たとえ短い時でも最後の瞬間まで貴女の傍に居たい
彼女の隣には、いつも誰かがいた。
職場でも、食事の席でも、歩道でも。
だけど私の隣には、いつだって彼女しかいなかった。
名前を呼べば振り返ってくれる。
話せば笑ってくれる。
私の言葉に「ありがとう」って、きちんと応えてくれる。
それだけで、充分だと思っていた。
……嘘だ。
本当は、声を重ねるたびに心が軋む。
隣にいられる時間が増えれば増えるほど、心の奥で、もっと欲しいと願ってしまう。
けれど、私はもう大人だ。
彼女の恋人ではない。
ただの同僚で、少し仲のいい女。
この距離感が壊れたら、今以上に近づくことはできなくなる。
だから私は、何も言わない。
誰よりも近くて、誰よりも遠い、居場所に甘える。
ある日、彼女がぽつりと呟いた。
「好きな人、できたかも」
その言葉が落ちた瞬間、胸の奥で、静かに水音がした。
冷たいものが心に広がって、でも表情は変えなかった。
慣れている。
こういうとき、笑って「いいじゃん」と言える自分に。
「どんな人?」
「うーん……真面目で、でも不器用で、ちょっと天然入ってて」
「……ふーん、そういうタイプが好きなんだ」
「うん、たぶん」
冗談めかして聞き返したけれど、彼女は素直にうなずいた。
そこに私の影なんて、欠片もなかった。
少し安心して、少しだけ絶望した。
その日から、彼女はその「好きな人」の話を時々してくれるようになった。
どこに一緒に行ったとか、どんな会話をしたとか。
顔を赤らめながら話すその様子は、眩しいほどに綺麗だった。
私は、頷きながら笑っていた。
心の奥が、ぽろぽろと音を立てて崩れていくのを感じながら。
でも、いいのだ。
私は、自分の気持ちを伝えるつもりはなかった。
「伝えない」ことが、私にとっての愛し方だった。
彼女が誰かを好きになって、幸せになっていくのを見守る。
その幸せの一部に、私の笑顔があるのなら、それでいい。
たとえその隣が、いつか別の誰かに奪われたとしても。
帰り道、彼女と駅の改札口で別れる。
改札を抜けた後、彼女がふと振り返る。
「ねえ、いつもありがとう」
不意にそんなことを言うから、私は笑う。
「何それ、今さら」
「だって、私が変な話しても、ちゃんと聞いてくれるから」
「そりゃまあ、聞き役くらいにはなれるよ」
「ううん。ちゃんと、そばにいてくれるから」
そう言って、彼女は手を振って消えていった。
改札の向こう、夜の街の中へ。
私の手は動かなかった。
ただ、胸に残ったその言葉の重みだけが、温かかった。
……私のことなんて、どうせ忘れる。
恋人ができて、生活が変わって、やがて連絡も減っていく。
それでも、今日この瞬間までは、彼女の隣にいられた。
それで充分。
“好き”という言葉を伝えなくても、
私は私のままで、彼女の隣に立てたから。
それで、よかった。
後2話ほど切ない百合作品を投稿してから、一旦明るい百合作品を投稿していきます。