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第18話-②

「お待たせしました大臣。娘を連れてきました」


 父の言葉にはっと前を見ると、高そうな執務机の向こうにこちらに背を向けるようにまた高そうに椅子に座る男の姿が見えた。


 薄暗い部屋の中で容姿がはっきり見えない中、大臣という男が声を発する。


「それが?」

「はい。レイラの姉に当たりますが私には必要のない子です。大臣の好きなようにお使いください。来い」

「いっ……!」


 父に乱暴に腕を掴まれて前に引っ張られて荒縄が手首に擦れて痛くて、じわりと目尻に涙が浮かぶ。


 実の親に売り飛ばされるというのは辛いけれど、それよりも大好きな人たちにもう会えなくなることのほうがもっと辛い。


 前からギシリと椅子から立ち上がる音が聞こえ、覚悟を決めて目を瞑ったその時。


「――はっ、それがお前の娘だと? 笑わせるな」


 幻聴だろうか。だってこの声を私が聞き間違えるわけないし、こんなところに彼がいるはずがないのに。


 私の腕を掴む父の手から動揺が伝わってきて、後ろからレイラの小さく驚く声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、そこにはずっと会いたいと願っていた人物が立っていた。


「シーラはもうお前の娘ではないはずだ」

「エリック、さま……」


 彼の名前を呼ぶと怖い顔で父を睨んでいたエリック様が私の顔を見るといつものように慈しむように微笑んでくれて、そんな彼の顔を見た瞬間、私の両目から決壊したかのように涙が溢れ出す。


「き、貴様……! どうしてここにいる! それに大臣はどこだ!」

「ああ。あいつは今頃地下牢だろうな」

「な、なんだと……!? どうやって……」

「この国にちょっとした伝手があってな。そいつに押し付けてきた」


 こんな国に伝手があるなんて…色々彼のことを知れたと思っていたけれどまだ私の知らないエリック様の一面を垣間見てしまった。


 それに……こんな怖い顔のエリック様を見るのは初めてで……ちょっと怖い。


「本当にお前は考えが浅いな。国に出てからも私がお前を監視していないと思っていたのか」

「ぐ……」

「あれだけの痛い目を見ても真っ当に生きようとはせずこの国と取引を続け、挙げ句の果てには実の娘を奴隷として売り渡すとは。見損なったぞキャロライン」


 エリック様は目を細め、その表情にゾクリと背筋が凍った。もう逃げられないと悟った父の手が私の腕から離れてがくりと項垂れた。


 エリック様の恐ろしい怒気に身動きできずにいると、私の後ろにいる男は徐に私の手を縛っていた縄をナイフで切って解放した。


 何故、と彼の顔を見るとフードの下で彼は口角を上げてフードを脱いでみせた。


「手荒なことをしてしまい申し訳ありません、シーラ様」

「貴方は……」


 彼の顔を見て驚いた。直接話したことはないのだけれど、何度かエリック様のそばにいるのを見たことがあった。エリック様の護衛騎士のニコルだ。


 エリック様を見ると、彼は先ほどまでの冷酷な表情は消えていていつものように微笑んでくれた。彼はずっと私のことを守ってくれていたんだ。


 もう大丈夫だと実感した途端体から力が抜けて膝から崩れそうになった時、ニコルが慌てて支えてくれてそのまま近くの椅子まで運んでくれた。


「キャロライン。もう覚悟はきまっているな」

「……はい」

「連れてこい」

「はっ」


 エリック様の命でニコルが部屋を出ていき、戻ってきた時には後ろ手に縛られた義母の姿があった。


「離しなさいこの無礼者!」

「大人しくしろ」

「きゃあ!!」

「お母様!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐお義母様はニコルに突き放されて床に倒れ込み、レイラが慌てて彼女に駆け寄る。


 お義母様は椅子に座る私に気づくと憎悪で歪んだ顔で睨んできて、無意識に生唾を飲み込んでスカートを握りしめているとエリック様が義母から守るように私の前に立ってくれて。その安心できる背中にほっと息を吐く。


「キャロライン。お前たち一家の処罰を下す」

「…………」

「貴様は陛下の御慈悲を無碍に扱いその後も人身売買を繰り返し、その上私の婚約者を誘拐し売り飛ばそうとした行為は重罪に値する。分かっているな」

「…………はい」

「陛下より貴様たちの処罰は私に委ねられた。お前はこうまでしてこの国が好きらしい。ならば好きにここで生きればいい」

「…………それはどういう」

「そのままだ。この国の平民として一家全員で生きる。……意味が分かるな」


 お父様が息を呑む。ダーブリアで平民として生きる。この国での平民とは奴隷のことということはここにいる全員知っている。


 今までお父様は貴族の時から繋がっていた大臣のおかげでこの国に貴族として出入りしていた。だがその頼みの綱である大臣はすでに捕えられていて通行証も没収されるだろう。もう助けてくれる者はいない。


 この国から出してくれる伝手を失った彼は仲間だった貴族たちに虐げられて奴隷として生きていくということだ。


 そしてエリック様は一家全員と言った。――つまり義母とレイラも奴隷の身に堕ちる。


「いや……いや……いやぁぁぁ!!」


 レイラの悲鳴が薄暗い部屋に響く。お父様はエリック様の前で頭を下げて懇願する。


「閣下! これは私がやったことです! 妻と娘は関係ありません!」

「こいつらは私の婚約者の誘拐に関与し認知していた。それだけで十分だが?」

「ですが……! レイラはまだ成人していない子供です!」

「お前が売ってきた奴隷の中には年端も行かぬ子もたくさん居ただろう」

「それ、は……」


 口籠るお父様からエリック様の言葉がその通りなのだと物語った。この人はなんて恐ろしいことをしてきたのだろうか。


 この国に売られた奴隷の中には父のことを恨み覚えている人はいるだろう。その彼らに殺されても文句は言えない。


 私は顔で手で覆って泣き叫ぶレイラに目を向ける。歪な家庭で育てられた彼女もある意味被害者。義母のように誘拐に直接関わらずにいたなら少しは罪は軽くなっただろうに。


 私が彼女のために何かしてあげることはない。もう彼女と私は家族じゃないのだから。


「連れて行け」

「はっ」

「っ! イヤ! 離して、助けてください公爵様! 公爵様!!」


 エリック様の命でニコルがドアを開けると外から何人かの騎士が入ってきて三人を連れていく。腕を引っ張られたレイラはエリック様に助けをこうが彼は素知らぬ顔。


 ドアが閉まる直前、レイラは私を見た。助けを求めるように。


 胸がズキンズキンと痛み、最後の彼女の目が頭から離れなくて胸元を握りしめて項垂れているとエリック様が私の前で跪いて心配そうに顔を覗き込んだ。


「……大丈夫かシーラ」

「エリック様……」


 彼は胸元で食い込むほどに握りしめていた手を両手で握ってくれる。その暖かさに体を蝕むような胸の痛みが嘘のように消えていた。


「……申し訳ありません」

「どうして君が謝るんだ?」

「だって……エリック様の手をまた煩わせてしまった」


 私が彼の婚約者にならなかったらこんなことにはならなかった。出会ってから今日まで私はどれだけ彼に迷惑をかけてしまっているのだろうか。


「そんなこと謝らなくていい。それに私こそ君に謝らなくてはならない」

「……え?」


 思い当たる節がなくて顔を首を傾げるとエリック様は眉を下げて苦笑する。


「本当なら君がこの国に入る前に助け出すことができた。だがそれをせず、決定的な証拠欲しさにシーラに辛い思いをさせてしまった。本当にすまない……」

「エリック様……」


 エリック様は握る私の手を自身の頬に当てて目を瞑って頬擦りする。まるで私がここにいることを確かめるように。さっきまでの冷酷な彼は鳴りを顰めて、私が大好きないつものエリック様。


「結果的には助けてくれたじゃないですか。もう二度と私が父たちに狙われることのないように。それにニコルを私の護衛にして直接的にでなくても守ってくれていました」

「だがそれでも君を怖がらせた。それは許されないことだ」

「エリック様」


 強くエリック様の名前を呼ぶと彼は沈痛な表情で見上げてくる。いつも頼り甲斐のある彼のこんな顔を見れるのは私だけなのだと思うと嬉しかった。


「私、エリック様のおかげで強くなりました。絶対エリック様が助けにきてくれるって信じてたから彼らに負けなかった。怖くありませんでした。それに……この指輪があったおかげでずっと側に貴方がいてくれたような気がしたから」

「シーラ……」

「私を助けてくれてありがとうございます」


 この言葉は今回だけのことじゃない、あの家から連れ出してくれたこと。あの日、彼とぶつかってお母様のイヤリングを落としていなかったら私は今頃どうなっていたか分からない。


 今頃家を追い出されて路頭に迷って死んでいたかもしれない。それに比べたら今回のことは全く辛くない。


 だって彼にまた会えたのだから。


「……大好きですエリック様」

「シーラ……!」


 はにかんで想いを伝えると、エリック様は立ち上がって包み込むように私を強く抱きしめてくれて、私もその大きな背中に腕を回して彼を確かめるように抱きしめる。


 エリック様は何度も「愛している」と言ってくれて、気づいたら溢れた涙で彼の服を濡らしてしまっていた。


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