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今日も君の味噌汁を飲みたい

「……ん、いい匂い」


朝、キッチンからふわりと香る出汁の香りに誘われて、私はゆっくりと目を覚ました。


誰よりも朝に弱い私がベッドから起き上がる唯一の原動力――

それは、同居人の彼女が作る味噌汁だった。


「おはよう、奈央」


「おはよ、ほのか。起きたばっかで寝癖すごいよ」


「……知ってるけど言わないでほしい」


奈央は苦笑いしながら、鍋をかき回している。

髪をひとつに結び、薄いエプロンを身にまとって、まるで新妻そのものだった。


……いや、ちがう、落ち着け私。新妻じゃない。シェアハウスだ。

同居人。大学の先輩と後輩。

たまたま趣味と食の好みが合っただけ。


――それだけ。

……の、はず。



奈央は、見習い女優だ。

朝は早く、夜は遅く、スケジュールは不定。

それでも、私の朝ごはんだけは毎日用意してくれる。


「朝ごはん食べないと、大学で倒れるよ。女の子が倒れるのはドラマだけで充分」


そう言って、ほのかは必ず味噌汁を用意する。


出汁は昆布と鰹。具材は日替わり。

豆腐とわかめだったり、大根と油揚げだったり。

今日はじゃがいもと玉ねぎ。どこか懐かしい、実家の味。


私が初めてそれを食べたとき、思わず泣いたことを、彼女は今も笑いながらからかってくる。


「そんなに泣くなんて思わなかった。味噌汁のCM狙えるレベルだったよ、あれ」


「……うるさいな。でも美味しかったんだもん」


「ふふ、なら今日も泣かせられるよう頑張ろう」


冗談っぽく言うけれど、その声はどこまでも優しい。


この人が家にいてくれる。それだけで、私の日々は明るい。



「ところで奈央、今日もオーディション?」


「うん、昼からね。ちょっとしたCMのワンカットらしい」


「……がんばれ」


「うん。帰ったら味噌汁作ってよ」


「え?」


「私も、ほのかの味噌汁飲みたいなーって」


私はしばらく黙ってしまった。


味噌汁はいつも彼女の担当だったから。

逆に、私の料理は不安要素しかない。


「……ほんとに言ってる?」


「うん。だって、毎日あげてるだけじゃバランス悪いじゃん。たまにはもらわないと」


そう言って、奈央は私の額をつんと指で押した。


「先輩にだけ、甘えさせて」


その言葉に、思わず胸が鳴った。


甘えさせて、なんて。


そんなの、もう恋人が言うやつじゃん――。



夜。


私は人生で一番慎重に、出汁を取った。

みそも三種類を混ぜて、奈央の好きな合わせ味に仕上げた。

具は豆腐とあおさと、さつまいも。

少しだけ、優しさの味がするように。


「……ただいま」


玄関のドアが開く音がして、私は一瞬固まった。

次の瞬間には味噌汁を手に持って、玄関へと小走りしていた。


「おかえり!」


「わっ、出迎えが全力……あ、でもいい匂い」


「うん、頑張った。私の全力の、はじめての味噌汁」


奈央はコートを脱ぎながら、目を細めた。


「……ありがとう、ほのか。めっちゃ嬉しい」


その声が、ちょっとだけ震えていて。


私は知ってる。


オーディション、きっとダメだったんだ。


でも、そんなことは言わない。


私はただ、味噌汁の椀を差し出して、笑った。


「ほら、泣いてもいいよ。味噌汁のせいにしてあげるから」


奈央は、ほんの少しだけ涙を浮かべて、笑った。


「……ほんと、ずるいな、ほのかは」


「うん、ずるいよ。でも、好きってそういうことだから」


言葉がこぼれた。


もう、隠さない。


奈央は、驚いたように瞬きをして、

そして、ほんの少し照れた顔で、味噌汁をすすった。


「……おいしい。だから、ずっと飲みたい」


その一言で、私はまた泣きそうになった。


今日も、君の味噌汁を飲みたい。

できれば明日も、明後日も、ずっと――。


こういう明るい百合も良いなと思いまして。

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