吸血鬼ドーナの求愛記録
「……また貴女ですか、ドーナ」
修道院の扉を開けた私は、
ため息混じりに空を見上げた。
そこには、今夜もご機嫌な顔で
空中をくるくる舞っている、黒マントの女。
銀髪、赤い瞳、そして口角にはいつも“勝ち確”の笑み。
「ええ、今夜も求愛しに来たわ! 我が最愛のユフェリア!」
「……帰ってください」
「冷たいッ!!」
ばさっとマントをひるがえして、地面に着地した彼女は、
全身から“愛してるオーラ”を撒き散らしている。
「この修道院の外には悪しきものを入れるなと、聖典にもあります」
「でもその聖典に、“吸血鬼が愛しに来る場合”の例外条項は?」
「ありません」
「つれない!! つれなすぎる!!」
両手を広げて嘆く吸血鬼、ドーナ・フォン・カーミラ。
百年以上を生きるというこの女は、私に出会って以来――
毎晩“私を眷属にするため”に来ている。
……らしい。
「そもそも、何故私なのです?」
「だってあなた、完璧なシスターじゃない。
慈愛、聡明、清らか、もう血が聖水に近いもの!
そんなの、美味しそうすぎるじゃない?」
「……食欲ですか?」
「最初は、ね?」
ドーナは笑った。
その笑顔が、ほんの一瞬だけ、真剣に見えた気がして――
私は思わず視線を逸らしてしまった。
「でも今は違うの。
あなたに断られて、拒まれて、祈られて……
それでも来てるのは、ただ“好きだから”よ」
「……」
「貴女が、血を捧げてくれなくてもいい。
この修道院に来るたび、ひと目見れたらそれでいい。
でも本当は、触れたいし、抱きしめたいし、噛みたい」
「最後が一番駄目です」
「ちぇー」
それでも、ドーナは笑っていた。
まるで、本当に“好きな人に会いに来た恋人”のように。
私は――戸惑っていた。
「ねえ、ユフェリア」
その夜、屋根の上でふたり並んで月を見ていた。
ドーナが現れるのは、夜遅く。
断っても断っても、結局私は彼女を追い返せず、
なんだかんだで、こうして一緒にいる。
「あなた、本当に私を眷属にしたいの?」
「ううん。
……もう、眷属じゃなくていいかもしれない」
「じゃあ、なんのために?」
「ユフェリアに“私を受け入れてほしい”の」
「吸血鬼のあなたを?」
「うん。こんな、夜しか生きられない私を。
あなたの祈りの中に、私の居場所が欲しくなったの」
それは、恋愛なんて軽い言葉では表せないほど、
深く、そして哀しい告白だった。
「……私は、神に仕える身です」
「知ってる。だからいいの。叶わなくても、来るの。
私は、信仰じゃなくて“あなた”を選んだから」
心が、少しだけ揺れた。
この人は、毎晩それを伝えるためだけに、
夜を越えて私に会いに来る。
それは決して正しくない。
けれど――
私の胸の奥で、微かに灯る感情があるのも確かだった。
「ユフェリア、もし私が夜を捨てられたら、
あなたと並んで歩ける?」
「それは――」
「……嘘でもいいから、“また明日も来ていい”って言って」
私は、祈りの代わりに、
そっと彼女の袖を掴んだ。
「明日も……来ればいいじゃないですか」
「……ユフェリア!」
「ただし、門限は日が昇る前です」
「えっ!? もっと甘くない!? シスター的にもっと甘くしてくれない!?」
「そこは神の名にかけて、譲れません」
「むぅ……でも、許された! やったー!!」
ドーナは満面の笑みで、私の手を取り、ぶんぶんと振った。
この吸血鬼はきっと、これからもずっと
**“私に恋をして、祈るように求め続ける”**のだろう。
そんな彼女を、私もきっと――
拒み切れずに、夜を重ねるのだと思う。
神よ。
どうか、ほんの少しだけ、
この愛に目を瞑ってください。




