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トロワ

 半ば諦めながら、廊下を歩いていると、前から走ってくる人影があった。人影は三人組で、真ん中の一人が引きずられながら走っている。三人は灯夜の前で止まると、いっせいにお辞儀をした。

 「こんにちは!月代先輩!」

 左側のいかにも元気そうな少女が挨拶すると、つられるように右側の少女が挨拶をする。

 「月代先輩、こんにちは。今日もお天気が悪くて嫌ですね」

 左側の少女とは、対照的に落ち着きがある。

 真ん中にいる少女は、先ほどから胸の辺りに手を置き俯いたままだった。

 「ちょっと、なにやってんの。挨拶する!頑張るの!」

 「そうですよ。それが礼儀というものです。私たちも居ます。頑張りましょう」

 本人たちは小声で言っているつもりだろうが、筒抜けだった。

 灯夜は何も言わず、様子を見ている。

 二人に励まされ、意を決したのか、顔を上げてこちらを見てくる。

 「……こ、こんにちは。月代先輩」

 消え入りそうな声である。

 「こんにちは」

 義務的に返す。

 「やったじゃん!やればできるんだよ!」

 「そうです。よかったですね」

 「うん。ありがとう」

 三人は仲良く笑っている。

 ここに居ても無駄だと判断した灯夜は、そろそろ立ち去ろうとしていた。だが、あっさりと足を止められる。

 「自己紹介が、まだでしたね。私は斉木英子です。バスケ部に入ってます。よろしくお願いします!」

 「私は高田由美です。よろしくお願いします」

 「私は織塚千尋です。以後お見知りおきを」

 左から順に紹介していった。三人の頬はほんのりと朱に染まっている。

 灯夜という少年は、ささやかながら、上級生と下級生の間で人気があった。ただ、本人はそのことに気付いていない。

 「それで、僕になにか用?」

 鈍感な灯夜は、どこまでも素っ気ない。

 「そんなこと言わないで下さいよ。それと自己紹介くらい、してくれてもいいじゃないですか〜」

 英子はほほを膨らませている。

 「そうです。お願いします」

 「します」

 二人にも言われた灯夜は、仕方なく自己紹介をした。

 「僕は月代灯夜。よろしく」

 あくまで簡潔に。自己紹介をして、彼女たちが自分の名前を知っていたことを疑問に思った。

 「自己紹介する前から、僕のこと知ってたみたいだけど、どうして知ってたの?」

 「秘密です」

 三人同時に言った。

 問う気をなくした灯夜は、先ほどの質問をもう一度繰り返しす。

 「僕になにか用?」

 「はい、先輩が神凪先輩たちのことを聞いて回ってる、っていう話を聞いたので、会いに来たんです」

 「私たち、先輩のお役に立てると思います」

 英子と千尋は言った。

 「それはなにか知ってるってこと?」

 「はい。広瀬先輩と不動先輩のことなら知ってます」

 思いがけない手掛かりを見つけた。

 「その話、詳しく聞かせてくれる?」

 「はい!喜んで!私が、知ってるのは円先輩のことだけです。日にちは確か五月二十日だったかな。いつもと同じ様に部活が終わってから、みんなで帰ってたんです。でも、途中で先輩が忘れ物をしたらしくて、部室に戻ったんです。先輩が来るのを待ってたんですけど、なかなか来なくて。おかしいなって思ったから、部室に行ってみたんです。でも、部室には誰もいなくて、きっと先に帰ったんだろうって思いました。そしたら、次の日から先輩が来なくなったんです。風邪で休んでるとは聞いてますけど、心配で。別の理由があるんじゃないかって。本当に風邪で休んでるだけですよね?」

 英子は本当に円の身を案じているようだった。

 「ああ、本当だよ」

 本当のことのように言った。おそらく、これが最善の選択だから。

 その言葉にほっとしたのか、英子の顔から緊張の色が薄れていった。

 「次は私たちですね。私と由美は、広瀬先輩を見かけました。あれは、五月の十九日のことだったと思います。私が一階の廊下で友達とおしゃべりをしていたら、先輩が保健室の方に向かって歩いていました」

 「私は先輩が保健室に入っていくのを見ました。掃除をやっていた時なので、放課後です。掃除を終えても、先輩は出てきませんでした。その後のことは分かりませんが……」

 広瀬のことはともかく、不動についての確かな情報を得られたのは幸運だった。

 一通りの話を聞き終えて、その場を離れようとすると、またしても引き止められた。

 「あの、待ってください。由美が言いたいことがあるそうなので」

 そう言うと英子は由美の背中を押した。

 「あ、あの、もしよかったら、また会いに来て下さい!」

 顔を真っ赤にさせている。

 ここぞとばかりに、残りの二人も続く。

 「私にも会いに来て下さいね!」

 「今度はお昼でもご一緒して下さい」

 「二人ともズルイ!」

 由美が反抗して見せるが、まるで効果は無かった。

 「へへ、いいでしょ!私たちだって」

 「そうですよ。抜け駆けはいけません」

 英子と千尋は本当に楽しそうだった。

 まだまだ続きそうなやり取りを見て、灯夜は早めに切り上げることにした。

 「それじゃ、またね」

 それだけ言うと、踵を返し、自分の教室に戻る。今度は止められなった。ただ、背中にさようなら、という声だけが当てられたのだった。


このサブタイトルの「トロワ」はフランス語の「3」という意味です。この「3」は一年3三人組を指してます。

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