クールな同級生。神影美琴の場合
「内海くん、私はあなたのことが好き……。付き合ってください」
放課後の教室。斜陽差し込む中、俺はクラスで一位二位を争うほどの美少女に告白された。
彼女は神影美琴。この高校のちょっとした有名人。
テストはいつもトップクラスだし、運動神経も抜群。そして何より、あの整った美しい容姿が噂する話題にもってこいだ。
腰まで伸びた流れるように美しい黒髪に、スレンダーな体。さらに目鼻立ち整ったクールな顔。
だから告白をする男子も多数で、撃沈した数も多いという。
そんなクールで塩対応な神影さんが、どうして俺に告白を?
俺と神影さんは同じクラスだが、仲が良いどころか全然接点がない。
会話をしても一言二言で終わるし、そもそも年間通して会話した数なんて片手で数えられる。
というか、人と話しているところをあまり見たことがない。いつも一人でいる。
だから……俺は……。
「ごめんなさい」
彼女の告白を丁重にお断りした。
そりゃそうだろう。これは罰ゲームかなんかで言わされているだけだ。神影さんに罰ゲームをやらせる友達がいるのか知らないけど。
こんな美少女に告白されるなんて出来事、人生でもう二度と来ないだろうが、今後バカにされ続けるよりはマシだ。
「……そう」
背筋を伸ばしたまま、神影さんは表情を変えず呟いた。
これで話は終わり、と思っていたのだが彼女はまだ俺を見ている。
「どうして……。そんなに私のことが嫌い?」
「い、いや……嫌いってわけじゃ……」
「じゃあどうして断るの? 私は内海くんのことが好きで好きでたまらないの」
神影さんは静かながらも距離を詰めて問う。
「そもそも、なんで俺のことが好きなんだ? なんかきっかけとか、あったっけ?」
「覚えてないの……?」
悲しそうな目をされてしまう。その表情を見て必死に思い出そうとするも全く見当がつかなかった。
「私、助けてもらったんだよ」
「この学校受験したとき、私、消しゴム忘れちゃってさ。それに気がついてくれた内海くんが、私に消しゴムを貸してくれて」
言われて徐々に記憶がよみがえってくる。そういえばそんなことがあった気がする。
受験当日、隣に座っていた彼女がやけにそわそわしていたから気になって目を向けたとき、机の上に消しゴムだけがなかったんだ。
シャーペンと鉛筆を三本ずつ置くほど用意周到だった彼女が消しゴムだけなかったのが不自然に映った。
だから俺は声をかけたんだ。
まさかあの人が神影さんだったなんて。今の今まで気がつかなかった。
「私、内海くんに改めてお礼が言いたくて……」
彼女は胸の前で手を握る。
「でも、その……私、あんまり人と話すの得意じゃないから。中々、声かけられなくて……」
段々と声が小さくなっていった神影さんは、深呼吸をしたのち顔を上げた。
「私はあなたのことが好き、大好き。内海くんは……どうなの? もしかして、他に好きな人がいるの?」
神影さんの綺麗な瞳と目が合う。
あの時からずっと彼女は、お礼をしたくて勇気を出し続けていたんだ。
そして今日、俺に告白をしてくれた。
俺のことを考え続けてくれた、その一途な想いを俺は受け止めたい。
「俺も……俺からもよろしくお願いします」
俺は頭を下げて返事をする。
「……俺も神影さんのこと気になってはいたし、何より前からずっと俺のことを想っていてくれたと思うと……その気持ちに応えたいなって」
目を逸らしつつ恥ずかしいことを言っていると、神影さんはこちらへ歩いてきて俺は不意に抱きつかれる。
「ちょ――!? 神影、さんっ!?」
彼女の細い腕が背中まで回り、俺は腕が動かせなくなった。
そしてそのスレンダーな身体が満遍なく触れ、彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。
「やっと……あなたと触れ合えた」
耳元でそんな言葉が聞こえてくる。
俺はかろうじて動かすことのできる前腕で彼女を抱き返した。
「……! ……大好き、内海くん」
どれくらいの間、抱き合っていたのだろうか。時間を正確に把握できるほど冷静でいられなかった。
神影さんの抱擁が終わると、
「じゃあさ、内海く――。いや、春樹くん」
「な、なんでしょうか? 神影さん」
下の名前で呼ばれ、一瞬吃りつつ聞き返すと、彼女はジトッと目を細めた。
「……美琴」
静かながらも圧を感じさせる声音だった。彼女も下の名前で呼ばれたいらしい。
斜め上に目を逸らしつつ俺は言う。
「み、美琴……」
言って彼女の表情をチラッと確認する。本当に微妙だが、広角が上がっていた気がする。
「ねぇ春樹くん。戸建てがいいかな? それともマンション?」
「ん? なんの話だ?」
「何って……もちろん私たちが住む家の話だよ」
「気が早すぎないか? まだ俺たち高校生だぞ……?」
「善は急げ、だよ。一秒でも長く春樹くんのそばにいたい……」
もう一度美琴が俺へ抱きついて身体を密着させる。さっきよりも腕の力が強くなっている。
「それに春樹くんはお人好しだから。それにつけ込む悪いメスが寄ってこないようにするの」
「め、メス? なんだって?」
美琴には似合わない乱暴な言い方で戸惑う。
「春樹くんの優しさを利用して、私の春樹くんを盗っていこうとするメスがいつ現れてもおかしくない。だから私が春樹くんを家で守るの」
「え、ちょ、そんなことしなくてもいいんじゃないなかな。別に俺、モテるわけじゃないし」
「ダメ。いつどこで誰が狙ってるか分からないんだから。春樹くんはお家の中にずーっといなきゃいけないんだよ」
「それって軟禁ってやつでは……?」
ずっと真面目な顔で話していて冗談には聞こえない。俺が不安を顔に表していると、美琴は微笑みを向ける。
「大丈夫……。私が衣食住を支えてあげるから。それに何でも好きなものは買ってあげるし、させてあげるよ? でも、春樹くんが外出するときは私も絶対一緒についていくから」
心配しているところはそこではない。
「でも、確かに今一緒に暮らせないのは事実。だから、私のものだって印をつけなくちゃ……」
美琴は徐ろに俺の顎をつまみ、自分の顔に向けさせる。
そして彼女は唇を奪った。
「大好きだよ。春樹くん」
あれから美琴は、通学中でも学校内でもべったり俺にくっついているようになった。
優越感はあるものの、周りからの視線が少し痛い。
今まで一人でいることが多かった美琴が知らない男と、それも腕に抱きついて歩いているんだもんな。
このことは学校内の一部でちょっとした話題になった。
それでも美琴はやめない。せめて手をつなぐくらいにしてほしいが、今日も今日とて彼女は腕に抱きついている。
「春樹くん……今、おっぱい大きい子見てたよね?」
美琴の抱きしめる力が強くなる。まるで自分の慎ましやかな胸に俺の腕を押し当てているようだった。
「見てない見てない……!」
「私のは大きくないけど、あの子は私みたいに朝、春樹くんを迎えに行ったりお弁当を作ったりしないし、尽くしてはくれない。それなのにあの女、春樹くんを奪おうとしてる……。やっぱり春樹くんが誑かされないように隔離――」
「俺は美琴しか見てないぞ!」
俺は咄嗟に美琴の肩を掴んで彼女を真正面から見つめる。彼女のことは好きだが流石に隔離はごめんだ。
美琴は微笑む。
「それならよかった。春樹くんを幸せにできるのは私だけなんだから」