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献身的な後輩。延岡陽奈の場合

「やべぇ……」


 ベッドで仰向けになりながら体温計を見てみると38.5℃と表示されていた。

 冬はまだ先だというのに、俺は風邪をひいてしまった。


 朝起きて体が熱っぽく咳も出ていたから、今日は大学を休んで一日中家で大人しくしていようと思っていた。だが、お昼になってもう一度体温を計ってみたらこの通り。

 状態は悪化していき、ベッドから起き上がる気力もなくなっていた。


 朝の内に病院行って薬もらってくればよかったかな。


 アパートで一人暮らしだし、手伝ってもらう人がいない。実家は遠いし、何より俺はもう二十歳だ。流石に両親に迷惑をかけるわけにはいかない。


「ん?」


 スマホが鳴ったような気がしたが、今はそれよりも体がだるい。安静にして寝て、自然治癒で少しでも良くなることを願ってまぶたを閉じた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 それからどれくらい寝ただろうか。いや、高熱で寝られるものか。まさか気絶していたのか。


 気がつけば、もう時計は18時を示していた。


 そして、おでこに何やらひんやりとした感覚があることに気がつく。触ってみると俺の額に冷えピタが貼ってあった。


 次にキッチンの方から何か音が聞こえてくる。それから足音が近づいてきて


「あ、先輩! 起きたんですね」


 黒髪をツインテールにした小柄な少女が上から覗き込んできた。彼女は後輩の延岡のべおか陽奈ひなだった。


「延岡……? なんでここに?」

「なんでここに、じゃないですよ! うち、めっちゃ心配したんですから!」


 延岡は頬を膨らませて俺を睨む。


「先輩、うちに連絡もしないで大学休んで、それでうちから連絡しても全然出てくれなくて! ほんっと、事故に遭ったんじゃないかとか思って心配したんですよ!」

「お、おう……わりぃ。心配かけたな」


 延岡とは一コマだけ講義が一緒の後輩だ。

 彼女がこうして俺のことを心配して来てくれたのは嬉しいが、少し申し訳なくなる。


「いいんです。先輩がこうして無事でしたし」


 延岡は白い歯を見せてニコッと笑みを浮かべた。


「あっ今、先輩のためにおかゆを作ったんですよ。食べますか?」

「え、マジ? なんかそこまでしてもらうと、ほんと申し訳ないな」

「うちがしたくてやってることなので、遠慮なくどうぞっ」


 トテトテとツインテールを揺らして再びキッチンに行くと、スプーンとお椀を持って戻ってきた。


「じゃあ、いただきます」


 と、彼女から受け取ろうと体を起こして手を伸ばしたが、延岡は渡さずにキャスター付きの椅子に座った。そして、俺の元へと近寄るとスプーンで米を掬い、桜色の唇を突き出してふーふーと冷ましてくれる。


「はい! 先輩、あーん」

「いや大丈夫だよ。流石に一人で食べられるって」

「だめです。病人は安静にしててください」


 と、やや強引に延岡は俺の口へスプーンを運ぶ。

 観念した俺は口を開けて、おかゆを食べさせてもらうことにした。


「どうですか? 先輩?」

「ん……美味しいよ」


 一人暮らしを初めてから人に料理を作ってもらう機会なんてなかったし、いつもカップ麺とかで済ましていたから久しぶりに温かみのあるものを食べた気がする。


「本当にありがとうな。けど……」


 ふと、時計に目がいく。


「もう暗いし、そろそろ帰った方がいいんじゃないか。あとは俺一人でも――」

「なんですか、それ。うちが邪魔だってことですか?」


 延岡は声が低くなり、その大きな瞳を細めた。


「え、いやいや違う違う! そういうことじゃない。女の子なんだし夜遅くなったら危ないだろ」

「あっ、ごめんなさい。先輩はうちを心配してくれたんですよね」


 申し訳なさそうに目を伏せた延岡は、お椀をそばにあった机に置いて俺に向き直った。


「でも、先輩。一人ぼっちでいたうちを救ってくれたのは先輩なんです」


 膝に手を置くと寂しそうなか細い声で話し始める。


 延岡との出会いは大学の講義の最中だった。

 グループワークで二人組を作ることとなったとき、部屋の隅っこで一人でいた彼女を見かけて、俺も一人ぼっちだったから話しかけに行った。


 それからというもの徐々に仲良くなっていき、今はここまで俺に懐いてくれた。


「だから、先輩にもしものことがあったら……うち、耐えられません。恩人である先輩のお世話はうちがしたいからしているんです。夜遅くなることなんて、なんてことないんです」


 言って桜色の唇をつぐんだ延岡は鼻から大きく息を吸い


「ねぇ先輩。うちはもっと先輩のそばにいたいんです。先輩のこともっとお世話して、支えたくて……」


 その大きな瞳で俺を見据える。


「だから、うちのこと、彼女にしてくれませんか?」


 延岡の申し出に俺は心が熱くなる。


 彼女とは講義か学食ぐらいでしか顔を合わせていなかったうえに、それも週に二、三回のことだ。だが一人でいたとき、気がつけば俺は延岡のことを考えていた。


 俺も彼女と一緒に過ごしている内に特別な感情を抱いていたのだ。


「ご、ごめんなさいっ。熱出ててつらいのに、いきなりこんなこと――」

「いいよ」


 俺が小さく笑うと、延岡は動きを止めた。


「俺も、延岡のことが好きだ。だから俺を彼氏にしてくれ」

「先輩っ!」


 そして満開の笑顔を湛え、飛び込むようにして俺の手を両手で握りしめる。


「本当ですか? 嘘じゃないですよね? う、嘘だったら絶対に許しませんよ?」

「こんな状況で嘘なんてつかないよ」


 心配性なのだろう。延岡は何度も何度も問うて、俺はそれに何度も何度も答え続けた。


「じゃ、じゃあ今日は先輩の家に泊まって、つきっきりで看病してあげます」


 そこまでは……と言いかけたが、やめておいた。

 だから代わりに


「ありがとう」


 と言った。延岡がしたいようにさせてやろう。


「少し寂しいですが、うち、着替えとかもろもろお家から持ってくるので、一旦帰りますね」


 俺が頷くと、延岡は心配そうな目をしながら顔を近づけてくる。


「先輩、何かあったら今度はすぐに連絡くださいね。うち飛んできますから。絶対に連絡くださいね?」

「ああ、わかった」

「じゃ、先輩、うちすぐに戻ってきますから!」


 と、延岡が声をかけながら玄関へ向かう。俺は声とともに、机に置かれたおかゆを手に取る。


 遠くでドアの開閉音が聞こえて、その後、鍵がかかる音が聞こえた。


 ……そういえば、なんで延岡は俺の家に入れたのだろうか。それに俺、延岡に住所言ったことあったっけ。

 考えようと思ったが、文字通りオーバーヒートしている脳ではうまくいかなかった。とりあえず、今は延岡のためにも食べられるだけ食べて体を休めることにした。

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