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いつか聞いたあの歌を もう一度君に聞かせたかった。

「……君はきっと、忘れてるんだろうな」


そう言って私は、スポンジに水を含ませて石碑の端を擦った。


ここは、街外れの小さな墓地。

並んだ墓石の中で、ひときわ華やかに花を手向けられているのが、彼女の墓だった。


佐倉さくら みお――享年24歳。


私の、恋人だった人。


それは数年前のこと。

事故だった。突然だった。


別れの挨拶もできなかった。

手を握ることも、抱きしめることも、叶わなかった。


気がつけば、彼女の名前が墓に刻まれていた。

最初は信じられなかった。

でも、何度来ても、ここには澪の名前があって。

風が吹いて、木々が揺れて、季節が流れても、

彼女だけが、時を止めたままだった。



「ほら、ここの角、よく水垢つくでしょ。だから、ちゃんと擦らないと」


独り言のように呟いて、自分で笑ってしまう。


「……いや、誰に言ってんのって感じだよね」


澪は、墓の中でどんな顔してるんだろう。

呆れてる? 笑ってる? 黙って頷いてる?


でも、いいんだ。

私にはわかってる。

澪は、たぶん今もここにいて、私の声を聞いてくれてる。


「そうそう、今日ね。道端で聞いたの。あの歌――」


私は少しだけ喉を鳴らして、

ほんの短い鼻歌を、口ずさんだ。


「……ららら、風が揺れて、君の髪がほどけて……」


低くて、掠れていて、とても人に聞かせられるような歌声じゃない。

でも、澪だけは知ってる。

私がこの歌を君に初めて歌った日を。


大学の帰り道だった。


夕方の商店街。

カラオケ帰りのテンションで、ふざけながら歌ってみたら、

澪が真顔で「今の、録音するからもう一回」って言ってきて。


「え? なんでそんなに真面目な顔?」


「だって……好きになったから」


その時のあの声、あの空気、あの笑顔。

全部、心の奥に焼き付いてる。



墓石を洗い終えて、私は手を合わせた。


「また、歌ってるって思った?……そうだよ。あの頃みたいにさ。

 君が『もう一回』って言ってくれるの、ちょっと期待してた」


木々の隙間から光が差し込んで、

水をかけたばかりの墓石が、きらりと光る。


「本当はね、聞いてほしかったの。

 上手くもない、恥ずかしいこの歌を、もう一度――

 “今の私”の声で、聞かせたかった」


私は小さく笑って、視線を落とした。


「……この前、ボイスメモに入ってたよ。君が録音してくれてた、あのときの歌」


震える手で再生したその音は、拙くて、青くて、

でも確かに、“私たちの始まり”が詰まっていた。


「君がいなくなってから、やっぱり時間ってずるいね。

 みんなは前に進むし、私もそれなりにちゃんと生きてるけど、

 ふとした拍子に、君の声が聞きたくなって。……ズルいよ」


風が吹いた。

桜の花びらが一枚だけ、ふわりと舞って、澪の墓前に落ちた。


「でもね、それでも、私はちゃんと今日も生きてるよ。

 君のぶんまで生きるなんて、大それたことは言わないけど、

 “君に会いたかった”って想いだけは、今日までちゃんと持ってこれた」


私は立ち上がって、手に持っていた花束を優しく供える。


「来年も、またこの季節に来るから。

 そしたらまた、あの歌を歌ってあげる。

 次はもうちょっと、うまく歌えるようにしとくね」


そう言って私は、くるりと背を向けた。


背中に感じる静けさが、

どこまでも優しく、どこまでも切なかった。


――澪、聞こえてたかな。


ねえ、また聴いてよ。

“君が録音してくれた私の歌”、あの頃のままじゃないから。


今の私の歌は、

君にもう一度会いたくて、何度も歌いなおした声だから。


シリアス系の作品はかけるかも

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