表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

嘘に隠れた愛/形となった愛

「ねえ、今日さ、帰り寄り道しない?」


放課後の廊下で、そう声をかけてきたのは、クラスメイトの**ゆき**だった。


色素の薄い髪と静かな瞳。

目立つタイプじゃないけど、何となく目を引く子。

私、**花音かのん**とは席が近かったせいで、最近よく話すようになった。


「いいよ、どこ行くの?」


「駅前の公園。……ちょっと、話したいことがあって」


その時は、特別な意味なんてなかった。

“ちょっとした相談”だと思ってた。




公園に着いた頃、空は淡く茜色に染まりはじめていた。


「ここ、来たの久しぶりかも。小学生のとき、よく自転車で来てた」


「うん、静かでいい場所だよね」


春風に揺れる制服の裾。

並んでベンチに座った私たちのあいだに、少しだけ沈黙が落ちた。


そして雪が、

ぽつりと、小さく、でもはっきりと呟いた。


「……私、貴女のことが好き」


風の音が、一瞬止んだ気がした。


「……え?」


「花音のこと、ずっと好きだったの」


「…………」


沈黙。

頭が真っ白になった。


次の瞬間、喉からつい反射的に出た言葉は――


「あ〜〜……そっか! 今日、エイプリルフールだもんね!」


「え?」


「もうびっくりしたよ〜!

 本気かと思った! ほんと、心臓止まるかと思ったって!」


笑いながら、私はごまかすように手を振った。


でも。


雪の顔が、笑っていなかった。


「……そうだよね。今日は、嘘をついても許される日、だもんね」


「え、……あ、ごめん? え、でも、ちが――」


「あのね、花音」


雪の声が、すごく優しかった。


「うん、エイプリルフールだよ。嘘だよ。

 ……だから、忘れて。明日からは、普通に戻るから」


「ちょ、ちょっと待って、私、別に――」


「いいの。ありがとう。

 笑ってくれて、ちょっと救われたから」


その言葉を残して、雪は立ち上がった。


夕焼けに背中を照らされて、

まるで泣いているみたいに見えたけど、私は追いかけられなかった。




次の日。


雪はいつも通り、私の隣の席に座っていた。


「おはよ、花音」


「……おはよ」


「今日の体育、だるいね〜」


「うん、だるいね」


会話は変わらない。

でも、何かが決定的に変わっていた。


それは、“伝えてしまった側”の諦めと、

“受け取ってしまった側”の戸惑いだった。


教室のざわめきの中、私はそっと雪の横顔を盗み見た。


淡い光の下、彼女は静かに笑っていた。


まるで、昨日なんてなかったみたいに。


でも私は知っている。


あれは“嘘”なんかじゃなかった。


あの声も、視線も、沈黙も。

全部、本物だった。


だけど、私はそれを“嘘”にしてしまった。




あのあと、家で何度も思い返した。


“ほんとは、私も好きだったかもしれない”って。


雪のことを、特別に思ってたかもしれないって。


でも、あの一瞬で返せなかったことが、

きっとすべてだった。


私は「嘘だよね」って言ってしまった。


それが答えだった。


言い直す時間は、過ぎてしまった。




夕暮れ、帰り道。


雪と別れてから、私はぽつりと呟いた。


「ねえ、雪」


聞こえるわけもない、空に向けて。


「私ね、昨日の“嘘”……

 本当だったら、ちょっとだけ、うれしかったんだよ」


その言葉は、風に溶けて、どこにも届かない。


だけど、私の胸の中には、

たしかに“何か”が残ったままだった。




春の終わり。

誰もが騒がしくなる季節。


私はまだ、

“あの嘘の中にあった愛”を忘れられずにいた。


そして今日も、雪は何も言わずに、

隣で静かに笑っている。



あれから、季節はふたつ過ぎた。

雪との関係は――何も変わらないままだった。


隣の席に座り、同じ教科書を広げて、

たまに笑い合って、会話をして。

本当に、何もなかったかのように。


だけど、私の胸の中には、ずっと引っかかったままだった。


「あの時、“嘘だよ”なんて言わなければ」


春の夕暮れ、あのベンチで。

あの言葉の重さを、もっと真剣に受け止めていたら。


でも私は怖かった。

あの場で「本当なの?」と聞くのが。

万が一、本当に嘘だったら、壊れる気がして。


……なのに結局、“壊した”のは私だった。




六月、梅雨。

今日もまた、しとしとと雨が降っていた。


授業が終わった後、雪がぽつりと声をかけてきた。


「ねえ、傘……持ってないよね?」


「え、あ……うん」


「私の、入る?」


「……うん」


並んで入った傘の下。

それは、あの春の日ぶりの距離感だった。


ドキドキして、でも懐かしくて、ちょっと苦しくて。


「……なんかさ」


歩きながら、雪が口を開いた。


「この雨、春に降ってくれたらよかったのにね」


「え?」


「嘘とかじゃなくて、ほんとに泣きたいときってあるでしょ?

 でもそういう時に限って、空って晴れてたりする」


私は言葉に詰まった。


雪は、まだ覚えていた。


あの日のことを、

ちゃんと、ずっと、覚えていた。


「雪……」


私が呼ぶと、彼女は顔を傾けた。


「ん?」


「……あの時、ごめんね。私、嘘だって決めつけて」


「……ううん。あれは、私の言い方が悪かったし」


「ちがうよ。雪の気持ち、本当だったって、今ならわかる。

 私……バカだった。本当は、うれしかったのに」


雨音だけが傘の外で鳴っていた。


「いま、言っても遅いかもしれないけど――

 私も、ずっと雪のことが好きだった」


その瞬間、雪の瞳が少しだけ見開かれた。


「……ほんと?」


「うん。嘘じゃない。今日はエイプリルフールじゃないし」


「でも、今日も雨だよ?」


「だから、濡れてもいい。伝えたかったの」


私は傘をそっと置いて、雨に打たれながら、彼女を見つめた。


雪はほんの少しだけ震えたあと、

私の腕を掴んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「……ばか」


「うん。ばかだよ」


「でも、私もずっと待ってた。

 花音が、あの“嘘”を取り戻してくれるのを」


「ごめん、時間かかって」


「でも今なら――本当に、嬉しい」


そう言って、彼女は私の頬にそっとキスをくれた。


それは、四月一日ではなく、

六月の、本物の雨の中で交わされた、**本当の“好き”**だった。




次の日から、私たちは“特別”になった。


手を繋いで帰って、

部活帰りには飲み物を買って、

どちらからともなく「会いたい」と言うようになった。


教室の中では変わらないふたり。

でも、机の下では、そっと指が重なっている。


「あの時、“嘘だ”って言ったの、ちょっとだけ後悔してる?」


「……うーん、ちょっとだけ」


「ちょっとだけ?」


「だって、結局こうして結ばれたから。

 嘘の中に隠してたけど、それでも本物だったから。

 あの日も、今日も」


雪は笑って、私の手をぎゅっと握った。


「“好き”って言ってくれて、ありがとう。あの日も、今日も、ずっと」


その言葉は、雨音よりも優しく、

春の風よりもあたたかく、

そして、嘘よりもずっと、確かな愛だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ