いつか消えてしまいそうな君を私は桜に被せてしまった
春が来るたび、私は思い出す。
風に揺れるスカート、くすぐったい笑い声、
そして、ほんの少し寂しげな君の背中。
あの春、私は君に恋をした。
それが、最初で最後の恋だった。
*
君の名前は春原 雪乃。
出席番号のすぐ隣で、私は毎朝「おはよう」と言い合っていた。
最初はただのクラスメイトだった。
でも、君の言葉が私を笑わせて、
君のノートを見せてもらって、
君と帰るのが日常になって――
気づけば、君の笑顔が、桜よりもまぶしかった。
*
三月、卒業式が近づいていた。
大学進学、就職、家を出る友達も多く、
私たちももうすぐ“高校生”じゃなくなることを、
現実として感じ始めていた。
その頃から、君の目が時々、遠くを見ていた。
「……桜、今年も咲きそうだね」
「うん。あっという間に、また春が来るんだね」
「春って、なんか怖くない?
新しくなるのは嬉しいのに、
なんか、すごく“大事なもの”が終わる気がする」
私は、その時、何も言えなかった。
君が「終わる」と言うたびに、
私の心が、音もなく崩れていった。
*
そして、卒業式の朝。
式が始まる前に、私はこっそり君を中庭に呼び出した。
満開の桜が、空を埋めるように咲き誇っていた。
「ねえ、雪乃」
「なに?」
「……ほんとは、ずっと言いたかったことがあるの」
私は、手のひらをきゅっと握りしめて、
君の顔を見ないようにして、言った。
「私、君のことが――好き、なんだ」
春風が、桜を揺らす。
花びらが、ひとひら、ふたひら、舞い落ちる。
君は、何も言わなかった。
ただ、目を伏せて、微笑んだ。
「……ありがとう」
その声が、ひどく遠かった。
*
君は、そのまま卒業式に出ず、
数日後、遠くの街へ引っ越してしまった。
連絡先も、SNSも残さずに。
私は、置いていかれた。
まるで桜のようだった。
あんなに咲いて、
あんなに鮮やかだったのに、
何も残らず、ふっと消えてしまった。
それでも、私は君を嫌いになれなかった。
むしろ――君のことを“桜”に重ねてしまった。
いつか消えてしまいそうな、
触れたら壊れそうな、でも確かにそこにあった“恋”。
私はきっと、ずっと君を忘れられない。
*
それから、数年が経った。
私は変わらずこの町で暮らしている。
大学に進み、バイトをして、友達もできた。
でも、春になると、
ひとりで中庭に立つ癖が、今も抜けない。
「雪乃、元気にしてる?」
誰もいない空に話しかけるように、
私は、また桜に微笑みかける。
「……今年の桜も、君みたいに綺麗だよ」
たぶん、私の恋は終わってる。
けれど、忘れられないまま、咲き続けている。
君のような恋は、春の中にだけ咲く。
そして私は、その桜に手を伸ばすたび、
胸の奥で、名前を呼ぶ。
「雪乃――また、来年も咲くからね。
だから、いつか見てて。
“私の恋は、まだここにあるよ”って」
空に舞う花びらの中で、
私はまた、あの日の君を想う。
いつか消えてしまいそうな君を、私は桜に被せてしまった。
でもそれは、きっと――
今も私の中で、咲き続けているから。




