第16話
私がボードリエの家に引き取られて約半年。たった半年間の間に色んなことがありすぎて気づかなかったけれど、世間はすっかりクリスマスムード一色になっていた。
「クリスマスパーティ、ですか?」
「ああ」
いつものように我が家にやってきたエリック様からクリスマスのお誘いを受けた。お貴族様はクリスマスに親しい人を呼んだり王族主催のパーティに参加したりと賑やかに過ごすらしい。
キャロラインの家の人たちも他の家の招待で毎年出かけていたけれど私は連れていって貰えるはずもなく、シェフに頼んで小さいケーキを作ってもらって使用人たちと密かにクリスマスを楽しんでいたっけ。
「クリスマスは私の屋敷で二人でお祝いしよう。ドレスも贈るから着てくれ」
「でもお母様が……」
ボードリエでの初めてのクリスマス。せっかくならみんなで楽しみたいしお母様を残すのはどうしても憚れていると、エリック様のお土産の焼き菓子を口に運んでいたお母様は手を振った。
「私のことは気にしなくていい、私も友人に招待されているんだ。シーラも連れていくつもりでいたのにこの男に邪魔された」
「婚約者の初めてのクリスマスを邪魔するやつは馬に蹴られるぞ」
「シーラ、男が服を贈るというのは『脱がしたい』という意味なんだ。もし無理やりされそうになったら私に言いなさい。娘のためなら私は例え友でも握り潰す」
「……シーラに変なことを教えるな」
「おや。男はいつだって不埒なことを考える生き物だろう?」
「お、お母様、エリック様……」
どうしてもこの二人はいつもこんなにバチバチなのだろうだ。それでも親友と言っていいほどに仲が良いから不思議だ。お母様を睨んでいたエリック様は咳払いして私に向き合う。
「それでクリスマスの着るドレスだが、今からうちのお抱えの仕立て人をここに呼ぶつもりだから是非私に選ばせてくれ」
「きゅ、急ですね……」
「善は急げというだろう?」
にこりと微笑んだエリック様の言葉通り、すぐに仕立て人の方がやってきて私の採寸が終わればデザインを決めるのだが、それはどうもエリック様が考えてくださるらしい。
お母様も乱入してこっちのほうが似合うと言い争いが始まったのを私は椅子に座って遠くから眺めていた。
ここに来たばかりの頃だったら二人の邪険さに慌てていただろうに、今ではすっかり慣れて紅茶を飲んでしまっている。それだけ二人と長い時間一緒に過ごしてきたということなのだど嬉しいけれど、もう少し仲良くしてもらいところだ。
(クリスマスプレゼント……二人に渡したいな)
初めてのクリスマス。お母様には少し早めに渡すことになるだろうけれど、大事な二人に初めてのプレゼントを選びたい。お金はキャロラインで働いていた給金があるから大丈夫。
私はリリーをこっそり呼び寄せて、二人には秘密の計画を実行することにした。
◇◇◇
十二月二十三日。私はリリーとともに城下町にやってきた。
本当は早めに準備したかったのだけれど、買い物に行くというとエリック様もお母様も絶対付いてこようとするので二人が用事で来れない日を狙ったらギリギリになってしまった。
大事にしてくれるには嬉しいけれど、過保護すぎる気がする。前にエリック様とお出かけをしてから何度かエリック様やお母様とも買い物に来て人混みに慣れて普通に買い物もできるようになったというのに。
「お嬢様、どこから行かれますか?」
「そうね……まずかお母様のプレゼントを買いたいの。お母様は紅茶を飲むのが好きだから新しいティーカップを探したくて」
「畏まりました! ではいつものお店に行きましょう!」
「ええ」
私たちはお店がある方向へと歩き出す。前にお母様に連れていってもらったお店にはたくさんのカップがあって、あそこなら気になるものを見つかりそうだ。
お店に着いて中に入ると店主が話しかけてくれて、お母様にプレゼントを贈りたいと伝えると店主は最近入荷したというカップを出してくれた。
それは気品のある青に金の装飾が施されたティーカップはまるで気高いお母様みたいだった。すぐに購入することを伝えると、店主は赤の色違いのカップを出して「どうせならお揃いはいかがですか?」と勧めてきた。さすが商売上手。
「お嬢様にお似合いですね!」とリリーも言ってくれたしお揃いのカップでお茶を飲みたいと思ったから、二つ包んでもらって私たちは店を出た。
次はエリック様のプレゼントだ。私はいつもエリック様に貰うばかりで彼が何が好きなのか知らなかった。本人に気づかれるわけにもいかず、困った私はそれとなく執事長に聞いてみることにした。
執事長は仕事で使える羽ペンはどうかとアドバイスをしてくれてお店も紹介してもらった。貴族御用達とだけあって店員さんも洗礼された所作で対応してくれる。
執事長のアドバイスで引っ掛かりを感じない使いやすさのものをと伝えると、店員さんは数種類のものをショーケースから取り出して見せてくれる。
「試し書きされますか?」と聞かれたけれど私には違いが分からないので丁重に断り、見た目で選ぶことした。
男性なら青とか黒のほうがいいんだろうなと悩んでいると、店員さんが「異性に贈られる時は自分の色を選ばれる方が多いですよ」と教えてくれた。
なるほど、と目の前の羽ペンを右から左に見て目が止まったのは黒に近い赤色の羽。エリック様はよく私の瞳の色を褒めてくれる。ずっと嫌いだった父譲りの目は彼と出会って好きになった。
それに、この色はまるで彼の黒髪と私の瞳の色が混ざったような色で一目で好きになってしまった。これを使ってくれているエリック様の姿を見てみたい。
私はその羽ペンを包んでもらってこれでサプライズプレゼントのミッションは達成された。
そろそろ馬車に戻ろうとしたした時、リリーが「あっ!」と声を上げた。
「どうかした?」
「申し訳ありませんお嬢様。同僚に頼まれていたものを忘れていて、今すぐ買ってきてもよろしいでしょうか」
「ええ。それじゃあ行きましょうか」
「いいえ! 私だけで行ってきますのでお嬢様は馬車にお戻りください!」
「リリーだけじゃ心配だわ……」
「大丈夫ですよ! パッと行ってパッと帰ってきますので! それでは行って参ります!」
リリーは勢いよく頭を下げてスカートを翻しながら人混みの中へと走っていってしまった。相変わらずリリーは元気で見ているだけで私も元気になるから不思議だ。
一人残された私はその背中を見送って馬車に戻ろうとしたその時。
「――お姉様」
私が最後に見たのは紅色の瞳だった。




