第4話-③
◇◇◇
シーラが侍女とともに部屋を出て行ったのを見送り、待機していた他の侍女にも退出してもらって部屋には自分とアナベラだけが残った。
「今回は本当に助かったアナベラ」
「気にするな、私もようやく家族を迎えれたんだ。利害の一致ということさ」
「君のその性格には本当助かってるよ」
彼女は紅茶を飲みながらドレスの中で足を組む。男のような振る舞いと言葉遣いをする彼女は周りから変人だと噂されているが、私から見たら自分らしく振る舞える彼女が羨ましい。
彼女とは幼少期からの友人で気心知れた関係、そして彼女の夫は私の親友だった。
親友は亡くなり二人には子供がおらず、後継者がいない家は爵位を国王に返上しなければならない。だが彼の生きた証を消したくなくて、彼女に爵位を引き継がないかと提案したのだ。
それから暫く経った頃、彼女から養子を探していると相談を受けた。爵位を継げる男子ではなく娘が欲しいのだというのが彼女らしかった。
彼女の養子探しに協力していた時、遠縁の男が結婚相手を見つけるためのパーティを開くと聞いた。権力を傘に二回り以上は下の結婚適齢期の令嬢だけを集めると聞いて反吐が出る。一族の恥だ。
だがこれは彼女の養子を見つけるチャンスだと思い、アナベラとともに二人でこっそりパーティに参加することにした。
パーティの夜、広間を覗くと主宰の男がここぞとばかりに若く可愛い少女にだけ声をかけていくのが分かり、隣から「気持ち悪い」と吐き捨てるのを聞いて心底同感した。
中の様子を伺っていると、男が中央から壁側に歩き出して、その先にいた見たことのない令嬢が一人で立っていた。
特段綺麗でも可愛いわけでもない普通の女の子のようであったが男はその子を大層気に入ったらしく、腰に手を回してくっ付いたり時折尻を撫でているのがここからよく見えた。
他の令嬢たちは男に目をつけられたくないのか遠巻きで見て助けようとはせず、彼女も令嬢たちを巻き込まないように我慢しているようだが顔色が遠目で見ても悪かった。
仕方ないと私は近くにいた使用人に言伝を頼んで少女から男を引き離すことに成功した。彼女はほっと胸を撫で下ろし部屋を出ていくのが見えて、心配で彼女の後を少し離れて付いてことにした。
彼女は口元にハンカチを当てており、進行方向的に外の空気でも吸いにいくのだろう彼女が角を曲がったので追いつこうとした時、なぜか角の先に行ったはずの彼女と正面衝突してしまった。
急なことに反応できずに思い切りぶつかってしまい、彼女は思い切り後ろに転んでしまった。
「申し訳ない! 大丈夫か?」
慌てて手を差し伸べ、初めてはっきりと見た彼女の顔にある人物の面影を感じた。
大丈夫だという彼女だがやはり顔色が悪く、馬車まで送ると申し出たが何故か彼女は慌てたように断り、なら騎士の元まで送ると言うと彼女は頷いた。
暫く歩いて騎士がいたので彼女を託し、お礼を言う彼女の顔を見れば見るほどあの人に似ていた。
彼女と別れて来た道を戻っていると、先ほどぶつかった場所で何か光る物を見つける。拾うとそれは透明な球体のイヤリングで中に靴のようなものが入っていた。
もしかしたら彼女の物かもしれないとまた来た道を慌てて戻ったのだが、すでに彼女の姿はなく先ほどの騎士が自分に気づいて敬礼する。
「閣下。どうかされましたか」
「先ほどの御令嬢の落とし物を見つけたんだ。どこの家か分かるか」
「はっ! キャロライン伯爵様の馬車に乗られました」
「……キャロラインか」
「私がお預かりしてお届けいたしましょうか」
「いや、私が直接届ける」
「承知しました」
騎士と別れて面倒事にため息を吐いていた。キャロライン伯爵には黒い噂が常にあり出来るならあまり関わりたくない家だ。
色んな意味で目立つ家には私に好意を向けてくる娘がいることは知っているが二人もいたとは知らなかった。とにかく連絡を取ってあの家に行くことにした。
急にも関わらず伯爵は快く出迎えてくれた。応接間に通されると奥方と派手な娘がいたが昨夜のあの令嬢の姿はなかった。とりあえず用事を伝えると全員が渋い顔をして、奥方が侍女に呼んでくるよう伝えると侍女は部屋を出て行った。
待つ間、派手な娘が頬を染めてずっとこちらに熱い視線を向けてきていたが気付かないふりをして内心ため息を吐いていると、ドアがノックされ入ってきた人物の姿に瞠目した。
やってきたのは確かに彼女だったのだが、その姿がメイド服だったのだ。私の顔を見た彼女の顔から血の気が引いたのが分かった。
奥方の鋭い声に我に返った彼女は慌てて紅茶を用意して目の前に置いてくれる。その手際の良さから普段からこういうことをしているのだろう。いや、させられているが正しいのかもしれない。
すぐに出て行こうとする彼女を呼び止めて、昨夜拾ったイヤリングを入れた箱を渡して中を見た彼女は泣きそうに目を潤ませる。
母の形見だと大事そうに握る彼女に、ここにいる奥方は義母なのだと知る。横目で見れば奥方の目はとても娘に向けるようなものではなかった。
それから彼女に見送られて我が家に帰り着き、すぐに自分の諜報員にキャロライン家を調べさせた。すると人身売買、横領、賭博、裏金と出てくる様々な悪事。叩けば埃が出るとはまさにこのことだと頭を抱えた。
それと彼女に関すること。彼女の母親は伯爵家で働いていたメイドで、当主のお手つきとなり妊娠したことで妾となった。だがその扱いは酷いもので、世間から隠されるように生きていた親子。
実の母親を亡くしたシーラは使用人として働かされて学院にも通わせず、実父は見てみぬふり、義母と義妹から罵倒暴力。
こんな環境で彼女は生きていたのかと思うと胸が締め付けられ、ここまで世間にバレずに隠しにしていたことに不本意だが拍手を送りたい気持ちになった。
そして問題なのが昨夜のパーティであの男がシーラを気に入り婚約を申し込むという情報も手に入れた。王族に関わりのある人物からの婚約となればあの両親はすぐに了承するだろう。そうなればもう彼女を救えなくなる。
ただ彼女が今の家にいる状態で自分から婚約を結ぶのだけは避けたい。これ以上彼女のあの家を繋げておきたくないのだ。となれば、アナベラに協力を仰いでアナベラの養子にして自分と婚約を結ぶという作戦を立てた。
すぐに行動を起こしたお陰か、男からの婚約話は伯爵の耳に入ることはなくシーラは無事にアナベラの娘になることができた。彼女に婚約を持ちかけたが彼女がこの話を受け入れてくれるかは分からない。
それにもし婚約できたとして、自分と婚約したと知ればキャロラインは大人しくしないだろう。王弟である自分との繋がりをあの家がみすみす見逃すはずない。
「それで、これからどうするつもりかな」
アナベラの言葉に私は紅茶を一口飲んで膝掛けで頬杖をつく。
「それは彼女の返答次第だな」
彼女が自分の手を取ってくれるか。それが彼女が幸せになれるかの分岐点だ。
◇◇◇
部屋に戻って一時間ほど経った頃にアナベラさんに呼ばれた。今まで寝たことのないフワフワのベッドで横になっているうちに眠ってしまっていたらしく、リリーに起こされて急いで身支度を済ませて応接間に戻った。
せっかくだから用意してもらったドレスに着替えると、アナベラさんは嬉しそうに私を抱きしめた。
「え、あ、アナベラさん……!」
「私が買った服着てくれたんだね」
「は、はい……リリーからアナベラさんが私のために選んでくれたと聞いたので」
「ああ、そうだよ。娘のためにドレスを買うのが私の夢だったんだ。ありがとうシーラ」
更にぎゅっと抱きしめられて行き場のない手が泳ぐ。こんなふうに抱きしめられるのは久しぶりすぎて、どう反応したらいいのか分からなかった。
なんともいえない雰囲気になっていると、ごほんと咳払いが一つ。
「アナベラ。彼女を独り占めするのはどうなんだ」
「ふふ。嫉妬かい? 残念、君が娘を抱きしめることは私が許さないよ」
「……いいから早く離してやれ。彼女が困ってる」
「おや」
彼女のふくよかな胸が当たって顔を真っ赤にしていると、ようやくアナベラさんは離してくれた。それから私たちはソファに座って暫く談笑していると時計の鐘が部屋の中で響く。
「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」
「そうか。シーラ、彼を見送ってあげてくれるかな」
「は、はい」
アナベラさんの計らいで私たちは並んで玄関に向かい、用意されていた馬車の前に向き合った。
「今日は疲れていたのに長く居座ってしまってすまなかった」
「い、いえ……色々お話しできて楽しかったです」
「君に私のことを色々知ってほしかったからね」
「どうしてですか?」
「ん? それは良い返事をもらわないといけないから」
「……あ」
色々あって忘れていたけれど、そういえば彼に婚約を申し込まれていたんだった。急に恥ずかしくなって身をすくめると公爵様は小さく笑った。
「私としては今返事をもらいたいんだが、どうだろう」
「あ、あの……私なんかが公爵様の婚約者を名乗っても大丈夫なのかが……」
「私が君が良いと言ったのだから気にしなくていい」
「…………」
すごく嬉しい言葉なんだけど、本当に私なんかで良いのだろうかと不安になる。
公爵様は貴族の頂点におられる方で、かたや私は平民の血が入っていて作法も何も身についていない貴族の底辺と言ってもいい。そんな私と婚約して彼のことを周りから悪く言われたらと思うと……。
「シーラ嬢。周りことなんてどうでもいい。君の気持ちを聞かせてくれないか」
「!!」
私の心なんて見透かしたような声に俯いていた顔を上げると、公爵様は優しく微笑んで私の答えを待ってくれている。
実家にいたときは自分の気持ちを伝えようものなら叩かれて罵倒して。いつからか自分の気持ちに蓋をするようになっていた。彼はその蓋を開けてくれようとしている。公爵様はあの家から救ってくれた。
私は覚悟を決めて彼を真っ直ぐ見つめると、アメジストの瞳も私だけを見てくれている。
「……私なんかで良ければ婚約のお話し受けさせてください」
「……ありがとう、シーラ」
「っ!」
嬉しそうに頬を緩ませて私の名前を呼ぶ彼に胸が高鳴る。公爵様は手を差し出してくるので、私は恐る恐るその手に自分の手を重ねる。
「改めてよろしく」
「は、はい。公爵様……」
「違うよ」
「え?」
「もう私たちは婚約者なのだから名前で呼ばないと」
「名前……」
「ああ。エリックと呼んでくれ」
「え……!」
そんなこと烏滸がましいです!と思わず口から出そうになったけれど、確かに私たちは婚約者になるのだから公爵様呼びもおかしい。私は勇気を出すために何度か深呼吸をしてか細い声を出す。
「う、え、えり……エリック、さま……」
「ああ。また会いにくるよシーラ」
「はい……、っ!」
エリック様は握っていた手を引き寄せて私の手の甲に唇を落とす。たったそれだけで私の頭は爆発しそうで、その日はなかなか寝付くことができなかった。