御風
プルルルル……。プルルルル……。
灯夜の帰りを知っていたかのようなタイミングで電話が鳴る。電話の前に立つと、嫌な予感を感じながらも受話器を取った。
「はい。もしもし、月代ですが」
「もしもし、灯夜君?」
返ってきた声は女性のものだった。
「どちら様ですか?」
「神凪です。静流の母の御風です」
「何かご用ですか?」
「ええ、灯夜君の家に、静流がお邪魔していませんか?」
「いえ、来てませんけど……」
電話の向こうでため息をつくのが聞こえる。明らかに落胆したのが分かった。
二人はしばらくの間、沈黙していたが、やがて御風がゆっくりと話し出した。
「実は、静流がここ数日、家に帰って来ていないんです。あの子が行きそうな所には、連絡したのですが、見つからなくて。もしかしたらと思って、灯夜君に電話したのだけど……。やっぱり、だめですね。あの子、本当にどこに行ってしまったのでしょうね」
御風は自嘲気味に言葉を紡いでいる。
「じゃあ、やっぱり神凪が、休んでる理由は風邪じゃないんですね」
「ええ、そうです。今から丁度、一週間前に学園に行ってから帰って来ていません」
「そうですか。もし、神凪がこっちに来るようなことがあれば、お伝えします。それじゃ、さよなら」
灯夜はこれ以上深入りすれば、厄介なことになると踏んで、半ば強引に話を打ち切った。
「待って!お願いがあります!」
御風の叫びが聞こえたが、あえて無視する。受話器を置こうとして、
「お願いします!こんなことを頼める相手ではないことくらい分かってます!それでも話を聞いて欲しいんです!もう、あなたしか頼れる人はいないんです!」
それでも、食い下がってくる御風。自分でも甘いと思いながらも、受話器を耳に戻した。
電話の向こうからは、うるさいくらいの声が聞こえてくる。
「聞こえてますよ」
キンキンする耳の痛みに耐え、答える。
「えっ……」
まさか返事が、返ってくるとは思っていなかった御風は呆然としていた。
「だから、聞こえてます。それで、僕に用っていうのは、なんですか」
御風はその言葉で、少し落ち着きを取り戻した。
「取り乱してしまって、ごめんなさい」
御風は先ほどの自分の態度に反省している。
「そのことは構いません。それで、頼みっていうのは、なんですか」
大体の予想は付いていたが、確認のために聞くことにする。もちろん、頼み事を引き受けるかどうかは別にして。
「はい。頼みというのは、静流のことです」
やはりと思いながらも、先を促す。
「静流のことを探して、連れ戻してきてくれませんか?無理を言っているのは承知です。本来なら、灯夜君には関係のない話。巻き込むのは筋違いでしょう。ですが、あの子と近い存在にある、あなたになら、見つけられると思うのです。どうか静流を助けると思って、引き受けて頂けないでしょうか」
御風の真摯な態度と、子供を思う気持ちは本物だった。そんな御風の気持ちを知ったせいかは分からないが、協力するつもりなど毛頭無かったにも関わらず、なぜか灯夜は協力しようと思った。そして、それが言葉となって表れる。
「……分かりました。引き受けますよ」
言って、おかしな事に気が付く。確かに自分は、彼女の想いが本物だと思った。思ってはいたが、協力するつもりはなく、断るはずだった。それなのにいつの間にか考えが変わり、協力しようと思っていた。まるで、何かに操られているような気分だ。
「あの……灯夜君?」
「はい、なんですか」
「いえ、呼びかけても、返事がなかったものですから」
どうやら、考えているうちに話が進んでいたらしい。
「すみません。少しぼんやりしていました」
「いえ、いいのよ。それよりも、協力してくれるというのは本当ですか?」
約束してしまった以上、協力するつもりだった。
「はい。必ず、連れ帰ると約束します」
それを聞いた御風は、本当に安心した様子で言葉を紡ぐ。
「本当にありがとうございます」
受話器の向こうで、頭を下げている姿が容易に想像できた。
「お礼なら、連れて帰って来た時にして下さい。まだ、できると決まった訳じゃないんですから」
きっちりと釘をさす。余計な期待を抱かれると、約束を守れなかった時が面倒だからだ。
「ふふ、今から言っても大丈夫ですよ。灯夜君が約束してくれましたから」
御風は、灯夜が約束を決して破らないことを知っていた。
灯夜は、自分を見透かされたことに不快感を覚えていた。しかし、それを表に出すことはない。
「とりあえず、明日から探してみて、何かあれば連絡します」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
会話が終わると、灯夜は今度こそ受話器を置き、風呂場に向かう。軽くシャワーを浴び、風呂場を後にすると、一直線に部屋に向かった。敷きっぱなしにしてある布団の上に倒れこむ。仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめた。
(今日は色々あったな)
目を瞑り、今日の出来事を思い返す。なんだが随分、昔のことに思えた。
(明日からどうしよう)
明日からの予定を考えていると、いつのまにか眠りに入っていった。