許されない恋だとしても
その人は、最初から「姉」だった。
物心ついた頃から、同じ屋根の下で暮らし、同じ食卓を囲み、同じ苗字を持っていた。
何も不自然なことなんて、ひとつもない。
ただ、家族だった。それだけだった。
けれど――中学の終わりごろだった。
姉の髪が肩まで伸びて、制服のスカート丈が似合うようになって、
横顔がふと大人びて見えたとき。
私は、自分の視線がそれを“見つめている”ことに気づいてしまった。
心臓が、跳ねた。
それは“憧れ”とか、“尊敬”ではなく――
恋だった。
それを認めた瞬間から、私はもう、普通の妹ではいられなくなった。
「希、明日の朝練、私も一緒に行こうか?」
「あ、ううん。大丈夫。お姉ちゃん、最近夜遅いでしょ。寝てて」
「そっか。……でも、朝ごはんは作るね」
「……ありがと」
姉の名前は、陽。
家ではちょっと抜けてるくせに、外では完璧主義。
成績も運動も上位で、後輩にも好かれて、先生たちにも信頼されてて。
学校じゃ“理想のお姉さん”って呼ばれてる。
そんな彼女が家でだけ見せる、髪を下ろした寝起きの顔とか、
炊きたてのご飯の匂いを嗅いでうれしそうに笑うとことか――
誰にも見せたくない、私だけが知ってる“陽お姉ちゃん”。
でも私は、妹でしかない。
そのことが、毎日、心の奥で軋んでいく。
「陽お姉ちゃん、今日遅いの?」
「うん、生徒会の書類整理手伝ってる。帰ったら遅くなるかも。
夕飯は冷凍庫にあるやつ食べてて」
「うん……わかった」
既読がついても、それ以上のメッセージは来なかった。
それだけで、私は沈んだ気持ちになる。
彼女がどんなに優しくしてくれても。
私がどれだけ彼女を想っていても。
この想いは、どこにも辿り着けない。
法律がそうだとか、倫理がそうだとか。
そんなことはどうでもいい。
一番つらいのは、
“陽お姉ちゃんが、私のことを本当の妹だとしか思っていない”こと。
私は、その事実だけで、何度も壊れそうになる。
とある雨の夜。
窓の外では雷が鳴っていて、私は眠れずにいた。
スマホの画面を眺めていたら、ぽつりと通知が届いた。
「今から帰る。傘、忘れた」
私はベッドから飛び出して、玄関の傘立てから2本の傘を取った。
それからコンビニで買ったレインコートまで鞄に詰めて、走った。
最寄駅に着いた頃、ちょうど改札を抜ける彼女が見えた。
「……のぞみ!? なにして――」
「傘、持ってきた。レインコートも。……風邪、ひいたら嫌だから」
陽お姉ちゃんは目を見開いて、
それから小さく笑った。
「ありがと。……ほんと、優しい妹だね」
その言葉が、心に突き刺さった。
私は、彼女の“妹”でいる限り、永遠に超えられない。
帰り道、私は問わずにはいられなかった。
「ねえ……もしさ、私たちが、別の家に生まれてたら、何が違ってたと思う?」
陽お姉ちゃんは歩みを止めた。
そして、ほんの少し俯いて、
それから囁くように答えた。
「……そんなの、考えたことあるに決まってるじゃん」
「え?」
「希が、他人の家に生まれてたらって。
私が“姉”じゃなかったらって。
そうだったら、どんなに良かっただろうって――ずっと思ってた」
雷の音が遠ざかって、代わりに心音が大きく響いた。
「私、希が好きだよ」
「え……?」
「妹とかじゃなくて。……一人の女の子として」
「陽お姉ちゃん……」
「でも、言えなかった。
だって、そんなの、許されるはずないって思ってたから。
でも、今、聞いてくれて、言ってくれたから……言える」
私は、もう我慢できなかった。
その場で彼女に抱きついた。
雨に濡れた制服、少し震える肩。
互いの息がかかる距離で、ようやく唇が触れた。
それは、甘くて、でも泣きたくなるほど苦しかった。
家に戻ってからも、ふたりともほとんど言葉を交わさなかった。
でも、手だけはずっとつないでいた。
夕飯を温める時も、洗い物をしている時も。
まるで離れてしまえば、すべてが壊れてしまうような気がして。
夜、並んでベッドに入った。
ベッドはひとつ。妹の部屋に、彼女を招いたのは初めてだった。
「これから、どうする?」
「……わかんない。
でも、わからなくても、そばにいたい。
仮初でも、いいから。
本物じゃなくても、いいから。
貴女と長く、居たいの」
陽お姉ちゃんは黙って、私の頬を撫でた。
「じゃあ、嘘でもいいから、“ずっと一緒にいる”って言って」
「……ずっと、一緒にいるよ」
それが、真実になるかどうかなんてわからない。
でも、今だけは、確かにふたりの気持ちが重なっていた。
誰に認められなくても。
どれだけ背徳でも。
この手を、離したくない。
たとえいつか離れる日が来ても、
この瞬間の想いだけは、きっと本物だから。
明日から投稿時間変わります。
夕方更新にします