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第11話

 あれからエリック様は時間を見つけては家に来てくれてダンスの相手になってくれている。


 拙い足どりの私にエリック様は懇切丁寧に付き合ってくれて足も踏まなくなり、ワルツの音楽に合わせて踊れるようになり目に見えて上達していった。


 そして気づけばついにやってきた私とエリック様の婚約お披露目会。ボードリエとブランジェの親しい家にだけ招待状を送ったからそこまで緊張することはないだろうと言われたけれど。


 その招待客の中に国王陛下と王妃様の名前があるだけで何十倍も緊張してしまう。エリック様のご家族なのだから招待されて当然なのだけれど……。


 お二人の名前の下にフランシスカ様のお名前があってちょっと安心した。私の唯一の友人だから来てくれるのは嬉しい。


 私はもう一度招待リストを上から下まで確認する。そこにはキャロラインの名前はない。けれどこの話はすぐに広がって明日にはあの人たちの耳入ることだろう。


 嬉々として手放した出来損ないが王族の方と婚約したと知ればきっとどんな手を使ってでも取り戻そうとするだろう。この平穏が壊されることが一番怖い。


 ぶるりと身震いすると肩に触れる優しい手。顔を上げて目の前の鏡を見るとアナベラさんが鏡越しに優しく微笑んで見つめてくる。


「緊張しているのかな」

「……はい。エリック様の婚約者として皆様の前に出るのだと思うと、粗相をしてしまいそうで……んむっ」


 前は妹の代わりとしてパーティに参加したけれど、今回はシーラとして人前に出ることになる。


 何か粗相をしてアナベラさんとエリック様の名前に傷をつけてしまうのではないかと不安に思っていると、後ろから手が伸びて両頬を摘まれて鏡の中の私は唇が突き出て間抜けな顔をしていた。


「あ、アニャべリャさん?」

「本当に、私の娘は人のことばかり考えてしまう優しい子だね……見てごらんシーラ。鏡の中の君を」


 目線をアナベラさんから自分へと移す。今日のために侍女たちが髪と体を綺麗に整えてくれて、そしてこのお披露目のためにアナベラさんが選んでくれた紫のドレス。


 このドレスを見た時、エリック様のアメジストのような瞳を連想してしまった。このドレスを身に纏っていると二人に守られているような気持ちになる。


「君がここに来た時のことを覚えているかな。人の顔色を窺って常に俯いて、自信がなさそうな顔をしていた。でも今の君はもう自分が輝けることを知っているね?」

「…………はい」


 そうだ、私はもうあの時の自分とは違うのだ。エリック様とアナベラさんがたくさんの愛を伝えてくれた。


 お母様が亡くなってぽっかり空いてしまった穴を十分なぐらいに二人に埋めてもらった。大丈夫、もう怖くない。


「ありがとうございます。――お母様」

「っ!」


 ずっと言えなかった言葉をようやく伝えることができた。鏡越しのアナベラさん、いやお母様は目がこぼれ落ちそうなほど見開いていて泣きそうに眉を下げる。そしてぎゅっと、私を抱きしめた。


「――行っておいで私の愛娘。君の母君と一緒に晴れ舞台を見守っているよ」

「はい。見ていてください」


 胸の前に回るお母様の手に自分の手を重ねる。タイミングよくドアがノックされ、私に合わせた濃い紫の正装のオールバック姿のエリック様が入ってきて思わず見惚れてしまった。


 エリック様は私を見ると少し目を開いて慈しむように微笑んだ。


「……すごく似合っているよシーラ。とても綺麗だ」

「あ、ありがとうございます……エリック様も、すごく素敵です……」

「本当か?」

「はい! とってもかっこいいです!」


 鼻息荒く伝えるとエリック様は嬉しそうに笑う。私たちは見つめ合って甘い雰囲気になっていると後ろから「こほん」と咳払い。


「イチャつくのは構わないけれどせめて二人きりの時にしてくれないか?」

「あ、ご、ごめんなさい……!」

「君が静かに席を外してくれれば良かったんだが」

「どうして私がお前に気を使わなければならないんだ」

「お、お母様、エリック様……」


 今度は二人が見つめ合う、いや睨み合いだして険悪な雰囲気にどうしたらいいのか困っていると、お母様は小さく笑って私の頭を撫でた。


「娘に免じてお邪魔虫は出ていくよ。エリック、シーラに変なことするなよ」

「するわけないだろ……」


 お母様は「また後で」と言って部屋を出ていった。部屋には私とエリック様だけが残されて、エリック様は私の頬に触れて髪をすくう。


「緊張してる?」

「……はい」

「はは。私もだよ」

「え? エリック様も……?」

「当然だろう? こんな歳だが婚約発表は初めてなんだ」

「初めて……」


 エリック様とは一回り以上離れているから私が知らないだけでそういう相手がいたのではないかと思っていたのだけれど、そうではなかったらしい。


 そういえばなんでエリック様は今まで結婚しなかったんだろうか。こんなに格好いいし王族なのだからそういった話はたくさんあっただろうけど……。


「何か変なこと考えてる?」

「え!? いや、その……」

「まあそれで君の緊張が解れるならいいけれどね……ん? その耳飾りはあの時の……?」


 私の髪を弄っていたエリック様は私の耳を飾るイヤリングに気づいてくれた。


 これは私たちがこの関係になるきっかけとなったお母様の残してくれたイヤリング。エリック様のおかげでまた両耳付けることができた。


「あ、はい。絶対この日はこのイヤリングを付けたいと思っていたので……私にとってお守りなんです」


 このイヤリングがあったから家族からの辛い当たりにも耐えることができた。今日もだけど、これから頑張る私の背中を押してもらうために――


「お守り、か。ならこれにも君を守ってもらおうかな」

「え?」


 エリック様はポケットから小さな箱を取り出して私の右手を取り、入っていたアメジストの宝石が埋め込まれたシルバーリングを私の右手の薬指に通して……え?


「え、エリック様……?」

「君に何か贈りたいと思っていたんだが、迷惑だったか?」

「い、いえ! そんなことは、ないですけど……」

「今は婚約の身だから右にしか付けれないけれど、左のここにも私が付けてもいいかな?」

「ふえ!? あ、その、も、勿論です!」

「良かった」


 エリック様は満面の笑みで私を真っ直ぐ見つめてくる。将来を約束したことが恥ずかしくなって自分の右手で輝く指輪を見る。


水仕事で荒れていた手はリリーの丁寧な仕事のおかげで綺麗になった。その手で輝く宝石はエリック様の瞳と同じ色。自分がどんどんエリック様の色になっていくようで、じわりと頬の熱が更に上がる。


「それじゃあそろそろ行こうかシーラ」

「……はいエリック様」


 彼の手が差し出されてその手を取って皆が待つ部屋へと向かう。


 さっきまであれだけ緊張していたのにすっかり消えてしまった。それはきっと、いつだって私を優しく見守ってくれる彼が隣にいてくれるからだろう。それに私には二つのお守りがある。


 大きな扉の前について私は小さく息を吐き出すと大きな手が握ってくれる。今は守られてばかりだけれどいつか私も彼を守れるようになりたい。


 中から盛大な拍手とともに扉が開き、私はエリック・ブランジェ公爵様の婚約者、シーラ・ボードリエとして社交界デビューを迎えた。


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