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第5話

 エリック様との婚約が決まってから私は毎日が大忙し。


 半年後に私たちの婚約発表をするらしく、それまでに私の淑女教育を急いで終わらせなければいけなくなったのだ。


 アナベラさんは今すぐにでも公にしたいらしいけれど、私の立場が危ういし教養も全く身についていないからこの半年の間で詰め込んでしまおうと二人で決めたらしい。


 この婚約も私を守るため。突然他の家に養子に出された秘匿されし伯爵家の娘。


 それだけで社交界の噂の種になり貴族たちの悪意に晒されないようにエリック様が婚約者となってくれる。公爵夫人となる娘に手を出してくる馬鹿はいないだろうからと。 


 何から何まで二人に助けてもらって情けない。せめて二人の恥にならないように、私にできることは精一杯頑張ろう。



 まずは貴族としての勉強と淑女の教養が始まった。本当はアナベラさんが教えたかったらしいのだけど、当主として忙しい彼女にそんな時間はない。


 代わりにアナベラさんが昔お世話になったという年配の女性の家庭教師がつくことになり、リリーがずっと付き添ってくれている状態で本来は幼少期に学ぶことから始めることになった。


 情けないことにこの国の成り立ちも情勢も全く分かっていない私に、先生は嫌な顔をせずに一から丁寧に説明してくれるお陰で少しずつ理解できるようになってきた。


 淑女の授業では基本のカーテシーから。パーティの前に本を読んで自己流で身につけたからとても綺麗とはいえないので基礎からちゃんと学ぶことになったのだけど。


 背筋を伸ばすことを維持するのは難しくて、姿勢の悪い私は何度も注意されて授業が終わったころには背中や腰が痛くなった。


 頭に乗せた本を落とさずに姿勢良く歩く授業でも、上手くできなくて三歩も歩けずに本を落とす体たらくで先生を困らせてしまった。


 食事のマナーについては小さい頃に家族で食事をしていた頃、行儀悪くすると義母に恐ろしく怒られていたので必死にマナーを身につけたおかげかそれは褒めてもらえた。ただそれが義母のおかげだと思うと素直に喜べなかった。



 授業がお休みの日はアナベラさんの書斎で予習と復習。他の人たちと比べれものすごく遅れているのだから頑張って頭に叩き込まないと……。


「頑張っているな」

「エリック様!」


 後ろから声をかけられて振り返るとエリック様が壁にもたれかかるように立って私を見ていた。集中して彼が来ていることに全く気づかなくて、私は本を閉じて彼のもとに駆け寄る。


「気づかず申し訳ありません」

「気にしなくていい。集中力があることは良いことだからな。だが詰め込みすぎると疲れてしまうからそろそろ休憩にしよう。シーラにお土産を持ってきたんだ」

「ありがとうございます……」


 エリック様はまるで子供にするように頭を撫でてくるので少し気恥ずかしい。


 エリック様は時間ができれば様子を見によく会いに来てくださる。公爵様は多忙だから無理に来なくていいと伝えてみたのだけれど「シーラに会いたくて来てるんだ」と言われてしまえばそれ以上何も言えず顔を真っ赤にするしかなかった。


 圧倒的に恋愛経験値が高いエリック様はよく私をこうやって揶揄う。私より十五離れているからそれなりに経験をしているのだろうけれど、私には少し刺激が強いからもう少し抑えてほしい。


「授業が始まってだいぶ経ったが慣れたか?」

「まだなんとも……疲労感がすごくてベッドに入るとすぐに寝てしまいます」

「はは。それはしょうがないだろう。本来なら十数年かけてゆっくり学んでいくことを一気に詰め込んでいるのだから。……無理はしてないか?」

「大丈夫です。確かに大変なんですけど色んなことを学べて今すごく楽しいです」

「……そうか。だが無理は禁物だ。君が無理をしている姿を見ると私も辛い」

「は、はい……気をつけます……」


 なんでこの人はこんなにも真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるのだろうか。こんなふうに誰かに好意を向けてくれる人なんてお母様以外いなかったから、慣れなくてどんな顔をすればいいのか分からない。


 私はこんなに幸せな時間を過ごしていいのだろうか。


「……シーラ」

「っ、はい!」


 いつもの癖で落ち込んでしまい、慌てて顔を上げると目の前にはまるで宝箱のような色んなクッキーが入ったお皿が差し出された。


「せっかく持って来たんだ。食べなさい」

「あ、いただきます……、っ!」


 お皿に綺麗に乗せられたクッキーを一つとって食べてみれば、頬が落っこちそうなほどに美味しくて目を輝かせる。


 食べては取って食べては取ってを繰り返しているとエリック様が小さく笑い、まるで慈しむような目で頬杖をついてこちらを見るので動揺して大きな欠片を飲み込んでしまった。


「あ、あの、何か……?」

「ん? ああ、相変わらずシーラの食べている顔は可愛いなと思ってね。リスみたいに食べるんだな」

「〜〜〜!! 恥ずかしいので見ないでください……」

「嫌だ」

「!?」


 キッパリと楽しそうにそう言い退けたエリック様は「次は何が食べたい? 何が好きなんだ?」と色々聞いてきて、彼は遊びに来るたびに私に色んなお土産を買ってきてくれるものだから、何だか本当に餌付けされているリスになったような気持ちになったのだった。


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