答えの先
AIを利用してから、私の調べ物の仕方が大きく変わった。
わからないことがあれば、すぐに質問できる。
返ってくる答えは的確で、求めていた情報をピンポイントで教えてくれる。
便利な時代になったと思う反面、最近ふと気づいたことがある。
本を読む機会が増えたのだ。
しかも、小説ではなく技術書が中心に。
なぜだろうと考えてみると、AIの便利さの中に一つの限界を感じていたからだと思う。
知識というものが、仮に1から10までの体系で構成されているとしよう。
私がAIに質問するとき、私はすでに「3」について聞いている。
AIは3を丁寧に説明してくれる。
しかし、次に提案してくるのは、4ではなく3.1や3.1.1だ。
より細かく、より深く、3の周辺を掘り下げようとする。
それはそれで有益だが、体系の全体像からは少しずつ遠ざかっていく感覚がある。
そこで手を伸ばすようになったのが、本だった。
学生時代に使っていた教科書や、図書館で借りた技術書を開くと、1から順番に積み上げられた構成がそこにある。
3を理解するためには2が必要で、2を理解するためには1が必要だということを、本は静かに教えてくれる。そして10まで読み終えたとき、自分がどこにいるのかが初めてわかる。
本を読んでいると、わからない部分が出てくる。
以前ならそこで立ち止まって諦めていたかもしれない。しかし今はそのわからない部分をメモしておき、後でAIに聞くことができる。AIと本が互いを補い合う形で、知識が少しずつ積み重なっていく感覚がある。
正直に言えば、これが仕事に直結しているかと問われると、まだわからない。
どこまで行っても自己満足かもしれない。
それでも、学べる機会が増えることはいつかどこかで役に立つと信じている。
知識とは、必要になった瞬間に初めてその価値がわかるものだからだ。AIが扉を開き、本がその先の道を整える。
そんな学び方が、今の私には心地よい。




