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いつか消えてしまいそうな君を私は桜に被せてしまった

春が来るたび、私は思い出す。


風に揺れるスカート、くすぐったい笑い声、

そして、ほんの少し寂しげな君の背中。


あの春、私は君に恋をした。

それが、最初で最後の恋だった。



君の名前は春原すのはら 雪乃ゆきの

出席番号のすぐ隣で、私は毎朝「おはよう」と言い合っていた。


最初はただのクラスメイトだった。

でも、君の言葉が私を笑わせて、

君のノートを見せてもらって、

君と帰るのが日常になって――


気づけば、君の笑顔が、桜よりもまぶしかった。



三月、卒業式が近づいていた。


大学進学、就職、家を出る友達も多く、

私たちももうすぐ“高校生”じゃなくなることを、

現実として感じ始めていた。


その頃から、君の目が時々、遠くを見ていた。


「……桜、今年も咲きそうだね」


「うん。あっという間に、また春が来るんだね」


「春って、なんか怖くない?

 新しくなるのは嬉しいのに、

 なんか、すごく“大事なもの”が終わる気がする」


私は、その時、何も言えなかった。


君が「終わる」と言うたびに、

私の心が、音もなく崩れていった。



そして、卒業式の朝。


式が始まる前に、私はこっそり君を中庭に呼び出した。


満開の桜が、空を埋めるように咲き誇っていた。


「ねえ、雪乃」


「なに?」


「……ほんとは、ずっと言いたかったことがあるの」


私は、手のひらをきゅっと握りしめて、

君の顔を見ないようにして、言った。


「私、君のことが――好き、なんだ」


春風が、桜を揺らす。

花びらが、ひとひら、ふたひら、舞い落ちる。


君は、何も言わなかった。

ただ、目を伏せて、微笑んだ。


「……ありがとう」


その声が、ひどく遠かった。



君は、そのまま卒業式に出ず、

数日後、遠くの街へ引っ越してしまった。


連絡先も、SNSも残さずに。

私は、置いていかれた。


まるで桜のようだった。


あんなに咲いて、

あんなに鮮やかだったのに、

何も残らず、ふっと消えてしまった。


それでも、私は君を嫌いになれなかった。


むしろ――君のことを“桜”に重ねてしまった。


いつか消えてしまいそうな、

触れたら壊れそうな、でも確かにそこにあった“恋”。


私はきっと、ずっと君を忘れられない。



それから、数年が経った。


私は変わらずこの町で暮らしている。

大学に進み、バイトをして、友達もできた。


でも、春になると、

ひとりで中庭に立つ癖が、今も抜けない。


「雪乃、元気にしてる?」


誰もいない空に話しかけるように、

私は、また桜に微笑みかける。


「……今年の桜も、君みたいに綺麗だよ」


たぶん、私の恋は終わってる。

けれど、忘れられないまま、咲き続けている。


君のような恋は、春の中にだけ咲く。


そして私は、その桜に手を伸ばすたび、

胸の奥で、名前を呼ぶ。


「雪乃――また、来年も咲くからね。

 だから、いつか見てて。

 “私の恋は、まだここにあるよ”って」


空に舞う花びらの中で、

私はまた、あの日の君を想う。


いつか消えてしまいそうな君を、私は桜に被せてしまった。


でもそれは、きっと――

今も私の中で、咲き続けているから。


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