今日も私のクソザコ彼氏が可愛い
どうも、底辺高校生なろう作家です。
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放課後の教室。誰もいなくなった静かな空間で、私は彼の隣に椅子を引いて座った。
「ねぇ、陽向君。今日も、かわいいね」
不意に名前を呼ばれて、彼はびくっと肩を震わせた。俯いたまま固まっている背中は、細くて、頼りなくて、まさに“私だけのクソザコ彼氏”そのものだった。
「え、えっと……あの、そ、そんなこと……」
「うんうん、そういう否定から入るとこも、めっちゃ陽向君って感じ。かわいい」
私は彼の制服の袖をくいっと引っ張って、正面からのぞき込むように顔を近づける。陽向君は焦って目を逸らし、耳まで真っ赤になった。
「あの……さ、紗英ちゃん……近い、よ……」
「近くて当然でしょ? 彼女だよ、私」
「そ、そっか……そ、そう、だった……」
陽向君は小さく俯いて、ノートの隅を鉛筆でカリカリいじっている。相変わらず目を合わせてくれない。でも、それがまた愛おしい。
「今日ね、授業中にふと見たら、陽向君ずっと教科書とにらめっこしてて、眉間にしわ寄せてたでしょ?」
「え、えっ……ば、ばれてたの……?」
「うん、ばればれ。可愛すぎて直視できなかったよ。あんな顔で集中されたら、惚れ直しちゃうじゃん」
「……そ、そんな……」
陽向君はもう、顔全体が真っ赤で湯気が出そうだ。私は笑いながら、そっと彼の髪を撫でた。細くて柔らかい髪が、指先をくすぐる。
「ん〜〜〜〜〜、かわいい。ほんっとに、今日もクソザコで愛しい」
「く、クソザコって言わないでよぉ……」
「なんで? 私の“クソザコ彼氏”って、褒め言葉なんだけど」
「そ、それ、褒めてるの……?」
「当たり前じゃん。陽向君みたいに、目もまともに合わせられないし、告白されても挙動不審になるし、女子の前でしゃべるときにどもっちゃう男子って、今時絶滅危惧種だよ? 貴重。世界に一匹。だから、私が保護してあげてるの」
「……い、いちひき、って……動物、みたいに言わないでよ……」
「うふふ、可愛い。もっと照れて?」
「もう、恥ずかしいよぉ……」
私は机に肘をつきながら、頬杖をついて陽向君を見つめる。こうして隣にいるだけで、どんどん私の“好き”が膨らんでいく。ずっと撫でていたい。ずっと隣にいたい。ずっと、からかっていたい。
「ねえ、陽向君」
「な、なに……?」
「キス、したことある?」
「ぶっ!? な、ななな……なに言ってるの……っ」
「ふふ、図星?」
「ち、ちがっ……う、けど……でも、その、そ、そういうのは、もっとこう……タイミングとか、あるんじゃ……」
「その“しどろもどろ”が最高なの。ねぇ、今日がそのタイミングじゃダメ?」
「……だ、だめ……じゃないけど……」
「よし、じゃあ決まり」
私は体を寄せて、彼の頬にそっと触れた。
「ま、まだ心の準備が……!」
「ほっぺだよ? 唇はまだ取っとく。陽向君が震えなくなったら、ちゃんとちゅーしてあげる」
「……ふえっ」
頬にちゅっとキスをすると、陽向君はまるで小動物みたいにビクッと震えた。そして静かに、でも確かに呟いた。
「……うれしい、かも……」
その声に、胸の奥がじんと熱くなった。
「……もう、ほんと陽向君ってば」
私はそっと彼の手に自分の指を絡める。
「ほら、手。あったかい。こんなにドキドキしてるの、バレバレ」
「う……うん……」
「でも、そんなの、ぜーんぶひっくるめて可愛いの。私だけが知ってる、陽向君の全部。すごく、特別」
「……ぼくなんか、で……いいの?」
「陽向君じゃなきゃダメなの。世界に一匹のクソザコ彼氏、誰にも渡さないんだから」
「……そっか」
彼は小さく笑った。ほんの少しだけ、私の方を見た気がする。
それだけで、今日一日が報われる。
---
チャイムが鳴ったわけでも、誰かが声をかけてきたわけでもない。
でも、教室の外がオレンジ色に染まっていくのを見て、私は立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか。私と一緒に」
「……うん」
陽向君は少しだけ、私の方に体を向けてくれた。
その小さな一歩が、たまらなくいとおしい。
「明日も撫でてあげるから、ちゃんと学校来てね?」
「……うん。来るよ、紗英ちゃんに会いたいから」
ああもう。
その一言で、私はまた彼に恋をしてしまった。
―――――
放課後の教室で、「明日も来てね?」と私が言った次の日。
もちろん、陽向君はちゃんと来てくれた。
むしろ、普段よりも少しだけ早く来ていて、私が教室に入った時にはもう席に座って、机に顔を伏せていた。
「おはよう、陽向君」
声をかけると、びくっと肩が揺れる。
「お、おはよう……紗英ちゃん……」
私の顔を見ないまま、そっと返されるその声は、やっぱり蚊の鳴き声並みにか細い。でも、慣れてる。可愛いって知ってる。だから、すぐ隣に座って、彼の手をそっと握った。
「今日も可愛いね」
「ま、またそれ……」
「当たり前。クソザコ可愛い彼氏は、毎朝チェックしなきゃいけないの。彼女の義務だよ?」
「うう……紗英ちゃんは、強すぎるよ……」
「陽向君が弱すぎるだけ」
「う……そ、それは……否定できない……」
そんな会話をしていると、周囲がちょっとざわつき始めた。いつの間にか、登校時間を迎えていたらしい。クラスメイトたちがちらちらと私たちを見ていたけど、私はまったく気にしない。
むしろ、見せつけてやりたいくらいだ。
これが、私の彼氏だって。
世界で一番、守りたくなる男の子だって。
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五時間目の終わり。先生が「今日はここまで」と言った瞬間、私は陽向君の袖を引いた。
「ねえ、陽向君。放課後、空いてる?」
「え、あ、うん……?」
「じゃあ決まり。デートだよ。今日は教室デート」
「きょ、教室デート……って、なにそれ……?」
「教室で、ずっと一緒にいるだけの時間。宿題してもいいし、おしゃべりでもいいし、手つないでもいいし。今日の主役は陽向君だから、何でも選んでいいよ?」
「え、ええと……そ、そんな急に選べって言われても……」
「じゃあ、とりあえず一緒におやつでも食べよっか。はい、これ」
私は鞄からクッキーの袋を取り出した。昨夜、陽向君の顔を思い出しながら焼いた、手作りのやつ。
「これ……」
「手作り。陽向君のためだけに作った」
「……っ」
彼が言葉を詰まらせる。
「ほら、食べて?」
私は袋からひとつつまんで、陽向君の口元へそっと差し出した。
「え、あ……」
「“あーん”って言って?」
「……あ、あーん……」
ぱく。
食べた瞬間、彼の目がぱちくりした。
「お、美味しい……」
「でしょ?」
「うん……ほんとに……」
「私、陽向君の“美味しい”って言葉、すっごく好き。なんか、ほめられてる気がする」
「……だって、本当に美味しいもん」
「ふふ、ありがと。陽向君、可愛いから、もっと作りたくなっちゃう」
「か、可愛いって……」
「もう百回くらい言ってるのに、毎回照れてくれるの、最高に推せる。陽向君、ほんと彼氏の才能ある」
「そ、それ、褒め言葉なの……?」
「もちろん」
私はそのまま、もう一枚クッキーを自分の口に放り込んで、もぐもぐと咀嚼する。
陽向君はそれを、そっと横目で見ていた。
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「……ねえ、紗英ちゃん」
クッキーを食べ終わってしばらくした頃、ぽつりと陽向君が呟いた。
「どうしたの?」
「……なんかさ、最近、ちょっと変わった気がするんだ」
「なにが?」
「ぼく……ちょっとだけ、前より笑えてるなって」
私は静かに、彼の方へ体を向ける。
「そっか。自分でも、わかるんだ」
「うん……。紗英ちゃんが、毎日いろんな言葉をくれてさ、笑ったり、顔赤くなったり、恥ずかしかったり……」
「いっぱいしたよね、そういうの」
「でも、不思議と、それが全部……うれしい、って思えて」
「……」
「ぼく、こういうの……知らなかったから」
私はその言葉を、丁寧に胸の中で転がした。あったかくて、じんわりして、でもどこか少し切ない。
「陽向君」
「うん?」
「私、陽向君を“可愛い”って言ってたけど……」
「うん……?」
「可愛いだけじゃないんだよ。すごく、ちゃんと“好き”なんだ」
彼の目が、ほんの少しだけ見開かれた。
「……そ、そんな……」
「照れなくていいよ。私、毎日こうして一緒にいて、どんどん好きが増えてってるの。最初はね、“守りたい”とか“育てたい”とか思ってたけど、今はもう、そうじゃないの」
私はそっと彼の手を握る。
「陽向君が、ちゃんと自分で笑って、言葉を選んで、伝えてくれてる。それが、すごくうれしくて、すごく、誇らしいの」
「……ぼくなんか……で、いいの?」
「陽向君じゃなきゃ、ダメだよ」
私はそっと彼の手を引いて、立ち上がらせる。
「目、閉じて?」
「え……」
「いいから」
おずおずと目を閉じた彼の顔を、私は正面から見つめた。
真っ赤な頬。ほんの少し震えるまつげ。きゅっと結ばれた口元。
私はそっと、彼の頬に触れ――
今度は、唇に。
ちゅ。
ほんの一瞬。でも、確かに重ねた。
目を開けた彼は、しばらく何も言わず、呆然としていた。顔だけじゃなく、耳まで赤くなってる。
「……しちゃった、ね」
「……う、うん」
「嫌だった?」
「ううん……全然、そんなことない……」
「ふふ、よかった。これで、私たち“ちゃんと”カップルだね?」
「……うん」
「ねえ、陽向君」
「なに……?」
「今日のキスの感想、聞いてもいい?」
「……こ、言葉に……ならない、くらい……」
「そっか。それなら満点だ」
私は笑って、陽向君の頭をそっと撫でた。彼は身じろぎもせず、されるがままだ。
「ねえ、陽向君」
「うん?」
「私たち、これからもずっと、こうして一緒にいようね?」
「……うん」
「約束だよ?」
「……約束、する。ずっと、そばにいるよ。紗英ちゃんがいてくれるなら、ぼく、どんな恥ずかしいことだって、頑張れるから……」
その言葉に、私はぎゅっと彼を抱きしめた。
華奢な体。でも、あったかくて、ちゃんと、私のことを受け止めてくれる。
ああ、やっぱり――この子を好きになってよかった。
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それから、少しずつだけど、陽向君は変わっていった。
目を合わせて話してくれるようになったし、「好き」って言葉も、たまには自分からくれるようになった。
でも、本質的なところは、やっぱり変わらない。
今も、撫でたら照れるし、手を握ったらぎこちないし、隣で並んで歩くときはちょっと肩をすぼめる。
――そんな、クソザコな陽向君が、私は世界で一番、大好きなんだ。
だから私は、今日も彼の隣でこう言うのだ。
「陽向君、今日も最高にクソザコで可愛いね」
「……紗英ちゃんって、やっぱりすごいよね……」
「でしょ?」
そして、彼のほっぺにちゅっとキスをする。
「だって、私の彼氏だもん」