赤田家の日常 第六和
※本作は正真正銘のフィクションです。
出てくるお店や人物、動物、他人の人格を変えるメロンパンはすべて架空のもので、どこにもありません。
メロンパンで人格は歪みません。未来は変えられるかも?
どこかのなにかで「あれ?なんか似てるな〜」と感じたら、
きっとあなたの思い出の中か、もしくは前世かなんかの遠い日の記憶です。
「奈々姉、ただいま~!!」
元気よく帰宅する沙奈。
直ぐに次女の奈々の部屋へと向かう。
「奈々姉!!!聞いて!!!!出来たのっ!!!!」
「あんた、何なの急に?」
妹の異常なテンションに戸惑う奈々。
ここ数日は究極のメロンパンの開発がうまくいかず、元気のなかった妹の姿をずっと見ていた。
なのに今日はどうしたのだ?今朝の姿とは全く違うではないか。
「何、華奈姉の意味不明なメールの意味でも分かったの?」
しかし奈々は未だに空気が読めなかった。
否、家族や友人から蝶よ花よと大事にと守られてきた結果、遂には赤田家の中ですら読めなくなったのだ。
何か困ったことがあれば、いや、困ることが起こり得る可能性が生じたその瞬間から奈々の謎の力が働く。
家を出る際に忘れ物があれば、母の真奈がさり気なく用意を済ませる。
過去の話になるが、日付や順番で決めている誰にでも不平等なくある授業中の音読み
その機会があるかと思えばチャイムが鳴る、もしくは授業に集中していない者が選ばれる。
そんな、彼女自身の成長の機会はことごとく排除され、妹にすら「え、さすがに普通はわかるよね?何でわからないの」と、蔑まれてしまう今の悲しきモンスターへと成長してしまっていた。
「奈々姉、私がなにやってたか知らないわけじゃないよね?」
「あんた、さすがに失礼すぎよ。あれでしょ、ほら、あれ。ね?
大きな溜め息を付く沙奈。
「もういい。コレ!!あげる!夜食にでもしてみて」
そう言って差し出されたのは、オレンジベーカリー朝焼けの紙袋。
見慣れたその紙袋を見て、奈々は眉を歪ませる。
「言いたいことは、分かる!けど、お願い、可愛い妹の滅多にないお願いだから!」
「そこまで言うなら、食べてあげるけど。わざわざ買ったの?
本当に空気の読めない、というより分からないのか、そもそも本当に知らないのか。
いずれにしてもゲームや運動、自分の好きなことに集中しているときの彼女とは、最早別人である。
「奈々姉。……あのね、私の仕事はね、新しいパンの開発なの!……さすがに分かったよね」
ああ!!――毒見ねっ!!」
奈々のその言葉に、無言の沙奈は思わず本気で睨む。
そして奈々の部屋から出ると、扉を力強く締めた。
普段はそれなりに仲の良い二人、だが今日だけはいつもと違う終わりを迎えた。
奈々もさすがに何かを間違えたのは分かった。
ケーキとかのほうが嬉しかったと内心思いながら、何やら怒らせたようだし、仕方がなく紙袋を開ける。
「やっぱりメロンパンじゃん……」
正直、開ける前から分かってはいた、なんとなくそうじゃないかと思っていた。
「まあさすがに食べないわけにはいかないかあ……」
ほどよく甘い香りが鼻に届いた。
その刺激を受け、一旦、「パン」というカテゴライズを外す。
少しだけ自分が目の前の「食べ物」に期待していることに薄っすら気が付きながら口へ運ぶ。
「ほっんと、奈々姉って奈々姉だよ」
「まあまま沙奈ちゃん。奈々ちゃんだって本当はわかってるのよ。きっとそれは照れ隠しなのよ。可愛いとっても可愛い妹からの贈り物なんて貰っちゃったんだから」
沙奈は奈々の態度に苛立ちを我慢できず、母の真奈に愚痴を聞いてもらう。
「そうだとしても『毒見』はあんまりじゃない?」
「そうね~、でも奈々ちゃんだもの。そういうこともあるわよ。もっと他のことを言いたかったのよ」
その後も「でもでも」と愚痴の止まらない沙奈。そんな元気な沙奈の姿に真奈は思わず笑みが溢れる。
貴弥と二人で話し、社会人になったばかりだし温かく見守るのが親としての努めだろうと、いろいろと心配だった。けれど今日は言葉の内容とは裏腹に清々しい表情をしている。
何かがふっきれたのか、それとも乗り越えたのか。我が子の成長に、涙も零れそうになるが、どうにか堪える。必死に堪えていた。
「沙奈ぁあ!!!!!!!!!」
突如、奈々の大きな声が家中に響き渡る。
時刻は19時過ぎ。ギリギリご近所様に怒られないような時間。
大きな足音も聞こえ、走っている様子も伺えるではないか。
何があったのかと、沙奈は身構える。
リビングに奈々が飛び込んでくる。
「あんた!あれ、何?!本当にパンなの?最高じゃん!!」
そんな奈々の言葉に沙奈は思わず涙した。
あの奈々がパンのことを褒めている。しかも自分が最高の出来だと自信を持って言えるメロンパンを。褒めてくれているではないか。
「沙奈、あんたのこのやばい、いや、魔法みたいなメロンパンさ、私が物語としてエモく面白く描いてあげる!!いや、書かせてください!!」
忘れているかもしれないが、次女の奈々。
21歳の夢追う、哀れな作家志望(仮)のゲーマーである。
本を読むは好きで、様々な景色や世界を体験できる、させてくれる作家、という職業に憧れていた。
が、何か書きたいものがあるかと聞かれるとなかった。これといって思いつかなかったのだ。
けれど、これも奈々の持つ不思議な引力の運命なのか。
はたまた、沙奈の苦悩と試行による定めなのか。
「漢字とか難しい言葉とかわからないけど、大丈夫!!華奈姉がいじったやばいAIがあるから余裕」
そう言葉にした奈々の表情は百点万点の笑顔だった。
いろんな文字や単語が辞書に載っていない奈々だが、「不可能」も載ってはいない。
あるのは何かを成すための無限の可能性なのである。
翌日、青井に昨日の奈々の変化のことを伝えた。
「ついに開闢の扉が開かれたか。ふっ、今から、天地創造が始まる……」
口元を右手で隠し、ニヤリと呟く青井。
それから、何か大事なことを全うしたような気持ちにもなった。
赤田家の最高に熱い夏が終わる。
あ、これ別にこれで終わりとかじゃないんで、そう鼻につくもの言いをするのは「あかたさな」。赤田家の作者である。
なんだかムカついたので、今回も番宣させてください。
改めて第一和と第二和、四和、五和と読んでみてください。
第三和は完全独立チックな仕上がりでメロンパンは売り切れですが、それでも満足な焼き上がりです。
というわけなので全部読んでくれよな!!