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実の姉。青島華八の場合

 朝、窓から差し込む朝日によって一人の少年が目を覚ます。

 寝ぼけ眼で大きなあくびをしたのは青島あおしましょう。高校2年生の男子。


 翔は伸びをしようと腕を動かそうとしたが、何かにひっかかって片方の腕が動かなかった。


 不思議に思った翔は横を見てみると……。


「え?」


 なんと同じベッドで横になっていた女性が彼の腕に抱き着いていた。すうすうと寝息をたてながら、その女性は豊かな胸とふくよかな腕で抱きしめていたのだった。


「はっ!? 姉貴!?」


 すぐに振りほどきベッドから飛び起きた翔。騒がしさから隣で寝ていた姉の青島あおしま華八かやが目を覚まし起き上がる。


「ふぁ〜……おはよう、翔ちゃん」

「待て待て待て! なんで姉貴がここにいるんだよ!」

「なんでって……。翔ちゃんと一緒に寝たかったから」


 寝起き直後、まだぼんやりとした顔つきの華八は微笑みを浮かべながら言った。


 青島あおしま華八かやは大学に通っていて、翔の実の姉だ。

 茶髪の柔らかなミディアムヘアに、おっとりとした印象のあるタレ目。

 平均的な身長に程よい肉付きの身体。そして発育の良さを誇る大きな胸。

 それなりに同級生の男子から告白を受けた過去がある華八だが、ある一つの理由でずっと断り続けている。その理由は弟の翔の存在だ。


「翔ちゃーん……まだ学校まで時間あるから、こっちおいで~」

「姉貴は昼から授業だろうけど、俺は朝からなんだよ。つーかここ俺の部屋なんだから早く出ていけよな」


 そう言い残して翔は勢いよく扉を閉める。


「……もうっ少しくらい甘えてくれてもいいのに」


 頬を膨らませた華八は再びベッドで横になったのだった。









 今日の分の授業が終わり放課後になると、翔は後ろの席に座る男友達に相談する。


「なぁ。最近、俺の姉がおかしいんだよ」

「おかしいって?」

「距離感がバグってる。外出たときは手を繋ごうとするし、一緒に風呂入ろうとしてくるし、今日なんてベッドの中に侵入を許してしまった」


 段々と視線が沈んでいく翔に対して、友達はギロッと彼を睨みつける。


「なるほど。それはあれか? 一人っ子の僕に対する不幸風自慢か?」

「ちげぇよ。いいか? 何度も言っているが、現実ってのはなフィクションとは違うんだ」


 翔は向き直り力説し始める。


「いくら顔が良くても、スタイルが良くても、性格が良くても、姉は姉だ。それ以上でも以下でもない。血の力ってのは強いんだ」

「どうだか……。僕はチラッとしか見たことないけど、お前のお姉さん本当に綺麗だったし可愛かったから一緒に暮らせるってだけで羨ましいぜ」

「代われるなら代わってほしいよ……」


 はぁ……と、ため息を吐いた翔に声をかける一人の女子がいた。


「ほら、そこの男子二人。買い出し、暇なら手伝って」

「……あいよ」

「うーっす」


 荷物持ちとして呼ばれた二人だったが、素直に立ち上がった翔に続いて友達も立つ。そして三人で文化祭準備のための買い出しへ出かけることに。

 学校を出て、通学路を歩き、駅前のショッピングモールへと足を運んだ。


 と、その背後に人影が……。


 大学帰りの華八が、偶然にも弟を発見してしまった。それも、隣の女子と楽しそうにお喋りをしながら建物の中に入っていく姿を。


「翔……ちゃん?」


 まるでこの世の終わりかのように絶望した表情をする華八だったが、目撃してから行動に移すのに時間はかからなかった。


 彼女はこっそりとあとをついていき、弟の動向を窺う。


「うおっ……なんか寒気がするな……」


 翔は自分の両腕をさすって身震いさせた。


「なんだ? 風邪か?」

「いや、ただ尿意がきただけかもな。わり、俺ちょっとトイレ。先行っててくれ」


 友達二人にそう言い置いて、翔は一人別行動をする。

 その隙を彼女は見逃さなかった。


「のわっ⁉」


 翔は襟を引っ張られて人気ひとけのないところへ連れ込まれる。


「ねぇ翔ちゃん……お姉ちゃんに隠れて女の子と放課後デートだなんてどういうこと?」


 華八からメラメラと炎が燃えるような怒気が染み出ていた。たれ目がちな華八でも力強い目力で翔を捉える。


「姉貴!? なんでここに? ていうか、デートってなんだよ」

「あの女の子と一緒にお出かけだなんて! あたしが誘っても全然お買い物付き合ってくれないのにっ! そんなにあの子とのデートがいいの?」

「ああそうだね。デートじゃなくて文化祭のための買い出しだけど」


 毅然とした態度で言い返されてしまった華八は、まるで子どものように頬を膨らませて不満を表した。


「あの子よりも、お姉ちゃんの方が翔くんにお似合いよ! なんてったって、翔ちゃんとの出会いはあたしの方が先だし!」

「そりゃ姉弟きょうだいだからだよ」


「あたしと一緒にお風呂も入る仲だし」

「それも姉弟だからだよ。あと小1までの話じゃねえか」


「一緒にベットの中で一夜を共にする仲だし……」

「勝手に姉貴が入ってきただけだ。あと頬を染めるな」


「それに……翔ちゃんのファーストキスはあたしだもん」

「え、は? マジで……?」

「覚えてないの? まぁまだ年長さんだったもんね。『お姉ちゃんのこと大好き!』ってチューしてくれたじゃない。それも唇に! それでそれで『将来はお姉ちゃんと結婚するんだ!』って言ってくれたじゃない! あたし、翔ちゃんを嘘つきに育てた覚えはないわ!」

「マジか俺……そんな過ちを犯していたのか……」

「――過ちってどういうこと!?」


 華八は聞き捨てならない言葉にすぐさま反応して、頭を抱えていた翔の腕をつかみ問い詰める。 


「翔ちゃんは、あたしと結婚したくないの?」

「つーか、姉弟きょうだい間じゃ結婚できないし。そもそも問題外なんだよ」


 翔は華八を振り払うと、そのまま立ち去ろうと踵を返した。


「ま、待って! ねぇ……翔ちゃん」

「あ……?」


 やけにしんみりとした声音に翔は思わず立ち止まり顔だけ振り返る。


「もし、もしさ……あたしたちが、本当の姉弟じゃなかったら?」

「えっ……?」


 翔が目を見開き、華八を見る。


「嘘……だろ?」


 動揺を隠せない翔は、数歩よろけるようにして後ずさり、目線を揺らした。


 その反応を見た華八はというと、気まずそうに口を中途半端に開けて茶髪のミディアムヘアを撫でていた。


「あ、いや、ごめん、嘘なんだけど……」

「嘘なのかよ! 絶対に違う流れだったじゃん!」

「ま、まさかそんなに真剣に受け止められるとは思ってなくて」

「クソッ、心配して損した!」


 翔が再び踵を返すと、華八は後ろから腕を掴んだ。


「でもっ、今、揺らいだよね……?」

「…………!」

「姉弟だからとか、血が繋がってるからとか。そういうの関係なしに、翔ちゃんの気持ち、聞きたいな」


 翔が振り返ると、彼は上目遣いで華八のたれ目がちな瞳を真正面から受けた。

 それにより若干頬を赤らめる。が、何かを振り払うように頭を横に振る。


「姉貴は姉貴だ……。だから、悪いけど、俺たちはそういう関係になれない」

「そっか……」


 消え入るような声を出したあと、華八の手が離れていく。


「あ、いや別に姉貴のこと嫌いとかそういうんじゃないから。それは……心配しないでほしい」

「じゃあ、翔ちゃんをあたしのものにする未来もあり得るってことよね?」

「……。ゼロでは……ないんじゃないかな?」


 すると突然、華八が天啓を授かったかのように目を丸くする。


「――っ⁉ 既成事実を作ってしまえば、翔ちゃんはあたしのものになるんじゃ……?」

「おい、姉貴? 俺に何させる気だ⁉」


 嫌な気配を感じ取った翔が訝しげな視線をおくると、華八は妖艶な笑みを浮かべる。


「大丈夫、翔ちゃんは何も考えなくていいの。ただ天井のシミを数えているだけでいいから」

「そんなことしたら家族会議だよ! バカ野郎!」


 言わんとすることを察して全力で拒否する翔。


「うん、そうだよね……。まずは政治の世界を目指して、翔ちゃんと結婚できるような世の中にするところからだよね」

「落選してしまえ、そんな私利私欲にまみれた政治家なんて」


 翔は頭を抱えてため息を吐いたあと、華八に向かって真剣な眼差しを向けた。


「姉貴、決めたよ。やっぱ俺勉強頑張って、良い大学行って、それで上京して一人暮らしする」

「ひっ、一人暮らし!? それも上京って――待って! 翔ちゃん! 行かないで! あたし翔ちゃんがいなくなったらどうやって生きていけばいいの!?」


 華八は涙を流しながら翔の腰にしがみついた。


「うるせぇ! てか姉貴はいつまで実家にいるんだよ!」

「あたしは翔ちゃんとずっと一緒なの!」


 姉弟の押し問答はこれからも続く。


 そしていつまでも続く…………。

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