たった一度の夜の関係……それでも良いと思えた貴女。
匂わせ程度だから大丈夫ですよね....
朝の光が、カーテン越しに淡く差し込んでいた。
ぬるくなった空気の中、隣で寝息を立てる人がいる。
名前も、年齢も、何も知らない。
知っているのは、あの夜の温度だけ。
出会ったのは昨夜だった。
駅前のバー。
友達の代打で誘われた飲み会、居心地が悪くて抜け出したその先。
「ここ、うるさいよね」
そう言って話しかけてきた彼女は、
飾らない口調と、妙に寂しげな目をしていた。
どこか、似ている気がした。
そのまま自然と店を出て、
ふたりで缶ビールを片手に夜の街を歩いた。
話題は、仕事、趣味、行きつけのカフェ。
何を話しても軽くて、でも不思議と気を遣わない会話だった。
だからなのかもしれない。
気づけば、私は彼女の部屋にいた。
「ここ、今日だけってことで」
「うん、わかってる」
それだけの確認で、
私たちはベッドを分け合った。
どちらからともなく手を伸ばして、
そのまま、言葉もなく身体を重ねた。
でも不思議と、いやらしさはなかった。
むしろ、寂しさを埋め合うような優しさに満ちていた。
まるで、恋人のように。
まるで、ずっと前から知っていたみたいに。
一夜の関係だなんて、
最初からわかっていたのに。
それでも――
この人と、もっと一緒にいたいと、
ほんの少し、願ってしまった。
朝。
彼女はまだ眠っている。
私のシャツを借りて寝ていて、胸元が少しはだけている。
あの夜のぬくもりが、思い出としてだけじゃなく、
現実としてそこにある。
「……ねえ、起きてる?」
声をかけると、彼女がゆっくりと目を開けた。
「……おはよ。もう朝?」
「うん、そろそろ帰らなきゃ」
「そっか」
ふたりとも、それ以上は何も言わなかった。
続けたいとも、終わらせたいとも言わず、
ただこの時間を、あと少しだけ引き延ばした。
沈黙が、優しかった。
彼女がシーツを引き寄せて、私の手に触れた。
「また、どこかで会えるかな」
「会えない方がいいかもね」
「.....うん、かもね」
でも、互いにわかっていた。
もう会えないことも、
この関係が、今だけの幻であることも。
それでも。
「……ありがとう。昨日、楽しかった」
「私も。……ほんとに、ありがとう」
別れ際、彼女は私の耳元で囁いた。
「最初で最後だけど、ね。
たった一度でも、重ねたのが貴女でよかった」
その言葉が、妙に胸に残った。
まるで、夢の終わりを告げる鐘の音みたいに。
それから数日が経っても、
彼女の名前すら知らないまま、私は日常に戻った。
だけどふとした瞬間、
夜風に吹かれた時や、コーヒーを飲んだ時、
あの朝の、あの手のぬくもりを思い出す。
誰にも言わないし、
日記にも書かない。
それでもきっと、
一生忘れない。
これは恋じゃなかった。
でも、愛と呼んでも間違いじゃないほどの出会いだった。
たった一度の夜の関係。
それでも、良いと思えた貴女。
それだけで、
この心の隅に灯る光が、少しだけあたたかかった。




