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第12話

「シーラお姉様が、婚約……!?」


 昼食を食べ終えて友人とのお茶会に行こうとしたらお父様に書斎に呼ばれた。面倒に思いながら部屋を訪れれば深刻そうな顔をした父が待っていて、告げられた言葉に驚くとお父様は重々しく頷いた。


 シーラお姉様。お父様を誑かしたメイドが産んだ不義の子。私より先に生まれたことで姉と呼んではいるが、お母様からあの人を姉と思うなと強く言われている。


 あの女が亡くなってからあの人は使用人として扱われるようになりお母様の当たりが酷くなった。


 私はあの人はそう扱われるのが当たり前だと思っているから私も見下し虐げる。お父様もあの人を庇うことはなかった。


 姉だけど私よりも下の惨めな存在。


 お父様は我が家と同等の家から選んだ男と私を結婚させて婿入りさせるつもりらしい。お父様は姉ではなく私を選んだ。まあ当然の結果なのだけれど。


 それにあの人は成人したらこの家から出ていくことになっている。身ひとつで行く宛もないあの人の見窄らしい姿を見れることが楽しみだったのに。


 ある日、今まで関わりのなかったボードリエ伯爵夫人が我が家にやってきた。彼女はなぜかお姉様を養子にしたいと言ってきたらしい。その日のうちにあの人は夫人に付いてこの家を出て行った。


 あんな人が誰かに求められたのは楽しくないけれど、きっとあの人を知れば夫人もすぐに不要に感じて捨てることだろう。


 そう思っていた矢先の突然の姉の婚約発表。しかも相手はまさかのブランジェ公爵様だというではないか。


 女性であれば誰しも憧れを抱く国王の弟君。親の方が歳が近いけれど未だに独身を貫いていて、その端正な容姿と権力に淑女全員が奥方の座を狙っていた。


 それは私もで、彼に密かに恋心を抱いていた。あの気持ち悪い男主催のパーティへお姉様に出席させた次の日、彼の方がこの家を訪れた時は本当におどろいた。


 そしてこれはチャンスだと思った。私を見れば彼が私に惚れないわけがないという自信があったのだ。


 だけれど彼は私を見なかった。高いドレスやアクセサリーを付けて着飾ったというのに、彼はメイド服で現れたあの人しか見なかった。


 この私ではなくあの人だけが気にかけられたことに、生まれて初めての屈辱を感じた。



 そしてあの人がこの家から居なくなって穏やかな日々を過ごしていた時に貴族院を通じて入った婚約発表。


 親しい者だけを招待して行われたお披露目会らしく、我が家はそれに呼ばれなかった。お父様は悔しそうに腕を組んでいる。


 きっとこれは夫人が我が家に来た時から仕組まれていたのだろう。


 お父様は養子縁組の書類とあの人との接触を今後禁じる契約書にサインをしている。あの夫人の後ろには公爵様がいて下手に手が出せなくなってしまった。


 同じく部屋にいたお母様から握りしめていた扇が折れる音がした。お母様の怒りも分かる、悔しいのは私もだ。あの人が幸せを掴んだのだから。


 あの人が私よりも上にいくことが許せない。幸せになることが許せない。私はあの人よりも完璧で最高の幸せを掴まなければならない。



 レイラ・キャロラインがあの女に見下ろされる人生なんてあってはいけないのだから。




◇◇◇




 エリック様との婚約発表から一夜が明けて貴族界は大騒ぎとなったらしい。


 今までお見合い話しがきても断り、後腐れない関係を楽しんで独身貴族を貫いていた王弟殿下がいきなり婚約したのだから当然といえば当然だろう。


 しかもその相手が今まで社交界に出てきたことのない伯爵令嬢で、しかも歳が一回り以上離れている小娘。気にならないはずがない。


 次の日から私の元には色んな家からお茶会の招待状が届いていた。


「予想通りだな。シーラ、貴族とは悪意を持って近づいてくる奴らばかりだと知っておきなさい。私がキャロラインから君を養子に取ったことは噂で広まっている。それを知った上で近づいて君に探りをいれるつもりなのだろう」


 これだから貴族というのは嫌なんだ、とお母様は頭を抱えて大きくため息を吐いた。きっとお母様は私の知らない貴族の闇をたくさん知っているのだろう。


 昨日のパーティだって私を値踏みするような嫌な視線を常に感じていた。エリック様はそんな視線からずっと私を守ってくれていた。


 私はこの半年間彼らに守られているけれど、公爵夫人になるのに本当にこれでいいんだろうか。


「ああ、そういえば彼女からもお茶会のお誘いがきていたよ」


 お母様から受け取った上等な封筒は上品な薄いピンクに刺繍が施されて王家の封蝋が押されていた。


 丁寧に封を開けると差出人はフランシスカ様で、友人とお茶会をするのでご一緒しませんかという内容だった。彼女にはずいぶんお世話になっているし、私は彼女に参加の返事を出した。



 それから数日後の今日、私は初めて登城することとなった。緊張で背中に冷や汗が流れてるのを感じながら出迎えてくれた使用人のあとを付いていけば、そこは色とりどりの花に囲まれた妖精さんたちが……。


「シーラ様」


 現実離れした光景に惚けているとこちらに近づいてくるフランシスカ様にはっとする。


 その後ろから二人も歩いてきて、どこかでこの光景を見たことが……ああ、そうだ。フランシスカ様と初めてお会いしたあのパーティに参加していたお二人だ。


「ようこそおいでくださいましたシーラ様」

「お、お招きいただきありがとうございます」

「気楽なお茶会だからそんな緊張しないで。わたくしはただシーラ様とまたお話しがしたくてお手紙を出したのだから」

「フランシスカ様……」


 ああ、なんて優しい方なのだろうか。妖精ではなく天使、いや女神様のようだ。胸をときめかせていると後ろの彼女たちが顔を覗かせる。


「ずるいですわフランシスカ様。私たちもお話しさせてくださいませ」

「あらごめんなさい。シーラ様、わたくしの友人を紹介させてください」

「初めましてシーラ様。アネットです」

「フィオナです。ぜひ仲良くしてくださいシーラ様」

「よ、よろしくお願いいたします。アネット様、フィオナ様」


 二人は愛らしく微笑んで名前を教えてくれて友達になろうと言ってくれた。それから私たちは四人でテーブルを囲んでお茶会を楽しむ。


 二人はフランシスカ様のご友人とあって不躾に私の過去を聞いてこようとはしてこなかった。三人は学院時代からのご学友で、当時の思い出話を私に色々話してくれた。


「それでね、フランシスカ様がお昼休みにいきなり中庭の木を登り始めて」

「え!? フランシスカ様がですか?」

「そうなの。驚くでしょう?」

「はい……」


 アネット様の話に驚いてフランシスカ様を見れば、彼女は少し照れたような表情で紅茶を飲んでいた。


「淑女のお手本といった彼女なんですけれど、こう見えてお転婆な方なんですのよ」

「そうは見えません……」

「子供の頃は城という鳥籠の中に閉じ込められていた反動だったのよ。学院にいるときは厳しい監視もなくて自由にできることが嬉しくて、子供ころに出来なかったことを全部したくて」

「フランシスカ様……」


 寂しそうに笑う彼女に胸が締め付けられる。お姫様というのは華やかに見えて私が想像するよりも辛い立場なのかもしれない。


 常に人の目に晒されて好きなこともできない。それなのに彼女は背を伸ばして微笑みを絶やさずまっすぐ前を向いて。これは一朝一夕にできることではないだろう。


 それだけ彼女が努力した証だ。何年かかるか分からないけれど彼女のようになりたいと思った。


「ところでシーラ様。公爵様とはどんなふうに過ごされていらっしゃるんですか?」

「え?」

「私たち、あまり公爵様とは関わりがないものですから噂程度のことしか知らなくて……フランシスカ様もお話ししてくださらないものですから」

「自分から叔父の話をするなんて恥ずかしいでしょう?」

「そんなことありませんわ! あんな素敵な殿方なのですもの! なので婚約者様のシーラ様に普段の公爵様のお話を聞きたくて……お嫌ですか?」

「い、いえそんな……でも特別なことはことはしていないと思います。私がその、あまり教養がないので分からないところを教えてくださったり、ダンスの練習に付き合ってくださったり、私がクッキーが好きなので、会いにきてくださるときはいつもクッキーを持ってきてくださるんです。それと、いつも私のドレスや髪飾りを褒めてくださったり……」


 なんだか話していて恥ずかしくなっていると、アネット様とフィオナ様は幸せそうな顔をしていた。何か特別なことは言っていないつもりなのだけれど……。


「まあ……! さすが公爵様ですわ……私の婚約者はそんな気の利いたことしてくれないのですよ?」

「私もですわ。やはり大人の男性は女性の喜ばせ方を熟知していらっしゃいますのね。シーラ様、初めてパーティでお会いした時とは比べものにならないぐらい綺麗になられましたもの」

「そ、そうですか……?」

「ええ。シーラ様が努力したというのもありますが、やはり愛されると女性は綺麗になるといいますものね!」

「あ、愛!?」


 とんでもない言葉に動揺で思わず大きな声が出てしまった。顔を真っ赤にしている私に二人は楽しそうに「まあ可愛らしい」と微笑んだ。


 愛、だなんて……そんなことあるわけない。エリック様はただ、私のことが可哀想で人助けの一環で婚約者になってくれただけだ。色々してくれていたのも、婚約者として見窄らしくさせないためで……。


「お二人とも、シーラ様で遊んではいけませんよ?」

「あ、ごめんなさい。シーラ様があまりにも可愛らしくてつい。私たちのこと嫌いになりましたか?」

「い、いえ、そんなことありません!」

「良かった。また私たちとお話ししてくださいませ」

「は、はい……」


 なんだか手のひらで転がされて面白がられたような気もしないけれど嫌な気持ちではない。こんなふうに過ごしたことがないから嬉しい。


 それから話に花を咲かせてお茶会を楽しみ、いい時間になったので解散となった。「少し話しがある」とフランシスカ様に呼び止められて二人を見送り、私たちは煌びやかな中庭を並んで歩く。


「ごめんなさいシーラ様。あの二人、可愛らしい子を見るとすぐに揶揄ってしまうところがあって」

「い、いえ。すごく楽しかったです」

「良かった。私の大事な友人ですからシーラ様とも仲良くしていただきたかったの」

「フランシスカ様……」


 大事な友達を私なんかに紹介してくれたことが嬉しくて目尻に涙が滲む。隣を歩く彼女にバレないように涙を拭ったとき、フランシスカ様は安心したように息を吐いた。


「でも良かった……ようやく叔父様も落ち着くことができるのね」

「……え?」


 思わず聞き返すと、フランシスカ様は口元を隠してやってしまったという表情をした。


「あ、ごめんなさい。口を滑らせてしまって……」

「……あの、聞かせてもらえないですか?」


 もし本当に結婚するなら私は絶対知っておかないといけない話な気がする。覚悟を決めた顔でお願いするとフランシスカ様はゆっくりと頷いた。


「……分かったわ。直接聞いたわけではないのだけれど、叔父様には探している人がいるように見えていたの」

「探している方ですか?」

「ええ。それで、わたくしの勘なのだけれど……その方は女性だと思うの」

「女性……」

「不安な気持ちにさせてごめんなさい。結婚もせずに誰かを探している様子だから、誰か想い人がいるのかもしれないと思っていたの」

「……そうなんですか」


 頑張って笑みを作ったけれど上手く笑えていなかったらしい。現にフランシスカ様は申し訳なさそうな表情をされている。


「でもそんな叔父様がシーラ様と婚約したのはその方より貴方が素敵だったからだと思うの。だから……」

「……ありがとうございます、フランシスカ様。私は大丈夫です」

「シーラ様……」


 虚勢を張ったことはおそらく見抜かれただろうが、それでも私は平気なふりをする。


 今後悪意を持って私に良からぬことを吹き込んでくる人たちは出てくるだろう。それに立ち向かえねば公爵夫人としてやっていけない。


 それから気まずい雰囲気でフランシスカ様と別れて家路に向かう馬車に揺られる。流れる景色を眺めながら、私は何度もため息を吐いていた。



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