから。……それで、帰ろうとしたら、腕を掴まれたの。最初はどうしたのかなって思ってたんだけど、様子がおかしくて。その後、急に腕を引っ張れれて、壁に押し付けられて、キ、キスされそうになった」

 その時のことを思い出しているのか、顔はほんのり赤い。

 「怖くて、暴れてなんとか腕を振り払って、必死で逃げた。後ろを見ても追ってきてなかったから、止まって休んでたんだけど、彼のことが気になって、音楽室を覗きに行ったの。途中で、演奏が聞こえてきたけど、教室に着く少し前に止まってた。演奏が止んでから、そんなに時間が経ってなかったのに、教室の中を覗いても誰もいなかった。おかしいとは思ったけど、怖くなって家に帰っちゃったんだ」

 景子の顔は、やや青ざめたものになっていた。

 「分かりました。わざわざありがとうございます」

 「いえ、こっちもありがとう。誰かに聞いて欲しかったし。それに、その、気を使ってもらって……」

 なにを言っているのか、分からなかった。話は聞いたが、気を使ったつもりはない。感謝される意味が分からなかった。

 「あの、本当にありがとう。あんなことされたことなかったから、なんか嬉しかったんだ」

 景子は頬を朱に染めている。

 何度も言うが、灯夜はささやかながら、下級生と上級生には人気があるのだ。

 そして、景子が頬を赤らめる理由はもう一つあった。景子は、灯夜が自分の態度を察し、無理に聞かずにいてくれた上、質問攻めにあって困っている自分を助けてくれたと勘違いしていたのである。

 実際、灯夜は話を聞かずに立ち去ったし、質問をしてくる友人から逃れる口実も作ったのは確かである。だが、本人は狙ってそんなことをやった訳ではないので、そのことに気付かない。

 景子は礼を言うと、また友達の輪の中に戻っていった。

なんともうすぐ合計読者数が500人になります。感動ですね。ご愛読頂きありがとうございます。これからも頑張りますので、お付き合い下さい。

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