第17話
「う……」
目を覚ますとそこは薄暗い部屋だった。体を起こそうにも重だるい。どうして私はここにいるのか。意識を失う前のことを思い出そうとした時、部屋のドアが開いてそこから入ってきた光に目を細める。
「――ああ、起きたのね」
聞こえてきた声は意識を失う前に聞いたその声で、そして絶対忘れようもない声に冷や汗が吹き出す。光に慣れてきた目でその人物の顔を見上げると、そこには私を見下ろす義妹が立っていた。
「おはようお姉様。全く目を覚さないから薬が効きすぎてもう起きないのかと思ったわ」
「レイラ……」
掠れた声で名を呼ぶと彼女は冷ややかに笑った。あの時、振り返ろうとしたら後ろから口を布で塞がれて意識を失ったことを思い出す。そのまま彼女の馬車に乗せられてここに閉じ込められたのだろう。
もう二度と見ることはないと思っていたレイラが何故目の前にいるのか。陛下より国内に立ち入ることを禁じられているはずなのに。そしてここは一体……。
思考がグルグル渦巻いていると、レイラが私に近づいてきると私の前に止まり、扇で寝そべる私の顎を持ち上げる。
「お姉様。仮初の幸せが楽しかった? お父様とお母様の手から逃れて普通の令嬢の人生を歩んでいけると思っていた? お父様を誑かした汚らしい妾の血を引いた貴方が公爵様と本当に結婚できると思っていたの?」
「……っ」
レイラの言葉が胸に深く突き刺さりズキズキと胸を痛めつけ、息が苦しい。
「お姉様はあのままあの家で私たちのために生きて路頭に迷えば良かったのよ。そうしたらお父様の手を煩わせることもなかったというのに」
「……お父様が私を誘拐することを企んだの?」
「そうよ。お姉様が公爵様と結婚したという知らせが入ってからお父様とお母様はお姉様のことで毎日喧嘩してる。お姉様のことが露見したことで私の婚約話は無くなった。お姉様のせいで私の家は壊れてしまった。お姉様が悪いのよ。私より幸せになるなんて、絶対許さない……!」
ギリっとレイラは奥歯を噛み締める。私を蔑むことしか知らない彼女も私と同じ被害者なのかもしれない。全てあの歪んだ家、両親のせいだ。
普通の家に産まれていたらならば私たちはどんな姉妹に育っていたのだろうか。そんなことを考えているとまたドアが開いた。
「起きたのか」
「……おとう、さま」
彼を父と呼ぶのは憚られたが他の呼び方が思いつかなかった。
「本当にお前は私の人生にとって唯一の汚点だ」
「…………」
「お前がいなければ私が王族に目をつけられることも国外に追放されることもなかった。私はお前のせいで築いてきた地位も財も失ったのだ。本当なら今すぐにでもお前を殺してしまいたいところだが、ようやくお前も私の役に立つ時がきた」
「……どういう意味ですか」
今まで見たことのない憎悪の目で私を見下ろしてくるお父様は私の質問には答えず、代わりにレイラがこの場に不相応な嬉しそうな声で答えた。
「おめでとうお姉様。お姉様みたいな役立たずでも引き取ってくれる人が現れたのよ!」
「……え?」
「私たち家族が国を追い出されてからどこに身を寄せていたか分かる? ダーブリアよ」
「ダーブリア……!?」
ダーブリア、黒の国。お父様が人身売買で取引をしていた国だ。まさかまだあの国に関わっていたとは思っていなかった。
そしてレイラの嬉しそうな顔を見て、私を引き取る相手というのは恐らくダーブリアの貴族だ。それがどういう意味か分からないはずがない。
私の顔から血の気が引いたのが分かったレイラは笑う。それは恐ろしいほどに、美しく。
「お姉様も知ってるわよね。あの国に入ればもう二度と出れず、奴隷として一生を終えるの。大丈夫、公爵様にはお姉様は家族のことで胸を痛めて自害したと伝えるわ。そして私が代わりに彼の方の婚約者になる。彼の方だって私のほうが良いに決まってるわ。だって私のほうが美しいんだもの」
「そうだ。お前はもう必要がない。明日の早朝、黒の国に向かう。最後の自由を楽しむことだな」
「それじゃあね、お姉様。良い夜を」
「まって……!」
私の必死な声はドアの閉まる音で消され、外から鍵がかけられる音が静粛な部屋に響く。窓もない薄暗い部屋の中で私は呆然とする。
彼らの話が本当なら、私は明日の朝にはここを連れ出されて黒の国に売り渡されて二度とあの国を出ることができなくなる。
つまりアナベラお母様やリリーとフランシスカ様、エリック様に二度と会えなくなるということ。
そんなの嫌。でも私はここを脱出する術がない。大好きなみんなの顔が脳裏に浮かぶと視界が歪み、涙が頬を流れる。私は薬指で輝く指輪をぎゅっと握りしめる。
「エリック様……!」




