夏の雪
今年はそうでもないけど、夏涼しくなんねぇかなぁという
その日、東北では年始来の気象現象に見舞われた。
夏、30℃を超える熱帯夜。連日エアコンを必要とする時期。
8月26日の午前0時、まだ少なくない人数が起きていたM県S市に降ったもの。
雪だ。
朝になっても解けずに残り、翌朝のトップニュースとなった降雪が本格的になった午前1時。
元凶はいけしゃあしゃあと「足が埋まってめんどくせぇなぁ」とまで言ってのけた。
「どうなってんだよ、これは。どこまでこの雪雲は広がってる。こっちは微塵もその気じゃなかったってのに、気づけば万年雪の世界だ」
「いつもの様に加減を間違えた、ということはないんでしょうね。ここから見える空一面、全てが雲に覆われているように思います。あれほど綺麗な星空だったというのに、月夜だったというのに、辺り一面は街頭以外に光が無く、音も随分静かになったものです」
「全部雪に食わせておけ。この間に距離を詰めるぞ、雪中装備なんかしてないからな、短期決戦だ」
「その気持ちで突っ込んで逃げられ、雪に降られ逃げられ。となっている点は」
「失点したって9回までにホームランで終わりだ」
「ランナー居ることを期待されてもなぁ。あの逃げ方にどう対応しろと?」
「知らん。だがな、これ以降はエラーもフォアボールも無しだ。毎回打者三人で抑えて、スキを逃さず得点。全部攻めるぞ」
「相手の方が上位者と。久方ぶりのチャレンジャーだ。あと何回ぐらい残ってるかなぁ」
「気にするな、勝つまで続く永久延長戦だ。行くぞ」
くるぶしを超える積雪に、帰って酒を飲んで寝てしまおうと考えていたサラリーマンが一人、曲がる角向こうからの会話を聞いていた。
近づくごとに鮮明になっていく声。野球の話? 今日の試合結果か? 野球は15回までだけど・・・・・・そんな疑問を浮かべながら、雪に転びそうになりながらも角を曲がると。
「・・・・・・? どうなってんだ?」
かなりの長い一本道。曲がる道は闇の中に消える程度には長いそこに、人の姿は無かった。
街頭に照らされている雪上にはいくつもの靴跡。しかし、それは街頭の先には続いていなかった。
雪上を走る男が1人。
吐く息は白くない。大気は夏の、熱帯夜の熱をまだ保持している。
途切れず、規則的な呼吸音と布ズレの音のみが道に響いている。
中心都市から山間に向かって、既に40分が経過しようとしていた。
そもそもの住処がそちら側ではあるが、普段であれば地下鉄に乗って20分ちょいの距離を倍の時間かけてまで走っている。
嫌になるな、と男は思っていた。
まだ、なのかもう、なのかはわからないが、2か月程度にイベントが重なりすぎている。
最新のイベントはそれこそ40分前。今走っている原因となった男二人からの襲撃。
(これはあれか。この間のコンタクトを頑なに拒否したのが悪かったのか?)
自問してみるが、答えは先方に聞かないと分からないため一度保留。
もう一度スマホの画面を見るが、そこには何の通知も入っていない待ち受け画面があるだけだった。
(「そろそろ掛けてくる頃だと思ったよ」を聞く準備は有ったって言うのに)
走りながら都合3度、電話を掛けてみてもつながらなかったため折り返しを待っている。
しかしそれも無く、既に40分の経過。
これは営業時間外ですかねと、折り返しを待つのではなく、まずは目の前の事に対処しようと頭を切り替えていく。
(とすると、人の少ない方へとこっちに来たが、準備のためにも家に戻る、を兼ねておいてよかったかもな)
地下鉄の終点から更にバスで10分程度は向こう側。完全に山に入る一歩手前がゴールと定めて気持ちを新たに走ることに集中していく。
バスも積雪の影響で走っていないだろうから更に走る距離が延びるのか面倒だ、と思っている最中に、それは来た。
靴底だ。
「そんな事がある訳!」
「ーー! 通り過ぎた!」
慌てて上体を右に反らすと、靴底に続いてこちらを掴もうとする大きな手が見えたので、それは右腕で跳ね除けて事なきを得る。
が、背中に待機していた接近感知の魔力がこちらを害する物の尋常ならざる速度を知らせてきたので、避ける。
胴を横薙ぎに迫っていたものを背中に感じながらも軌道から体を逸らしていく。
ベリーロールと呼ばれる走り幅跳びの要領。僅かに腰を落としていたのが幸いし、上体を反らした反動も使用して飛び上がる。
「刈りーーーきれないか!」
獲物を空中に逃げていく相手に対して追うように、無理に上へ曲げようとしたが、追いつかなかった。
ベリーロールの最後、跳ね上がる足に逃げられて、降雪を薙ぐ。
「ヤベェってこいつら!」
背中でそのまま落ちることを良しとせず、空中で足を腹側にくっつけるように曲げて一回転。
走っていた勢いもあって雪の上を滑っていくが、それもやがて止まった。
そうして、大きな交差点に入りかけたところで正面と右手側から迫ってきた男二人と、雪上を走っていた男が一人、四十分前には交わさなかった言葉を紡いでいく。
今年はまだ、許容出来る暑さだったなぁ




